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第2章『聖女王フローラ』
第38話「ヴァージルの過去①」
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おかしいぞ……
ここ最近、いや、具体的に言えば、フローラさまと洞窟の一夜を過ごしてから皆の私を見る目がおかしいのだが?
年齢が近い者たちや目上の方たちはそうでもないが、若い世代は遠巻きにヒソヒソするか、声を掛けてもほぼ必ず用事があると言われて、避けられてしまう。
何故だ……
私は鋼鉄の意思があるように思われがちだが……
こう見えて繊細なんだ。
これはアナスタシアに聞いてみるしかないな……
この時間なら彼女は木陰で読書中のはずだ……
「アナスタシア……はああ……」
クレールは死んだ魚のような目をして、うららかな午後の日差しを楽しむアナスタシアに声を掛けた。
沈んだ表情のクレールと対比して、アナスタシアは想い人の声を耳にできて、大層嬉しそうにしている。
顔中にぱあっと花を咲かせたような、弾んだ声でこう答えた。
「あ! クレールさま、どうなさいました?」
(いいえ、理由は聞かなくても存じ上げておりますが、アナスタシアは愛の為に敢えて知らないふりを致します。これも貴方さまがヘタレなのが悪いのですよ? 私にとっては絶好機ですけども。ふふふ)
「聞いてくれるか? もうそなたしか頼る者は……」
(女王陛下にお気持ちを打ち明ければ即座に解決するのに、その辺は15歳くらいの男の子と大差無いですからね。ひとたび戦いに赴けば、鋼の意思で並み居る敵を粉砕してしまうのに、本当に不器用なお方)
「こういう事なのだ……」
繊細というよりは、ただのヘタレなだけの剣聖は更に表情を暗くしていた。
「み、皆さん忙しいのですよ!」
ここ最近の若者世代の素っ気なさを気にして、気持ちが落ち込んでいるとアナスタシアに相談を始めるクレールだったが、そのアナスタシアの瞳の奥に策士の黒い欲望が渦巻いているとは、全く気付いていなかった。
言葉では当たり障りの無いものを並べているが、その実、彼女の頭の中にはクレールの男児を出産しているシーンが再生されている。
かの剣聖クレールは最早、完全にアナスタシアの毒牙に落ちていたのだ。
(でもこの方が相手だと、進展遅そうで私も苦労しそうですね……)
「そ、そうか、今日はもう寝る……はああ……」
覚束ない足取りでクレールは、とぼとぼと去って行った。
「明日になれば気持ちも晴れていますからね!」
頼りなく小さい剣聖の背中を、黒いアナスタシアは見送りながらこう思っていた。
(いいえ、いたずらに時間を置けば、ますます噂は真実味を帯びて行くでしょう。これはそろそろ次の段階に……)
―――
最近、噂の聖都の町にも来てみたかったけど、親衛隊は女王陛下のお傍を離れられませんからね。
こういう機会は有難いものです。
アナスタシアは、大勢の人々がさまざまな建物を建築しているさまを、これから聖都が発展していく未来に想いを馳せつつ、楽しそうに眺めていた。
そんな束の間の休息を楽しむアナスタシアを、遠目から注視する二人組が居た。30代くらいの男女で、男のほうがダミアン、女のほうがアイダという名の夫婦だ。
やがて男のほうが立ち止まって、遠くを眺めるアナスタシアに声を掛けた。
「そちらの女性の方、女王陛下の親衛隊の方!」
周りを見渡すが親衛隊隊士は自分しか居ない。
呼ばれているのを無視するは非礼にあたる。そう思ったアナスタシアは声の主に身体を向けて軽く頭を下げた。
「急に呼び止めて申し訳ない」
ダミアンの方も軽く頭を下げるが、その目は厭らしくアナスタシアの全身に貼り付いている。
「……何かご用でしょうか?」
不快な視線を感じはしたが、今日のダミアンは正装をしていた。見た目から明らかに貴族だと分かる。下手な事はするべきではないと瞬時に判断したアナスタシアは、とりあえずダミアンに付き合ってやる事にした。
「貴女は女王陛下の親衛隊を束ねていると聞いているが?」
「ええ、そうですが……」
「やっぱりか。なら単刀直入に頼もう。女王陛下とお会いしたいのだが、話を通してくれまいか?」
(そういう事はちゃんとした受付係が居るのに、何故私に頼むのでしょう?)
「担当官に予定を組んでもらって頂けますか?」
「それだと時間が掛かるのよ! あんた親衛隊隊長なんだろ? だったらちゃっちゃと済ませておくれよ。気が利かない女だね」
迷惑そうな顔をしたアイダが、横合いから急に割って入って来た。
「アイダの言い方は非礼な物言いで済まないが、要するにそういう事だ。私はヴィガン男爵と言う。オルビアの貴族だ」
(……ヴァージルさまの弟君? なら信用しても良さそう?)
「立ち話もなんだし少しだけでいい。時間をくれないか?」
(急いでいるわけでも無いですし、女王陛下に近付きたい魂胆を探ってみましょうかね?)
「分かりました」
*****
あ、出てきたと思ったら高速で消えたクレールでした(´ー+`)
*****
ここ最近、いや、具体的に言えば、フローラさまと洞窟の一夜を過ごしてから皆の私を見る目がおかしいのだが?
年齢が近い者たちや目上の方たちはそうでもないが、若い世代は遠巻きにヒソヒソするか、声を掛けてもほぼ必ず用事があると言われて、避けられてしまう。
何故だ……
私は鋼鉄の意思があるように思われがちだが……
こう見えて繊細なんだ。
これはアナスタシアに聞いてみるしかないな……
この時間なら彼女は木陰で読書中のはずだ……
「アナスタシア……はああ……」
クレールは死んだ魚のような目をして、うららかな午後の日差しを楽しむアナスタシアに声を掛けた。
沈んだ表情のクレールと対比して、アナスタシアは想い人の声を耳にできて、大層嬉しそうにしている。
顔中にぱあっと花を咲かせたような、弾んだ声でこう答えた。
「あ! クレールさま、どうなさいました?」
(いいえ、理由は聞かなくても存じ上げておりますが、アナスタシアは愛の為に敢えて知らないふりを致します。これも貴方さまがヘタレなのが悪いのですよ? 私にとっては絶好機ですけども。ふふふ)
「聞いてくれるか? もうそなたしか頼る者は……」
(女王陛下にお気持ちを打ち明ければ即座に解決するのに、その辺は15歳くらいの男の子と大差無いですからね。ひとたび戦いに赴けば、鋼の意思で並み居る敵を粉砕してしまうのに、本当に不器用なお方)
「こういう事なのだ……」
繊細というよりは、ただのヘタレなだけの剣聖は更に表情を暗くしていた。
「み、皆さん忙しいのですよ!」
ここ最近の若者世代の素っ気なさを気にして、気持ちが落ち込んでいるとアナスタシアに相談を始めるクレールだったが、そのアナスタシアの瞳の奥に策士の黒い欲望が渦巻いているとは、全く気付いていなかった。
言葉では当たり障りの無いものを並べているが、その実、彼女の頭の中にはクレールの男児を出産しているシーンが再生されている。
かの剣聖クレールは最早、完全にアナスタシアの毒牙に落ちていたのだ。
(でもこの方が相手だと、進展遅そうで私も苦労しそうですね……)
「そ、そうか、今日はもう寝る……はああ……」
覚束ない足取りでクレールは、とぼとぼと去って行った。
「明日になれば気持ちも晴れていますからね!」
頼りなく小さい剣聖の背中を、黒いアナスタシアは見送りながらこう思っていた。
(いいえ、いたずらに時間を置けば、ますます噂は真実味を帯びて行くでしょう。これはそろそろ次の段階に……)
―――
最近、噂の聖都の町にも来てみたかったけど、親衛隊は女王陛下のお傍を離れられませんからね。
こういう機会は有難いものです。
アナスタシアは、大勢の人々がさまざまな建物を建築しているさまを、これから聖都が発展していく未来に想いを馳せつつ、楽しそうに眺めていた。
そんな束の間の休息を楽しむアナスタシアを、遠目から注視する二人組が居た。30代くらいの男女で、男のほうがダミアン、女のほうがアイダという名の夫婦だ。
やがて男のほうが立ち止まって、遠くを眺めるアナスタシアに声を掛けた。
「そちらの女性の方、女王陛下の親衛隊の方!」
周りを見渡すが親衛隊隊士は自分しか居ない。
呼ばれているのを無視するは非礼にあたる。そう思ったアナスタシアは声の主に身体を向けて軽く頭を下げた。
「急に呼び止めて申し訳ない」
ダミアンの方も軽く頭を下げるが、その目は厭らしくアナスタシアの全身に貼り付いている。
「……何かご用でしょうか?」
不快な視線を感じはしたが、今日のダミアンは正装をしていた。見た目から明らかに貴族だと分かる。下手な事はするべきではないと瞬時に判断したアナスタシアは、とりあえずダミアンに付き合ってやる事にした。
「貴女は女王陛下の親衛隊を束ねていると聞いているが?」
「ええ、そうですが……」
「やっぱりか。なら単刀直入に頼もう。女王陛下とお会いしたいのだが、話を通してくれまいか?」
(そういう事はちゃんとした受付係が居るのに、何故私に頼むのでしょう?)
「担当官に予定を組んでもらって頂けますか?」
「それだと時間が掛かるのよ! あんた親衛隊隊長なんだろ? だったらちゃっちゃと済ませておくれよ。気が利かない女だね」
迷惑そうな顔をしたアイダが、横合いから急に割って入って来た。
「アイダの言い方は非礼な物言いで済まないが、要するにそういう事だ。私はヴィガン男爵と言う。オルビアの貴族だ」
(……ヴァージルさまの弟君? なら信用しても良さそう?)
「立ち話もなんだし少しだけでいい。時間をくれないか?」
(急いでいるわけでも無いですし、女王陛下に近付きたい魂胆を探ってみましょうかね?)
「分かりました」
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あ、出てきたと思ったら高速で消えたクレールでした(´ー+`)
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