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第2章『聖女王フローラ』
第36話「聖都ユハの活気と招かれざる客」
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聖都ユハでは、ニラとドリアンの収穫が相次いでいた。
それと言うのも例の野菜の杖と、野菜モーニングスターで植えた作物は通常の4倍の速さで収穫を行う事ができる。
ヒルダは確かに、フローラの建国事業に大きく貢献できると言ったが、その言葉に偽りは無かった。
いまやアタナシアは、ニラとドリアンで保っていると言える。
農地を巡っては野菜の武器を振り回すのが、ここ最近のフローラの日課になりつつある。
ただ、不思議な事に毎日素振りを続けているのに、彼女は少しも女性らしさを失わない。
「本当、不公平よね」
今日も元気に野菜の杖を振り回すフローラを見て、少し恨めしそうな顔でイルマがそうこぼしていた。
「あたしはどんな女王陛下でもOKよ!」
「敢えてそれがどういう意味かは聞きませんよ……」
(今日もフローラさまは何て麗しいの! クレールさまがあっち系なのだし、私たちもそっち系でどうですか! フローラさま!!)
「ミランダさん、聞いてます?」
「え? 何か言った?」
「いえ、おかしな妄想してないで、収穫しましょうよ」
「そうね、フローラさま臭がする、この子たちを収穫するのも私にはご褒美なの」
フローラさま臭ってどんな匂いよ、と、ツッコミたかったが、その手の話になるとミランダは、途端に満開の百合の花を咲かせるのを、イルマは身に染みて理解している。
「ミランダさんとクレールさま、意外とお似合いかも」
百合と薔薇でお似合いよ。イルマはそういう黒い考えをしていた。
「クレールさまは、司祭さまにぞっこんでしょ。それに煮え切らない男はあたしの好みじゃないの」
「煮え切らないって部分には同感ですね。折角、お姉さまの恋も実ると思ったのに」
イルマとミランダは、こんな雑談を交わしながら収穫に精を出すが、見渡す限り広大な農地にはもの凄い数の農作物が実っている。
アタナシアは徐々に人が集まりつつあるが、それでも総人口は五百人に満たない。これでは国と言うよりは、規模としては遊牧民の部族と大差無かった。
少し前までは収穫物のほうが圧倒的に足りなかったのに、今では人手のほうがずっと足りていない。
港町パトラをまるごとマイオ島に移転しようという話もあるが、それには数百戸の家と港が必要になる。計画だけは色々あるが、兎にも角にも人が足りなかった。
―――
森林調査から戻ったヴァージルは早速、リコ司祭などと、蜥蜴人の件を話し合っていた。
「ヴァージル卿の見立てなら信用しても良いと思いますよ」
他からも特に反対意見は出なかった。
この為、日を選んで蜥蜴人のロルキはフローラに謁見が叶う事になった。
協力的とも、友好的とも言えるロルキに朗報をもたらすことができて、ヴァージルも心から喜んでいた。
聖都の行政はリコ司祭とヴァージルで担っている。
最終的な裁可はフローラの承認を得ないと実行さえできないが、計画は彼ら年長の二人が立てて、ユーグら若い世代が実行に移している。
エンシオは『精神科医』を探すと言ってアドネリアに戻ったが、皇国の皇太子アルベールは何だか居ついてしまっていた。
「居候なのも申し訳ないので、仕事を振ってくれたらお役に立ちますよ」
いつもの笑顔と物腰の柔らかさで、アルベールはこう言ってきた。
東の大国、夏の国の皇太子でありながら、彼は夏では珍しく西方人の容貌と髪の色をしている。それに何より『らしくない』のは、人懐っこい笑顔と性格、そして腰の低さだ。
女王であるフローラはともかく、その家臣であるヴァージルたちにも礼儀を尽くしてくる。そんなアルベールはすっかりアタナシアの一員として認識されつつあった。
「今の所は農地の人手不足が深刻ですが、まさか夏の皇太子のアルベールさまにそれは……」
言い掛けてやはりそれはと思ったのだろう。リコ司祭は言葉を切ってアルベールの反応を待っている。
「何でもやりますって! 収穫ですね。任せて下さい!」
ガッツポーズを作って爽やかに笑って見せる。本当にこういう事が絵になる男である。しかも少しもわざとらしくは見えない。
「それでは申し訳ありませんがお願いします」
―――
森林調査から戻ったヴァージルは、昔の仲間を連れて新しくオープンした酒場に立ち寄っていた。聖都ユハにはこの酒場をはじめ、食料品などを扱う雑貨屋、武器等を扱う鍛冶屋も相次いで開店する事になっている。
それらの視察も兼ねて息抜きにやって来ていた。
しかし、ヴァージルは、そこで信じたくない光景を目の当たりにしていた。
忘れ去りたい過去が、こんな所まで彼を追いかけてきていた。
事情を良く知るオルセンも、ヴァージルと同様に驚いているが、同時に怒りも感じてもいた。
そんなオルセンの様子を、ヴァージルも敏感に感じ取り、それを制する為に重い口を開いた。
「久しぶりだな、ダミアン……それから、アイダも変わりはないようだ」
とてもそんな気分では無かったが、仕方なく少しばかり微笑んで見せる。
「驚いたよ。まさかここで出会うとはね。クソ兄貴、しぶとく生きてやがったとはな」
「ふん。自分の妻に暴力ふるうようなクズが、聖都で何をしているのさ?」
「……いまはこの国に仕えている。お前たちこそ何の用だ?」
ダミアンと言うのがヴァージルの7歳下の弟で、現在のヴィガン男爵だ。そして隣の女の名がアイダ。かつてヴァージルの妻だった女だが、現在ではダミアンの妻の座に収まっている。
ヴァージルの問いに、ダミアンは自信満々にこう答えた。
「貴様のような交易商人風情が出る幕じゃねえよ! ぶっ殺されたくなかったら失せろ。クズ兄貴♪」
下卑た笑いを浮かべつつ、見下すような視線を浴びせてくる。
自分のほうが絶対的に上位だと言わんばかりに、ダミアンは高飛車に振舞っていた。
「きゃはははは! そんなに虐めたら可哀相だよ。どうせここでも下っ端だろうし? あははは!」
「ヴィガン男爵家を絶やすわけにはいかない。ダミアン、早々にここから立ち去れ」
弟と、かつての妻の振る舞いに、怒りを感じないわけではなかったが、それでも血を分けた兄弟だから、ダミアンに累が及ぶことを避ける為に、ヴァージルは『最後の警告』をした。
*****
いい感じのクズを2匹補充しました(´ー+`)
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それと言うのも例の野菜の杖と、野菜モーニングスターで植えた作物は通常の4倍の速さで収穫を行う事ができる。
ヒルダは確かに、フローラの建国事業に大きく貢献できると言ったが、その言葉に偽りは無かった。
いまやアタナシアは、ニラとドリアンで保っていると言える。
農地を巡っては野菜の武器を振り回すのが、ここ最近のフローラの日課になりつつある。
ただ、不思議な事に毎日素振りを続けているのに、彼女は少しも女性らしさを失わない。
「本当、不公平よね」
今日も元気に野菜の杖を振り回すフローラを見て、少し恨めしそうな顔でイルマがそうこぼしていた。
「あたしはどんな女王陛下でもOKよ!」
「敢えてそれがどういう意味かは聞きませんよ……」
(今日もフローラさまは何て麗しいの! クレールさまがあっち系なのだし、私たちもそっち系でどうですか! フローラさま!!)
「ミランダさん、聞いてます?」
「え? 何か言った?」
「いえ、おかしな妄想してないで、収穫しましょうよ」
「そうね、フローラさま臭がする、この子たちを収穫するのも私にはご褒美なの」
フローラさま臭ってどんな匂いよ、と、ツッコミたかったが、その手の話になるとミランダは、途端に満開の百合の花を咲かせるのを、イルマは身に染みて理解している。
「ミランダさんとクレールさま、意外とお似合いかも」
百合と薔薇でお似合いよ。イルマはそういう黒い考えをしていた。
「クレールさまは、司祭さまにぞっこんでしょ。それに煮え切らない男はあたしの好みじゃないの」
「煮え切らないって部分には同感ですね。折角、お姉さまの恋も実ると思ったのに」
イルマとミランダは、こんな雑談を交わしながら収穫に精を出すが、見渡す限り広大な農地にはもの凄い数の農作物が実っている。
アタナシアは徐々に人が集まりつつあるが、それでも総人口は五百人に満たない。これでは国と言うよりは、規模としては遊牧民の部族と大差無かった。
少し前までは収穫物のほうが圧倒的に足りなかったのに、今では人手のほうがずっと足りていない。
港町パトラをまるごとマイオ島に移転しようという話もあるが、それには数百戸の家と港が必要になる。計画だけは色々あるが、兎にも角にも人が足りなかった。
―――
森林調査から戻ったヴァージルは早速、リコ司祭などと、蜥蜴人の件を話し合っていた。
「ヴァージル卿の見立てなら信用しても良いと思いますよ」
他からも特に反対意見は出なかった。
この為、日を選んで蜥蜴人のロルキはフローラに謁見が叶う事になった。
協力的とも、友好的とも言えるロルキに朗報をもたらすことができて、ヴァージルも心から喜んでいた。
聖都の行政はリコ司祭とヴァージルで担っている。
最終的な裁可はフローラの承認を得ないと実行さえできないが、計画は彼ら年長の二人が立てて、ユーグら若い世代が実行に移している。
エンシオは『精神科医』を探すと言ってアドネリアに戻ったが、皇国の皇太子アルベールは何だか居ついてしまっていた。
「居候なのも申し訳ないので、仕事を振ってくれたらお役に立ちますよ」
いつもの笑顔と物腰の柔らかさで、アルベールはこう言ってきた。
東の大国、夏の国の皇太子でありながら、彼は夏では珍しく西方人の容貌と髪の色をしている。それに何より『らしくない』のは、人懐っこい笑顔と性格、そして腰の低さだ。
女王であるフローラはともかく、その家臣であるヴァージルたちにも礼儀を尽くしてくる。そんなアルベールはすっかりアタナシアの一員として認識されつつあった。
「今の所は農地の人手不足が深刻ですが、まさか夏の皇太子のアルベールさまにそれは……」
言い掛けてやはりそれはと思ったのだろう。リコ司祭は言葉を切ってアルベールの反応を待っている。
「何でもやりますって! 収穫ですね。任せて下さい!」
ガッツポーズを作って爽やかに笑って見せる。本当にこういう事が絵になる男である。しかも少しもわざとらしくは見えない。
「それでは申し訳ありませんがお願いします」
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森林調査から戻ったヴァージルは、昔の仲間を連れて新しくオープンした酒場に立ち寄っていた。聖都ユハにはこの酒場をはじめ、食料品などを扱う雑貨屋、武器等を扱う鍛冶屋も相次いで開店する事になっている。
それらの視察も兼ねて息抜きにやって来ていた。
しかし、ヴァージルは、そこで信じたくない光景を目の当たりにしていた。
忘れ去りたい過去が、こんな所まで彼を追いかけてきていた。
事情を良く知るオルセンも、ヴァージルと同様に驚いているが、同時に怒りも感じてもいた。
そんなオルセンの様子を、ヴァージルも敏感に感じ取り、それを制する為に重い口を開いた。
「久しぶりだな、ダミアン……それから、アイダも変わりはないようだ」
とてもそんな気分では無かったが、仕方なく少しばかり微笑んで見せる。
「驚いたよ。まさかここで出会うとはね。クソ兄貴、しぶとく生きてやがったとはな」
「ふん。自分の妻に暴力ふるうようなクズが、聖都で何をしているのさ?」
「……いまはこの国に仕えている。お前たちこそ何の用だ?」
ダミアンと言うのがヴァージルの7歳下の弟で、現在のヴィガン男爵だ。そして隣の女の名がアイダ。かつてヴァージルの妻だった女だが、現在ではダミアンの妻の座に収まっている。
ヴァージルの問いに、ダミアンは自信満々にこう答えた。
「貴様のような交易商人風情が出る幕じゃねえよ! ぶっ殺されたくなかったら失せろ。クズ兄貴♪」
下卑た笑いを浮かべつつ、見下すような視線を浴びせてくる。
自分のほうが絶対的に上位だと言わんばかりに、ダミアンは高飛車に振舞っていた。
「きゃはははは! そんなに虐めたら可哀相だよ。どうせここでも下っ端だろうし? あははは!」
「ヴィガン男爵家を絶やすわけにはいかない。ダミアン、早々にここから立ち去れ」
弟と、かつての妻の振る舞いに、怒りを感じないわけではなかったが、それでも血を分けた兄弟だから、ダミアンに累が及ぶことを避ける為に、ヴァージルは『最後の警告』をした。
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