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第2章『お仕置き生活続行中』
第35話「冒険者ショベリアンの不遇④…いつかまた」
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それから数時間後、ジュリアンはエレーナと良く行く公園に来ていた。
公園といっても、申し訳程度に芝生が敷き詰められて、崩れかけた噴水があるだけだった。その辺の野原と大差の無い景観だったが、ジュリアンはエレーナと多くの時間をここで過ごしていた。
二人にとっては想い出の場所だったのだ。
「ジュリアン! ごめん、抜け出すのに時間掛かっちゃって……」
彼らの他には誰も居ないこの場所で、エレーナのジュリアンを呼ぶ声だけが辺りに響いていた。
何やらまとまった荷物を肩掛けのカバンに詰めて、エレーナは少し汗をかいている。荷物がぎっちり詰まったカバンが彼女の肩に食い込んでいた。
その様子でエレーナがどんなつもりなのかは、ジュリアンにも容易に想像が付いていた。そんな予感はあった。その予感の通りになってくれて嬉しくもある。
しかし、彼は今日この場で心を鬼にするつもりでいる。
そうする事しか道はないと心に決めていたからだ。
「ちゃんと考えて出した結論だろうな?」
これまでのどの瞬間よりも、ジュリアンの目と言葉は真剣味を帯びていた。ジュリアンの背中から月明かりが差していて、エレーナの目にはひと際、彼が輝いて見えていた。
エレーナの気持ちはもう既に固まっていた。この愛を貫くために、彼女はここに居るのだから。
「ちゃんと考えたよ。私は貴方から離れたくない。だから、私を連れてここから離れて欲しい」
予想していた通りの言葉をエレーナの口から聞かされて、ジュリアンの決意はより一層深まっていた。愛した女にここまで言わせたのだ。ジュリアンは男冥利に尽きると思っていた。
(エレーナ、その言葉だけで十分だ。それだけで俺は生きていける)
「お前の気持ちは分かった。だが今日このままじゃ都合が悪いな。この金と指輪をお前に預けておくから、とりあえず、どこか安全な所に隠れていろ。準備ができたらすぐに行くからな?」
「う、うん。分かった。待ってるからちゃんと来てね……」
「行くに決まっているだろ。その指輪は婚約指輪だ。失くすなよ?」
彼女を抱き寄せて、名残惜しそうに最後のキスをした。いつもより長い時間、エレーナと唇を重ねていた。
エレーナとの想い出がジュリアンの脳裏でひとつづつ、思い返しては消えて行った。泡のように膨らんでは弾けていく一つ一つに、ジュリアンは感謝の気持ちと、エレーナを心底から愛する気持ちを感じていた。
(わからねえもんだな、人生なんてのは……こんな所で運命の女に出会うとは……ユベールに会ったら礼を言わないとだな)
二人はこの夜が明けるまで、互いに寄り添って離れることができないでいた。
―――
「小便さま! こんな朝方までどこで、いじけてたんすか? げはははは!!」
「おいおい、女にフラれて傷心の小便さまを虐めるなよ!! ぎゃはははは!!」
掃きだめの家に帰るなり、ガ・スキーと、モ・スキーが、ジュリアンを指差し、腹を抱えて笑い飛ばしている。
普段この家でだらだら過ごしているだけの二人は、町中でジュリアンの噂を広めたついでに、エレーナの家族にも詳細にジュリアンの過去を吹き込んでいた。
しかも、ジュリアンを尾行してまで、セリアとの一件を監視していたのだから、呆れる始末だ。
どうでもいい事には労力を使えるらしい。
しかし、相変わらず、加減というものを知らない愚か者だ。
物事には何にでも限度というものがある。
ここまでしてしまったら、どんな結果を招くのか、ユベールの件で一切学んでいない。
「うるせえな。お前ら、小遣い遣るからちょっと遊んで来い」
銀色の硬貨を数枚、『手切れ金』代わりに放り投げた。ガ・スキーと、モ・スキーは、何ら怪しむことなく、銀貨を拾い集めるとそのまま出て行った。
(……銀貨5枚もあれば、節約すればしばらくは食えるはずだ。まあ、お前らじゃ、あっという間に使い切るだろうが、俺の知った事じゃねえな)
辺境に流れてよりしばらくの間、この掃きだめの家で過ごしてきた。もうこれでお別れだと思うと、ジュリアンの胸には複雑な想いが行ったり来たりしていた。
(悪いなエレーナ。俺はお前と一緒には行けねえ、渡した金の袋には手紙も入れてある。そいつを読んでもう一度、良く考え直せ。そして家族と一緒にお前なりの人生をやり直すんだ。縁があればまたどこかで巡り会えるしな……あばよ、エレーナ)
この日、ティパサの町から一人の男が去った。
彼こそが辺境一の英雄と呼ばれる男だが、それはまだ遠い未来の話だ。
しかし、その遠い未来、その英雄の傍らには、緑の髪の女性が寄り添っている事だろう。
今はまだ、ただのジュリアンでしかない。
*****
冒険者ジュリアンの活躍を祈る!(´ー+`)
*****
公園といっても、申し訳程度に芝生が敷き詰められて、崩れかけた噴水があるだけだった。その辺の野原と大差の無い景観だったが、ジュリアンはエレーナと多くの時間をここで過ごしていた。
二人にとっては想い出の場所だったのだ。
「ジュリアン! ごめん、抜け出すのに時間掛かっちゃって……」
彼らの他には誰も居ないこの場所で、エレーナのジュリアンを呼ぶ声だけが辺りに響いていた。
何やらまとまった荷物を肩掛けのカバンに詰めて、エレーナは少し汗をかいている。荷物がぎっちり詰まったカバンが彼女の肩に食い込んでいた。
その様子でエレーナがどんなつもりなのかは、ジュリアンにも容易に想像が付いていた。そんな予感はあった。その予感の通りになってくれて嬉しくもある。
しかし、彼は今日この場で心を鬼にするつもりでいる。
そうする事しか道はないと心に決めていたからだ。
「ちゃんと考えて出した結論だろうな?」
これまでのどの瞬間よりも、ジュリアンの目と言葉は真剣味を帯びていた。ジュリアンの背中から月明かりが差していて、エレーナの目にはひと際、彼が輝いて見えていた。
エレーナの気持ちはもう既に固まっていた。この愛を貫くために、彼女はここに居るのだから。
「ちゃんと考えたよ。私は貴方から離れたくない。だから、私を連れてここから離れて欲しい」
予想していた通りの言葉をエレーナの口から聞かされて、ジュリアンの決意はより一層深まっていた。愛した女にここまで言わせたのだ。ジュリアンは男冥利に尽きると思っていた。
(エレーナ、その言葉だけで十分だ。それだけで俺は生きていける)
「お前の気持ちは分かった。だが今日このままじゃ都合が悪いな。この金と指輪をお前に預けておくから、とりあえず、どこか安全な所に隠れていろ。準備ができたらすぐに行くからな?」
「う、うん。分かった。待ってるからちゃんと来てね……」
「行くに決まっているだろ。その指輪は婚約指輪だ。失くすなよ?」
彼女を抱き寄せて、名残惜しそうに最後のキスをした。いつもより長い時間、エレーナと唇を重ねていた。
エレーナとの想い出がジュリアンの脳裏でひとつづつ、思い返しては消えて行った。泡のように膨らんでは弾けていく一つ一つに、ジュリアンは感謝の気持ちと、エレーナを心底から愛する気持ちを感じていた。
(わからねえもんだな、人生なんてのは……こんな所で運命の女に出会うとは……ユベールに会ったら礼を言わないとだな)
二人はこの夜が明けるまで、互いに寄り添って離れることができないでいた。
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「小便さま! こんな朝方までどこで、いじけてたんすか? げはははは!!」
「おいおい、女にフラれて傷心の小便さまを虐めるなよ!! ぎゃはははは!!」
掃きだめの家に帰るなり、ガ・スキーと、モ・スキーが、ジュリアンを指差し、腹を抱えて笑い飛ばしている。
普段この家でだらだら過ごしているだけの二人は、町中でジュリアンの噂を広めたついでに、エレーナの家族にも詳細にジュリアンの過去を吹き込んでいた。
しかも、ジュリアンを尾行してまで、セリアとの一件を監視していたのだから、呆れる始末だ。
どうでもいい事には労力を使えるらしい。
しかし、相変わらず、加減というものを知らない愚か者だ。
物事には何にでも限度というものがある。
ここまでしてしまったら、どんな結果を招くのか、ユベールの件で一切学んでいない。
「うるせえな。お前ら、小遣い遣るからちょっと遊んで来い」
銀色の硬貨を数枚、『手切れ金』代わりに放り投げた。ガ・スキーと、モ・スキーは、何ら怪しむことなく、銀貨を拾い集めるとそのまま出て行った。
(……銀貨5枚もあれば、節約すればしばらくは食えるはずだ。まあ、お前らじゃ、あっという間に使い切るだろうが、俺の知った事じゃねえな)
辺境に流れてよりしばらくの間、この掃きだめの家で過ごしてきた。もうこれでお別れだと思うと、ジュリアンの胸には複雑な想いが行ったり来たりしていた。
(悪いなエレーナ。俺はお前と一緒には行けねえ、渡した金の袋には手紙も入れてある。そいつを読んでもう一度、良く考え直せ。そして家族と一緒にお前なりの人生をやり直すんだ。縁があればまたどこかで巡り会えるしな……あばよ、エレーナ)
この日、ティパサの町から一人の男が去った。
彼こそが辺境一の英雄と呼ばれる男だが、それはまだ遠い未来の話だ。
しかし、その遠い未来、その英雄の傍らには、緑の髪の女性が寄り添っている事だろう。
今はまだ、ただのジュリアンでしかない。
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