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第1章『流浪の元聖女』
第11話「過去からの贈り物」
しおりを挟む「この前みたいな事はもうごめんだよ?」
ここ最近のヴァージルは、ずっとこんな感じの声色をしている。
先日のオルバの町での出来事が影響していた。
「はい、あの時は、その、本当に申し訳ありませんでした」
らしくない調子でフローラは素直に謝った。ここの所、こんな感じのやり取りが何度もあった。
毎回決まってヴァージルが不機嫌そうで、フローラは沈んだ様子で謝罪を述べる。
オルバの町で出会った老人と、つい長々と時間を過ごしてしまった。
老人と別れた後に急いで戻ろうとした所、フローラを心配して探しに来た隊商の者たちと出くわした。
隊商の者たちは口々に優しい言葉で迎えてくれたが、ヴァージルだけは不機嫌そうだった。
「信用はしてるから繋いだりはしない。じゃあ俺たちは商売があるから」
ぶっきらぼうな言い方をして、ヴァージルはさっさと仕事に出かけて行った。
うつむき加減で落ち込むフローラを、隊商の皆は心配そうに見つめていたが、彼らにしても仕事がある。
働かなければ食い扶持も得られない。
後ろ髪を引かれる想いをしながらフローラを残し、皆もヴァージルの後を追って出て行った。
悪いのは私ですから仕方が無いです。
ヴァージルさんが許してくれるまで待てばいいだけです。
さて……落ち込んでいても良い事はないですね。
お洗濯でもしてきましょうかね。
大量の洗濯物を抱えながらフローラは、時間が解決してくれるだろうと思うことにした。
この村に到着したのは昼前だった。
ヴァージルたちは奴隷も商うが、それらはどちらかと言えばついでで、普段は食糧や雑貨などをメインに国中の町から町へと交易の旅を続けている。
「こんにちは! 良いお天気ですね」
目指す目的地である、この村の水場に到着した。
昼前ということで、炊事の為に水場を利用している女性の先客が数人居た。
彼女たちはフローラを快く歓迎してくれて、雑談の輪に招待もしてくれた。
「お姉さんは幾つだい?」
40代くらいの肌荒れの酷い女性が尋ねてくる。
「私ですか? 今年で23になりました」
手首の辺りまで水場に浸してみる。水は冷たかったが、その分、澄んでいて、ひと目で清らかそうな水だということが良く分かる。
「若いねぇ! 私も20年くらい前は23だったよ! あははは」
「パメラ! それを言ったらあたしだって、30年前は20にもなってないよ!」
あっけらかんとして笑い声をあげる。フローラも釣られて、表情を明るくしている。
「笑い方も上品だし、言葉も礼儀正しいし、どこのお嬢さまだい?」
白髪交じりの女性がそう尋ねながら、フローラの隣までやってきてこう続けた。
「あんたみたいな肌の綺麗な子が、こんなに洗濯物あったら大変だろ? どれ手伝ってやるから、貸しなよ」
そう言って返事も待たずに洗濯物をごっそり抱えると、この場の女性たちに配り始めた。
どの女性も嫌な顔一つせずに、笑みを絶やさず接してくれている。
「あ、ありがとうございます」
「いいんだよ。お嬢さまには辛いだろ?」
ガハハと品性に欠ける笑い方をする女性だが、気立ての良さが雰囲気から伝わってきて、少しも違和感を感じない。
さっきまで気持ちが沈んでいたのが嘘のように、今この時間をフローラは楽しいと思っている。
「えっと、私の両親は貧農で、言葉遣いは王都で覚えましたから……」
「へえ? そんな感じには見えないけどねぇ」
確かにパッと見てフローラは平民には見えない。
もう少しまともな格好をすれば、貴族と言っても疑う者は少ないだろう。
「ん? ちょっとパメラ、あんた、自分の手なんかジッと見ててどうしたんだい?」
「わ、私の手! ちょっと見ておくれよ!」
パメラは手を皆に押し付けるようにして『見ろ』と言ってくる。興味にかられてフローラも覗いてみるが、特に何か変わった所がありそうには思えなかった。
ところが、一人の女性が目を見開いて、パメラの手をしげしげと見つめて驚いた顔をしている。
「肌荒れどこ行った……?」
「そうなの! さっきまで私の手、荒れ放題だったのよ!?」
直前の記憶をたどって、心当たりがあることを、フローラも思い出していた。
「そういえば私の手も、なんだかすべすべに……」
何を思ったのか女性たちは、一心不乱に水場の水を、自身の身体のあちこちに振り撒き始めた。
「ほら、あんた必要なさそうだけど、一応……って、まさかあんたが原因かい?」
え?
ええ?
なんでみなさん、私を見ているのでしょう。
確かに聖女の力で不浄を清めることはできますが……
ここの水は最初から清かったはずですよ。
「ええっと、私じゃないと、思いますけど……」
「いいや、あんただよ!」
「そうだよ、今までこんなことなかったし!」
あわわ……
みなさん、なにか誤解をなさって?
あわわわ……どうしましょう?
あわわわわわ……
泡を吹いてテンパるフローラが引きずられて、村の他の水場に連行されていく。
何やら鬼気迫る顔つきの女性たちは、何が何でも原因を究明しようと、フローラを使って実験を始めようとしていた。
その異様な雰囲気に釣られて、村人たちが続々と集まってきている。
そしてその中には商売中だったヴァージルの姿もあった。
特に危険でもなさそうだったので、ヴァージルは静観することにした。
「お姉さん、ちょっと手を突っ込んでみてよ!」
頭の天辺から雷に打たれたような鋭い指示が飛んできた。
何が何やらわからないうちに、ただ、"あわあわ"していただけのフローラは、女性たちの迫力に気圧されて、更に"あわあわ"しつつも言われるがままに水場に手を浸してみた。
変化はすぐに現れたし、フローラの目には、水がある効果を宿したさまが見て取れた。
さっきの水場では特に意識してなかったので、水の変化の過程を見逃していたが、この水場の水は浄化の力を宿している。
分かりやすく言うなら『聖水』に変わってしまっている。
それもかなり効果が高そうだった。
今やフローラは、人間聖水精製器と成り果てて――は、いないが、これはこれで凄いことだ。
「ここのお水は聖水になってしまったようです。皆さん、ごめんなさい!」
聖水なので飲用には耐えるし、傷の手当て、毒や病の浄化、魔物に用いれば攻撃手段にもなるが、これを調理用の水に使うのは、あまり現実的ではない。
そういう意味でフローラは申し訳ないと頭を下げている。
得られる利益のほうが遥かに高いのだが、彼女には少し天然の気もあったりするのだ。
人だかりをかき分けて、ヴァージルがフローラの前までやってきた。
目を白黒させ、更に半開きのままの口から、ようやっと言葉を絞り出してこう言ってきた。
「フローラって名前はまさか、聖女フローラさま……ですか?」
こうなっては隠し切れないし、それ以前にヴァージルに嘘を言うのは気が引けて、フローラは"こくり"と頷いた。
「今まで隠していてごめんなさい。確かに以前は聖女でした。オルビアの神殿で、聖女フローラと名乗っていました」
フローラの告白を聞いた後、ヴァージルはその場にバッと片膝をついて畏まった。
「え、ヴァージルさん?」
周囲の人だかりも、フローラの傍の女性たちも、互いに顔を見合わせて驚いている。目の前にいるフローラが、まさか、あの同姓同名の聖女フローラなのかと、にわかにざわめきはじめている。
そんな大勢の村人の中には、ヴァージルに倣って膝を地面について、頭を下げている者も見受けられる。
「私の本当の名は、ヴィガン男爵ヴァジルールと申します。今までの非礼をお詫びいたします」
ヴァージルは腰の小剣を抜くと、剣を両手で支えるようしてフローラに差し出した。
「……」
一言も発せず、ヴァージルから視線を逸らさずにフローラは、ただ頷いて見せた。
「十年前の災厄の折、私の領地の民は、フローラさまと、お母上のユハさまのお陰で救われました。あの時のご恩は今まで一瞬たりとも忘れたことはございません。厚くお礼を申し上げます!!」
腹の底から絞り出した大音声が村中を震わせた。
感極まったヴァージルは大粒の涙を、とめどなく流している。そんなヴァージルをフローラは、ふわりと抱きしめてやった。
いつしか周囲の者たちは皆、フローラを崇めて皆が膝をついていた。
まるで何かの奇跡の瞬間に遭遇したかのような錯覚を覚える。
今日、この何の変哲もない農村は、確かに奇跡が舞い降りた聖地となった。
フローラは過去の行いがヴァージルとその民たちを救えていたのだと、心の底からそのことを誇らしくも、嬉しくも感じて、彼女の頬にも涙が一筋伝っていた。
*****
フローラが居れば聖水で大儲け…(´ー+`)
*****
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