うっかり聖女を追放した王国は、滅びの道をまっしぐら! 今更戻れと言われても戻りません。~いつの間にか伝説の女王になっていた女の物語~

珠川あいる

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第1章『流浪の元聖女』

第10話「王女殿下の悲劇の幕開け」

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 鬱蒼うっそうと茂った暗い森の中に其れそれはあった。
 最寄りの村ロルカから続く、たどたどしい獣道の先に、ぽっかりと黒い口を開けている。

 それは10年前に災厄を生み出した、不死者たちの迷宮だった。

 此度こたびの再封印は事態を重くみた国教会からも、選り抜きよりぬきの精鋭が派遣されている。
 先発した彼ら国教会チームが封印強度の調査を始めていたのだが、ここに来てプリシラは類まれな幸運を発揮していた。
 不死者の迷宮の封印はまだ十分に強度が残されていたのだ。
 

「幸運でしたな、プリシラさま」

 国教会のリコ司祭が晴れやかな笑顔で話しかけてきた。
 彼らの調査の結果、再封印は聖女と、そのお付きの者たちだけでも十分だとの結果が出ていた。
 一足先にこの場を離れる為、プリシラに挨拶にやってきたのだ。

「え、ええ、これも私の祈祷の成果ですわ」

 引きつり気味の笑顔で何とか体裁を保っている。
 フローラ追放の詳細は今の所、王宮外には一部の例外を除いて漏れてはいない。
 その影響で聖女交代は正当なものだと解釈されている。
 少なくともリコ司祭の態度からは、そう推測できる雰囲気が感じ取れた。

「気負う必要はありません。まず確実に成功するでしょう。さすがは先代聖女を超える御方ですな」

 『はははは!』と、高らかに笑って、リコ司祭も肩の荷が下りたようだった。

「あんな程度の者と一緒にされても困りますわ!」

 リコ司祭に乗せられて、つい調子に乗ってしまっている。

「プリシラさまのご成功を、大司教猊下げいかは大変に期待されております」

「必ずや成功させますので、大司教猊下げいかには宜しくお伝えください」

 了承を意味する言葉を口にして、リコ司祭は帰路の旅路に就いた。

 去り行く国教会の者たちの背を、プリシラは憎々し気に見送っている。
 それには彼女らしい理由があった。
 ここへ到着した当初は彼ら国教会の者たちが、プリシラにはとても頼もしく見えた。
 ひどく頼もしい味方に見えたし、実際、そう思った通りに彼らは優れていた。

 しかし、もうそんなことを言っている場合ではない。
 リコ司祭のお墨付きがあるのだ、必ず成功させようと気合を入れる。


「プリシラさま、儀式の準備が整いました」

 いつもの侍女がやってきてそう告げた。この侍女は、相も変わらず、冷静だ。

「さあ、ちゃっちゃと片付けるわよ!」

 不自然に自分らしくないことを口走る。

 だが、プリシラの懸念など、大して問題にはならないはずだった。

 国教会の寄越したあのリコ司祭は、とても優れている男だ。プリシラが聖女として無能なことなど、とっくに見抜いている。
 その上でプリシラたちだけでも十分だと判断したのだ。
 正確を期す言い方をするなら、新たに人選された巫女たちだけでも儀式は成功させれるだろう。
 プリシラが余計なことをしない限りは、この儀式の成功は半ば約束されたものだった。

 そう、していてくれたら。

 封印の儀式は順調に進むかのように、居合わせた誰もが思っていた。

 しかし突然、静けさと、厳粛さに包まれた儀式の場は、プリシラの悲鳴にすべてがかき乱されてしまった。
 儀式の途中ではあったが、余りにも取り乱すプリシラのほうへ目をやると、数体のスケルトンが粗末な小剣を片手に、プリシラの十数メートル先に突っ立っていた。

 たかがスケルトンである。

 農民でも大人の男性なら人数次第では十分に打ち負かせる。
 そんな下等な不死者を相手に、プリシラは散々に取り乱しては、儀式中の巫女たちに命じていた。

 『儀式などより、私を助けて!』

 彼女はそう言って、儀式を中断させようか逡巡しゅんじゅんする巫女たちに躍りかかった。
 結果は散々だったが、乱入したスケルトンたちの始末も含めて、儀式自体は巫女たちだけの力で無事に完了していた。

 ただ一つ付け加えるなら、ひどく錯乱したプリシラは、スケルトンにつけられた小さな刀傷を見て失神してしまった。

 失神したまま馬車に揺られて王都に帰ることになったが、王宮へは早馬の伝令が、一部始終を記した書状を携えて先発している。
 プリシラが目覚めた時にはもう手遅れだろうし、仮に意識があっても儀式中の出来事は、あの国教会のリコ司祭の配下の者たちが人知れず監視していた。

 今頃あのリコ司祭はほくそ笑んでいるはずだ。

 聖女フローラを不当に貶めた悪魔プリシラを、実に巧妙な手段で陥れることに成功したのだから。

 帰路の旅路で夜空を見上げなら、リコ司祭は周囲の者に聞こえるように、声に出してこう言った。

「偉大なる御方、聖女フローラさま」

「貴女さまに代わって悪魔プリシラに鉄槌を下しました」

「この満天の星空の下、どこかで今も流浪の身に甘んじておられる聖女さま、どうか御心を安らかになさってください」

「あの悪魔プリシラは必ずや、私共の手で必ずや、地獄に叩き落としてご覧に入れましょう」

 国教会の次代を担う若き司祭リコ司祭は、その両の眼に復讐の炎を宿らせていた。
 その眼はプリシラを見据えて、決して逸らされない。
 復讐を果たすまでは、決して逸らされないだろう。

 
 若き司祭リコ司祭は、彼を取り囲む仲間たちと、フローラを想って夜空に向かって祈りを捧げていた。



―――



 今日のこの日の謁見の間では、封印の儀式成功を祝う喜ばしい雰囲気で包まれていた。
 ここの所、ずっと悪い知らせばかりだったが、久しぶりの喜ばしい知らせだ。
 居並ぶ大臣たちも、将軍や騎士隊長たちも、この日ばかりはいがみ合いをやめて喜びを分かち合っていたが、玉座の上のクラウス王だけは厳しい顔つきをしていた。

 何故ならば、謁見の間の中央でふんぞり返るのが、プリシラ王女だったからだ。

 どういうわけか彼女に言わせれば、儀式はプリシラの身体を張った活躍で成功を収め、全治七日と診断された刀傷による怪我は、名誉の傷だと言いふらしている。

 立場上でも、身分上の問題でも、巫女たちが王女を相手に大っぴらに反抗はできない。
 それもあったが何よりも、国教会の司祭と、その国教会を支配する大司教が味方だと思い込んでいる為、このように強気な振る舞いで手柄を横取りしようとしているのだ。

 クラウス王は勿論、事の次第を伝令の持ってきた書状で確認は済ませてある。

 クラウス王はざわめく家臣たちに右手を上げて見せた。
 直後、謁見の間は静けさに包まれ、家臣たちは王の次の一言に注目している。


「プリシラ、そこへ直れ」

 父王の命に従って、プリシラはクラウス王の眼前で片膝をついた。

「仰せに従います。父上」

 彼女の顔には、自信と喜びが漲っているみなぎっている

「プリシラ、もう失敗は許さんと言ったのを覚えているな?」

「はい、父上」

「そうか、では今回の件の処分を申し渡す」

「はい!」

 処分と聞いてプリシラは、褒美か何かと勘違いしているようだ。

「そなたを廃嫡とした上で、フェアラム伯爵との結婚を命じる」

 クラウス王は淡々と、用件のみを伝えると言った感じで話している。

「……え?」

「婚儀の準備が整うまで自室にて謹慎せよ。尚、聖女の役目も解任とする」

「ち、父上? 何故そのようなことを?」

 クラウス王は、小さくため息をついた後に、こう尋ねてきた。

「文句があるのか?」

 クラウス王は、プリシラに憐憫の視線を注いでいる。

「当たり前です! 何故、手柄を立てた者が罰せられるのですか!!」

 小さな身体をいっぱいに使って、言葉と態度で激しく抗議をしている。

「何の手柄だ? 魔物に傷つけられて失神していたはずだろう」

 父王のほうはあくまで淡々としている。

「違います! この傷は名誉の傷です! それに失神もしていません!!」

「その訴えを証明できるか?」

「父上!? 私の言葉が信じられないのですか!」

 悲鳴に近い声を張り上げて、縋るすがるような視線を父王に返す。

「証明できるのか?」

「そこまで仰るなら、そうします!! 国教会のリコ司祭を召喚してください! あの方が私の力になってくださるはずです!」

「だ、そうだがリコ司祭、どうなのだ?」

 父王のこの言葉にプリシラはギョッとなったが、直後にリコ司祭の姿を探して辺りを見回した。

「クラウス王陛下に申し上げます。確かに王女殿下とは面識はありますが、私にプリシラ王女殿下の潔白を証明できる根拠はありません」

 そう言ってリコ司祭は一礼をした。
 そのリコ司祭を、プリシラは凝視していた。
 あの日の笑顔と同じ笑顔をしているリコ司祭を、信じられないものを見るかのような目で凝視している。

「司祭さま……?」

 あまりの衝撃に絶句している。言葉尻が頭から抜け落ちて、ただただ言葉を失って、プリシラはその場に立ち尽くしている。

「プリシラの処分は即日、執行する。衛兵、王女を自室に監禁せよ、いいか? 泣いて喚こうが決して外には出すな」

「ち、父上、い、嫌です! いやあああああああああ!!!!!!」

 衛兵たちが王の命を遂行すべく、抵抗するプリシラを引きずって謁見の間を後にした。
 すぐ外の回廊には、次第に遠ざかるプリシラの悲鳴がこだましていた。
 




*****

彼女の悲劇は始まったばかりです(´ー+`)

*****

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