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第2章『聖女王フローラ』
第43話「新しい者たち①…腐ったミカン」
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聖都ユハの外れ、建築中の家屋に十数人の男女が集まっていた。
彼らは皆、その身なりから察するに、いかにも貴族といった感じだった。
彼らの輪の中心に居る壮年の男は、旧オルビアのオールバンズ侯爵。彼は周りを見渡しながら声高に主張していた。
「神聖王国アタナシアの発展は我らの寄与も大きい!! それならば! 女王陛下は我らの要望も聞くべきだ!」
侯爵は拳を突き上げるような大仰な身振りを交えて叫びを上げた。
周囲の何人もが頷いて納得している。
「そうだそうだ! 侯爵さまのおっしゃる通りです!」
「平民出身の女王では見下されます。その点、侯爵さまは代々続く名家の御出身、侯爵さまと女王陛下がご結婚なされば何の問題も無くなります。それをあの女王の腰巾着どもは頭が足りない!!」
「左様です。女王陛下のこれまでの治績も、聖女時代の名声も、どちらも素晴しいものですが、出自のみすぼらしさが全てを台無しにしようとしています。皆さま、ここは団結の時ですぞ! 侯爵さまを女王陛下の夫君に押し上げてこそ、アタナシアの未来が変わるのです!」
オールバンズ侯爵は、次々と出てくる好意的な意見に、次第に顔色を喜色満面にしていく。
「皆の同意を得られて有難く思う。女王陛下とて、我らが居なくなっては困るだろう。この国を正しく導けるのは、我らのような選ばれた者たちなのを、いずれはあの平民の小娘も分かるだろう。見た目だけは諸国の美姫にも劣らない。くくく。それが私の手に入ると思うとぞくぞくしてくるな」
オールバンズ侯爵は、オルビア滅亡の動乱期にあっても、指をくわえて見ていただけの愚か者だ。
それが『マイオ島で聖女が国を建てた』と噂を聞き及び、仲間の元貴族たちと連れ立ってフローラの元を訪れた。
たまたま人手不足が深刻だった為に、フローラたちにしても利はあったから受け入れただけなのを、侯爵たちは『能力を見込まれた』と勝手に勘違いをして現在までに至っている。
そして若く美しい独り身の女王を手に入れて、将来性に明るい展望を見せ始めているアタナシアをも手に入れようと、侯爵は野心の炎を燃やしていた。
―――
「……ふう! いい汗をかいたな。今日の修練はここまでにしよう」
日課の修練を終えて、『さてどうするか』と剣聖クレールは頭の片隅で考えながら、建築途中の王宮の様子を眺めつつ、なんとなしに歩いていた。
そんな時、クレールの耳に回廊の奥まった所から、2人の男の話し声が聞こえてきた。
いつもはこういう声には耳を傾けず、足早にその場を去るのだが、その内容に、クレールはそうする事ができないでいた。
ここ最近の彼を悩ませている事、そのものが話題だったから、クレールは思わず聞き耳を立ててしまっていた。
(き、聞き耳を立てるなど、恥ずべき行為だが、どうしても気になるのだ……)
「やれやれ、あの元侯爵殿にも参りましたね」
「まさか筒抜けとは彼らも思っていないでしょう。声が大きいだけで、頭数以上の力は持っていませんから、放っておいてもいいのでしょうけど……」
クレールはこの声色に心当たりがあった。
わりと初期の頃からフローラに従っていた者たちだった。
「ただ、こうなってくると、フローラさまのご結婚は急いだほうがいいかもしれませんね」
「ええ、私もそれを懸念しています。クレールさまには期待していたのですが、あそこまで堅物だとは……おっと、これは失言でしたな」
(ん? 私の事か? 堅物なのはその通りだと思うが、期待外れとは……)
「仕方がありません。本当の事ですからね。しかし、あの噂が真実なら……」
(う……うぬうう! み、皆はそう思っていたのか……わ、私だって、フローラさまの事は……)
「そうですね、クレールさまは男色という話ですし……」
「声が大きいですぞ」
「この時間なら、また司祭さまと『くんずほぐれつ』、お楽しみの最中ですよ」
「ああ、そうでしたな。司祭さまも、まさかあんな趣味だったとは……」
(な、なんだと……? 私が男色……? どこからそんな噂が?)
やがて男たちは噂話をやめてその場を去って行ったが、話の内容が全く想定外だっただけに、クレールはあれこれと考えを巡らせて、その場に留まり続けていた。
そしてある考えに至った事で、ここ最近の違和感に納得しかけていた。
(まさか、フローラさまと何も無かったから、そのせいで男色と誤解されたのか? そう考えるとタイミング的にもしっくりくる……)
悩み事の一つの謎が解けて、彼は幾分か気が晴れたが、それよりもフローラを取り巻く環境が変わって行くことに焦りを感じていた。
(想いが叶わないのは構わない。残念だが……それは仕方の無い事だ。でも、誤解されたままは嫌だ……)
剣聖クレールは、いまいち煮え切らない男だ。
だが、一旦想いを定めれば、どこまでも突き進む男でもある。
愛と忠義の為にと、命でさえも投げ出した過去もある。
そんな男が静かに燃えるオーラを纏わせて、意を決したような顔で彼方の空を見上げていた。
(当たって砕けてやる!)
*****
結果が見えていても言い出すのは勇気が必要ですけどね(´ー+`)
*****
彼らは皆、その身なりから察するに、いかにも貴族といった感じだった。
彼らの輪の中心に居る壮年の男は、旧オルビアのオールバンズ侯爵。彼は周りを見渡しながら声高に主張していた。
「神聖王国アタナシアの発展は我らの寄与も大きい!! それならば! 女王陛下は我らの要望も聞くべきだ!」
侯爵は拳を突き上げるような大仰な身振りを交えて叫びを上げた。
周囲の何人もが頷いて納得している。
「そうだそうだ! 侯爵さまのおっしゃる通りです!」
「平民出身の女王では見下されます。その点、侯爵さまは代々続く名家の御出身、侯爵さまと女王陛下がご結婚なされば何の問題も無くなります。それをあの女王の腰巾着どもは頭が足りない!!」
「左様です。女王陛下のこれまでの治績も、聖女時代の名声も、どちらも素晴しいものですが、出自のみすぼらしさが全てを台無しにしようとしています。皆さま、ここは団結の時ですぞ! 侯爵さまを女王陛下の夫君に押し上げてこそ、アタナシアの未来が変わるのです!」
オールバンズ侯爵は、次々と出てくる好意的な意見に、次第に顔色を喜色満面にしていく。
「皆の同意を得られて有難く思う。女王陛下とて、我らが居なくなっては困るだろう。この国を正しく導けるのは、我らのような選ばれた者たちなのを、いずれはあの平民の小娘も分かるだろう。見た目だけは諸国の美姫にも劣らない。くくく。それが私の手に入ると思うとぞくぞくしてくるな」
オールバンズ侯爵は、オルビア滅亡の動乱期にあっても、指をくわえて見ていただけの愚か者だ。
それが『マイオ島で聖女が国を建てた』と噂を聞き及び、仲間の元貴族たちと連れ立ってフローラの元を訪れた。
たまたま人手不足が深刻だった為に、フローラたちにしても利はあったから受け入れただけなのを、侯爵たちは『能力を見込まれた』と勝手に勘違いをして現在までに至っている。
そして若く美しい独り身の女王を手に入れて、将来性に明るい展望を見せ始めているアタナシアをも手に入れようと、侯爵は野心の炎を燃やしていた。
―――
「……ふう! いい汗をかいたな。今日の修練はここまでにしよう」
日課の修練を終えて、『さてどうするか』と剣聖クレールは頭の片隅で考えながら、建築途中の王宮の様子を眺めつつ、なんとなしに歩いていた。
そんな時、クレールの耳に回廊の奥まった所から、2人の男の話し声が聞こえてきた。
いつもはこういう声には耳を傾けず、足早にその場を去るのだが、その内容に、クレールはそうする事ができないでいた。
ここ最近の彼を悩ませている事、そのものが話題だったから、クレールは思わず聞き耳を立ててしまっていた。
(き、聞き耳を立てるなど、恥ずべき行為だが、どうしても気になるのだ……)
「やれやれ、あの元侯爵殿にも参りましたね」
「まさか筒抜けとは彼らも思っていないでしょう。声が大きいだけで、頭数以上の力は持っていませんから、放っておいてもいいのでしょうけど……」
クレールはこの声色に心当たりがあった。
わりと初期の頃からフローラに従っていた者たちだった。
「ただ、こうなってくると、フローラさまのご結婚は急いだほうがいいかもしれませんね」
「ええ、私もそれを懸念しています。クレールさまには期待していたのですが、あそこまで堅物だとは……おっと、これは失言でしたな」
(ん? 私の事か? 堅物なのはその通りだと思うが、期待外れとは……)
「仕方がありません。本当の事ですからね。しかし、あの噂が真実なら……」
(う……うぬうう! み、皆はそう思っていたのか……わ、私だって、フローラさまの事は……)
「そうですね、クレールさまは男色という話ですし……」
「声が大きいですぞ」
「この時間なら、また司祭さまと『くんずほぐれつ』、お楽しみの最中ですよ」
「ああ、そうでしたな。司祭さまも、まさかあんな趣味だったとは……」
(な、なんだと……? 私が男色……? どこからそんな噂が?)
やがて男たちは噂話をやめてその場を去って行ったが、話の内容が全く想定外だっただけに、クレールはあれこれと考えを巡らせて、その場に留まり続けていた。
そしてある考えに至った事で、ここ最近の違和感に納得しかけていた。
(まさか、フローラさまと何も無かったから、そのせいで男色と誤解されたのか? そう考えるとタイミング的にもしっくりくる……)
悩み事の一つの謎が解けて、彼は幾分か気が晴れたが、それよりもフローラを取り巻く環境が変わって行くことに焦りを感じていた。
(想いが叶わないのは構わない。残念だが……それは仕方の無い事だ。でも、誤解されたままは嫌だ……)
剣聖クレールは、いまいち煮え切らない男だ。
だが、一旦想いを定めれば、どこまでも突き進む男でもある。
愛と忠義の為にと、命でさえも投げ出した過去もある。
そんな男が静かに燃えるオーラを纏わせて、意を決したような顔で彼方の空を見上げていた。
(当たって砕けてやる!)
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結果が見えていても言い出すのは勇気が必要ですけどね(´ー+`)
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