うっかり聖女を追放した王国は、滅びの道をまっしぐら! 今更戻れと言われても戻りません。~いつの間にか伝説の女王になっていた女の物語~

珠川あいる

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第1章『流浪の元聖女』

第21話「フローラさま、半分くらい覚醒する」

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「最早この地上は貴方の居るべき場所ではありません! 女神さまのお力を願って、私が貴方に天罰を下します!!」

 お願いします! 女神さま! 私の願いを!!

 空のずっと高い所に向かって、フローラはありったけの想いを放った。
 両手を胸の所で一つに組み、目を閉じて、心に女神の姿をイメージしている。
 
 突然、おかしな行動に出たと、クラウス王はボケっと眺めていた。
 どうせ何もできやしないとタカを括っている。

 ただ、思っている事は違えど、ヴァージルたちにしても同様だった。
 彼らも何をするかは聞かされていないからだ。
 ヴァージルも、リコ司祭も、イルマたちも固唾を飲んで見守っていた。
 何をするつもりは分からないが、フローラに賭けるしかなかった。

 その少しあと、フローラは膝をついて地面にうずくまった。顔中に脂汗を滲ませて、苦しい呼吸に胸を抑えている。

「フローラさま! どうしたのですか!!」

「お姉さま!! しっかりして下さい!」

 イルマが真っ先にフローラのそばに駆け寄った。
 苦しい呼吸に肩で息をして、それでも言葉にできなさそうだった。

「急に膝をついて、命乞いでもしたくなったか? くはは……は……はあ? な、な……なんだあれ……は……」

 うずくまるフローラに、追い討ちの言葉を浴びせたクラウス王が、天を指差して絶句している。王が見ている光景が、王の言葉を奪っていた。
 それもそのはずだった。

 厚く垂れこめた雲間から、フローラの頭上に一筋の光が差していた。
 空のずっと高い所でピカッと大きく光が弾けたと思ったら、今度は『リーン、リーン』と鐘の鳴る音か、それとも鈴の音なのか、思わず聞き惚れてしまうような、心地の良い音色が聞こえてきた。

 見る間に光はどんどん大きくなっていく、そして突然、『バサササッ』と何かが羽ばたく音がした。

 誰もがその羽ばたく大きな音に顔を顰めたしかめたが、いつの間にかに広がっていた不思議な光景に目を瞠ってみはっていた。

 には溢れんあふれんばかりの輝きと、堆くうずたかく積もった真っ白な羽根が満たされていた。

 そして信じられない事に、その場所には、輝く12枚の翼を持つ不思議な人影が立っていた。

 ――恐らく、天使と言う存在だろう。

 神話や絵画の世界から飛び出してきたような。
 正しく天使の姿をした美しい女性が、フローラに寄り添っていた。
 天使の女性に優しく触れられると、たちまちフローラの荒い呼吸は落ち着いて行った。

 天使の女性はフローラに、"にこり"と微笑んでこう言った。

「女神さまの命で貴女の元へと参りました。私は熾天使してんしオルネア、貴女の為に、私の全ての力をもって助力しましょう」

「て……天使さま……?」

 かすれる声を絞り出し、フローラは天使に呼び掛けた。

「聖女フローラ、貴女の仇敵は、この私の天罰の剣で残らず切り裂いてあげましょう。貴女はそこで休んでいて下さい。あのような害虫共は、一刀の下に滅び去りますから」

 そう言った熾天使オルネアは、手に持つ燃え盛る剣を無造作に横に払った。
 戦場に集う誰もが熾天使オルネアに視線を注いでいたが、意外な事に、ただ横に払っただけだった。
 見方によってはその直後に騒ぎ始めたこの愚王のように、『大したことが無い』と思うだろう。
 だが、その見方は大きな間違いだ。
 
「し、熾天使とか言いながら、それだけか! 案外大し―――ぐうああああぁぁぁぁぁ!!!」

 熾天使オルネアの『ただ横に払っただけ』の動作から、少しの間を置いて、燃え盛る剣の一閃が放たれた。
 凄まじいばかりの熾天使の一撃は、クラウス王の8千の軍勢を文字通り『一刀両断』にしてしまった。さすがに全てを倒し尽くしたわけではなかったが、それでもほとんどの兵士が身体を二つにされて、地面に無残な姿を晒していた。

「ぐあああ! き、斬れてるうううぅぅぅぅ! し、死ぬぅぅ、死んでしまあぁぁう!」

 熾天使の一撃を受けたクラウス王が、傷を抑えながら取り乱していた。

「へ……陛下! 指がちょっと切れてるだけです! お気を確かに!!」

 腕を切断された近衛騎士が、蒼褪めたあおざめた顔をしながら王を助けようとしていた。

「う、うるさい! どけ! この役立たずが! た、退却だ! おのれ小娘! 必ず仕返ししてやるからなあ!!」

 クラウス王はありきたりな捨て台詞を残すと、部下を見捨てて真っ先に逃げて行った。

 8千のオルビア軍は、熾天使オルネアの放った一撃で、およそ6千以上が一瞬で命を奪われていた。
 生き残った者たちも、手当てが遅れれば命を落とすかもしれない者や、そうでなくとも戦意を失った者、そんな者ばかりだったが、肝心の王は真っ先に逃げ出してしまったし、傷が浅い者たちも王の後を追うように、とっくに戦場を離れてしまっている。
 最早戦いを継続できる状態では無かった。

 勝負はあの一撃が放たれた瞬間に決していた。
 オルビア軍は、たった一人の聖女フローラの前に惨敗を喫したのだ。



―――



「さて聖女フローラ、貴女に少し話があります。具合はもう大丈夫でしょうか?」

 熾天使オルネアは、微笑みを絶やさずにそう尋ねてきた。

「はい、もうずいぶん良くなりました。ありがとうございます」

「ふふふ、素直な良い子です。でもさすがは巫女ユハの娘ですね」

 オルネアの口から意外な名前が出て、フローラはドキッとしていた。

「あ、あの、私の願いを聞いて下さったのは……」

「ユハの願いを聞き容れた女神の名は、ティエリと言います。およそ6千ほど存在する神々の中では、下位の実力を持っています。ですが人間が依り代になるには、それでも強すぎる力と言えますね」

「だから、私の母は……?」

 実の所フローラは、女神に願えば、自分も死ぬだろうと覚悟を決めていた。でもそれでもクレールや、他の皆を守りたいと思っていた。そう思っていたが、予想とは異なり、未だに自分が生きている事を不思議に思っていた。

「貴女の母親は、貴女ほどの実力は持っていなかったのです。聖女フローラ、今回貴女の願いを聞き容れて下さったのは、十二柱の最高神の一人です」

「……」

 お母さんは死んだのに……何故私だけ?

「貴女の心には、神々も羨むほどの、愛と優しさが溢れてあふれています。それこそが貴女が聖女である所以ゆえんです」

「それが私の素養に関係があるのですか? 母もとても優しい人でした。でも……」

「貴女ほどの人間に出会ったのは、とても、とても、久しぶりです。さすがはあの御方が選ばれただけはありますね」

「それはどういう意味ですか?」

 熾天使オルネアは、言うべきことだけを言っている感じだった。フローラの問いには何も答えずにいる。

「……聖女フローラ、それは貴女自身が努力を重ねて探し求めるべきです。そうは思いませんか?」

「そうですね、そうしてみます。天使さま……」

「ふふふ。素直な所も、あの御方から聞いていた通りですね」

 熾天使オルネアは大きく翼を広げると、"ふわり"とフローラを包み込んで抱きしめた。

「最後に女神さまからの伝言です『この戦いで、聖女フローラの為に身を捧げたすべての者に祝福を』それでは私は神界に戻りますね」

「はい、天使さま」

 フローラはその場で頭を下げた。

「聖女フローラ、貴女との再会を楽しみにしていますよ」

 降臨した時と同じように、心地よい音色を奏でながら、熾天使オルネアは空気に溶け込んで消えていった。



―――



 天使が降臨した戦いから3日が過ぎていた。
 女神の祝福が何を指すのは分からなかったが、戦いの翌日になると急に、クレールを始めとした、意識を失っていた者が一斉に意識を取り戻したのだ。
 一人づつというのならまだ分かる。
 だが一斉に同じ日の、しかも同じ時間帯に目覚めたのだから、これがきっと祝福なのだろう。
 クレールの身を心配していたフローラにとっては、何より嬉しい事だった。

「……フローラさま? あ、これは失礼しました」

 すやすやと寝息を立てていたクレールだったが、戸が開く音で目が覚めたようだ。
 目覚めた自分を覗きんでいたフローラに気が付いて、顔を赤くして照れている。
 あの凄まじい剣技で数十人もの敵兵を屠った男と、この真っ赤に頬を染める男が同一人物だとは、意外にも程があった。

「クレールさま、もう二度とあんな無茶はしないで下さいね。貴方さまが倒れている姿を見た時は、心臓が止まるかと思いましたよ?」

 そう言ってフローラは、迷惑そうな表情を作って少しだけ睨んでにらんで見せた。

「ご心配をおかけしたようで申し訳ありません」

 フローラは、半分くらいは冗談で言っているが、クレールは律義にも誠意を尽くしている。この男なりに申し訳ないと思ったのだろう。

「それが本心なら、大人しく静養して下さいね。身体の傷が良くなって歩けるようになるには、まだまだ時間が必要ですから」

 そして今度は顔いっぱいの笑顔でクレールを励ました。

「はい、おっしゃる通りに致します」

 女神さま。
 ありがとうございます。
 私の元にこの人を返してくれて……本当に感謝しています。
 
 久しぶりに訪れた平穏な時間に、二人はお互いに落ち着かない様子だった。
 けれども、そんなままならない事でさえも、二人にとっては心から楽しい事だった。
 しばらくこの平穏な時間が続いて欲しい。
 今のこの時間が止まっていてくれたなら、どんなにか幸せだろう。

 奇しくもこの二人は、この瞬間に、そういうふうに同じことを想っていた。





*****

次回から第2章です(´ー+`)

*****

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