うっかり聖女を追放した王国は、滅びの道をまっしぐら! 今更戻れと言われても戻りません。~いつの間にか伝説の女王になっていた女の物語~

珠川あいる

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第1章『流浪の元聖女』

第9話「プリシラの大誤算」

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 ここ最近、王宮では大臣たちに尻を叩かれて、仕方なく裁可の作業に向き合うクラウス王の姿があった。
 今日も今日とて、朝早くから書類の山を見せられて、すっかり辟易していた。

 そして半ば恒例になりつつある風景が、今日も繰り返されていた。
 危急を告げる知らせが王宮に舞い込んできたのだ。


「陛下! 大変です!!」

 側近の男による、すっかりお馴染みの台詞が飛び出してきた。
 毎日同じことを言うからか、クラウス王は慣れきってしまっていて、何が大変なのか基準が曖昧になってしまっている。

「……また、その台詞か? たまには違うことを言えないのか?」

 毎日のように同じ台詞を聞かされている。
 その内容は確かに大変と言えるが、クラウス王の危機感を煽るものでは無かった。
 そして今日のこの知らせもそうだろうと、タカを括っていた。

「何を悠長な! それどころではありません!」

 今日はいつもよりも、側近の男の顔は真剣そのものだった。

「で? なに?」

「10年前の封印が解除されました! 迷宮の封印が解かれたのです!!」

 側近の男がとんでもない内容を口にした。
 さすがのクラウス王も、『封印』という言葉には鋭い反応を示した。

「冗談もほどほどにしろ!」

 報告が事実なら冗談だとも言いたくはなる。

「現実逃避しないでください!」

「そんなバカな……」

 側近の男のただならぬ雰囲気に、とうとうクラウス王も事実を認めたようだ。

「どうなさいますか!」

「ユリウスを呼び戻せ……」

 確かにそうだろう。
 クレールが離反した以上、ユリウス以外に軍部をまとめられる人物は存在しない。
 これが内政的な問題ならば、シモンという選択肢もある。
 他にも有名ではないというだけで、オルビアには優れた人材が揃っている。
 だが封印が解除されたのは、不死者の迷宮だ。
 対処が遅れればオルビアどころか、幾つもの国家が滅ぶ可能性もある。

「え? クレールさまを放っておくのですか?」

「そんな場合ではない! 魔物が王都を目指したらどうなる! 王宮を守れ! 私の身を守るんだ!」

 最後のひと言さえ無ければ良かったが、結局は我が身可愛さだったようだ。
 それでも国家の中枢である王都を守るのは、あながち間違ってもいない。

「わ、わかりました」

「それからもう一つ、プリシラに再封印の儀式を命じろ。いいか、次の失敗は許さぬと厳しく言っておけ!」

 娘を溺愛する彼の言葉とは思えない。
 ここまではっきりと厳しく対処を表明したことは無かった。
 それだけ事態の深刻さを、この愚王も理解したのだろう。



―――



 神殿では別の意味で恒例の、『プリシラ悶絶ショー』が今日も繰り広げられていた
 前回の祈祷を大失敗してからと言うもの、プリシラは毎日のように悶絶している。一向に上手く行きそうにない状況に出口のない不安を心に蓄積させている。
 がらんとした見た目だけは綺麗な廃墟のような場所で、ほんの僅かな者たちだけが神殿内を行き来している。


 ああああ! 
 不味い不味い!
 フローラったらどこ!?

 まさかもう死んでるとか?
 こんなに探してるのに見つからないなんて……

 もうこれ以上は誤魔化せないわ。
 それに次に失態を犯したら、父上でも許しては……不味い!

 畜生!
 フローラのせいだわ!
 聖女の仕事が上手くいかないのもそう!
 叔父さまが王都に戻らないのにそう!

 フローラさえ見つかれば、叔父さまも私のところへ戻るはずなのに!!

「王女殿下?」

 今日も絶賛悶絶中のプリシラに、侍女の女性が遠慮がちに声を掛けた。

「え、ええ、何かしら?」

 今日は意外と早く意識が正常に戻ったようだ。
 普段はもっとずっとイカれている。

「王宮からのご命令です。不死者の迷宮の再封印をせよとの事です」

 侍女の言い様は穏やかな調子だが、言っている意味を理解すれば、とんでもない内容になる。
 プリシラにもそれは十分に伝わっている。
 だから気の抜けた返事をしてしまっている。

「へ?」

「10年前の災厄で施された封印が解除されました」

「で、何をしろと?」

 聖女の立場でこの返答は無い。プリシラは未だに混乱しているようだ。

「解除された封印を修復して、再封印をするようにとの事です」

 面白いほどに、この侍女は落ち着いている。

「わ、わかったわ。私に任せてって、父上に……」

 はあ?
 迷宮の再封印?
 まさか魔物と戦えと?

 私は王女なのよ、王女が魔物と戦うの?
 いやいや、そうじゃなくて、封印とか無理よ。
 こればっかりは絶対無理よ。

 フローラだって無理かも。
 
 あんのバカオヤジ!!!
 ちょっとは脳みそ使いなさいよ!

 父上に文句を言いに行かないと!!



―――



 クラウス王は正直なところ、今ほどプリシラのことで失望を感じたことは無かった。
 今しがた大声を張り上げながら、プリシラが乗り込んできたのだ。13歳ならそろそろ淑女のたしなみがあっても良い年齢なのに。
 およそ王族の女性らしからぬはしたなさを発揮して父王に詰め寄ってきた。


「父上! 考えればわかるでしょ!」

「口の利き方に気を付けなさい」

 いつものクラウス王らしくない態度で、プリシラに言い聞かせようとしている。

「そんな場合じゃないの!」

「フローラより優れているのだろう? 自分でそう申したはずだ」

 確かに以前、そういうことをプリシラは口にしている。

「だって魔物よ! 王女なのに魔物とか無いでしょ!」

「王女だが、聖女でもあるだろう? お前がやらんのなら誰がやる」

 徹底して正論を用いているが、プリシラに届くような気配はない。

「だから! 私は王女なの!! それ以外は今は大事じゃないのよ!」

「まるで話が通じないな。いいか、プリシラ、王族というのは民から税と奉仕を受ける代わりに、危急の事態があれば率先して皆を導く義務がある。お前は利益だけを得て、義務は放棄するつもりか?」

 言っていることは立派だが、クラウス王にこれを言う資格は無いだろう。
 だが、この言い回しの効果はあったようだ。

「で、でも、迷宮封印は手に余ります……」

「やる前からできないと言うのか? 否定から入るのは良くないぞ」

「じゃ、じゃあ、次からちゃんとやるから、今回は無しで……」

 あくまで今回はサボるつもりのようだ。

「いい加減にせぬか」

 抑揚に欠けた冷たい声音で言い放った。プリシラはこの声を聴いてビクッと身体を震わせた。
 そして恐る恐る、父王に尋ねてみた。

「え、父上?」

「いいから黙って言うことを聞け。迷宮から戻るまでは、お前の顔は見たくない。わかったならさっさとここから出て行け」

「……はい、父上。失礼します」

 どうしよう……父上、本気だ。もう失敗はできない。
 フローラに、いいえ、フローラさま、お願いです。戻ってきて……。
 あんな怖ろしい迷宮では、命懸けになる。
 私まだ13だよ。死にたくない。

 ……フローラさまって呼んでやっただろ、さっさと出てこい、使えない女!
 
 封印儀式やらないって選択肢はない。
 仕方が無い、危なくなったらすぐ逃げよう。
 もしかしたら、封印まだそんなに壊れてないかも。

 そうよ、やるしかないの。
 じゃないと、父上に、何をされるかわからない。




*****

寝落ちしなければ@1話更新します(´ー+`)

*****

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