うっかり聖女を追放した王国は、滅びの道をまっしぐら! 今更戻れと言われても戻りません。~いつの間にか伝説の女王になっていた女の物語~

珠川あいる

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第2章『聖女王フローラ』

第25話「威風堂々と滅びゆく」

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 この日、フローラの元には見知った人物が訪ねてきていた。
 オルビアからの使者と聞いて嫌な予感がしたが、使者の名前を聞くと複雑な気持ちが心に広がっていた。
 できればこんな形で再会したくはなかった。

「聖女フローラさまにご挨拶申し上げます」

 フローラの元に愚王からの使いとして、フェアラム伯爵がやってきていた。また前回の件だろうと、フローラだけでなく、皆が険しい表情でこの老人を見据えていた。

「お久しぶりですね。フェアラム伯爵さま、お元気そうで何よりです」

 笑顔を作ってあげたいと、心ではそう思うも、立場と状況の違いがそれを阻んでしまっている。

「いやははは、痛み入ります。では早速用件に入っても宜しいですかな?」

 前回の使者とは違い、フェアラム伯爵は実に堂々としており、冷や汗ひとつかいていない。
 爽やかな笑顔と余裕を振り撒いている。

「神殿に戻るつもりはありませんよ」

 フローラのほうもいつの間にか、苦笑いではあるが、少しばかり笑みをこぼしていた。

「戻って頂かなくて結構ですぞ。そのような下らない用事で参ったわけではありせんので」

 言いながら伯爵は"にこにこ"と笑って笑みを絶やそうとしない。

「では何の用ですか?」

 フローラの顔に怪訝けげんと言った色合いの表情が浮かぶ。

「クラウスの非礼をお詫びし、賠償というわけではありませんが、贈り物を持参致しました」

「受け取っても返せるものはありませんし、返すつもりもありませんよ」

「もとより礼など不要ですぞ。詫びのしるしですからな、はっはっは」

 この老人の話を聞いている者の中で、クレールだけはその真意を読み解いていた。
 当然クレールも老人とは面識がある。だからフェアラム伯爵の人となりも良く知っていた。

 最近の愚王の成した事の中では、偶然ではあるが、この老人を使者にしたのは正しい選択だ。その一点のみは評価に値する。

「どういうつもりでしょうか?」

 老人を問い質したといただしたのはリコ司祭だった。司祭も伯爵とは面識がある。

「どうもこうもありません、司祭さま。クラウスがフローラさまに行った非道は天に唾するものです。ですから、せめてお詫びだけはと、オルビア王家伝来の宝物と、王都の財貨を持参致しました」

 伯爵は司祭に対して軽く頭を下げた。
 88歳とは思えないしなやかさと、きびきびとした動きを見せて、フローラに従う者たちも、思わず老人に見惚れていた。
 
「兄上は知っているのですか?」

「いいや、知らぬよ。だがそなたも知っておろう? 王家の宝物と財貨はフェアラム家が管理するのがしきたりじゃ。当主のワシが使い道を定めても問題はないはずじゃよ」

 そしてまた『はははは』と笑う。全くもって笑顔が似合う。

「本当に構わないのですか?」

 話の流れから判断すると、伯爵は信用しても良さそうだった。
 何よりこの老人の人となりを知っているフローラは、それで本当に構わないのかと尋ねてみた。

「ええ、構いません。それにどうせ王都に残しておいても、反乱軍に奪われるか、諸国の軍勢に荒らされるか。そうなるくらいならフローラさま、貴女さまの覇業の礎にして頂きたい」

「分かりました。有難く頂戴致します」

 心からの感謝をこの老人にだけは贈りたかった。
 だが、この場の皆の心情を考えると、それは適切ではなかった。
 だから目だけで伯爵を優しく見つめることにした。

「大叔父さまは、今後はどうなさるのですか?」

「ん? 当然、王都に戻り一族郎党を率いてオルビアの為に戦うわい。最後の一兵になるまで戦うのが王族の務めだが、クレールよ。そなたはここに残れ」

 伯爵の口調と視線が鋭さを増した。クレールに言い聞かせようと凄味が備わっている。

「……大叔父さまもここへ―――」

「気遣いは有難いが無用じゃ。それからクレールよ、どうしても心が引かれるのなら、己の身は聖女さまのお傍に残し、心だけで王都に来い。そしてオルビアが滅びゆくさまを、しかと見届けよ。良いな?」

 その言葉には決意が溢れてあふれていた。
 運命の行き先と、自身の死を覚悟している。そんな決意の色がまざまざと表れていた。

 説得が無理だと悟ったクレールは、ただ頷くだけしかできなかった。
 唇を噛みしめて悔しそうな顔をしている。

「それではフローラさま、その他の皆さま、これにて失礼致します」

 そう言うとフェアラム伯爵は、颯爽さっそうきびすを返してこの場を立ち去った。
 実に愉快そうな笑い声を残して去って行った。

「大叔父さまも王位を嫌って拒まれたことがあります。あの方はオルビア王族で最も優れた才能をお持ちの方です」

 クレールは『それだけに残念でなりません』そう付け加えた。
 フローラも心の中で同感だと思っていた。
 能力云々ではなく、あれほど祖国と王家を愛する人物を、亡くしてしまうのが残念でならなかった。

 フェアラム伯爵カール。
 カールを一言で表すなら『威風堂々』
 王家随一の賢才だが、変わり者としても有名だった。
 カールがその気なら斜陽のオルビアを支える事もできたが、それは彼の愛する王国と王家を救う道ではないと考えていた。
 腐り切ってしまったからこそ、無に帰してしまおうとカールは考えている。

 プリシラも馬鹿なことをしたものだ。
 クラウスはプリシラを嫌って、フェアラム伯爵との結婚を命じたわけではない。
 カールならプリシラを守ってくれると思い託したのだ。



―――



「……カールはまだか? まだ戻らぬのか?」

 すっかり寂しくなった謁見の間に、クラウス王の頼りなさ気な声が響いていた。
 ここ数日の状況を考えれば、こんな場所で呑気に伯爵の帰りを待つほうがどうかしている。
 
 籠城をするつもりで物資の調達を指示するも、王宮の兵糧庫はほとんど空の状態だった。シモンが反乱を起こした時点で即座に気付くべきだ。
 王都の物資の管理をしていたのが、外ならぬシモンなのだ。敵に利用されるのが分かっていて残しておくはずがない。シモンは籠城の可能性を考えて兵糧庫を空にしておいたのだ。
 
 『兵糧が枯渇している』という重大な事実が広まると、クラウス王の下に残ったおよそ数百の戦力も、これではさすがに勝ち目がないと、多くが四散してしまっていた。
 不幸中の幸いだったかもしれない。ほとんどの兵を失った事で、僅かな物資でもあと数日なら耐えられる。

 もっとも外門を突破されれば、もう防ぎようはないが。

「陛下! フェアラム伯爵さまが、ご帰還なされました!!」

 心なしか報告をしている男も、声が弾んでいるように思える。
 それもそのはずだ。カールは愉快そうな笑い声を上げて王都に戻ってきたからだ。

「伯爵! その顔を見るに良い知らせだな?」

 伯爵の口上も聞かないうちから結果を催促している。
 それだけ愚王クラウスも切羽詰まっていた。

「左様。良い知らせじゃ、何しろこの国が滅んで、無に帰るのじゃからな」

「大叔父上……何を申しておる? 国が滅ぶのだぞ!」

「さあ、クラウス、外門は程なく落ちるぞ。こんな所で油を売ってないで、王らしく戦え。安心せよ、ワシが共に逝ってやろうぞ。はっはっは!」

 カールは謁見の間に飾られている長柄の大刀を、ヒョイと持ち上げると凄まじい速さで振り回した。

「わ、私はここで指揮を……」

「たわけ!! 馬鹿な事を抜かすな!」

 カールの一喝が謁見の間を激しく震わせた。 

「外ではお前を信じて戦う者たちが居るのだぞ? それを盾にしてこんなところで震えておるつもりか! 行かぬと言うなら今すぐ、お前のその空っぽの頭を斬り飛ばしてやるぞ!!!」

「しかし、大叔父上……行けば死にます……」

「じゃから、そなたの死出の旅路は、ワシが付き合ってやると申しておる」

「い、いえ、ほら、娘の事もありますし……」

 カールに気圧されて、震えながらぼそぼそと答えている。今にも小便でもちびりそうな情けない顔をしている。

「プリシラの事は心配するな。事前に手は打ってあるから、運が良ければ何とかなるじゃろ」

 そう言うとカールは嫌がるクラウスの首根っこを掴んで、無理やり引きずって行った。
 
 そんなカールの雄姿を慕って、僅かに残った者たちがこぞって集まってきた。
 どの道もうどうにもならないと皆が理解している。
 このまま外門が破壊されるのを待って降伏するか、この88歳の偉丈夫に付き従って討ち死にするか。

 多くの者は後者を選んだ。

 そして程なく外門が破壊されると、押し寄せる反乱軍との戦いが始まる。
 今ではほんの数十人になったオルビア軍は奮戦したが、僅かな時間で全滅した。
 
 フェアラム伯爵カールは一人で数十の敵を倒すも、最後は地面にくず折れて88年の生涯を終えた。

 カールの死顔は不思議なほど安らかに見えた。

 そして、オルビア王国は滅び去った。

 愚王クラウスはもう、己の命以外に何も持ち合わせてはいなかった。
 潔く戦って死ねば、せめて名誉は失わずに済んだ。
 だが愚王は最後まで愚王だった。
 戦闘がはじまると、その混乱に乗じて衣服を脱ぎ去り、下着姿で下水道に飛び込んだ。
 戦闘が終わった時にはもう、すっかり姿を消していた。

 カールの死が、僅かにオルビアの名誉を守っていた。





*****

国が無くなりました。次は何をしてやりましょうかね?(´ー+`)

*****

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