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第2章『お仕置き生活続行中』

第39話「シャルリーヌ②…羽化」

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「……うあッ……う……うぐぅ……うッ……ううう……」

 声にならない声を上げて、シャルリーヌはユベールの胸の中で泣いている。今の彼女は全身を襲い来るとてつもない安心感と、何とも言えない感情に埋め尽くされていて、我を失いかけていた。
 けれども、辛うじて伝わってくるユベールの存在が、彼女を気持ちの部分を何とか繋ぎ止めてはいる。
 しかし、あと何かひと欠片でも注ぎ足せばという段階を迎えていた。

 どうするかはシャルリーヌを抱き留めている悪魔ユベール次第だ。
 悪魔は優しいけれど、同時に妖しく微笑んだ。やはり彼の気は変わらないらしい。

「……良く頑張ったね、シャルリーヌ」

 ずっと聞きたいと思っていた。
 以前は望めばいつでもそうできたのに。
 もうずっと望んでも聞けなかった声が聞こえてくる。

 ユベールの優しい声色に、シャルリーヌは自身の全てを蝕まれて浸食されているのを理解していた。
 そうなる事で何を生み出すかも分かっている。
 その上でユベールに全てを投げ出して、包み込んでもらいたいと願っていた。

 何故なら、それがとても心地よくて、淫らな気分を誘う極上の媚薬とも言うべき感覚を誘っていたから。
 シャルリーヌはユベールの声だけで、身体の底の方から震えるほどの快楽を味わっている。ようやく訪れた比類のない安心感も手伝って、この快楽には到底抗う術を持っていない。

 それにそもそも彼女には、ユベールを拒むつもりが全く無いのだ。

「ああ、ずっと聞きたかった言葉だわ。貴方の言葉だけを聞きたい。ずっとそうしたかった……」

 恍惚としているように見えて、その実、強い快楽に悶えている様子を見せながら、シャルリーヌは更なる望みを心の中で膨れ上がらせていた。

 できることなら優しい言葉と、微笑みと、そういうものをいっぱいに感じながら、目と、耳と、心と、そして身体中でユベールの存在を激しく感じたいと、心の内で激しく懇願している。

「キミを早く手にしたくて、僕も我慢するのが大変だったよ」

「……いじわる言わないで。そんな言葉は信じない」

 声を聴くのはすこぶる心地が良い。
 幾ら混乱していても、淫らな感覚に支配されていても、言葉が成す意味は理解できている。
 ユベールの言っている言葉の意味は分かっているのだ。
 つまり、もっと早くに会いに来れたけど、そうはしなかったと言っているのを、シャルリーヌはきちんと理解できている。
 そう理解出来ているから、ユベールの言葉をいじわると解釈して、その言葉の意味を否定しようとしている。信じないと強く思う事でそうしようとしている。
 
「嘘じゃないよ。ずっと以前からキミの様子は把握していたからね」

 ユベールは表情には出さないが内心では、途方もなく悦んでいる。
 17歳という彼の年齢にまったくそぐわない黒いものが彼を包んでいる。包み込んで離そうとしないが、ある意味ではそれこそが彼の本質なのだろう。

「分かっている。私が貴方に酷いことをしたから、そうやっていじわるするのよね?」

 言葉の意味だけを取るなら批判だが、声色や態度からはそんな感じは一切伝わってこない。どんな酷い言葉を浴びせられても、ユベールの隣から離れる気は微塵も持っていない。

「そうじゃないよ。キミが屋敷を追放される以前から、キミの様子はずっと監視していたんだよ」

 いつもの無表情でひたすら淡々と、シャルリーヌにとっては、残酷で聞くに堪えない内容だけを選んで聞かせている。

「……いいの。これは私が受けるべき罰だから、貴方の気の済むようにして欲しい。何と言われようと私は貴方しか信じないし、信じたくないの」

 もうシャルリーヌは、例えユベールの言う言葉でも、自分自身とユベールの間を引き離す言葉は受け入れない。

「今はまだ残っている欠片も失えば、もうキミでは無くなるとしても?」

 あえて尋ねる必要は無い。
 聞くまでも無く彼女の答えは分かり切っている。
 それでも恋い焦がれた存在が、自分が望む完全な状態で手に入ろうとしている。
 それなら聞かずにはいられない。

「くだらない。昔の私なんかどうでもいいの。大事なのはこれからよ……ユベール。これからの私と貴方が大事なの。くだらない過去の私は貴方の手で打ち壊してしまえばいいわ」

 もうこの道しかない。
 シャルリーヌの言葉からはそんな強さが伝わって来た。

 申し分がない。
 この完成度なら十分に満足できる。

 できることなら遠い昔のシャルリーヌを手に入れたかった。
 だが、いまのこのシャルリーヌなら、ユベール自身が彼女を見限らない限り、彼女の方から離れる事だけは絶対にないと言い切れる。
 そのくらい現時点でもシャルリーヌは、ユベールに依存してしまっている。

 だったらこれでいいだろう。

「いいよ。少しくらい異物が混じっていても。どうせすぐに消え去って純粋なキミになるはずだ」

「ねえ? ユベール。すぐに許して欲しいとは思っていないから、本当に貴方の気の済むように私を罰して構わない。でもお願い。もう離れたくないから、ずっと一緒に居させてほしいの……」

「何を言っているの、キミは僕の婚約者じゃないの? 僕の妻となるのがキミの運命だよ」

「嬉しい……」

「僕も嬉しいよ。ようやくキミを手に入れられたからね」


 本当はすべてを砕いて作り変えるつもりだったけど。

 今のところはこれでいいよ。

 もう僕には刃向かわない方がいい。

 もうそんな事はしないだろうけどね。

 いいや、できないと言う方が正しいのかな?





*****

次回から第3章です。あの男が再登場!(´ー+`)

*****

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