うっかり聖女を追放した王国は、滅びの道をまっしぐら! 今更戻れと言われても戻りません。~いつの間にか伝説の女王になっていた女の物語~

珠川あいる

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第1章『流浪の元聖女』

第3話「下級官吏の悲鳴①…仕事が追い付かない!」

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 クレールが王都を離れてから数日が経過していた。

 王宮は近く、プリシラ王女の聖女就任の儀と、クレールとの婚儀の為に、上を下への大騒ぎになっていたが、その余波はここ、王都の行政を司る庁舎にまで波及していた。
 ただでさえ、クレールの裁可を待つ者たちの行列で、庁舎の執政能力に徐々に影響が出始めていた。


「クレールさまは、いつお戻りになるんだ!?」

 下級官吏の一人が慌てた様子で、同僚の男と噂話を始めた。

「特に期日は申されていなかったが、ご領地に戻られたそうだ」

「それにしては遅すぎるだろう!」

 官吏の男はすごい剣幕で不平を漏らしている。
 確かにこの男の言うように、クレールの領地は王都から二日と離れてない場所にある。
 婚礼の支度に戻っただけなら、今頃は王都に滞在していてもおかしくはない。

「おいおい、クレールさまに無礼だぞ?」

「そう言うなら、あの裁可待ちの行列を何とかしてくれ!!」

「おわ! な、なんだ、あの長蛇の列は! まさかアレが全部、クレールさま待ちか?」

 庁舎の入り口のほうまで見渡してみるが、それでも最後尾は見えそうになかった。
 朝早くからひたすら並び続けている者もいる。
 これだけ並んでいると、よほどでなければここを離れたくはない。
 この長蛇の列にまた並び直さないといけないなど、考えただけでぞっとする。

「そうなんだよ。アイツらの裁可が済まないと、コッチにもいずれ影響出てくるぞ?」

「そりゃ不味い! これは人を遣ったやったほうがいいんじゃないか?」

 人を遣るやる案は名案かもしれない。
 何故なら、現時点で庁舎は混乱し始めている。いつもならクレールの指示の下、流れるように仕事が回っていくのだが、滞っている部署も出てきている。
 仕事が詰まっていたり、連絡が届かなかったり、連携に齟齬そごが出るなどで、人が余りつつある。



―――



 人を遣るやる
 もう遅いだろう。
 クレールさまに王都へ戻るつもりなど無いはずだ。
 あの御方は聖女さまを、まるで女神のように尊敬されていた。
 それがあのバカ父娘のせいで、あんな酷い仕打ちに追い込まれた。
 クレールさまはきっと、怒りを通り越して愛想を尽かしたのだろうな。

 もし私が同じ立場なら、まず戻らない。


 下級官吏たちの噂話を、内心で否定しているこの男は、クレールとフローラの名声に惹かれて、オルビア王国に士官したクチだ。

 名をブレシア子爵シモンと言う。
 王都の行政はクレールと、この男の二人が担っていたと言って良い。
 
 オルビア王国は、フローラが聖女になって以来、急速に力をつけていた。
 クラウス王や、それに擦り寄る大臣たちは、内政を放棄してなおざりにしていたが、それでもユリウス将軍と、彼の配下の王立騎士団は連戦連勝を収めて、オルビアの領土は拡大し続けていた。

 要するに内政をサボっても、戦勝で利益を得続けていた為、本来ならば内政の中枢を担うはずの大臣や、それを監督するはずのクラウス王がサボってても、『今までは』、問題は少なかった。

 クレールが王都を離れただけで、既に王都の政治機構は、麻痺しそうな兆しを見せている。
 もうこれ以上、中枢を担う者たちが、指をくわえて見ていて良い状況ではない。

「書類の裁可は大臣と、王陛下へ回せ! 本来ならそうするべきだ」

 シモンは執務机に向かったままで、配下の下級官吏たちに大声で指示を出した。
 余りこういうことは好かない男だが、今はそんな場合では無かった。

 官吏たちは久しぶりに聞いたシモンの声にびっくりしていたが、命令を頭で理解すると早速、謁見の間へ重要案件の裁可を回す手続きを始めた。

「大きな声では言えませんが、クレールさまの代わりが務まりますかね?」

 官吏の一人が小声でシモンに疑問をぶつけてきた。

「務まるかどうかではなく、やってもらわないとそのうちパンクするぞ」

 シモンはひたすら、目の前の山のような書類と格闘している。
 
「脅かさないでくださいよ。今日明日にでもクレールさまが戻りますって!」

「……その書類も謁見の間へ頼むぞ」

 シモンは嘘はつきたくなかった。だから官吏の話に返答はしなかった。



―――



「なんだこの書類の山は!! 謁見の間へ持ち込むとはどういうつもりだ!」

 書類の山に埋もれつつあるクラウス王が、声を荒げて騒いでいる。
 何しろ彼にとっては初体験なのに、次から次から、どんどん仕事が増えて行く。
 減るスピードよりも、明らかに増えるスピードのほうが早かった。
 挙句の果てにクラウス王は、こんなこと言い出した。

「もう良い! 裁可はすべて許可するから、この書類の山をさっさと片付けろ!」

「そ、それはなりません! そんなことをしたら大変なことに……」

 大臣の一人が慌てて王を諫めよういさめようと意見を挟んだが、それを意に介さず、仕事に文句ばかりをつけている。

「だいたい、王がやる仕事ではない! 私は忙しいのだ!」

「なりません! 重要案件の裁可だけでも陛下にお願いします!」

「クレールはどこだ! 弟はどこだ!!」

 この日、謁見の間は夜遅くまで、クラウス王と大臣たちの怒号や悲鳴が聞こえていたが、それでも彼らに回された仕事は一向に減る気がしなかった。

 実際クレールは、裁可だけではなく、添削、校正、指導など、より細かく仕事の管理を行っていた。
 クラウス王などは裁可だけで根を上げているが、そもそも、彼には裁可の基準が分かっていないので、彼の希望通り、書類には触れさせないほうが良いだろう。
 
「クレールを探して来い……じゃないと、私が死んでしまう……」





*****

時間があれば今日は@1話(´ー+`)

*****

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