うっかり聖女を追放した王国は、滅びの道をまっしぐら! 今更戻れと言われても戻りません。~いつの間にか伝説の女王になっていた女の物語~

珠川あいる

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第2章『聖女王フローラ』

第23話「果たすべき責任」

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 薄暗い密室で二人の男が話をしていた。
 一人はブレシア子爵シモン、もう一人は王の側近シバだった。

「さすがはシバ殿、見事な手腕だ」

 シモンは目の前の男に惜しみなく称賛を送った。
 予想はしていたが、実際に四ヶ国が蜂起したと知らせを受けた時、シバが味方で良かったと安堵あんどしたくらいだ。そして同時に惜しいと思っていた。
 シバを得られれば自分が王都周辺を掌握できるし、それを土産にどこぞの国に寝返る事もできると。
 勿論フローラも選択肢に入っているが、流浪の小集団であるうちは、様子を見るべきだとシモンは考えていた。

「あの愚王が間抜けなだけだ。聖女さまがご無事だったと聞いて心底ホッとした。あの方に何かあれば自刃して果てようと思っていたが……」

 シバの言葉は本心からだった。この男はフローラを熱狂的に支持している。
 仮にシバの過去の実績を明かせば、大陸中のどこの国でも好待遇で彼を迎えるだろう。
 だが彼にそんな気は更々無かった。
 どうせ新たな主人を得た所で人殺しの手伝いをさせられる。
 それが嫌でオルビアに流れて来たのだし。ただ、フローラならば、そんな人殺しが得意な自分を活かしてくれる、シバの心にはそういう期待がある。ずっと以前からそう願っていた。
 ようやくだ。この希代の軍師が自らの願いを達するお膳立ては整いつつある。

「まさか天使を呼ぶとはな……恐れ入った。王都を愚王から奪った後、速やかにフローラさまに王都を差し出すべきか……」

 二人は愚王に対する反乱計画の打ち合わせをしている。
 既に準備はあらかた整っている。しかし、クラウス王がフローラに和解の為の使者を送ったことで、その結果を見てからにしようかと言う話をしていた。
 
「それはシモン殿次第だ。私の主はフローラさまのみだからな、王都の情勢が落ち着いたなら、すぐにでもあの方のお傍に参るつもりだ」

「惜しいな。シバ殿が居てくれれば……」

 悪いがシモン。
 私は貴方程度で使いこなせる人間ではない。
 それにどうにも貴方は胡散臭い。

「どうせ同じ主に仕えるのだろう?」

「……ま、まあ、そうだが」

「なんだ? 腹案でもあるのか。まあ、好きになされよ」

 ふん。
 白々しい。
 そんなものは先刻お見通しだ。
 まあ、せいぜい行いに気を付ける事だ。

「それで愚王はどうする?」

「放っておけば良い。どうせオルビアはもう長くはない。直に滅びるだろう」

 シバの中ではフローラの建国までの青写真はできている。
 今回、近隣諸国を扇動したのも愚王を倒す以外に、フローラに建国させて王冠を戴かせるいただかせるという狙いもあった。

「そうか、では実行は例の使者が戻り次第だな?」

「ああ、愚王も悪あがきはするだろうから、気を付ける事だ」

「ああ、分かっている……」



―――



「あ、クレールさま、あんまりご無理は……」

「ははは、お蔭さまでもうだいぶ良くなっているのですよ」

 そう言ってクレールは力こぶを作る。
 日に焼けた逞しい腕にもりもりと筋肉が盛り上がっている。
 幾ら助走をつけたとは言え、騎乗している兵士を馬ごと吹き飛ばした男だ。確かにがっしりした身体をしている。

「し、しまって下さい、そ、その……」

 フローラは恥ずかしそうに、クレールに指を差している。
 どうやら力こぶを作った拍子に、丈の合わない寝間着がはだけているのを見咎めたからだろう。
 物心ついた頃から男性に縁遠かった彼女には、少々刺激が強かったようだ。
 寝間着がはだけたことで、クレールの胸元が露わになっている。

「あ、ああ、失礼しました。この寝間着、丈が合ってなくて……」

 別にクレールは何も悪くはない。
 この程度の露出、男性ならむしろ日常にありふれている。
 ただ、フローラには見慣れていないことと、相手がクレールだった事で照れてしまった。

「あ、はい。別に悪いと言うわけでは……」

 あわわわ……
 そう言えばクレールさまを看病していた時も、そ、その、見ちゃったです!
 あの時は上半身裸で…あわわわわ、どうしましょう、わわわ……。
 
「あの? フローラ―――うわッ…!」

「あ、危ない! クレールさま!」

 俯いて顔を上げないフローラに、クレールが手を伸ばした拍子に、まだ傷が癒えてはいないクレールが、バランスを崩して倒れそうになる。
 すんでのところでフローラが支えてやって事なきを得た。
 しかし、クレールは転ばずに済んだが、その代わりに二人は大変な状況に陥っていた。

 あわわわ……!
 思わず抱きついてしまいました。
 こ、これはどうすれば?
 わわわわ、クレールさま、傷に触らないかしら……わわわ。
 私、重いですよね?

 などと、いつぞやの時にのように、フローラは内心で"あわあわ"していた。
 彼女がようく記憶の糸を手繰り寄せれば、ヴァージルを抱きしめた事もあるのだが。
 どうやらあれはノーカンらしい。
 そんなフローラと同じく、かの剣聖さまもテンパっていた。

 うぬううううう!
 イカン! こ、これは不味い状況だ!
 しっかりしろクレール!!
 この御方は、お仕えするべき主ではないのか……!
 し、しかし、フローラさまは、とてもいい匂いがする……
 ……ハッ……!
 私は今何を? うぬうううう!

「……フローラさま、平気ですか?」

 そう声を掛けてからクレールのほうから身体を離した。
 そうする事を名残惜しいと思っていたが、かと言って大っぴらにするのもどうかと考えていた。

「は、はい、あの傷に触りませんでしたか?」

 フローラは耳まで真っ赤にして照れている。
 普通に考えればこの状態で、自分に気があると勘違いしても無理は無い。
 だがどうだろうか。
 このどう見ても甲斐性の無さそうな剣聖に、それに気付く素振りは見られない。

「だ、大丈夫です。頑丈な身体ですから」

 暑いというほどの陽気でもないのに、クレールは汗をかいている。
 この男も事情があったといえ、この年齢まで女性を避けてきている。
 アナスタシアも報われない相手を好きになったものだ。
 報われない処か気付いてさえも貰えない。

 ただ、二人も、他の者たちにもしばらくは、こんなゆったりとした時間が必要だ。
 王都の騒がしい喧騒とは、ここに居る分には無縁だから。



―――



 フローラは領主邸の執務机の上で眉をひそめていた。
 本当はもっと不快に思う気持ちを出したかったが、それを必死に抑えている。
 今彼女の目の前には王都から来たという、男がひざまずいている。

 王都からと言う事は、クラウスの送った男と解釈するのが自然だ。
 だからフローラは機嫌が悪そうな顔をしている。

「それで一体どういうご用件でしょうか?」

 いつもの優し気な口調は鳴りを潜めていた。これには使者の男も意外そうな顔をしている。経緯はどうあれ聖女フローラならば、優しく迎えてくれると思っていたからだ。

 この辺りの認識の齟齬そごが、王都の連中の甘い所だろう。

「クラウス王陛下がこれまでの非礼を詫びたいと……」

「それで?」

「聖女さまに王都へお越し頂き神殿へ……」

 額に冷や汗をかきながら、使者の男はぼそぼそと用件を伝えようとしている。
 フローラもそうだが、この場の他の者たちの厳しい視線に、針のむしろのような心地を覚えている。

「私に神殿に戻れと言うのですか?」

「は、はい。ご存知かとは思いますが、近隣諸国が蜂起し、我が国に攻め寄せて参りました! フローラさまは、オルビアの聖女さまでしょう? 今こそ我らを、国をお救い下さい!」

 最早この男の汗は川のように流れ落ちている。
 王宮の者共同様、聖女として元の地位を保証し、謝罪さえすれば済むと本気で思っている。
 さっさと話を終わらせて、色好い返事を得て、この居づらい状況から抜け出そうとしている。

「お断りします」

 使者の男の長い口上を黙って聞いていたが、男が言い終わるや否や、簡潔に返答をした。即答だった。

「そ、そんな! 聖女の責任を果たすべきでは!! 我らを見捨てるとは!」

 予想外の答えだったのだろう。
 多少はごねられて、条件を上積みされるだろうとは考えていた。
 しかし断るとは想定外だったようで、途端に喚き始める。
 その様子をヴァージルたちが失笑しているのも構わず、醜態を晒している。

「とにかく話は終わりました。私はこの辺で失礼します」

 そう言うと使者の男が喚くわめくのを捨て置いて、さっさと隣室への戸を開けて姿を消してしまった。

 隣室に移ったフローラは、窓際のソファに腰掛けて窓の外を見ていた。
 オルビアの王都がある方向を目を細めて眺めている。

 私はもう自分の道を進みます。
 なのに今更戻れと言うのですか?
 もう遅すぎますよ。
 国が滅ぶのは心苦しいですが……私にできることはありません。
 愚王クラウス、貴方が招いた種を刈り取るのは、貴方自身がするべきです。

 それに……
 私が救うべきはオルビアだけではないはずです。
 天使さまはそう仰ったはず。
 どの道、あの気持ち悪い王の傍になど真っ平です。





*****

剣聖さまの恋愛スキルは小学生並みです(´ー+`)

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