60 / 77
第2章『聖女王フローラ』
第47話「論功行賞③…剣聖クレールの気持ち」
しおりを挟む
会場の隅っこの方で固まって、今にも騒ぎ始めそうなオールバンズ侯爵とその一味以外は、ユリウス将軍を除けば、皆が栄達や出世をしたと言える結果を賜っていた。
敢えて剣聖クレールを最後にしたのは、フローラなりの配慮でもある。
フローラとしても複雑な心境だった。
だが、今はただのフローラではなく、女王フローラとして態度を示す必要があった。
「クレール殿、貴方は愚王の実弟でありながら、いたずらに国を乱すさまをずっと放置してきましたね?」
言わなくてはならないから言っているだけで、本当は言いたくはなかった。
「はい……」
クレールの方も弁解の余地が無い事だけに、力なく答えるしかなかった。
「貴方は大きな功を立てましたが、愚王を諫めなかった罪のほうがずっと大きい。それ故に今回を含めてしばらく、功績に報いる事はしません」
すっぱり斬り捨てて貰えて、クレールとしてはこれで良かったと思っていた。彼はただ無言で頭を下げていた。十分に納得できる内容だったから。
クレールが栄華を求めない事は、フローラはもとより、この場のほとんど全員が意見を共有できるだろう。
どれだけ功績を捨て置かれても、クレール自身は一向に気にしない。
ただ、クレールならば、愚王をいさめる事はできたかもしれない。ユリウス将軍でも同じような事ができたかもしれないし、あのフェアラム伯爵でも可能性はあった。だが、皆がそうしなかった事で、オルビアは滅びたし、大勢の犠牲者が生まれる事になった。
女王である以前に、聖女でもあるフローラとしては、このクレールの罪を捨てて置く事はできない。
だから最後にクレールの名を呼んだ。
彼女はこの後すぐにクレールを呼び出して、事情を説明するつもりでいる。
全ての予定を終えて式典は終了したが、案の定、オールバンズとその一派が不平を訴えたが女王も重臣たちも、何も言わずに会場を去った。
オールバンズは最初からそうだったが、これで正真正銘ただのオールバンズに成り下がった。一派の他の者たちも含めて、アタナシアに仕える一般の事務官に過ぎない。
―――
式典を終えたフローラたちは、場所を移そうと謁見の間を目指していた。
そんな彼女たちの元に、シバがやって来てこう告げた。
「ルッカ軍がとうとう動き出しました。予定通りです」
シバの口調は至って冷静だった。
言葉の通り、ルッカ軍が動き出したのは予測の範囲だったからだ。
「敵方の兵力はいかほどですか?」
戦争になるのだ。
予定通りと言えど喜べる事ではない。
だからフローラの口調は重々しいものだった。
「密偵の知らせでは三千ほどです。それとは別にトスカーナが後詰で動くとの情報も入っております」
「三千ですか……」
三千と聞いて、フローラの表情は曇っていた。
蜥蜴人を総動員すれば対抗できなくはない数だが、当然、犠牲になる者も出てくる。
「ご心配には及びません。備えはしてありますから」
シバの頭の中では万全の備えが構築されていた。
この男が言うのだから、本当に心配する必要はないだろう。
「女神さまに奇跡を願うのは、それしか手段がない時だけに。今回は我ら家臣一同にお任せ下さい」
今や公爵の地位にあるヴァージルの言葉だった。
彼がそう言うと、皆が頷いている。
「……分かっています。では、私はクレール殿と話がありますので、皆は先に行ってて下さいますか」
フローラに促されてクレール以外の者たちは、一足先に謁見の間の方へ去って行った。
去って行く者たちの背中を見送りながら、クレールはこう言った。
「先ほどの論功の事なら納得していますよ。フローラさま」
クレールにしては珍しく、ぎこちなく微笑んでいる。クレールは何だか緊張しているようだ。
「そうですか。本当に他意は無いのですよ?」
わずかでも悪くは思われたくない。
そういう気持ちがフローラを突き動かしていた。
「大丈夫です。今でもそういう風に言って頂けて嬉しいです」
今でも?
クレールさま?
何か引っかかる言い方をして……?
「え、ええ」
「それでですね。あのう……誤解してますよね?」
誤解って?
「何をですか?」
「私は男色ではありませんよ」
へ?
ええと?
「え、ええ?」
「男色だから、フローラさまに何もしなかったわけじゃないのです」
ああ、その事ですか……
「それで?」
あ!
つい邪険な言い方を……
「貴方の答えを聞くのが怖くて逃げただけです」
これがあの剣聖かと言うほどに、クレールの言葉は震えていた。
「……」
言葉と態度でもう、どういうつもりかは十分に伝わっている。
ただ、まさか今日言われるとは想定外だった。当然だが想定外すぎて、何と答えればいいのかフローラには思いつかなかった。
もうフローラの耳にはクレールの言葉しか聞こえていない。
建築途中の王宮はいつも喧騒に包まれているが、そんな外野の声や音など聞こえるわけがなかった。
「私はずっと以前から貴女をお慕いしていました」
見れば剣聖の顔は、耳の先まで真っ赤になっている。目を閉じて口を真一文字に結んでいる。とてもではないが怖くて目を開ける精神状態では無かった。
33歳にして初めて女性に気持ちを受けち明けた瞬間だった。
「……」
フローラのほうも思考停止していた。
何よりも、どんな事よりも、求めていた答えが降りかかってきたのに。
彼女は完全に停止してしまっていた。
いや、嬉しくはある。
アルベールとの政略結婚にも、彼女はかなり前向きだった。
しかし、アルベールに対しては、はっきりと自覚できるほどの気持ちはまだない。
二人してしばらく沈黙のまま、立ち尽くしていた。
そんな二人の様子を遠目からアナスタシアが見つめており、そんな彼女を更に遠くから見つめる男がいた。
*****
クレールらしくないクレールはもう終わりです(´ー+`)
*****
敢えて剣聖クレールを最後にしたのは、フローラなりの配慮でもある。
フローラとしても複雑な心境だった。
だが、今はただのフローラではなく、女王フローラとして態度を示す必要があった。
「クレール殿、貴方は愚王の実弟でありながら、いたずらに国を乱すさまをずっと放置してきましたね?」
言わなくてはならないから言っているだけで、本当は言いたくはなかった。
「はい……」
クレールの方も弁解の余地が無い事だけに、力なく答えるしかなかった。
「貴方は大きな功を立てましたが、愚王を諫めなかった罪のほうがずっと大きい。それ故に今回を含めてしばらく、功績に報いる事はしません」
すっぱり斬り捨てて貰えて、クレールとしてはこれで良かったと思っていた。彼はただ無言で頭を下げていた。十分に納得できる内容だったから。
クレールが栄華を求めない事は、フローラはもとより、この場のほとんど全員が意見を共有できるだろう。
どれだけ功績を捨て置かれても、クレール自身は一向に気にしない。
ただ、クレールならば、愚王をいさめる事はできたかもしれない。ユリウス将軍でも同じような事ができたかもしれないし、あのフェアラム伯爵でも可能性はあった。だが、皆がそうしなかった事で、オルビアは滅びたし、大勢の犠牲者が生まれる事になった。
女王である以前に、聖女でもあるフローラとしては、このクレールの罪を捨てて置く事はできない。
だから最後にクレールの名を呼んだ。
彼女はこの後すぐにクレールを呼び出して、事情を説明するつもりでいる。
全ての予定を終えて式典は終了したが、案の定、オールバンズとその一派が不平を訴えたが女王も重臣たちも、何も言わずに会場を去った。
オールバンズは最初からそうだったが、これで正真正銘ただのオールバンズに成り下がった。一派の他の者たちも含めて、アタナシアに仕える一般の事務官に過ぎない。
―――
式典を終えたフローラたちは、場所を移そうと謁見の間を目指していた。
そんな彼女たちの元に、シバがやって来てこう告げた。
「ルッカ軍がとうとう動き出しました。予定通りです」
シバの口調は至って冷静だった。
言葉の通り、ルッカ軍が動き出したのは予測の範囲だったからだ。
「敵方の兵力はいかほどですか?」
戦争になるのだ。
予定通りと言えど喜べる事ではない。
だからフローラの口調は重々しいものだった。
「密偵の知らせでは三千ほどです。それとは別にトスカーナが後詰で動くとの情報も入っております」
「三千ですか……」
三千と聞いて、フローラの表情は曇っていた。
蜥蜴人を総動員すれば対抗できなくはない数だが、当然、犠牲になる者も出てくる。
「ご心配には及びません。備えはしてありますから」
シバの頭の中では万全の備えが構築されていた。
この男が言うのだから、本当に心配する必要はないだろう。
「女神さまに奇跡を願うのは、それしか手段がない時だけに。今回は我ら家臣一同にお任せ下さい」
今や公爵の地位にあるヴァージルの言葉だった。
彼がそう言うと、皆が頷いている。
「……分かっています。では、私はクレール殿と話がありますので、皆は先に行ってて下さいますか」
フローラに促されてクレール以外の者たちは、一足先に謁見の間の方へ去って行った。
去って行く者たちの背中を見送りながら、クレールはこう言った。
「先ほどの論功の事なら納得していますよ。フローラさま」
クレールにしては珍しく、ぎこちなく微笑んでいる。クレールは何だか緊張しているようだ。
「そうですか。本当に他意は無いのですよ?」
わずかでも悪くは思われたくない。
そういう気持ちがフローラを突き動かしていた。
「大丈夫です。今でもそういう風に言って頂けて嬉しいです」
今でも?
クレールさま?
何か引っかかる言い方をして……?
「え、ええ」
「それでですね。あのう……誤解してますよね?」
誤解って?
「何をですか?」
「私は男色ではありませんよ」
へ?
ええと?
「え、ええ?」
「男色だから、フローラさまに何もしなかったわけじゃないのです」
ああ、その事ですか……
「それで?」
あ!
つい邪険な言い方を……
「貴方の答えを聞くのが怖くて逃げただけです」
これがあの剣聖かと言うほどに、クレールの言葉は震えていた。
「……」
言葉と態度でもう、どういうつもりかは十分に伝わっている。
ただ、まさか今日言われるとは想定外だった。当然だが想定外すぎて、何と答えればいいのかフローラには思いつかなかった。
もうフローラの耳にはクレールの言葉しか聞こえていない。
建築途中の王宮はいつも喧騒に包まれているが、そんな外野の声や音など聞こえるわけがなかった。
「私はずっと以前から貴女をお慕いしていました」
見れば剣聖の顔は、耳の先まで真っ赤になっている。目を閉じて口を真一文字に結んでいる。とてもではないが怖くて目を開ける精神状態では無かった。
33歳にして初めて女性に気持ちを受けち明けた瞬間だった。
「……」
フローラのほうも思考停止していた。
何よりも、どんな事よりも、求めていた答えが降りかかってきたのに。
彼女は完全に停止してしまっていた。
いや、嬉しくはある。
アルベールとの政略結婚にも、彼女はかなり前向きだった。
しかし、アルベールに対しては、はっきりと自覚できるほどの気持ちはまだない。
二人してしばらく沈黙のまま、立ち尽くしていた。
そんな二人の様子を遠目からアナスタシアが見つめており、そんな彼女を更に遠くから見つめる男がいた。
*****
クレールらしくないクレールはもう終わりです(´ー+`)
*****
0
お気に入りに追加
5,000
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる