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第2章『聖女王フローラ』
第46話「論功行賞②…ヴァージルの真実」
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(ふざけやがって!! ヴィガン男爵の名を騙って女王に気に入られただけのくせして、兄貴が得た爵位は俺が得るべきじゃないか!!)
ダミアンはどうも激しい勘違いをしている。
ヴァージルの功績やフローラからの信頼が、『どうせ大した事はしていない』と、何の根拠もなく決め付けている。そう思うのにはかつて、ヴァージルから全てを奪い取った事を、自らの手際の良い手腕だと思い込んでいるふしがあるが、そもそも、そこの部分からして間違いだ。
ダミアンと共謀したアイダの狂言によって、ヴァージルは父親から相続していた爵位や領地をダミアンに全て奪われているが、やろうと思えばヴァージルはダミアンを阻んで、ダミアンとアイダを地獄に叩き落とす事もできたがそうはしなかった
そうはしたくない理由があったのだ。
その昔、ダミアンは質の悪い仲間と領内の家に押し入って、居合わせた夫婦と娘を乱暴した挙句、殺害している。
ヴァージルはそれを公表した上で、責任を取るべきだと主張したが、当時の領主だった彼の父親は隠蔽する道を選んだ。
それは当時のヴァージルにとって許し難かったが、彼が持っていた力ではどうにもできなかったし、父親を騙し討ちにして事件を公表する気にもなれなかった。
オルセンだけはヴァージルの気持ちを理解してくれて、尚且つ支持もしてくれたが、貴族が自らの領地の民を害したり、無碍に扱う事自体は珍しくなかった。その為、ヴァージルの意見は黙殺されるべくしてそうなってしまった。
それだからこそ、せめてもの贖罪になればと、たまたまダミアンたちの凶行には遭遇しなかった、生き残りのアイダをヴァージルは妻として娶ったのだ。彼女に一生を捧げて少しでも罪を償おうと心に誓っていた。
だからだった。
そういう事情があったからこそだった。
アイダがダミアンと共謀していると知って、彼女を追い詰めたくなくて、爵位と領地を手放してヴィガンの地を去ったのだ。
それをダミアンは自分の圧倒的な勝利だと、ずっとそう思い込んで来た。
だから今回も聖水村での騒ぎで、『ヴィガン男爵ヴァジルール』の名前が人々の噂として伝わって行く過程に於いて、面白おかしく脚色されていったのを真に受けて、真偽も確かめないうちに、『ボンクラ兄貴が爵位を利用して聖女に気に入られた』と、勝手な思い込みをしていた。
そういう風に思っているからこそ、正当な爵位の保持者が自分だと証明さえできれば、ヴァージルの栄光を奪い取れると本気で思っている。ひと言で言えば間抜けだ。底抜けに間の抜けた愚か者だ。
そんな愚かしい性格が嫌われて、父親からは僅かばかりの金銭を相続するに留まったが、当時ヴァージルは、ダミアンにも、もっと多くの物を相続させるべきだと父親に訴えた。しかし、その意見が聞き容れられる事は無かった。
兄は何処までも弟を愛していたが、弟は兄を果てしなく憎んでいた。
アイダにしてもそうだ。
もしかしたらアイダにとって、真実と言える愛をヴァージルは与えてくれたかもしれないのに。
堅物で面白味に欠けるヴァージルよりも、享楽的で欲望に忠実な面白そうなダミアンを選ぶあたり、彼女も底が抜けている。
そしてアイダは真実を知らなかった。
両親と妹を殺害したのがダミアンである事を。知れば苦しむだろうと思って知らされていない。
教えていれば結果は変わったかもしれないが、それこそ後の祭りだ。
そしてこの愚かな弟は、自ら墓穴を掘るような事をしようとしている。
(ふん。今だけはその栄光を噛みしめていろ。すぐに化けの皮を剥いで、お前が得た物を再び、全て奪い取ってやる! そして俺がオールバンズ侯爵を従えて女王の夫になる。フローラとアタナシアを得るのは俺だ!!!)
―――
式典は予定を順調にこなしていた。
二番目の功績者はリコ司祭だった。
司祭としての皆からの崇敬の念や、ずっと以前からフローラを支えていた事、かつては命を捨てて守ろうとした事、そしてアタナシアの建国に大きく貢献した事などが評価されて、聖都ユハの司教と、女王の補佐の役目を任命されていた。
その後も、アナスタシアは親衛隊隊長、ミランダをその副隊長、女王の務めに忙しいフローラに代わって、イルマが巫女の長として神殿を管理し、イルマの幼馴染から恋人に昇格したユーグには子爵の爵位が与えられた。彼にとっては庶子の身分から脱する事が叶った瞬間だった。
そして式典の最後にこの男の名が呼ばれていた。
「剣聖クレール殿、女王の御前に」
*****
45話に加筆しました(´ー+`)
*****
ダミアンはどうも激しい勘違いをしている。
ヴァージルの功績やフローラからの信頼が、『どうせ大した事はしていない』と、何の根拠もなく決め付けている。そう思うのにはかつて、ヴァージルから全てを奪い取った事を、自らの手際の良い手腕だと思い込んでいるふしがあるが、そもそも、そこの部分からして間違いだ。
ダミアンと共謀したアイダの狂言によって、ヴァージルは父親から相続していた爵位や領地をダミアンに全て奪われているが、やろうと思えばヴァージルはダミアンを阻んで、ダミアンとアイダを地獄に叩き落とす事もできたがそうはしなかった
そうはしたくない理由があったのだ。
その昔、ダミアンは質の悪い仲間と領内の家に押し入って、居合わせた夫婦と娘を乱暴した挙句、殺害している。
ヴァージルはそれを公表した上で、責任を取るべきだと主張したが、当時の領主だった彼の父親は隠蔽する道を選んだ。
それは当時のヴァージルにとって許し難かったが、彼が持っていた力ではどうにもできなかったし、父親を騙し討ちにして事件を公表する気にもなれなかった。
オルセンだけはヴァージルの気持ちを理解してくれて、尚且つ支持もしてくれたが、貴族が自らの領地の民を害したり、無碍に扱う事自体は珍しくなかった。その為、ヴァージルの意見は黙殺されるべくしてそうなってしまった。
それだからこそ、せめてもの贖罪になればと、たまたまダミアンたちの凶行には遭遇しなかった、生き残りのアイダをヴァージルは妻として娶ったのだ。彼女に一生を捧げて少しでも罪を償おうと心に誓っていた。
だからだった。
そういう事情があったからこそだった。
アイダがダミアンと共謀していると知って、彼女を追い詰めたくなくて、爵位と領地を手放してヴィガンの地を去ったのだ。
それをダミアンは自分の圧倒的な勝利だと、ずっとそう思い込んで来た。
だから今回も聖水村での騒ぎで、『ヴィガン男爵ヴァジルール』の名前が人々の噂として伝わって行く過程に於いて、面白おかしく脚色されていったのを真に受けて、真偽も確かめないうちに、『ボンクラ兄貴が爵位を利用して聖女に気に入られた』と、勝手な思い込みをしていた。
そういう風に思っているからこそ、正当な爵位の保持者が自分だと証明さえできれば、ヴァージルの栄光を奪い取れると本気で思っている。ひと言で言えば間抜けだ。底抜けに間の抜けた愚か者だ。
そんな愚かしい性格が嫌われて、父親からは僅かばかりの金銭を相続するに留まったが、当時ヴァージルは、ダミアンにも、もっと多くの物を相続させるべきだと父親に訴えた。しかし、その意見が聞き容れられる事は無かった。
兄は何処までも弟を愛していたが、弟は兄を果てしなく憎んでいた。
アイダにしてもそうだ。
もしかしたらアイダにとって、真実と言える愛をヴァージルは与えてくれたかもしれないのに。
堅物で面白味に欠けるヴァージルよりも、享楽的で欲望に忠実な面白そうなダミアンを選ぶあたり、彼女も底が抜けている。
そしてアイダは真実を知らなかった。
両親と妹を殺害したのがダミアンである事を。知れば苦しむだろうと思って知らされていない。
教えていれば結果は変わったかもしれないが、それこそ後の祭りだ。
そしてこの愚かな弟は、自ら墓穴を掘るような事をしようとしている。
(ふん。今だけはその栄光を噛みしめていろ。すぐに化けの皮を剥いで、お前が得た物を再び、全て奪い取ってやる! そして俺がオールバンズ侯爵を従えて女王の夫になる。フローラとアタナシアを得るのは俺だ!!!)
―――
式典は予定を順調にこなしていた。
二番目の功績者はリコ司祭だった。
司祭としての皆からの崇敬の念や、ずっと以前からフローラを支えていた事、かつては命を捨てて守ろうとした事、そしてアタナシアの建国に大きく貢献した事などが評価されて、聖都ユハの司教と、女王の補佐の役目を任命されていた。
その後も、アナスタシアは親衛隊隊長、ミランダをその副隊長、女王の務めに忙しいフローラに代わって、イルマが巫女の長として神殿を管理し、イルマの幼馴染から恋人に昇格したユーグには子爵の爵位が与えられた。彼にとっては庶子の身分から脱する事が叶った瞬間だった。
そして式典の最後にこの男の名が呼ばれていた。
「剣聖クレール殿、女王の御前に」
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