3 / 77
第1章『流浪の元聖女』
第3話「下級官吏の悲鳴①…仕事が追い付かない!」
しおりを挟む
クレールが王都を離れてから数日が経過していた。
王宮は近く、プリシラ王女の聖女就任の儀と、クレールとの婚儀の為に、上を下への大騒ぎになっていたが、その余波はここ、王都の行政を司る庁舎にまで波及していた。
ただでさえ、クレールの裁可を待つ者たちの行列で、庁舎の執政能力に徐々に影響が出始めていた。
「クレールさまは、いつお戻りになるんだ!?」
下級官吏の一人が慌てた様子で、同僚の男と噂話を始めた。
「特に期日は申されていなかったが、ご領地に戻られたそうだ」
「それにしては遅すぎるだろう!」
官吏の男はすごい剣幕で不平を漏らしている。
確かにこの男の言うように、クレールの領地は王都から二日と離れてない場所にある。
婚礼の支度に戻っただけなら、今頃は王都に滞在していてもおかしくはない。
「おいおい、クレールさまに無礼だぞ?」
「そう言うなら、あの裁可待ちの行列を何とかしてくれ!!」
「おわ! な、なんだ、あの長蛇の列は! まさかアレが全部、クレールさま待ちか?」
庁舎の入り口のほうまで見渡してみるが、それでも最後尾は見えそうになかった。
朝早くからひたすら並び続けている者もいる。
これだけ並んでいると、よほどでなければここを離れたくはない。
この長蛇の列にまた並び直さないといけないなど、考えただけでぞっとする。
「そうなんだよ。アイツらの裁可が済まないと、コッチにもいずれ影響出てくるぞ?」
「そりゃ不味い! これは人を遣ったほうがいいんじゃないか?」
人を遣る案は名案かもしれない。
何故なら、現時点で庁舎は混乱し始めている。いつもならクレールの指示の下、流れるように仕事が回っていくのだが、滞っている部署も出てきている。
仕事が詰まっていたり、連絡が届かなかったり、連携に齟齬が出るなどで、人が余りつつある。
―――
人を遣る?
もう遅いだろう。
クレールさまに王都へ戻るつもりなど無いはずだ。
あの御方は聖女さまを、まるで女神のように尊敬されていた。
それがあのバカ父娘のせいで、あんな酷い仕打ちに追い込まれた。
クレールさまはきっと、怒りを通り越して愛想を尽かしたのだろうな。
もし私が同じ立場なら、まず戻らない。
下級官吏たちの噂話を、内心で否定しているこの男は、クレールとフローラの名声に惹かれて、オルビア王国に士官したクチだ。
名をブレシア子爵シモンと言う。
王都の行政はクレールと、この男の二人が担っていたと言って良い。
オルビア王国は、フローラが聖女になって以来、急速に力をつけていた。
クラウス王や、それに擦り寄る大臣たちは、内政を放棄してなおざりにしていたが、それでもユリウス将軍と、彼の配下の王立騎士団は連戦連勝を収めて、オルビアの領土は拡大し続けていた。
要するに内政をサボっても、戦勝で利益を得続けていた為、本来ならば内政の中枢を担うはずの大臣や、それを監督するはずのクラウス王がサボってても、『今までは』、問題は少なかった。
クレールが王都を離れただけで、既に王都の政治機構は、麻痺しそうな兆しを見せている。
もうこれ以上、中枢を担う者たちが、指をくわえて見ていて良い状況ではない。
「書類の裁可は大臣と、王陛下へ回せ! 本来ならそうするべきだ」
シモンは執務机に向かったままで、配下の下級官吏たちに大声で指示を出した。
余りこういうことは好かない男だが、今はそんな場合では無かった。
官吏たちは久しぶりに聞いたシモンの声にびっくりしていたが、命令を頭で理解すると早速、謁見の間へ重要案件の裁可を回す手続きを始めた。
「大きな声では言えませんが、クレールさまの代わりが務まりますかね?」
官吏の一人が小声でシモンに疑問をぶつけてきた。
「務まるかどうかではなく、やってもらわないとそのうちパンクするぞ」
シモンはひたすら、目の前の山のような書類と格闘している。
「脅かさないでくださいよ。今日明日にでもクレールさまが戻りますって!」
「……その書類も謁見の間へ頼むぞ」
シモンは嘘はつきたくなかった。だから官吏の話に返答はしなかった。
―――
「なんだこの書類の山は!! 謁見の間へ持ち込むとはどういうつもりだ!」
書類の山に埋もれつつあるクラウス王が、声を荒げて騒いでいる。
何しろ彼にとっては初体験なのに、次から次から、どんどん仕事が増えて行く。
減るスピードよりも、明らかに増えるスピードのほうが早かった。
挙句の果てにクラウス王は、こんなこと言い出した。
「もう良い! 裁可はすべて許可するから、この書類の山をさっさと片付けろ!」
「そ、それはなりません! そんなことをしたら大変なことに……」
大臣の一人が慌てて王を諫めようと意見を挟んだが、それを意に介さず、仕事に文句ばかりをつけている。
「だいたい、王がやる仕事ではない! 私は忙しいのだ!」
「なりません! 重要案件の裁可だけでも陛下にお願いします!」
「クレールはどこだ! 弟はどこだ!!」
この日、謁見の間は夜遅くまで、クラウス王と大臣たちの怒号や悲鳴が聞こえていたが、それでも彼らに回された仕事は一向に減る気がしなかった。
実際クレールは、裁可だけではなく、添削、校正、指導など、より細かく仕事の管理を行っていた。
クラウス王などは裁可だけで根を上げているが、そもそも、彼には裁可の基準が分かっていないので、彼の希望通り、書類には触れさせないほうが良いだろう。
「クレールを探して来い……じゃないと、私が死んでしまう……」
*****
時間があれば今日は@1話(´ー+`)
*****
王宮は近く、プリシラ王女の聖女就任の儀と、クレールとの婚儀の為に、上を下への大騒ぎになっていたが、その余波はここ、王都の行政を司る庁舎にまで波及していた。
ただでさえ、クレールの裁可を待つ者たちの行列で、庁舎の執政能力に徐々に影響が出始めていた。
「クレールさまは、いつお戻りになるんだ!?」
下級官吏の一人が慌てた様子で、同僚の男と噂話を始めた。
「特に期日は申されていなかったが、ご領地に戻られたそうだ」
「それにしては遅すぎるだろう!」
官吏の男はすごい剣幕で不平を漏らしている。
確かにこの男の言うように、クレールの領地は王都から二日と離れてない場所にある。
婚礼の支度に戻っただけなら、今頃は王都に滞在していてもおかしくはない。
「おいおい、クレールさまに無礼だぞ?」
「そう言うなら、あの裁可待ちの行列を何とかしてくれ!!」
「おわ! な、なんだ、あの長蛇の列は! まさかアレが全部、クレールさま待ちか?」
庁舎の入り口のほうまで見渡してみるが、それでも最後尾は見えそうになかった。
朝早くからひたすら並び続けている者もいる。
これだけ並んでいると、よほどでなければここを離れたくはない。
この長蛇の列にまた並び直さないといけないなど、考えただけでぞっとする。
「そうなんだよ。アイツらの裁可が済まないと、コッチにもいずれ影響出てくるぞ?」
「そりゃ不味い! これは人を遣ったほうがいいんじゃないか?」
人を遣る案は名案かもしれない。
何故なら、現時点で庁舎は混乱し始めている。いつもならクレールの指示の下、流れるように仕事が回っていくのだが、滞っている部署も出てきている。
仕事が詰まっていたり、連絡が届かなかったり、連携に齟齬が出るなどで、人が余りつつある。
―――
人を遣る?
もう遅いだろう。
クレールさまに王都へ戻るつもりなど無いはずだ。
あの御方は聖女さまを、まるで女神のように尊敬されていた。
それがあのバカ父娘のせいで、あんな酷い仕打ちに追い込まれた。
クレールさまはきっと、怒りを通り越して愛想を尽かしたのだろうな。
もし私が同じ立場なら、まず戻らない。
下級官吏たちの噂話を、内心で否定しているこの男は、クレールとフローラの名声に惹かれて、オルビア王国に士官したクチだ。
名をブレシア子爵シモンと言う。
王都の行政はクレールと、この男の二人が担っていたと言って良い。
オルビア王国は、フローラが聖女になって以来、急速に力をつけていた。
クラウス王や、それに擦り寄る大臣たちは、内政を放棄してなおざりにしていたが、それでもユリウス将軍と、彼の配下の王立騎士団は連戦連勝を収めて、オルビアの領土は拡大し続けていた。
要するに内政をサボっても、戦勝で利益を得続けていた為、本来ならば内政の中枢を担うはずの大臣や、それを監督するはずのクラウス王がサボってても、『今までは』、問題は少なかった。
クレールが王都を離れただけで、既に王都の政治機構は、麻痺しそうな兆しを見せている。
もうこれ以上、中枢を担う者たちが、指をくわえて見ていて良い状況ではない。
「書類の裁可は大臣と、王陛下へ回せ! 本来ならそうするべきだ」
シモンは執務机に向かったままで、配下の下級官吏たちに大声で指示を出した。
余りこういうことは好かない男だが、今はそんな場合では無かった。
官吏たちは久しぶりに聞いたシモンの声にびっくりしていたが、命令を頭で理解すると早速、謁見の間へ重要案件の裁可を回す手続きを始めた。
「大きな声では言えませんが、クレールさまの代わりが務まりますかね?」
官吏の一人が小声でシモンに疑問をぶつけてきた。
「務まるかどうかではなく、やってもらわないとそのうちパンクするぞ」
シモンはひたすら、目の前の山のような書類と格闘している。
「脅かさないでくださいよ。今日明日にでもクレールさまが戻りますって!」
「……その書類も謁見の間へ頼むぞ」
シモンは嘘はつきたくなかった。だから官吏の話に返答はしなかった。
―――
「なんだこの書類の山は!! 謁見の間へ持ち込むとはどういうつもりだ!」
書類の山に埋もれつつあるクラウス王が、声を荒げて騒いでいる。
何しろ彼にとっては初体験なのに、次から次から、どんどん仕事が増えて行く。
減るスピードよりも、明らかに増えるスピードのほうが早かった。
挙句の果てにクラウス王は、こんなこと言い出した。
「もう良い! 裁可はすべて許可するから、この書類の山をさっさと片付けろ!」
「そ、それはなりません! そんなことをしたら大変なことに……」
大臣の一人が慌てて王を諫めようと意見を挟んだが、それを意に介さず、仕事に文句ばかりをつけている。
「だいたい、王がやる仕事ではない! 私は忙しいのだ!」
「なりません! 重要案件の裁可だけでも陛下にお願いします!」
「クレールはどこだ! 弟はどこだ!!」
この日、謁見の間は夜遅くまで、クラウス王と大臣たちの怒号や悲鳴が聞こえていたが、それでも彼らに回された仕事は一向に減る気がしなかった。
実際クレールは、裁可だけではなく、添削、校正、指導など、より細かく仕事の管理を行っていた。
クラウス王などは裁可だけで根を上げているが、そもそも、彼には裁可の基準が分かっていないので、彼の希望通り、書類には触れさせないほうが良いだろう。
「クレールを探して来い……じゃないと、私が死んでしまう……」
*****
時間があれば今日は@1話(´ー+`)
*****
2
お気に入りに追加
5,000
あなたにおすすめの小説
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる