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第0章「夢のつづき」

第2話「虐げられる日常②」(2021.07.02 改)

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「おら、ブタ野郎、さっさとしろ。グズグズしてんじゃねぇよ」
「お前いつも思うけど遅すぎだろ? そんなに離れてたら俺らが困るだろ! 頭使え」

 無茶を言う。
 5人分の装備を引きずりながら運んでて、どうやって追いつけと。
 こいつらは無理だとわかってて言ってる。
 こいつらにしても効率悪いだろうに。

「今日はなかなか調子がいいわね」
「そうですね。これだけ狩れたのは久しぶりです」

 エリスが"ちらり"と俺を見た。
 ああ、わかってるさ、言わなくてもな。

「いままでは実質3人だったからな、カルロがいい仕事してくれて助かるな」
「おいおい! こんな豚と一緒にされたら困るぜ? おい豚野郎、てめぇ、さっさと解体しろ!」

 調子に乗りやがって。
 新入のくせに、すっかり俺を下に見て悦に入ってる。

「いや…こんなに大量だと、ひとりじゃ捌ききれない…」

 狩った後の手間を考えないなら幾らでも狩れる。
 今まではアデラールが雑用を一人でこなしていた。
 当然そんなことをしていたら、戦闘へ参加などできるはずがない。
 役に立たないではなく、『役に立てない』の間違いだ。
 そしてそれも『戦闘において』という意味になる。
 雑用も含めて冒険稼業なのだ。
 
 結局のところ、彼らが二流以下なのだ。
 解体や運搬まで含めて仕事だし、それが『段取り』というものだ。
 要するに戦闘ばかりを基準に考えていて、ろくに段取りもできないばかりか、その重要性さえ理解していない。
 アデラールもアデラールで、強く言われると逆らえない。
 それが却ってイオスたちの増長を招いていて悪循環になってしまっている。

「だからおめぇの意見は聞いてねぇよ!」
「うぐッ…!」
「口答えは許さねぇ。いやそもそも、豚が人間さまの口利くのはおかしいだろ? あ?」

 カルロは剣の鞘でアデラールを何度も打ち付けた。
 両腕を交差させて必死に守ろうとするが、カルロはアデラールの腹部に痛烈な突きを打つ。

「ほらもう一丁!」
「うぐぁぁぁッ」
「おお! ジャストミート!! ぶはははは!」

 よほど面白かったのか、完全に調子に乗ったカルロは快楽に顔を歪めながら、腹部を抑えて悶絶しているアデラールの頭部を打ち付けた。
 森の中を乾いた音が鳴り響く。
 荒い息を吐いてサディスティックな表情をするカルロに、さすがに他のメンバーたちも、思わずアデラールに助け船を出す。

「ちょっとカルロ! そんなもので殴ったら死んじゃうって!」
「大丈夫ですかアデラール? ひどい傷ですね…」
「はあ? 豚を調教してただけだろ。大丈夫だって、死にそうになったら魔法使えばいいじゃん」
「死んだら不味いでしょうが!」
「そんなん、その辺に埋めときゃばれねぇって!」

 カルロはまったく悪びれていない。
 この男の言いようはその辺の殺人者と大差がない。
 罪悪感がないのか? 
 それとも善悪の境界線が曖昧なのか?
 或いは既に人を殺めたことがあるのかもしれない。

「いや、カルロ、それは不味い。さすがに犯罪に手を染めるわけには…」

 イオスがもっともらしいことを言うが、直後またしてもカルロの超理論が展開される。

「あのなぁお前ら…いいか? こいつは豚! 人間ならともかく、家畜を殺して罪に問われるかよ。せいぜい罰金払って終いだろ? そういう甘い態度を取るから、こいつも理解しねぇんだよ」
「でもさ、いまどきこんな便利に使える奴、そうはいないぞ。なんせ日当激安だからな」
「だからなんだよ、お前ら甘すぎ! いっそ火炎魔法で焼くとか楽しそうじゃん」
「やめなって! アデラールあんた早く謝りなよ。あんたが悪いんだからね」
「治療はしますが代金はアデラールさんの日当から引きますよ」
「…いい加減にしろ」

 腹と頭の傷を抑えながら、アデラールは低い声で唸った。
 猛獣が獲物を襲う時のような唸り声で、カルロを睨みつけている。

「アデラール、やめなって。またやられるよ?」
「その激安の日当だってお前たちが一方的に決めた金額だろ!!」
「おいおい、俺たちに文句を言うのはお門違いってもんだろ? いいかアデラール、役に立たないお前を4年も養ったのは俺たちだ。犬だって恩は返すぞ、お前はどうなんだ?」

 カルロをたしなめるリタやイオスも結局は、同じ穴のムジナである。
 アデラールの至極当然の訴えにまるで耳を貸さない。
 彼らの台詞を町で誰かにぶつけたとしたら、間違いなく喧嘩か言い争いになる。
 それを理解してるのはアデラールだけなのだ。
 どの道、皆の言う事が破綻している。
 無口なだけ幾分かマシなエリスも、ここまで酷い扱いを受ける仲間を無視してる時点で大差はない。

「役立たずは…認めるよ、事実だから、でもこんな薄給なら他所で働いたほうがマシだ…」
「お前みたいな役立たず、誰が雇うんだ? もういいから、さっさと働けクズ」

 この4年の蓄積がこの結果を招いたともいえる。
 アデラールになら何を言っても構わない。
 そういう意識がイオスたちには根付いてしまっている。
 前提からして普通じゃない。
 当然だと思ってることを『そうじゃない』と否定するのはとても難しい。

 依然として自分に生意気な態度を取り続けるアデラールを、カルロは内心でかなり腹を立てていた。
 アデラールが睨み続ける、その1秒1秒に、次第に怒りを募らせる。
 遂にその怒りが限界点を超えて決壊すると、カルロは信じられない行動を起こす。
 一瞬何が起こったかわからない。そんな感覚にカルロ以外の全員が囚われてしまう。
 カルロは気でも違ったのか、剣を抜いてアデラールに斬りかかったのだ。

 "ガキッ"という金属と金属とがぶつかる音がする。
 次いで"キキキキッ"と、硬い物の上っ面を剣の刃が走る音が鳴る。
 アデラールは耳元でその音を聞き、嫌な予感が脳裏を過った。
 カルロの剣の刃は、アデラールの鎧の金属の部分を斜めに滑ったあとに勢いを保ったまま、地面に突き刺さった。
 ほんの一瞬の出来事にアデラールも含めて皆が反応できなかった。

 カルロの目には狂気が宿っている。
 冗談などではなく、物の弾みというわけでもなく、本気で殺そうとした。

 アデラールは死の危険に恐怖していた。
 こんな場所で襲われたら逃げ切れない。
 怪我でも負えば死に繋がる可能性もある。
 それに死んでしまっては何にもならない。
 そう思いカルロに詫びを入れることにした。
 背に腹は代えられない。仕方が無い。

 他のメンバーにしても、カルロが殺人を犯して捕らえられようものなら、アデラールを虐げていることを町のみんなに知られている。
 当然、イオスたちも疑われる。
 そうなることを想定して殺人が起こっても口をつむぐ。
 きっと事実を伏せる。
 だから諦めるしかない。

「…すまなかった。もう逆らわないから、許してくれ」
「口の利き方!」
「…申し訳ありません」
「やればできるじゃねぇか。いいか? いまのは調教だ。衛兵にバラしたら殺すぞ」
「まあまあこの辺で許してやろうぜ、な? カルロ」
「そうよ、勢い余って死んじゃったら困るし」
「あまりやりすぎないでください。そうしないと荷物を運ぶのはわたしたちですよ」

 致し方なく、傷をさすりながらも作業に戻る。
 こんな怪我を負っているのに、そう言いたいのはやまやまだったが、言えばまた折檻されるだけだ。
 アデラールは痛みに耐えながら我慢するしかなかった。

「ほらアデラール、今日の日当は銅貨2枚だ。素直に従った褒美に前金でな!」
「あはは、銅貨2枚って、あは、あはは、笑っちゃうでしょ…あははは」
「おめえもひでえやつだな。ぎゃははは」
「仕方ないだろ? 逆らった分は引いとかないとな。それにさっきの治療費もだな…」
「罰金なら金貨1枚くらい取っとけよ」
「払えないだろ?」
「そんなん、この先、一生コキ使えばいいだろ?」

 誰にも聞かれる心配がないからか、彼らは言いたい放題である。
 もしこんな内容が町で知られれば、彼らは冒険者稼業を続けることは難しい。
 冒険者ギルドは信用が第1だ。こんな問題を起こしかねない連中を、そうそう客たちに紹介できるはずがないからだ。
 カルロはともかく、イオスたちの頭にはその程度の配慮はあるらしい。

「解体終わったよ」
「よし。じゃあそれを運んで達成報告もしとけ。それから報酬は全額俺たちの口座に入れておけよ」
「わかってる」
「じゃあ俺らは先に帰るから、後はきっちりやっとけよ」

 とうとう俺の日当は銅貨2枚。
 その辺の乞食のほうが稼ぎがあるかもしれない。

 はあ、畜生。
 イオスたちとは以前はそこそこ仲良くやってたのにな。
 どこでこうなった?
 確かにあいつらはカルロを含めて、全員がそれなり以上の冒険者だ。
 だが品性の悪さが周りからの評価を落としているのに気付いていない。いつかそのツケを払うときが来るのだろうが、それまで俺が生きている保証も無さそうだ。

 あいつら以上の冒険者なんて大勢いるのにな。
 なのに何故、ここまで傲慢になれるのか理解に苦しむ。
 俺の仕事を正しく評価するなら銀貨1枚くらい貰っても多すぎじゃない。
 それをたった数枚の銅貨で使い倒している。
 
 もうだめだ。
 こんな奴らには付き合い切れない。
 夜逃げをして困る事情もないし…
 明日ギルドを尋ねたあとに田舎へ帰ろう。





*****

毎日2~3話ペースで書き直し中(´ー+`)

書き直しの都合上、この話が3話に繋がります。
新しく書いた3~6話は全体の書き直しが終わるまで非公開とします。

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