うっかり聖女を追放した王国は、滅びの道をまっしぐら! 今更戻れと言われても戻りません。~いつの間にか伝説の女王になっていた女の物語~

珠川あいる

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第1章『流浪の元聖女』

第15話「祖父と交わしたお茶の約束」

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「婚礼に先だって諸国に使いを出せ! 聖女フローラを娶り、傅かせるかしずかせる、聖王クラウスに服す機会を、あまねく大陸全土の諸侯に知らせてやるのだ! ぐはははははは!」

 クラウス王は、得意絶頂だった。
 王は聖水の一件だけでフローラには利用価値があると思っているが、この王が考える以上に、フローラの影響力は大きい。この王が思うように、フローラとの婚姻関係を最大限に用いることができれば、クラウス王が大陸の覇者になるのも、それほど難しくはないだろう。

 王にはそういう腹積もりもあった。いいや、それが本命と言うべきだ。
 クラウス王は別に、好いた女性としてフローラを求めているわけではない。彼女を利用して大きな野望を達成しようとしているだけだ。
 そして、そのついでに彼女を愛欲の対象にしようとしている。

 クラウス王は早速、フローラを利用して、どこぞの国か、或いは誰かをオルビアに服属させようとしている。
 
 だが結論から言うと、この行いはするべきではなかった。
 フローラの影響力に目を付けたのは正解だったが、及ぼす影響力の大きさを完全に見誤っている。
 結果的に自ら墓穴を掘ったことを、程なく知ることになるだろう。

 何ごともほどほどが肝心なのだ。
 だが、この男は明らかにやりすぎている。

「では陛下、まずは近隣の諸国へ使者を出しましょう」

 珍しく側近の男が自分から提案をしている。

「うむ、殊勝な奴よ。使者の件はそなたに一任する」

 王からの命令を受け取ると、早速、その仕事を成し遂げようと謁見の間から出て行くが、彼を注視して良く見ておいたなら、去り際の彼の横顔には、不敵な笑みが浮かんでいたのを見逃さなかったはずだ。

 外の回廊を城門に向かって歩く側近の男は、ようやく好機が巡ってきた事に喜びを覚えていた。



―――



 王都の聖堂には、実に見事な女神の像が安置されている。
 見る者を威圧もするし、また、優しく包み込むような錯覚も覚えさせる。
 天上のどの女神を模ったのものかは分からないし、どんな名の女神かも分からないが、この女神がかつてこの大陸を、滅びの運命から救ったのは確かな事実だった。

「フローラさま、ここまで来ればもう安全ですぞ」

 大司教に案内されて、聖堂の赤い絨毯の上を、感触を確かめるようにゆっくりと歩いていく。

「綺麗……」

「猊下がこちらへ案内されたのは、特別な意味があるのですよ」

 声の主はリコ司祭だった。
 
「お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」

「無事にこちらまで参られて安心しました」

「それで?」 

 司祭リコ司祭の言った言葉が気になったフローラは、先ほどの続きの言葉を促した。

 続きを催促されて、司祭リコ司祭は頷いてから言葉を続けた。

「この女神像は、ユハさまが降臨を願った女神さまなのですよ」

 母の名が話題に出て、少し複雑な気持ちになるが、同時に懐かしさも込み上げてくる。

「お母さん……」

「元気を出して下さい。準備が整い次第、王都より出ましょう。道中の案内役は、私が仰せつかりました」

「……え? え、ええと……」

 フローラも、ここまでは予想していなかった。
 『大丈夫だから』と諭されて、彼女はただ従っただけだった。
 それなのに、得難いはずだった結果を与えてくれると言う。

「ここからはワシが説明しましょう。王陛下は誓約を信じて疑わないはずです。ですからその油断を利用して、貴女さまをこの王都からお連れします」

 ヴァレンテは言葉通りにフローラを助けられることを、本当に喜んでいるようだ。
 しかし、フローラには一つの懸念があった。

「しかし、ヴァレンテさま、それをなさったら聖職を……」

 誓約は神に誓って行うものだ。
 もし誓った内容を違えたなら、例え教皇であろうとも従う必要がある。
 みんながみんな、律義に従うわけではないが、大司教ヴァレンテは王の前で、しかも並み居る大勢の家臣たちの前で誓約しているのだ。
 フローラを逃がすなら、大司教は聖職を手放さねばならない。もっとも彼の性格なら、例え一個人が相手の誓約でも必ず誓いを果たす男だ。

 王宮に乗り込む以前から、何を犠牲にしようとも必ず救うつもりでいた。
 そんな覚悟を決めていたのだから、聖職を失うのは、大司教にとっては些細な事に過ぎなかった。

「そんな些細な事は、どうかお気になさらずに」

 大司教のこの言葉にリコ司祭も頷いている。

「私の為に、位階を捨てると仰るのですか?」

「貴女さまは女神の恩寵を受けられた方、この地上に於けるおける女神さまの代弁者のような御方です。それに引き換え、この私などは、ただの白髪のジジイですぞ?」

 そう言って大司教は、実に可笑しそうおかしそうに笑った。
 とても、愉快そうに笑っている。

「私たち凡人と、貴女さまとでは、そもそも比較にならないのです」

 この言葉はリコ司祭の口からでてきた。
 リコ司祭は、更に『どうかお気になさらずに』と付け加えた。

「また私は誰かを犠牲にして……」

「老い先短い爺さんの事をそこまで気になさるなら、そうじゃのう、次にお会いした時にでもジジイの相手をして下され。お茶でもご一緒できればそれで十分ですじゃ」

 『ホッホッホ』と、例えて言うなら好々爺こうこうやのような、そんなイメージに見える。

「殺しても死ぬような方ではないので、きっと何十回もお茶に付き合わされますね」

「これリコ! ワシはそなたの師じゃぞ? まあ、確かに、竜のブレスを食らっても大丈夫じゃったがな」

 この二人の掛け合いに、さすがにフローラも、堪え切れずこらえきれずに忍び笑いを漏らしてしまっていた。

「いつか、いつか必ずご恩をお返します」

 瞳を潤ませながら、震える声で、感謝の気持ちを言葉にできた。余りに胸がいっぱいで、言い切れるかわからなかったが、言い切ることができた。
 その後で目一杯の感謝の気持ちを込めて、彼女らしく、優雅に一礼をした。
 せめて自分らしさを演じて感謝をしたかったから。



―――



 この日、これからこの王都を去る者たちにとっては、深い霧が如何にもいかにも旅の障りになるだろう。
 しかし、フローラたち一行にとっては天の恵みになる。これだけ霧が深ければ、良い目くらましになりそうだ。
 
「では聖女さま、後のことはワシにお任せくだされ」

 言いながら何かの袋をフローラに手渡してきた。

「ヴァレンテさま、これは?」

「路銀の足しにでもしてくだされ」

 『足し』というには多すぎる。
 そう思うほどに、受け取った袋からはずっしりとした重さを感じた。

「何から何までありがとうございます。あの、どうかお元気でいてくださいね」

「心配は無用ですじゃ。お茶の約束を果たすまでは、死んでも死に切れませぬよ」

 少し離れたところから『準備ができました』と、リコ司祭が呼ぶ声が聞こえてきた。

 そろそろ別れの時間となる。
 フローラは名残惜しそうにヴァレンテを見つめていたが、やがて意を決して踵を返した。一度も振り返る事無く、深い霧の中を旅の仲間の元へと向かった。
 振り返ってしまったら、再び歩き出せるかわからなかった。

 そんな力強く前を向くフローラを、既に幾分か遠くなった場所から、ヴァレンテはいつまでも見送っていた。


 ヴァレンテさま。

 このご恩は絶対に忘れません。
 私は今回の事で良く分かりました。
 自分の事も、みなさんの事も、良くわかった気がします。

 今までの私はダメな私でした。
 でも、ヴァレンテさまが気付かせてくれました。
 もう吹っ切ります。
 何が何でも吹っ切って、私は自分の道を進みたいと思います。

 そうすることで、いつか必ずお返しできるはずです。

 お茶の約束も必ず果たしましょう。

 お爺ちゃん。

 孫娘のフローラは、いつまでも待っていますよ。

 それまでどうかお達者で。





*****

展開遅くて申し訳ありません。でもちゃんと報われますので(´ー+`)

*****

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