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第5章「アデラール先生! 急患です♪」

第62話「恋する美少女騎士」

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ボカ村、広場――――


「いやあ! あなたのような方に来ていただけて感謝しております!」
「たまたまこっちの方で『ドラゴン退治』に呼ばれてな、ついでで悪るいな村長!」
「まあ……ドラゴン退治なんてすごいですね、さすがです。」
「まあな! マーテルの王様に頼むって頭下げられてなぁ。仕方ねえから引き受けてやったわけよ。」


踊るアルパカ亭での騒ぎが、ますます傭兵王ザックの期待を膨らませる結果となり、ボカ村は赤眼の傭兵王ザックの到着に村を挙げて沸き立っていた。傭兵王ザックは確かに、ヘリアのボディーブローで悶絶していたあのド変態だった。


「あそこまで大風呂敷だと、逆に清々しいな」
「ドラゴン倒せる人なんて世界に数人だと思うんだよ!!」


どんどん話が大きくなっていってるが、不思議なことに誰も疑ってるようには見えない。


「ザック殿に聖騎士さま! 討伐に参加する村人15名です、彼らの指揮をお願いします。」


討伐隊に選ばれた者たちは、赤髪のド変態を童心に返ったような顔つきで、羨望の視線を浴びせている。自分たちはまるで偉大な指揮官に率いられる、歴戦の勇士だとでも言いたげな自信に満ち溢れた眼差しで、いまかいまかとド変態の出発の合図を待っている。


「俺に任せておきな。ゴブリンなんて3秒で殲滅してやるぜ!」


ド変態が大見得を切った大げさな掛け声を鬨の声代わりに叫ぶと、広間に集まった村人から割れんばかりの歓声が巻き起こった。


「指揮はザックさまにお任せして、私は支援に回ります! 英雄殿にお仕えできて光栄の至りです。」


あの高飛車な美少女騎士が、伝説の英雄と信じて疑わないド変態を、白馬の騎士か何かと勘違いしていそうな恍惚とした表情で見惚れていた。どこからどう見ても下卑た髭面のオッサンが、短い間に大した出世を果たしたモノだとむしろ感心する。オッサンは明らかに調子に乗っているが、討伐自体は無事に事なきを得て欲しい。





―――――




「なぁ? レミリアちゃんは彼氏はいるのかい?へへへ」
「え! い、いえ。その…いないです!」
「いい女なのに勿体ねぇな! どうだ、俺の女にならねぇか?」
「そ、そんな、ザックさまには私など……」


何を話しているのかは遠目にはわからないが、ド変態は時折、レミリアの腰に手を回しては抱き寄せて周りの村人たちの好奇の視線も意に介さず何ごとかをひたすら大声で話しているようだった。


もうすぐ、目的地なのだが隊列は伸び切ってバラバラになってしまっている。村人たちもド変態さえいれば楽勝だという驕りがあるのだろう。彼らの面構えは戦いに赴く悲壮なものとは程遠く、”ピクニック”にでも出かけるような緩み切ったものになってしまっている。


アデラールたちは一抹の不安を覚えるが、心配そうに遠巻きに様子を伺うしかなかった。念のため、ティリアの魔法の弓やアデラールとヘリアも魔法の準備を怠らない。いざとなったら無詠唱で機先を制することも可能だ。

やがて森の切れ目に差し掛かり、ド変態たちも警戒の構えを見せていた。


「ザックさま、見張りのゴブリンが数人います。どうされますか?」
「おいおい、あんたら! びびんなって。いっちょ俺さまが弓矢の腕前を披露してやろう。弓かしてくれ。」


言うなりド変態は弓に矢をつがえる。

狙いすまして矢を……放つ!

矢は狙いを大幅に外し、矢音矢が飛ぶ音を従えて明後日の方向へ消えて行った。


的が外れすぎたおかげで、ゴブリンたちは矢音には気づいたが矢が飛んでこず、首を傾げて周囲を見回すだけに留まった。これでは村人が撃ったほうがましではないかと、アデラールは片手で前髪を鷲掴みにするようにして、頭を抱えて悩みはじめるが思考のループから抜け出せずにいる。二の矢がもし、まともな方向に飛んでもあの腕前ではゴブリンを倒すような矢は放てない。余計な手出しはしたくないが、彼らの安全を考えるとティリアの魔法の弓の力を使うのが確実な手段となる。


「ティリア!」
「はい、任せてください!」


ド変態とティリアがほぼ同時に弦を引き絞る。

この魔法の弓には、魔力の上限値に乏しい彼女のために、ある程度の魔力を空気中から吸収して蓄積できる機能を付与してあり、魔力を使って矢を放てば必ず命中するようになっていた。

ティリアの矢が先んじて、洞窟の入り口付近にたむろするゴブリンめがけて飛んでいく! 矢は途中でいくつかに分裂し、その全てがそれぞれのゴブリンの脳天を射抜いた。

ゴブリンたちは一瞬、目を見開いて鈍くうめき声を上げたあとに、ばたばたとその場に倒れ伏した。


ド変態はゴブリンが倒れるのを見て矢は放たなかったようだが……


直後にド変態が大声で中二病的な謎技名を叫んで、レミリアたちに自慢しはじめた。ここが戦場である緊張感はどこかへすっぽ抜けたかのように、村人も一緒になって大歓声をあげていた。遠目から放たれたため、射手の確認できないティリアの矢を、ド変態が放ったと勘違いしたのか彼らは大騒ぎして、洞窟の入り口の騒ぎを聞きつけてゴブリンたちが、大挙して這い出して来る結果を生んでしまった。


アデラールとヘリアは顔を見合わせて頷き合う。


「魔法種がいるな、それも複数。ゴブリンソーサラーか?」


アデラールの言葉通り、奇妙な形の節くれだった杖を片手に、奇声を発するゴブリンが数体現れた。魔法種の出現にド変態たちが、浮足立つのが遠目からでもわかった。しかし、この直後、彼らの混乱は最高潮に達する。洞窟の奥から”ぞろぞろ”とヤツらの集団が現れたからだ。


出てきたゴブリンたちは、報告では20匹だったが、少なく見積もってもその倍はいる。おおよそ50程度。ド変態は剣を握りしめたまま後ずさった。


「出てきたわね! 醜い魔物どもめ、伝説の英雄ザックさまの敵ではないわ!」


何を血迷ったのか、レミリアが剣を抜き放つと魔物の集団に真正面から向かい合った。


すると更に洞窟の奥から黒い影が姿を現す。影が日差しを浴びると、醜悪な容姿をもつオーガーへとその姿を変えた。腹の底まで響く奇怪な叫び声を上げると、手あたり次第に粗末な作りの棍棒を振り回して猛り狂った。


「ふん! オーガーごとき、ドラゴンを瞬殺するザックさまに――」


ド変態に振り向き何ごとかを叫ぼうとしたレミリアが、オーガーの放った強烈な一撃を背中に受けて吹っ飛んだ。彼女は少し離れたところで、大木に背を強かに打ち付けて、そのままぐったりと意識を失った。


レミリアが死んだとでも思ったのか、村人たちは口々に悲鳴を上げては蜘蛛の子を散らすように森に入って逃げ惑う。いつの間にかド変態も姿を消しており、洞窟前には意識を失ったレミリアだけが残された。


置いていくわけにもいかない。集落をこのまま放置すれば、魔物どもは今日の復讐のために村を襲うだろう。幸い、自分たち以外には見てる者も居ない。アデラールは、ヘリアに一声かけて洞窟に向かって走り出す。

走りながらも詠唱をはじめ、洞窟前に到達した時には魔法は完成していた。


『アルティマ・ホーリーブラスト』!!


アデラールの手から放たれる無数の光の束が、魔物どもを拘束すると弾けて爆発を起こす。巻き起こった砂煙が晴れると、魔物は1匹残らず地面に倒れ伏して息絶えていた。


「急いでいたから大きなヤツを使った! そっちは大丈夫か?」


ヘリアに声を掛けると彼女は小さく頷いた、どうやらレミリアも助かったようだった。結局のところ、すべて彼らが倒してしまったが名乗り出るわけにも行かず、治療したレミリアを村の外れの木陰に寝かせると、アデラールたちは一足先に村に戻って行った。




*****

作者です!

次回ド変態が増長します(´ー+`)

*****

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