うっかり聖女を追放した王国は、滅びの道をまっしぐら! 今更戻れと言われても戻りません。~いつの間にか伝説の女王になっていた女の物語~

珠川あいる

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第2章『聖女王フローラ』

第24話「二つの反乱」

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 謁見の間に愚王クラウスの怒声が響いていた。
 フローラの元から使者が戻ってきたからだ。使者の男でさえあり得ないと思った結果を、クラウス王が受け入れるわけがない。案の定、結果を聞いて怒り狂っている。

「な、なんだと! 断るわけがなかろう!! 私が謝罪するのだぞ!!! 貴様が余計な事を言ったからに決まっている! こやつを即刻処刑せよ!! その上で今度は王族から人選するぞ!!」

 ここ数日、クラウス王は使者の帰りを、今か今かと待ち侘びていた。
 仮に断られたとしても、何かしら条件を上乗せしてくるだろう。
 大抵の条件なら国を失うよりはマシだから、どんな事でもとりあえず聞き容れて、この危機を脱しようと算段していたのだ。
 ところが使者の男がおかしな事を言う。有り得ない事を言った。
 そんなはずはないと思っていたのに。

 ただでさえ、国境の戦いの芳しくない報告が相次いで『そんはずはない』と、毎日のように頭を抱えているのに、聖女フローラまでがオルビアを見捨てるはずはない。
 彼女だけは見捨てるはずがない。
 もし見捨てられたら本当に国が滅ぶ、12代続いたオルビアが滅亡してしまう。
 今更になってそう考えている。

「お、王族の方を派遣して結果が変わるとは……」

 シバは最近めっきり姿を見せなくなった。
 その代わりの人物が、クラウス王に尋ねている。

「だから、条件を変えれば良かろう! ぐずぐずしていたら国が無くなるのだ!」

 クラウス王は苛立っていた。
 今にも腰の剣を抜いて、辺り構わず斬りまくりそうなほど、怒りを露わにしている。
 つい先日まで震えていたのに、今は怒りの段階にでも入ったと言うのか。

「領地と爵位、それから財貨も用意します」

「そうだ、それでいいのだ。それだけくれてやれば喜んで尻尾を振るわ!!」

「それでどなたを?」

 この側近代理は早くも辟易していた。
 何故なら王が馬鹿すぎるからだ。相変わらず考える事が一緒で成長がない。
 以前失敗している方法に固執しているのを、辟易している。

「……フェアラム伯爵を送れ。あの者は王族の最長老だ。いいか? もう時間が無い……次回の交渉で必ずフローラを神殿に連れて来るのだ」

「は! 直ちに伯爵さまに命令を伝えます」

 そう言って側近の男が出て行こうとした時だった。
 謁見の間の大きな扉が開け放たれて、傷だらけの鎧姿の男が飛び込んで来た。

「へ、陛下に、ご、ご報告……東部戦線が、た、大敗! 東部の守備隊は壊滅……しま……」

 言い切らないうちに伝令の男は、血を吐いて倒れ込んでしまった。

「な、なんだと! そんな事があるわけなかろう! この伝令を処刑しろ!!」

「陛下! 正気ですか!! この者は命懸けで―――」

「やかましいわ!! どいつもこいつも耳障りな報告ばかりしおって!! 役立たずどもが!!」

 以前から狂っていたが、もうどうにもならなくらいに狂っている。
 居並ぶ家臣たちや、この場の警備を担う近衛騎士たちから、冷ややかな視線を向けられていることも、まったく気付いていない。相も変わらず周りが見えていない男である。
 今この段階で怒ろうとも、無様を晒そうとも、何の解決にもならない。
 それどころかこんなことをしても不和を招くだけだ。

「バカ王! もうお前には付き合いきれんわ! 死んでしまえバカ王!!」

 突然、家臣の一人が伝令の男に駆け寄ると、クラウス王に向かって痛烈な批判を浴びせた。
 この家臣の叫びが切欠となり、他の家臣からも堰を切ったように不満が噴出した。

「そうだ愚王クラウス!! 愚王とはお前に相応しいふさわしい呼び名だ! それ! みんなで嗤ってわらってやれ!!」

「そもそもお前が我らの諫めいさめを聞かず、聖女さまを追いかけるからこうなったのだろうが!!」

「12代も続いた強国を、貴様一代で滅ぼして恥ずかしくないのか! クズ王め!」

 クラウス王は信じられなかった。
 大陸中のどの王よりも優れているはずの自分が、家臣たちから痛烈に非難されている。
 間違いなく近代最高の名君だと、クラウス王は思い込んでいる。
 失敗も敗戦も全て他者の責任で、自分には一片の落ち度もないと思い込んでいる。
 例え彼自身に落ち度が無かったとしても、王族であるし、王である。家臣や民草の責任まで背負うべきだ。その代価として税収や奉仕を受けているのだから。

 そう、その言葉を彼自身が、プリシラに言い放ったのだ。
 なのに自分の事は棚上げにするのだから、笑える話である。

「き、貴様ら! 免職にするぞ!! それが嫌なら謝れ!!」

 なみだやら口やらから汁を飛ばして、愚王は怒りに任せて叫んだ。しかし、この発言は失言だった。言うべきでは無かった。

「上等だ! 誰が貴様になど仕えるか!!」

「ああ! こっちから願い下げだ! クズ王!!」

「辞めてやるよ!! もうお前の無様な姿は見飽きたわ!!」

「お前より劣った王など一人も居ないわ! ここを辞めて他所へ行けば、どの王もマシな王だからな! ゴミめ!!」

 まったく本当に学習しない王だ。
 『免職するぞ』と脅せば家臣たちが従うと思っているのだ。この状況でどうしてそうなるのか。
 まさか家臣たちが辞めると言い出すとは完全に予想外だったようだが、冷静に考えてみれば、間もなく滅ぼうとしている国で、愚かな王に律義に仕える意味など皆無だろう。

「ちょ、ちょっと待て……き、貴様ら、この聖王を捨てるのか? 大陸最高の名君を……?」

 今更になって青い顔をしている。
 今はただでさえ人手を失えない時期だ。このバカ王にもそれくらいは理解できているようだ。

「お前が名君だと? それを言うなら大陸最高のバカ王だ」

 この発言が飛び出すと『全くだ!』『上手いことを言う!』などと謁見の間が失笑に包まれた。そしてひとしきり愚王を笑い飛ばして気が済んだのか、多くの者たちがこの場を去って行った。

 残った者たちも居るには居るが、ほんの少しだった。これではとても国の管理など覚束おぼつかない。

「……私がバカ王? そ、そんなわけなかろう?」

 この場に残った者に対して尋ねているが、誰からも返答は無かった。

「……陛下、火急かきゅうの用件との使者が参っておりますが」

「火急だと? フローラの使者か! そうだ、そうに違いない!! 早く通せ! 丁重にだぞ!」

 用件を伝えに来た男は呆れ果てた顔をしていた。この男も内心では、『もう潮時だ』と思ってしまった。

「……陛下! クラウス王陛下にご報告!! 王都で反乱勃発!!! 反乱が起きました!!!」

「……はあ? そなたはフローラの使者では無いのか?」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。余りにも信じられない状況が起こり、根拠もなしに都合が良いほうへ解釈した挙句、予想が外れておかしな事を言っている。

「何の話しですか! それより対応の指示を!! 賊軍は王都西側で挙兵しました!!」

「長官を呼べ……王都の事なら奴が一番詳しいはずだ……」

 内政長官のシモンの事を言っている。確かにシモンはクレール出奔しゅっぽん後、ほとんど一人で王都を支えているし、何年も前から王都で活躍している。確かにこの町を知り尽くしているだろう。
 
「そ、その、ブレシア子爵シモンが反乱を起こしました!! 反乱軍の兵力はおよそ2千!!」

 知り尽くしているからこそだ。
 シモンだからこそ、絶妙なタイミングで反乱を起こせるのだ。
 勿論その陰にはシバが暗躍しているのだが、王都のアレコレについてはシモンのほうが、色々と顔が利く。

「有り得ないだろう? シモンが反乱? 私に謀反を? 大聖堂に使者を出せ、急いで神官戦士団を……」

「そ、それが、大聖堂の神官戦士団も反乱に加担しております! ヴァレンテさまが陣頭指揮を!」

「……あのクソジジイが何の役に立つ?」

「……ご存知ないのですか? 聖女さまを除けば、あの方こそ大陸最高の聖職者ですぞ……何故、あの方を敵に回したのですか……」

 しばらく返答を待ったが、クラウスは宙を見つめているばかりで、全く反応が無くなっていた。指示を仰ぎにきた男は小声で『クズ王が』と言って謁見の間を出て行った。

「……周辺の近衛騎士と守備兵を集めろ、それから、王宮の兵糧庫に行って中身を確認してこい、一ヶ月分くらいならあるはずだ」

 ようやく口を開いたクラウス王の命令を、数名の者が受け取っていた。
 こうなっては王宮に籠って、反乱軍に対抗するのも状況によっては有効な手だ。この城はそういった事態にも対応した造りになっている。 
 何代か前にも反乱が起きている。
 その時の失敗を踏まえた造りをしているのだ。クラウス王は籠城をして凌ごうと考えていた。

 しかし、この愚王の付け焼刃でどうにかなる段階ではない。
 それに古来から籠城とは、外からの援軍があってはじめて成立するのだ。
 城に籠るくらいなら逃げ出したほうがよっぽどマシだ。なのに何故この王が残っているのか?
 答えは簡単だ。
 王の座を捨てたくないからだ。この期に及んで玉座にしがみついているのだ。

 愚王クラウスは閑散とした謁見の間で、何処かどこかくすんだ色の世界を見渡していた。
 何時からか彼の見る世界はくすんでしまった。
 以前までは輝く黄金の世界だったのに。
 すっかりくすんでしまった。

 虚ろな目で玉座をジッと見つめているクラウスは、何処か儚げどこかはかなげにも、寂し気にも見えた。

 居並ぶ家臣も、警備を司る近衛騎士も、誰も残っていないこの場所で、愚かなる王は、いつまでも佇んでいたたたずんでいた





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