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第5章「アデラール先生! 急患です♪」

第66話「わがまま娘」

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ミアセラ王国、副都アクイラ―――――


「ザックさま、アクイラが見えてきましたわ!」
「おお…な、なかなか、でけぇ町だな……」


アクイラは国境地帯を統括するミアセラ王国第2の都市だ。
領主のコルヴィス公爵はハキム王の信頼も篤くあつく、領地経営の手腕も持ち合わせた優れた人物だった。

コルヴィス公爵の行き届いた政策のおかげで、領地に住む人々の生活は栄えていた。

市街の城壁を巡回する兵士が、見慣れた団旗を確認すると、大声で仲間たちに知らせる。

『お嬢さまの隊が戻られた! レミリアさまがお帰りになられた!』


「レミリアお嬢さま! 無事のお帰りお慶び申し上げます!」
「レミリアさま! 今回の旅はいかがでしたか!」


馬車の隊列はアクイラ市街の門をくぐる。
沿道には兵士の呼び声に引き寄せられるように人々が詰め掛け、領主の愛娘を口々に祝福した。


「お嬢さま、このままお父上のところへ?」
「そうね。任務の報告を済ませてしまおうかしら」


馬車の荷台ではあの男が膝を抱えて考え込んでいた。

レミリアの語った内容が真実であると確認できてしまい
急激に先行きの不安を感じてしまっていた。

だが、目の前にぶらさがった栄達出世の道も捨てがたい。

至って普通の男に、こんな好機は2度と訪れないだろう。


「ザックさま、ご気分でも悪いのですか?」


瞳をうるませたレミリアが、心配そうにザックに声を掛けた。


「いや、ちょっと飲みすぎたな! はは…」


性格破綻に不満は感じている。
しかし、時折見せる女らしさに心を動かされてしまう。


「お父さまはあそこに見える庁舎にいらっしゃいますわ」
「お前のお父さんって怖い人?」
「いいえ? とっても優しい方ですわ」
「そ、そう…」
「早くあなたさまを紹介したい! きっと気に入ってくださるわ」
「はは…楽しみだな…」


馬車は庁舎に向かってゆっくり進む。


「ほえ~! 大きな町だね!!」


後ろ手に縛られながらヘリアが顔だけを出して街並みに感心する声を上げる。


「そうですね! 人もあんなに大勢いますよ」


アデラールのほうへ向き直り同意を求める。
彼は”そうだな”と一言答えると自身も街の景観を見やる。

カイユテとも、ベラライアとも違った異国の風情を湛えている。
町の人々の服装、露店に並べられた珍しい食べ物。

どれもが新鮮だった。
護送されてる最中でなければ、もっと楽しい眺めだっただろう。


「お前たちは囚人なんだぞ! 大人しくしておけ!」


護衛の男からの叱責の言葉が飛んでくる。


「僕たちって容疑者じゃなかったっけ?」
「いつの間にか囚人になってしまいましたね」


相手は貴族だ。

気分次第でこちらの都合など無視するだろう。
レミリアが”犯罪者”と報告すれば、即座に罪を問われることになる。
罪の有無は関係ない。身分とはそういう物だ。

アデラールは今後の展開を何通りも、頭の中で想定していた。

無事に王都まで辿り着ければそれでいい。
まずはあの女の父君がどんな人物なのか、拝見させてもらおうか。


「着いたぞ囚人ども。さっさと降りろ!」
「いちいち言われなくても降りるって!!」
「何を騒いでいるの! この洗濯板を牢屋に入れておきなさい!!」


ヘリアの目に殺意の波動が宿った。


「レ…レミリア、あんまりお嬢ちゃんをいじめるなよ。な?」
「ザックさまをつけ回した変質者ですよ! 死刑にしてやります!!」
「ほ、ほら、怒るとカワイイ顔が台無しだぞ?」


ザックはアデラールたちが詳細に取り調べを受けることを恐れていた。
それによってチカン容疑が明るみに出る可能性がある。

あの馬車の御者と老婆が、真実を明かしてしまうかもしれない。

その為、ザックは穏便に済ませたかったのだ。


「お嬢さま、公爵さまがお見えになりました」


―――――


庁舎の入り口に立派な髭をたくわえた男が姿を見せる。
身なりの良さ、立ち居振る舞い、周囲に侍る召使い風の男たち。

見るからに身分が高そうな初老の男だった。


「お父さま!」
「おお、無事に戻ったか。心配しておったぞ」
「お言いつけ通り、英雄殿をお連れしましたわ」


愛娘の帰還に公爵は頬を緩ませ微笑んだ。


「公爵さま、お嬢さま、ザックさまをお連れしました」
「よ、よお。俺が赤髪の傭兵王ザックだ。」


思っていたよりも柔和なイメージの公爵に安心するザックは
やや挙動不審ながらも堂々と名乗った。


「噂は聞いている。英雄殿、詳しい話は中で聞こう」
「さあザックさま! 中に入りましょう」
「う、うん。そうだね…」


公爵一向は挨拶もそこそこに庁舎の中へ姿を消した。


「で、俺たちは牢屋行きか?」
「黙れ! 囚人のくせに生意気な口の利き方をするな!」


馬車の護衛の男が大声で怒鳴った。


「おい。何を騒いでいる?」
「あ! メルティスさま。この者が生意気なので調教を…」
「そんなことは命じてないぞ? この者たちは私が連れて行く」


護衛の男は上官の命令にしぶしぶと従い、荷下ろし作業に戻っていった。

メルティスと呼ばれた男が、アデラールたちの前まで来ると苦笑した。


「いやあ、申し訳ない。しつけがなってない部下で恥ずかしいよ」


男の真意を測りかねて、アデラールたちは黙って聞いていた。


「そう警戒するな、君たちは容疑者だ。罪の有無が決したわけじゃない。
調べてもいないのに、囚人と断定するのは良くない」


メルティスは申し訳なさそうな顔で軽く頭を下げた。


「貴方がそう思おうが、取り調べで無罪を立証できようが、あのお嬢さまが
俺たちを有罪だと言えば有罪になるんだろう?」
「まあ…ね。そうなってしまう可能性は高いね」
「やけに素直に答えるな」
「嘘を言っても君たちの為にはならないよ。さあ、行こうか」





アクイラ庁舎、尋問室―――――





「ということです、お父さま」
「ふむ。この魔導師と少女が英雄殿に罪を着せ、無礼を働いたと?」


庁舎の一室でアデラールたちの尋問が行われていた。


「そうです! ザックさまの証言があるのです!」
「ふむ。メルティス。そなたの報告を聞こう」


メルティスは一礼したあとに、淡々と話し始めた。


「従者どもの報告をまとめますと、英雄殿の証言には証人がおらず
容疑者たちの容疑についても状況証拠のみで、確実な証拠がありません。
例の街道筋のドラゴンについては、目撃者の証言が多数ありますので
英雄殿の功績とする報告に偽りはないでしょう」
「ザックさまの証言だけで十分よ!」
「はは…レミリア、落ち着きなさい」


公爵は困っていた。
普段ならテキパキと判断を下し、効率良く仕事を済ませていく。
実際、公爵領はミアセラ王国で最も栄えている地域とも言われている。
諸外国からの商人の往来も多く、領民の生活水準も高い。

文化と経済を高いレベルで安定させている。

その大部分が公爵の手腕による結果だった。

だが、そんな男が悩んでいた。
報告を聞く限り、魔導師たちに罪があるとは断言できない。
断言するための証拠も論拠も、明らかに不足している。

疑惑の段階で捕えてしまったのが不味かった。


「お父さま? 罪は明白です!」


公爵にはもう1つ問題があった。

マーテルからの特使がミアセラにやってくることを、使者が伝えてきたことだ。

特使は秘密裏に入国して王都を目指す。
特使一行に不都合がないように取り計らえと知らせが来たのだ。

特使一行の氏名と人相書きも一緒に同封されていたのだが
魔導師の人相がソックリで内心驚いていた。

なぜ、特使らしき人物が護送されている?と混乱していた。


「しかし、レミリア。取り調べはしたのか?」
「必要ありません!! ザックさまはマーテル最高の英雄ですよ!」
「もし間違いなら無実の者を…」
「ドラゴンを瞬殺したのですよ? そんな伝説の英雄が少女をチカンするなど
あり得ません!!」


レミリアの言い分は確定できる根拠に欠けていた。


「しかし、お嬢さま。そのザックさまも穏便に済ませたいと…」
「メルティス! そんなことはどうでもいいの! お父さま!」
「な、なんだ、レミリア」
「こいつらを有罪にしないなら、私は家を出ますからね!!」


メルティスは”またいつものか”と、額に手を当てながら呟いた。


「え? それはないだろう『レミたん』? 考え直してくれ!」


公爵は取り乱してレミリアに縋るすがる


「一緒にお風呂も入りません!」
「ええ! そ、そんな…レミたん…」
「有罪ですよね? お父さま!!」
「あ、ああ、有罪か……しかし………」


公爵は非常に優れた人物だったが、1つだけ大きな欠点があった。

娘を溺愛し『レミたん』と呼び、いまだに一緒に入浴している。
父娘で入浴するのは一般的だと、娘に吹き込んだりする変態だったのだ。


「罪状はとびきり重くしてくださいね♪」
「黙って聞いてればひどいな! こんなの間違ってるだろ!!」


大人しく聞いていたヘリアが我慢できず文句を言う。


「うるっさいわね! この泥棒猫!! ザックさまは渡さないわよ!」
「あんな変態おやじいらないよ!!」


公爵はすでに状況を把握できず、場はレミリアの独壇場となっていた。
だが、アデラールはこのやりとりを見て楽しんでいた。


「仕方がない。別室にてお休みの英雄殿をお連れしろ」
「ザックさまはお疲れなのですよ! お父さま? 死刑にしましょう!」





*****

作者です!

今日はもう1話更新します。

*****

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