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第2章「スーパードクター現る!」
第18話「一難去ってまた一難」
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※2020/05/29 書き直し
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「いや! さすがですな、ルミエラさま。まことに見事なご活躍、御父上もさぞかし喜ばれましょう」
「いえいえ。今回の吸血鬼討伐は、アデラールさまの功績ですわ」
「え? いやいや、またまた、ご謙遜を!」
まさか、あの若造が吸血鬼を倒しただと?
あの若造に倒せるくらいなら、私が倒しておるわ
優れた魔導師だと聞いてはいたが、この娘も所詮は親の七光りか。魔物というものが分かっておらぬ。
「吸血鬼討伐の一報を聞いて、急使の者が早速王都へ知らせを届ける為に出発しました」
もう、用は済んだであろう?
ルミエラ。
そなたはまだ好きにさせてやろうではないか。
…さっさとカイユテへ戻るが良い。
「では、急使の返答を待ってから、カイユテへ戻りますわ」
「え、あ、ええ、そうですな。わかりました」
ちっ
いつまでこの屋敷におるつもりだ。
仕方がない、王都からの返答は、数日も待てば来る、しばしこの屋敷においてやる。
まったく少しは感謝してほしいものだ。
―――
「いんや、話しはわかったんじゃが。ちっとな森とか山とか、吹っ飛ばしすぎなんじゃよ」
パンナとヘリアのせいとは言えないと、アデラールは頭を抱えて悩んでいた。
確かにあの2回の攻撃で、山と森は無残なことになってしまった。
山主が怒り心頭らしいと言われて、即座に納得してしまう。
「じゃ…じゃあ…大根でいいですか? 山主さんの畑で大根何回か出すので…それで留飲を下げてもらえるように、交渉してみてください」
こんなことに大根を使うのは気が引けるが…
でもまあ俺は、世界中の大根を統べる王らしいし…
王さまが困ってたら…なあ? いいよね?
そもそも山主が怒ってるのは、俺のせいじゃないし、半分以上はあいつらのせいだ…いや、ほぼ全部…?
なのに何故、俺が後始末を…女神のくせに、なんて女だ…
俺が出せる大根は、『まじっく大根』と銘打って、大体的に売り出されている。
風味まろやかな味わいで、子供から大人まで大人気。
3時のおやつから、お父さんとお母さんの、夜のあれこれの後の精力回復にも、抜群の効果があるらしい。
ただなあ…
これ毎回俺が出してるのに…
初回はともかく、次回以降も収益が、村人や領主に行ってるのは…何故だ?
そろそろカイユテへ戻りたいから、ティリアの為に、金貨を溜めたいんだ。
例の『謳う月のなんとか』の報酬で足りるかな?
あいつのペットにも、賞金額は設定されてるだろうし…
足りると思うんだ。
またあそこで生活をするなら、今度は粗末な生活は送りたくない。
ティリアを解放できたとしても、その後はどうする?
彼女に収入の目途が立つまでは面倒を見ないと。
後味の悪い結果は招きたくないし。
でもまあ、あれだね。
伯爵さまのご命令は無事に完遂できた。
だが明らかにやりすぎだった。
あいつらは加減を知らない。
パンナは生まれたばかりだから、仕方が無いとしても…
あの女神ヘリアはどうなんだ。
毎回こんなのでは問題大ありだ。
今後は十分に気を付けねば…
俺の人生設計は堅実に行きたいんだ。
波乱万丈な生き方とか要らないんだよ…?
アデラールが後片付けに忙殺される中、吸血鬼討伐の報の返答が、王都よりファイルの元へ届いていた。
領主の館の一室からは、いつもの二人の下衆な高笑いが、漏れ聞こえていた。
「お代官さま、王都からの知らせには何と?」
「『謳う月のカミラ』討伐の褒美として、金貨1万枚を授けるとある。1万とはあの小娘と下賤の若造に、ずいぶんとお優しいことだな…陛下も」
王都から届いた書簡を、ファイルは憎々し気に眺めている。
「いえいえ、お代官様。それはお代官様のお手柄にて、お嬢さまも褒美はいらぬと仰せですし、ご使者には、お代官さまの手の者が討伐したと知らせ、褒美は全額、あなたさまがお納め下されば良いでしょう」
「そんなことをして大丈夫か?」
『大丈夫か』と聞いておきながら、ファイルの顔は、実に下衆で、実に下卑た笑みで満たされている。
「何を仰せになられます。この村はお代官様の統治されている村です。それに…ご心配なく。カイユテより傭兵を呼び寄せてありますから、言うことを聞かぬ者は始末してしまえば良いのです」
言いながらエチルも、自分の話す内容に恍惚としている。
大根騒ぎを皮切りにエチルも、ずいぶんと好き勝手に振舞っている。
自分の思った通りに筋書きが進んで、そのことに快感を覚えている。
「ははは、エチル屋、そなたもワルよのう。確かにそなたの言う通り。あの若造など無力な男だ、今回もどうせ黙ってみてただけであろう。あの者にはとりあえず、金貨の2枚か3枚でも与えておけば、犬のように尻尾を振って喜ぶわ」
ククク。この卑しい商人め。なかなか愉快な男じゃないか。
しかし、1万か…!
何もせずに黙って見ていただけで、金貨が1万だぞ。クククク。笑いが止まらぬ。
それにもうすぐ、エヴェリーナも手に入る。
まったくこの世の中は、上手くできているな。
結局は、私のような選ばれた人間だけが得をする。貴族や王族だけが潤うように、できているのだ。
こんな田舎の村民が何人犠牲になろうとも…誰も気にしない。
私にも関係ない。
そのうちすぐにでも、今回の功績と褒美と一緒に別の土地に移れる。
金貨1万もあれば男爵くらいにはなれるか?
いやいや…あの若造を使い回せば、大根で幾らでも稼げるな。
そうすれば子爵と言わず、伯爵にも届くかもしれん。
ファイル伯爵か…なんと甘美な響きか。私の名に相応しい。
それに妻となるのは、あのルミエラだ。
あの生意気な小娘め、たっぷり仕置きをしてやるぞ。あの小娘にしても、夫の私が伯爵なら文句はあるまい。むしろ、この上ないほどの名誉というもの。
「ファイル殿、王都から使者が参ったと聞きましたが?」
「ええ、ルミエラさま。ご使者はカイユテまで参って、御父上にも知らせを届けると申しておりました」
「そうですか。それでしたらお父さまにご報告申し上げて、その場で詳細を聞くことに致しますわ」
「それがよいでしょう」
「長らくお世話になり感謝致しますわ」
「いえいえ、御父上に宜しくお伝えください」
この小娘さえいなくなれば…誰も私を止められん。
―――
「ルミエラさま、それにベルナルドさんも、しばらくお別れですね」
「そうですわね。アデラールさま。いつかまたカイユテで、お会いできるでしょうか」
「はい。必ず!」
かつてのアデラールなら、自信の無いあやふやな返事を返しただろう。
だがいまの彼は、気持ちの良いすっきりした声音で、ルミエラへ返事を返していた。
「アデラールさん、カイユテで再会できた折は、いつかの剣術をお教えする約束を果たしましょう」
「ベルナルドさん、楽しみに待っていますね」
「アデラールさま、例の吸血鬼の報酬はギルドの褒美でも、金貨にして数千枚だそうですわ」
「えええ! そんなにですか…?」
金貨が数千枚もあれば、カイユテでのアデラールの暮らしは、王侯貴族と比べても遜色がないだろう。
「ええ、代官殿が税収で幾分かは接収するでしょうけど、それでも半分は頂けると思いますわ」
こうして、ここしばらく彼らと共に過ごしたが、しばし、別れることになる。
俺もここでの務めを果たせば、リーナを連れてカイユテへ、戻る旅路に着くだろう。
もしかしらここへは、自分を振り返るために戻ったのかもしれない。
この懐かしい風景が、後ろ向きになってしまった俺の、前を向けない意気地なさを砕いて、先に続く道を見つけさせてくれた。
そんな気がする。
俺は変わったのだろうか? 変われたのだろうか?
ティリア。
キミは今の俺をどう思うだろう。
もうすぐその答えを知ることができそうだよ。
この日、ルミエラたちを見送った。
そんなアデラールは、領主代理だからの呼び出しを受けていた。
今回の功績に対する褒美という話だった。
事前の予測とは異なり、ファイルは意外なほど上機嫌だった。
「この度の働き大義であった」
「ありがとうございます」
「王陛下よりのご下命により、金貨3枚を褒美として授ける」
「え……あ、はい…」
これはさすがに予想外すぎた。
この男なら幾らかは懐に入れるだろう。
そうは思っていたけど…まさか…数千枚の金貨のほとんどを奪うのか…?
こいつは何もしてない。
これでは他の連中はどうなる?
命を懸けて大功を成し遂げたのは、一緒に行ったみんなの功績だ。
それなのにみんなは、金貨1枚にもならないのか。
どうかしている…こんなのは有り得ない。
「どうした? 生意気に不満でも言いたいのか…? 卑しい男の分際でか!」
下卑た笑みを浮かべ、見下すような目つきで叱責をしてくる。
「いえ、ルミエラさまのお話しでは、金貨で数千枚は、保証されるだろうと聞いておりましたので…」
「何を言っている? この馬鹿者が。貴様のような下賤の輩が、ルミエラさまとあの従者に、ついていっただけの役立たずが…! 貴様らの留守を預かり、後方より兵の指揮を担う、私より役に立ったとでも言うのか! ええい! 貴様の顔など見たくもない。出ていけ!」
叱責の内容にはそぐわない、どこか確信めいた表情で、ファイルはアデラールに怒鳴りつけていた。
まるで粗相をした犬を躾けるように、格の違いを見せつけている。
「…申し訳ありませんでした。失礼します」
「この失態の罪は重いぞ…? 必ず報いは受けてもらう。しばらく、貴様の自宅ででも謹慎しておけ。虫ケラの分際で、高貴なる私に口答えするとはな」
ルミエラさまが戻ってすぐこれか…本性を現したな。嫌な予感はしていた。
素直に報酬を寄越すとは、俺だって思わなかったさ。
この村のみんながそう思うだろうな…
しかし、まさか…まるごと奪い取ろうとは…正気の沙汰じゃない。
もし伯爵さまに知らせが届けば、即座に王都から事の真相と是非を問われる。
おかしいな…。
この男は馬鹿な男ではない。狡猾でずる賢い男だったはず。
目の前に大金が舞い込んで、目がくらんだだけか?
なんだこの違和感は…
俺の預かり知らないところで何が起きている?
今思えば俺がルミエラさまと行動していた間、こいつは何をしていた?
ぼうっと指をくわえてるような、そんな人間ではない。
報酬の横取りを、誰かにそそのかされでもしたか。
まったく。
俺はさっさとカイユテへ戻りたいのに。
仕方が無い。乗り掛かった舟だし、少し調べてみるかな。
迷惑を掛けられた分、パンナにも働いてもらわないとな。
「パンナ、さっきの話しは聞いていたか?」
「はい、マスター、聞いておりました。なにやら裏がありそうです。お調べ致しますか?」
「ああ、頼む。俺はいったん家へ戻るとするよ」
「畏まりました」
言うなりパンナは、すうっと消えた。
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2020/05/29 加筆修正
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※2020/05/29 書き直し
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「いや! さすがですな、ルミエラさま。まことに見事なご活躍、御父上もさぞかし喜ばれましょう」
「いえいえ。今回の吸血鬼討伐は、アデラールさまの功績ですわ」
「え? いやいや、またまた、ご謙遜を!」
まさか、あの若造が吸血鬼を倒しただと?
あの若造に倒せるくらいなら、私が倒しておるわ
優れた魔導師だと聞いてはいたが、この娘も所詮は親の七光りか。魔物というものが分かっておらぬ。
「吸血鬼討伐の一報を聞いて、急使の者が早速王都へ知らせを届ける為に出発しました」
もう、用は済んだであろう?
ルミエラ。
そなたはまだ好きにさせてやろうではないか。
…さっさとカイユテへ戻るが良い。
「では、急使の返答を待ってから、カイユテへ戻りますわ」
「え、あ、ええ、そうですな。わかりました」
ちっ
いつまでこの屋敷におるつもりだ。
仕方がない、王都からの返答は、数日も待てば来る、しばしこの屋敷においてやる。
まったく少しは感謝してほしいものだ。
―――
「いんや、話しはわかったんじゃが。ちっとな森とか山とか、吹っ飛ばしすぎなんじゃよ」
パンナとヘリアのせいとは言えないと、アデラールは頭を抱えて悩んでいた。
確かにあの2回の攻撃で、山と森は無残なことになってしまった。
山主が怒り心頭らしいと言われて、即座に納得してしまう。
「じゃ…じゃあ…大根でいいですか? 山主さんの畑で大根何回か出すので…それで留飲を下げてもらえるように、交渉してみてください」
こんなことに大根を使うのは気が引けるが…
でもまあ俺は、世界中の大根を統べる王らしいし…
王さまが困ってたら…なあ? いいよね?
そもそも山主が怒ってるのは、俺のせいじゃないし、半分以上はあいつらのせいだ…いや、ほぼ全部…?
なのに何故、俺が後始末を…女神のくせに、なんて女だ…
俺が出せる大根は、『まじっく大根』と銘打って、大体的に売り出されている。
風味まろやかな味わいで、子供から大人まで大人気。
3時のおやつから、お父さんとお母さんの、夜のあれこれの後の精力回復にも、抜群の効果があるらしい。
ただなあ…
これ毎回俺が出してるのに…
初回はともかく、次回以降も収益が、村人や領主に行ってるのは…何故だ?
そろそろカイユテへ戻りたいから、ティリアの為に、金貨を溜めたいんだ。
例の『謳う月のなんとか』の報酬で足りるかな?
あいつのペットにも、賞金額は設定されてるだろうし…
足りると思うんだ。
またあそこで生活をするなら、今度は粗末な生活は送りたくない。
ティリアを解放できたとしても、その後はどうする?
彼女に収入の目途が立つまでは面倒を見ないと。
後味の悪い結果は招きたくないし。
でもまあ、あれだね。
伯爵さまのご命令は無事に完遂できた。
だが明らかにやりすぎだった。
あいつらは加減を知らない。
パンナは生まれたばかりだから、仕方が無いとしても…
あの女神ヘリアはどうなんだ。
毎回こんなのでは問題大ありだ。
今後は十分に気を付けねば…
俺の人生設計は堅実に行きたいんだ。
波乱万丈な生き方とか要らないんだよ…?
アデラールが後片付けに忙殺される中、吸血鬼討伐の報の返答が、王都よりファイルの元へ届いていた。
領主の館の一室からは、いつもの二人の下衆な高笑いが、漏れ聞こえていた。
「お代官さま、王都からの知らせには何と?」
「『謳う月のカミラ』討伐の褒美として、金貨1万枚を授けるとある。1万とはあの小娘と下賤の若造に、ずいぶんとお優しいことだな…陛下も」
王都から届いた書簡を、ファイルは憎々し気に眺めている。
「いえいえ、お代官様。それはお代官様のお手柄にて、お嬢さまも褒美はいらぬと仰せですし、ご使者には、お代官さまの手の者が討伐したと知らせ、褒美は全額、あなたさまがお納め下されば良いでしょう」
「そんなことをして大丈夫か?」
『大丈夫か』と聞いておきながら、ファイルの顔は、実に下衆で、実に下卑た笑みで満たされている。
「何を仰せになられます。この村はお代官様の統治されている村です。それに…ご心配なく。カイユテより傭兵を呼び寄せてありますから、言うことを聞かぬ者は始末してしまえば良いのです」
言いながらエチルも、自分の話す内容に恍惚としている。
大根騒ぎを皮切りにエチルも、ずいぶんと好き勝手に振舞っている。
自分の思った通りに筋書きが進んで、そのことに快感を覚えている。
「ははは、エチル屋、そなたもワルよのう。確かにそなたの言う通り。あの若造など無力な男だ、今回もどうせ黙ってみてただけであろう。あの者にはとりあえず、金貨の2枚か3枚でも与えておけば、犬のように尻尾を振って喜ぶわ」
ククク。この卑しい商人め。なかなか愉快な男じゃないか。
しかし、1万か…!
何もせずに黙って見ていただけで、金貨が1万だぞ。クククク。笑いが止まらぬ。
それにもうすぐ、エヴェリーナも手に入る。
まったくこの世の中は、上手くできているな。
結局は、私のような選ばれた人間だけが得をする。貴族や王族だけが潤うように、できているのだ。
こんな田舎の村民が何人犠牲になろうとも…誰も気にしない。
私にも関係ない。
そのうちすぐにでも、今回の功績と褒美と一緒に別の土地に移れる。
金貨1万もあれば男爵くらいにはなれるか?
いやいや…あの若造を使い回せば、大根で幾らでも稼げるな。
そうすれば子爵と言わず、伯爵にも届くかもしれん。
ファイル伯爵か…なんと甘美な響きか。私の名に相応しい。
それに妻となるのは、あのルミエラだ。
あの生意気な小娘め、たっぷり仕置きをしてやるぞ。あの小娘にしても、夫の私が伯爵なら文句はあるまい。むしろ、この上ないほどの名誉というもの。
「ファイル殿、王都から使者が参ったと聞きましたが?」
「ええ、ルミエラさま。ご使者はカイユテまで参って、御父上にも知らせを届けると申しておりました」
「そうですか。それでしたらお父さまにご報告申し上げて、その場で詳細を聞くことに致しますわ」
「それがよいでしょう」
「長らくお世話になり感謝致しますわ」
「いえいえ、御父上に宜しくお伝えください」
この小娘さえいなくなれば…誰も私を止められん。
―――
「ルミエラさま、それにベルナルドさんも、しばらくお別れですね」
「そうですわね。アデラールさま。いつかまたカイユテで、お会いできるでしょうか」
「はい。必ず!」
かつてのアデラールなら、自信の無いあやふやな返事を返しただろう。
だがいまの彼は、気持ちの良いすっきりした声音で、ルミエラへ返事を返していた。
「アデラールさん、カイユテで再会できた折は、いつかの剣術をお教えする約束を果たしましょう」
「ベルナルドさん、楽しみに待っていますね」
「アデラールさま、例の吸血鬼の報酬はギルドの褒美でも、金貨にして数千枚だそうですわ」
「えええ! そんなにですか…?」
金貨が数千枚もあれば、カイユテでのアデラールの暮らしは、王侯貴族と比べても遜色がないだろう。
「ええ、代官殿が税収で幾分かは接収するでしょうけど、それでも半分は頂けると思いますわ」
こうして、ここしばらく彼らと共に過ごしたが、しばし、別れることになる。
俺もここでの務めを果たせば、リーナを連れてカイユテへ、戻る旅路に着くだろう。
もしかしらここへは、自分を振り返るために戻ったのかもしれない。
この懐かしい風景が、後ろ向きになってしまった俺の、前を向けない意気地なさを砕いて、先に続く道を見つけさせてくれた。
そんな気がする。
俺は変わったのだろうか? 変われたのだろうか?
ティリア。
キミは今の俺をどう思うだろう。
もうすぐその答えを知ることができそうだよ。
この日、ルミエラたちを見送った。
そんなアデラールは、領主代理だからの呼び出しを受けていた。
今回の功績に対する褒美という話だった。
事前の予測とは異なり、ファイルは意外なほど上機嫌だった。
「この度の働き大義であった」
「ありがとうございます」
「王陛下よりのご下命により、金貨3枚を褒美として授ける」
「え……あ、はい…」
これはさすがに予想外すぎた。
この男なら幾らかは懐に入れるだろう。
そうは思っていたけど…まさか…数千枚の金貨のほとんどを奪うのか…?
こいつは何もしてない。
これでは他の連中はどうなる?
命を懸けて大功を成し遂げたのは、一緒に行ったみんなの功績だ。
それなのにみんなは、金貨1枚にもならないのか。
どうかしている…こんなのは有り得ない。
「どうした? 生意気に不満でも言いたいのか…? 卑しい男の分際でか!」
下卑た笑みを浮かべ、見下すような目つきで叱責をしてくる。
「いえ、ルミエラさまのお話しでは、金貨で数千枚は、保証されるだろうと聞いておりましたので…」
「何を言っている? この馬鹿者が。貴様のような下賤の輩が、ルミエラさまとあの従者に、ついていっただけの役立たずが…! 貴様らの留守を預かり、後方より兵の指揮を担う、私より役に立ったとでも言うのか! ええい! 貴様の顔など見たくもない。出ていけ!」
叱責の内容にはそぐわない、どこか確信めいた表情で、ファイルはアデラールに怒鳴りつけていた。
まるで粗相をした犬を躾けるように、格の違いを見せつけている。
「…申し訳ありませんでした。失礼します」
「この失態の罪は重いぞ…? 必ず報いは受けてもらう。しばらく、貴様の自宅ででも謹慎しておけ。虫ケラの分際で、高貴なる私に口答えするとはな」
ルミエラさまが戻ってすぐこれか…本性を現したな。嫌な予感はしていた。
素直に報酬を寄越すとは、俺だって思わなかったさ。
この村のみんながそう思うだろうな…
しかし、まさか…まるごと奪い取ろうとは…正気の沙汰じゃない。
もし伯爵さまに知らせが届けば、即座に王都から事の真相と是非を問われる。
おかしいな…。
この男は馬鹿な男ではない。狡猾でずる賢い男だったはず。
目の前に大金が舞い込んで、目がくらんだだけか?
なんだこの違和感は…
俺の預かり知らないところで何が起きている?
今思えば俺がルミエラさまと行動していた間、こいつは何をしていた?
ぼうっと指をくわえてるような、そんな人間ではない。
報酬の横取りを、誰かにそそのかされでもしたか。
まったく。
俺はさっさとカイユテへ戻りたいのに。
仕方が無い。乗り掛かった舟だし、少し調べてみるかな。
迷惑を掛けられた分、パンナにも働いてもらわないとな。
「パンナ、さっきの話しは聞いていたか?」
「はい、マスター、聞いておりました。なにやら裏がありそうです。お調べ致しますか?」
「ああ、頼む。俺はいったん家へ戻るとするよ」
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2020/05/29 加筆修正
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