うっかり聖女を追放した王国は、滅びの道をまっしぐら! 今更戻れと言われても戻りません。~いつの間にか伝説の女王になっていた女の物語~

珠川あいる

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第2章『聖女王フローラ』

第47話「論功行賞③…剣聖クレールの気持ち」

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 会場の隅っこの方で固まって、今にも騒ぎ始めそうなオールバンズ侯爵とその一味以外は、ユリウス将軍を除けば、皆が栄達や出世をしたと言える結果を賜っていた。

 敢えてあえて剣聖クレールを最後にしたのは、フローラなりの配慮でもある。

 フローラとしても複雑な心境だった。
 だが、今はただのフローラではなく、女王フローラとして態度を示す必要があった。

「クレール殿、貴方は愚王の実弟でありながら、いたずらに国を乱すさまをずっと放置してきましたね?」

 言わなくてはならないから言っているだけで、本当は言いたくはなかった。
 
「はい……」

 クレールの方も弁解の余地が無い事だけに、力なく答えるしかなかった。

「貴方は大きな功を立てましたが、愚王を諫めなかったいさめなかった罪のほうがずっと大きい。それ故に今回を含めてしばらく、功績に報いる事はしません」

 すっぱり斬り捨てて貰えて、クレールとしてはこれで良かったと思っていた。彼はただ無言で頭を下げていた。十分に納得できる内容だったから。

 クレールが栄華を求めない事は、フローラはもとより、この場のほとんど全員が意見を共有できるだろう。
 どれだけ功績を捨て置かれても、クレール自身は一向に気にしない。
 
 ただ、クレールならば、愚王をいさめる諫める事はできたかもしれない。ユリウス将軍でも同じような事ができたかもしれないし、あのフェアラム伯爵でも可能性はあった。だが、皆がそうしなかった事で、オルビアは滅びたし、大勢の犠牲者が生まれる事になった。

 女王である以前に、聖女でもあるフローラとしては、このクレールの罪を捨てて置く事はできない。

 だから最後にクレールの名を呼んだ。
 彼女はこの後すぐにクレールを呼び出して、事情を説明するつもりでいる。

 全ての予定を終えて式典は終了したが、案の定、オールバンズとその一派が不平を訴えたが女王も重臣たちも、何も言わずに会場を去った。
 オールバンズは最初からそうだったが、これで正真正銘ただのオールバンズに成り下がった。一派の他の者たちも含めて、アタナシアに仕える一般の事務官に過ぎない。



―――



 式典を終えたフローラたちは、場所を移そうと謁見の間を目指していた。
 そんな彼女たちの元に、シバがやって来てこう告げた。

「ルッカ軍がとうとう動き出しました。予定通りです」 

 シバの口調は至って冷静だった。
 言葉の通り、ルッカ軍が動き出したのは予測の範囲だったからだ。

「敵方の兵力はいかほどですか?」

 戦争になるのだ。
 予定通りと言えど喜べる事ではない。
 だからフローラの口調は重々しいものだった。

「密偵の知らせでは三千ほどです。それとは別にトスカーナが後詰で動くとの情報も入っております」

「三千ですか……」

 三千と聞いて、フローラの表情は曇っていた。
 蜥蜴人を総動員すれば対抗できなくはない数だが、当然、犠牲になる者も出てくる。

「ご心配には及びません。備えはしてありますから」

 シバの頭の中では万全の備えが構築されていた。
 この男が言うのだから、本当に心配する必要はないだろう。

「女神さまに奇跡を願うのは、それしか手段がない時だけに。今回は我ら家臣一同にお任せ下さい」

 今や公爵の地位にあるヴァージルの言葉だった。
 彼がそう言うと、皆が頷いている。

「……分かっています。では、私はクレール殿と話がありますので、皆は先に行ってて下さいますか」

 フローラに促されてクレール以外の者たちは、一足先に謁見の間の方へ去って行った。
 去って行く者たちの背中を見送りながら、クレールはこう言った。

「先ほどの論功の事なら納得していますよ。フローラさま」

 クレールにしては珍しく、ぎこちなく微笑んでいる。クレールは何だか緊張しているようだ。

「そうですか。本当に他意は無いのですよ?」

 わずかでも悪くは思われたくない。
 そういう気持ちがフローラを突き動かしていた。

「大丈夫です。今でもそういう風に言って頂けて嬉しいです」

 今でも?
 クレールさま?
 何か引っかかる言い方をして……?

「え、ええ」

「それでですね。あのう……誤解してますよね?」

 誤解って?

「何をですか?」

「私は男色ではありませんよ」

 へ?
 ええと?

「え、ええ?」

「男色だから、フローラさまに何もしなかったわけじゃないのです」

 ああ、その事ですか……

「それで?」

 あ!
 つい邪険な言い方を……

「貴方の答えを聞くのが怖くて逃げただけです」

 これがあの剣聖かと言うほどに、クレールの言葉は震えていた。

「……」

 言葉と態度でもう、どういうつもりかは十分に伝わっている。
 ただ、まさか今日言われるとは想定外だった。当然だが想定外すぎて、何と答えればいいのかフローラには思いつかなかった。

 もうフローラの耳にはクレールの言葉しか聞こえていない。
 建築途中の王宮はいつも喧騒に包まれているが、そんな外野の声や音など聞こえるわけがなかった。

「私はずっと以前から貴女をお慕いしていました」

 見れば剣聖の顔は、耳の先まで真っ赤になっている。目を閉じて口を真一文字に結んでいる。とてもではないが怖くて目を開ける精神状態では無かった。
 33歳にして初めて女性に気持ちを受けち明けた瞬間だった。

「……」

 フローラのほうも思考停止していた。
 何よりも、どんな事よりも、求めていた答えが降りかかってきたのに。
 彼女は完全に停止してしまっていた。

 いや、嬉しくはある。
 アルベールとの政略結婚にも、彼女はかなり前向きだった。
 しかし、アルベールに対しては、はっきりと自覚できるほどの気持ちはまだない。

 二人してしばらく沈黙のまま、立ち尽くしていた。

 そんな二人の様子を遠目からアナスタシアが見つめており、そんな彼女を更に遠くから見つめる男がいた。





*****

クレールらしくないクレールはもう終わりです(´ー+`)

*****

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