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第2章『聖女王フローラ』
第40話「策士の帰還」
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フローラは久しぶりの人物の来訪を受けて、山積する問題のひとつが速やかに解決しそうな気になって、少しばかり心が楽になった錯覚を覚えていた。
旧オルビア王国を実質、一人きりの力で滅ぼし尽くしたあの男が女王に片膝をついて敬意を表している。
シバとフローラは勿論、面識がある。
オルビア神殿で聖女の座にあった折、シバは何度となく神殿までフローラの姿をストーキングもしていたし、その内の何度かは面会もしている。
ようやく求め続けた心の女神に拝謁できた事を、シバは内心で狂喜乱舞していた。
そしてこの男の脳内では、大陸中のあまねく諸国、その地域を支配下に治める偉大な女王フローラの姿が映し出されていた。
それこそが彼が一生涯を捧げて成し遂げたい究極の目標だった。
「お久しぶりでございます」
シバは正に感無量という感じでその顔を綻ばせていた。
「本当にお久しぶりですね。影ながら支えて下さった事を、私はどう報いれば良いでしょうか?」
「何も」
短くそう答えたシバの顔は澄み切っている。
「それでは申し訳が……」
本当に済まなさそうにしているフローラだったが、シバはそんな彼女に己の胸の内を明かした。
「宜しいですか? 女王陛下。私は影ながらに策謀を巡らせる策士です。そのような存在が目立つ立場を得るのも、栄華に浴するのも良い手段とは言えません。女王陛下にお仕えする忠実な臣下であり続けられるなら、それこそ望外の喜び。他には何も要りません」
女王を真っ直ぐに見据えてそう答えた。
「決意は固そうですね。功臣に報いる事ができず、心苦しいですが……」
確かにフローラの性格では、おいそれとは受け入れがたいだろう。
「お気になさらずに。今後はそちらの司祭さまと密に連絡を取ります。程なく大きな土産を献上できるでしょう」
「そういう事です。王や女王にはイメージが大切ですから、謀は我らにお任せになって、どうかこれまで通りの清廉な御方のままで……」
リコ司祭がシバの言葉にこう付け加えた。
かつて謀でプリシラ王女を転落させたのは、外らなぬ、このリコ司祭だった。実の所、彼は策謀が得意なほうだと言える。シバと手を結ぶのならさぞかし黒い陰謀を張り巡らせるだろう。
確かに女王としては余り立ち入るべきではない。
「そうですよ。人には分というものがあります。それは女王陛下も良くご存知のはずではないでしょうか?」
傍らのクレールが優しく微笑みながらそう言ってきた。
フローラにとってはその言葉も嬉しいのだが、やはりクレールの見せる笑顔が心に染み入る。そして同時に辛い気持ちも感じてしまっている。
(もう! この天然男を誰かどうにかして下さい……)
「そう言えば女王陛下の縁談も、そろそろ考えないとですな」
シバの口から爆弾が投下された。
この言葉には、当のフローラ以上にクレールの方が硬直していた。
「そうですね。女王陛下のお気持ちもありますから急ぎはしませんが、何時までもお一人のままと言うのも……」
「そうですね。私もそれについては色々考えてはいます。女王に就いた以上は、自分の気持ちだけを優先するわけにも行きません」
"ちらり"と、隣の剣聖を見遣る。
常に傍にいるくせに、それでいて遠くに感じるこの男に、フローラは複雑な感情を表情に現わしているが、相も変わらず鈍感男は気付く素振りさえ見せない。
(固まってないで何とか言ったらどうですか? 私の気持ちが変わらない保証などないのですよ)
―――
「女王陛下に拝謁します」
この日の午後、蜥蜴人のロルキが女王の謁見の間にやって来た。
先日、フローラが司祭や巫女たちを伴い、ロルキの里を訪れていたのだ。
蜥蜴人たちを古い時代から苦しめる疫病を、フローラやリコ司祭の懸命な治療で見事に快復させる事ができていた。
ロルキにしてみれば竜神のお告げに従っただけで、結果がどう転ぼうと受け入れるつもりではいたが、望みが叶えば当然、嬉しいし、恩義を受けたのなら蜥蜴人は必ず返そうとする。
今日はその返礼の使者として聖都までやって来ていた。
「その後は大事はありませんか?」
蜥蜴人の様子は事前に届いた知らせで、その状況はフローラたちも把握はしている。
かつては聖女だったのだ。当然ながら彼らが病を克服した事を、フローラは心から喜んでいた。
「女王さまのお陰で多くの者が救われました。このご恩に報いる為、森林の我ら蜥蜴人の全氏族は女王陛下のご命令に従います。それもまた竜神さまのお導きですので」
謁見の間からざわめきが起こっていた。
多くは好意的な反応だったが、一部からは批判的な声も上がっていた。
「ふん。何が竜神だ! そんなものが本当に居るなら連れて来い!! 女王陛下もそんな世迷言に惑わされるとは……」
旧オルビアのオールバンズ侯爵だった。
この男は旧オルビアの貴族や官僚を集めて派閥を形成しつつあった。
さしづめ、フローラと権勢を争うつもりでいるのだろうか。
不敵な笑みを浮かべて、フローラに視線を向けていた。
そして如何にも受け入れ難い言葉を吐いた。
*****
いい感じのクズの親玉です(´ー+`)
*****
旧オルビア王国を実質、一人きりの力で滅ぼし尽くしたあの男が女王に片膝をついて敬意を表している。
シバとフローラは勿論、面識がある。
オルビア神殿で聖女の座にあった折、シバは何度となく神殿までフローラの姿をストーキングもしていたし、その内の何度かは面会もしている。
ようやく求め続けた心の女神に拝謁できた事を、シバは内心で狂喜乱舞していた。
そしてこの男の脳内では、大陸中のあまねく諸国、その地域を支配下に治める偉大な女王フローラの姿が映し出されていた。
それこそが彼が一生涯を捧げて成し遂げたい究極の目標だった。
「お久しぶりでございます」
シバは正に感無量という感じでその顔を綻ばせていた。
「本当にお久しぶりですね。影ながら支えて下さった事を、私はどう報いれば良いでしょうか?」
「何も」
短くそう答えたシバの顔は澄み切っている。
「それでは申し訳が……」
本当に済まなさそうにしているフローラだったが、シバはそんな彼女に己の胸の内を明かした。
「宜しいですか? 女王陛下。私は影ながらに策謀を巡らせる策士です。そのような存在が目立つ立場を得るのも、栄華に浴するのも良い手段とは言えません。女王陛下にお仕えする忠実な臣下であり続けられるなら、それこそ望外の喜び。他には何も要りません」
女王を真っ直ぐに見据えてそう答えた。
「決意は固そうですね。功臣に報いる事ができず、心苦しいですが……」
確かにフローラの性格では、おいそれとは受け入れがたいだろう。
「お気になさらずに。今後はそちらの司祭さまと密に連絡を取ります。程なく大きな土産を献上できるでしょう」
「そういう事です。王や女王にはイメージが大切ですから、謀は我らにお任せになって、どうかこれまで通りの清廉な御方のままで……」
リコ司祭がシバの言葉にこう付け加えた。
かつて謀でプリシラ王女を転落させたのは、外らなぬ、このリコ司祭だった。実の所、彼は策謀が得意なほうだと言える。シバと手を結ぶのならさぞかし黒い陰謀を張り巡らせるだろう。
確かに女王としては余り立ち入るべきではない。
「そうですよ。人には分というものがあります。それは女王陛下も良くご存知のはずではないでしょうか?」
傍らのクレールが優しく微笑みながらそう言ってきた。
フローラにとってはその言葉も嬉しいのだが、やはりクレールの見せる笑顔が心に染み入る。そして同時に辛い気持ちも感じてしまっている。
(もう! この天然男を誰かどうにかして下さい……)
「そう言えば女王陛下の縁談も、そろそろ考えないとですな」
シバの口から爆弾が投下された。
この言葉には、当のフローラ以上にクレールの方が硬直していた。
「そうですね。女王陛下のお気持ちもありますから急ぎはしませんが、何時までもお一人のままと言うのも……」
「そうですね。私もそれについては色々考えてはいます。女王に就いた以上は、自分の気持ちだけを優先するわけにも行きません」
"ちらり"と、隣の剣聖を見遣る。
常に傍にいるくせに、それでいて遠くに感じるこの男に、フローラは複雑な感情を表情に現わしているが、相も変わらず鈍感男は気付く素振りさえ見せない。
(固まってないで何とか言ったらどうですか? 私の気持ちが変わらない保証などないのですよ)
―――
「女王陛下に拝謁します」
この日の午後、蜥蜴人のロルキが女王の謁見の間にやって来た。
先日、フローラが司祭や巫女たちを伴い、ロルキの里を訪れていたのだ。
蜥蜴人たちを古い時代から苦しめる疫病を、フローラやリコ司祭の懸命な治療で見事に快復させる事ができていた。
ロルキにしてみれば竜神のお告げに従っただけで、結果がどう転ぼうと受け入れるつもりではいたが、望みが叶えば当然、嬉しいし、恩義を受けたのなら蜥蜴人は必ず返そうとする。
今日はその返礼の使者として聖都までやって来ていた。
「その後は大事はありませんか?」
蜥蜴人の様子は事前に届いた知らせで、その状況はフローラたちも把握はしている。
かつては聖女だったのだ。当然ながら彼らが病を克服した事を、フローラは心から喜んでいた。
「女王さまのお陰で多くの者が救われました。このご恩に報いる為、森林の我ら蜥蜴人の全氏族は女王陛下のご命令に従います。それもまた竜神さまのお導きですので」
謁見の間からざわめきが起こっていた。
多くは好意的な反応だったが、一部からは批判的な声も上がっていた。
「ふん。何が竜神だ! そんなものが本当に居るなら連れて来い!! 女王陛下もそんな世迷言に惑わされるとは……」
旧オルビアのオールバンズ侯爵だった。
この男は旧オルビアの貴族や官僚を集めて派閥を形成しつつあった。
さしづめ、フローラと権勢を争うつもりでいるのだろうか。
不敵な笑みを浮かべて、フローラに視線を向けていた。
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