うっかり聖女を追放した王国は、滅びの道をまっしぐら! 今更戻れと言われても戻りません。~いつの間にか伝説の女王になっていた女の物語~

珠川あいる

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第1章『流浪の元聖女』

閑話「プリシラとユリ科の侍女さん②」

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 ここは王宮の外れにある元王女プリシラの寝所だ。
 かつては王宮でも利便性が高く、景観や陽当りの優れる一画に住んでいた。
 しかし、地位から転落して間もなく、この暗く湿った場所に追いやられていた。

 ただ、この場所は華やかさには欠けるが、その代わりプリシラに奇異や憐みの視線を向けるものも、滅多なことでは近づかない。そういう場所だからプリシラは意外と気に入っていた。

 そんなプリシラの寝所を、ドアを叩く大きな音が襲っていた。


 ドンドンドン!

「ん…んん…」

 ドンドンドン!

「……」

 ドンドンドン!

「……もう! うるさあああい!! 何なの!? クラリス!」

 あれ?
 クラリスは?

 寝所には申し訳程度の家具と、この部屋だけで生活が行える設備が備え付けられている。
 以前のように広々とした浴室など、夢のまた夢で、足を折って湯に浸かるような生活を続けていた。

 ドンドンドン!

「もう! 出ればいいんでしょ!」

 まったく!
 私は元王女なのよ!
 何でこんな侍女の真似事を……

「おう、やっと出てきたのう、プリシラ、元気じゃったか?」

 ぎゃああああああああああああああああ!!

 うわああああああああああああああ!!

 じ、爺さんの、おば!

 おばばば、お化け!

 で、出た!

「じょ、成仏しなさいよ! あーめん!」

「何を言うとる? ワシはこの通り、ピンピンしとるぞい」

 朝っぱらからプリシラを訪ねたのは、フェアラム伯爵だった。
 そう、プリシラの見合い相手の絶倫爺さんが、何の前触れもなくやってきたのだ。

「な、何しにきたのですか!」

「ほうほう? ちんちくりんの洗濯板じゃが、寝間着姿もせくしーじゃな」

 爺さんの言うように、プリシラは寝間着のままで扉を開けていた。来客に対応をするなど、今までは考えもしなかった為に、どうするべきかが頭から抜け落ちている。

「きゃ、きゃあああ! 貴方が時間を考えずに、婦女子の部屋を訪ねるからです!」

 そう言うと耳まで真っ赤に染めて、そそくさと居住まいを正した。

「ただの世辞じゃ、真に受けるでない。それにそなたに用があるわけではないのじゃ」

 だったら何しに来たのよ!

 私の部屋まで来ておいて……ハッ!

 この爺さん!

 私を油断させる作戦ね!

 興味がないフリをしておいて、、、、

 そういう本を読んだことがあるわ!

「おい? 聞いとるのか? おーーーーい!」

「……え、ええ、聞いていますわ」

「それで侍女さんは、どこじゃ? 今日はそなたの侍女さんに会いに来たんじゃ」

 はあ?

 なんでクラリスに?

 っていうかクラリスも、どこ行ったのよ。

「クラリスは不在にしております。ではごきげんよう!」

「待つのじゃ。それならコレを渡しておいてくれんかのう?」

 何やらずしりと重い袋を取り出すと、プリシラに押し付けるように渡した。プリシラは自分の小さな身体には不釣り合いの重さに、少々クラクラする感覚を覚えた。

「これは……?」

 そうは聞いてみたものの、中身の見当はついている。
 中身が何かではなく、『何故渡したのか』を聞きたかった。

「先日の夜の事じゃが、侍女さんが訪ねてきてのう」

 そうよ!

 お見合いの日の夜に、この爺さんの部屋をクラリスが訪ねた。

 クラリスは夜明け前に、血濡れの短剣を持って帰ってきたわ。

 それで、爺さんを暗殺したのかって、かなりビビったわ!!

 そこまでするのって……

 あれ以来、クラリスを怒らせないようにしてたもの。

「それで?」

 何となく聞いていけないと、そんな感じに直感した。
 しかしプリシラは、好奇心に負けて聞き返してしまった。

「あれだけ楽しませてくれたんじゃ、くらいは支払うぞい?」

「ぷ、ぷれい料金? は、伯爵さま、クラリスと何を?」

 あの子!

 何をしてきたの!!!

「プレイ内容は18禁じゃ。あと5年経ったら教えてやるぞい」

 え? ええ?

 18禁って何を……

 後でクラリスに詳しく聞かないとな……

「は、はあ」

「それではまたの。よろしく言っておいておくれ」

 爺さんは来た時と同じ道を、踵を返して戻っていった。

「……本当に帰って行っちゃった。私の事はどうでもいいのかしら?」



―――



 この日の夕刻になって、ようやくクラリスが戻ってきた。

「あ、クラリス。戻ったのね」

 クラリスの姿を確認すると、プリシラの顔にはパッと花が咲いたように笑顔が広がった。

「ただいま戻りました」

「で、クラリス」

「はい」

「朝方、フェアラムさまがいらしたわよ」

 挨拶もそこそこに、プリシラは爺さんの話を切り出した。

「はい。そうですか、伯爵さまは何のご用でしたか」

 別段何の変わりもなく、クラリスはいつも通りに見える。

「貴女にお礼をって、あれを頂いたわ」

 そう言って例の袋を指差した。

「あ、プレイ料金ですね」

 認めた!!!

 この子、はっきり認めたああああ!!!

 何をしたのか、ご主人さまは気になってるの!

「……貴女、伯爵さまに何をしたの?」

「プリシラさまには、まだ早いです。うふふふふ」

「気になるじゃない! あの晩の後、血に濡れた短剣持って戻ってきたし!」

「そうでしたね。伯爵さまが、何でもいいと仰るので、護身用に持ち歩いていた短剣を使いました」

「何に!!」

「ですから、それはまだダメですよ? 5年経ったらまた聞いてください」

 気になるじゃないの!

 でも、気にしたらいけない気がするわ。
 
 そうね、なんか開けてはいけない扉な気がするわ。

 やめておきましょう。

 聞いてしまったらきっと、後戻りは……

「プリシラさま、ごはん買ってきましたので、一緒に食べましょう」

「うん、何を買ってきたの?」





*****

短剣をどう使ったかは脳内補完してください(´ー+`)

*****

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