うっかり聖女を追放した王国は、滅びの道をまっしぐら! 今更戻れと言われても戻りません。~いつの間にか伝説の女王になっていた女の物語~

珠川あいる

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第1章『流浪の元聖女』

第16話「一路、南の地を目指して」

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「さあ、聖女さま、お急ぎを、余り目立つのも不味いので、馬には聖女さまだけがお乗りください。お傍にはこちらの神官だけを残し、我らは散らばって距離を置きます。でも、ご安心ください。危急の折は我ら一同、命を捨ててでも必ずお守り致します」

 決意に満ちて決して揺れ動かない。
 リコ司祭の目には、確固たる意思が宿っていた。

 そんな力強い言葉に励まされる想いもあるが、彼らがどうか無事にいられるようにとフローラは、心の中で一心に願っていた。

「誰一人欠ける事なく、私と一緒にいて下さいね。最後まで、一緒にいて下さい」

 ともすれば、挫けそうくじけそうになる気持ちを奮い立たせて、顔いっぱいの笑顔を作り、居並ぶ者たちにありったけの想いを伝えた。

 彼らもまたフローラの心積もりが良くわかったのだろう。
 拳を作って己を鼓舞したり、揺るがぬ視線を向けてきたり、すぐ隣の仲間と声を上げてお互いを励まし合ったりしている。

「では参りましょうか? 聖女さま」

「はい。神々のご加護を祈りましょう」

 フローラのその一言を聞いて、皆がその場で祈りの言葉を口にした。

 女神さま。
 どうか私たちにご加護を。
 この方たちの旅の安全を。
 そして、ヴァレンテさまのご無事を。

 お祈りします。



 フローラ一行の旅は、当初の不安が嘘のように順調に進んでいた。

 一見しただけでは、いつもの地味な装いから、お嬢さま然とした格好に様変わりしているフローラは、とても噂の渦中である聖女フローラだとは思えない。

 どこぞの良家の娘と、それに傅くかしずく召使いが旅を続けている。ちょっと隣町まで用事があるから。と、そんな雰囲気を漂わせていた。

 護衛役の司祭や神官たちも、それぞれ単独或いは組となって、フローラたちをやや中心に据えている。
 旅人や交易商人の姿に、鎧姿の者も居れば、みすぼらしい格好に扮しているものも見受けられる。
 
「聖女さま、猊下げいかからの伝言はお聞きになられましたか?」 

 フローラの召使い役の、女性神官が声を掛けてきた。
 彼女は懐に短剣を忍ばせて、侍女の姿に扮していた。

「いいえ、伝える事があるとは聞いておりましたが、内容までは……」

「このずっと先の波止場に、聖女さまのお仲間が船を用意してお待ちとの事です」

 ヴァージルさん?
 ヴァージルさんたちかもしれませんね。
 どうやらご無事だったようです。
 良かった……

「思っている通りのお方でしたら、とても良い人ですから」

「はい。これも女神さまのお導きでしょう」

「そうですね。空のずっと高い所から、私たちを見守って下さっています」

 私ったら。
 ヴァージルさんのお祈りを忘れるなんて。
 自分の事にかまけて、私も修行が足りませんね。
 許して下さいね。
 ヴァージルさん。
 貴方の旅のご無事も、お祈りしておきますからね。



―――



 結局、この日は何の問題もなく、予定していた場所まで到達することができた。
 少し前に小さな村を通り過ぎたが、この旅は慎重さが肝要だ。フローラの事を考えるなら、せめて屋根のある場所で休んで欲しいとは、一行の皆が願って止まない事だった。
 だが今日の所は、野宿で夜を凌ぐしか方法がなかった。

「お疲れでしょう? フローラさま」

 焚火にかけられた鍋の面倒を見ながら、にこやかに微笑んで、リコ司祭が声を掛けてきた。

「いいえ、馬に乗るのは結構得意なんですよ?」

 そう言っては、可愛らしい仕草で首を傾げてみせる。
 こういう所は年若い普通の娘にしか見えない。

「それは良かったです。旅はまだまだ序盤ですからね」

「ヴァージルさんとは、いつお会いできるでしょうか……」

「その方のお話しは聞いております。明日にでも合流できるはずですよ」

 そろそろ鍋がいい感じに煮立ってくる。
 急ぎの旅だった為、大した料理ではないのだが、それでも1日かけて旅を続けた後だ。
 どんな物でもとりあえず口に入れられるなら、それなりに美味く感じる。

「美味しい。お料理も上手なんですね」

「いやいや、フローラさまには負けますよ」

 一行の者たちも見張りの者を残して、皆が地面に腰掛けて食事を取っている。
 安心したような顔に、ホッとしたような顔、中にはフローラの姿をジッと見入っている者もいるが、皆がひと時の休息に安らいでいる。フローラにはこの光景がとても幸せなものに感じていた。

「明日も早いですから、そろそろお休みください」

「はい。失礼して先に休ませて頂きます」

 自分だけ、というのは気が引けている。だが、皆がそうしたい気持ちも良く分かる。
 とりあえずこの旅の間だけは、一行の皆の判断を頼るつもりでいる。

 フローラはそう心に決めていた。

 焚火の赤々とした炎が"ぱちぱち"と爆ぜる音さえ小気味よく、少し肌寒く感じはするものの、夜風も心地よく感じていた。
 草を敷いただけの簡素な寝床に"ごろん"と横になり、背中をぴったりと地面につけるように伸びをした。
 焚火の炎は柔らかな明かりと温もりを与えてくれたが、夜の風に幾分かさらされた草の地面はひんやりとした冷気を伝えてくる。
 少しだけ思考がクリアになる感覚を覚え、ふたたび脳裏に終わりのない不安が込み上げてくるような気になってくるが、いくらもしないうちに眠気が襲ってくると、いつの間にか規則正しい寝息を立てて眠りに落ちていた

 旅の疲れがフローラをたちまち眠りに誘ったいざなった
 この夜も一行の皆が抱く懸念を、良い意味で裏切ったことで何事もなく無事に過ごす事ができた。



 翌朝になると霧はすっかり晴れ渡り、雲もまばらに澄んだ青空が広がっていた。

 王都からは一日分の距離を稼ぐ事ができたが、馬はフローラだけで、皆は徒歩の旅だった。
 フローラにしても、馬のほうが楽という理由で馬上の人となっているだけだ。
 まだまだ安心できるほどには、時間も距離も稼げてはいない。

 一行は食事を取りながら、再び目的地を目指すべく旅路についた。

 この日もこれまでの不安な胸中が、まるで杞憂きゆうだったかのように思えるほど平穏だった。

 かつてヴァージルたちと各地を旅した記憶がフローラの胸中で蘇り、幾らも昔のことでもないのに懐かしい気持ちがあふれてくるのだから、本当に不思議な事だと思えている。

 そんな事を考えていたからか、前方から聞き覚えのある声がした気がした。
 でも、ようく耳を澄ませば確かにあの人の声だと、フローラは満面の笑みを作って確信していた。

 程なく波止場が見えてきて、見覚えのある顔を幾つも確認できた。

 ヴァージルたちだった。
 大きく手を振って合図を送ってくる。

 しかし、何やら彼らの様子がおかしい。やけに慌てているようだ。

「フローラさま、急いでください!!」

 オルセンが馬で駆けてきてこう叫んだ。
 そして彼はフローラたちの後方を必死の形相で指差している。

 そこにはまだ幾分か距離はあるものの、大きな砂煙が上がっていた。

「皆さん! 早く船に乗って下さい! この辺このあたりの船はすべて焼き払うか隠してあります。船に乗ればひとまず時間を稼げます!!」

「わかりました、ヴァージルさんにお任せします。皆さん! 急いで船に乗りましょう!」

 率先して船に乗り込んだフローラは、皆を先導しようと大きな声でこう言った。
 今までの彼女には無かった部分が、ここへ来て現れようとしている。

 ほんの少しの間にずいぶん変わったと、ヴァージルは彼女を頼もしく思っていた。

 ここでもフローラたちはツキに恵まれていた。
 彼女たちの乗る船が少しばかり岸を離れたところで、ようやく騎馬の集団が間近に姿を見せたからだ。
 先頭の騎士の男が大声で叫んでいたが、彼らにはどうすることもできないだろう。

 船はこのまま国境を目指す事になった。

 フローラは舳先へさきに近い所に立っては、何やら考え事に気を遣ってやっているようだった。





*****

書いてるうちに文字数が増えて1話分くらい増えます(´・ω・`)

*****

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