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第1章『お仕置き生活は突然に』

第5話「王太子ジュリアン、小便の海にダイブする」

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 ふふふ。
 ジュリアン。
 キミにはチャンスをあげますよ。
 一度くらいは機会を与えないとね。
 僕も鬼じゃないからね。
 まあ、チャンスと言っても、針の穴を通すくらいの努力を重ねて、それでも上手く行くかは運次第ってくらいのチャンスだけどね。
 それまで、役立たずの頭を胴体に乗っけておくといい。

「シャルリーヌとは、どっちから言い出したのですか? ジュリアン」

 いつぞやのアラン王を甚振ったいたぶった時のように、ユベールは無表情かつ、冷徹な声の調子でジュリアンに話しかけた。
 こういう表情のユベールは内心では、とても楽しいと感じている。

「……あの女からです。俺は、い、いや、私は騙されたのです!!」

 下半身を濡らす小便を撒き散らして、ジュリアンはユベールの前で両膝をついて縋るようすがるな目をした。
 よっぽど死にたくないのだろう。
 確かに若い身空で天に召されるのは気の毒だ。
 しかしこの王太子は、仲間たちと寄ってたかってユベールを殺めようとした経緯がある。殺めるつもりがあったかは、この時点ではもう知る術はないし、尋ねた所で弾みだ何だと言い逃れをするに決まっている。
 ユベールもそんな事は先刻承知だ。

 だから執拗に仕返しをして憂さを晴らそうと、昏いくらい考えに先ほどからずっと思考を巡らせている。
 今度はどういうやり方をして、敵をジュリアンを苦しめようかと思案に暮れている。

 この呑気なバカ王太子は知らないだろうし、この場に居並ぶレンヌに仕える家臣たちも知らないだろう。
 ユベールはこれまで安穏と暮らしてきたわけではない。
 幼少時代を過ごしたカイトゥスでも、危険な目や辛い想いを繰り返してきた。大国の皇子だからと言って安全が保障されるわけではない。むしろ逆だ、いつ誰に命を狙われるのか分かったものではない。
 その辺りについては彼の父親はさすがに、西方諸国最大の皇国を統べるだけあって、いち早くユベールをレンヌに派遣して襲い掛かる危険を避けようとした。
 実際全ての危険は避けられなかったが、それでもカイトゥスに留まり続けるよりはよほどマシだった言えるはずだ。
 
 ただ生きるだけの事でも、小便男ジュリアンとユベールでは積み重ねてきた重さが違うのだ。
 たかが小便まみれの分際で、少なくともレンヌでは最も危険な存在に迂闊にも手を出してしまった。

「シャルの事はどうするつもりです?」

 聞くまでもない事を、ただ小便男ジュリアンを苦しませようとわざと聞いている。
 抑揚に乏しい声色なのは、相手に恐怖を与えようという演出だ。

「そ、そそそ即刻、婚約破棄します!! もうあの女には会いません!」

 小便の水溜まりの上で激しく動くものだから、ジュリアンの浸水状況は上半身に迫りつつあった。

「別にいいのですよ? 無理やり別れさせたいわけではありませんし……」

 この言葉は本心だ。
 シャルリーヌが本当に王太子を愛しているのなら、それを無理やり奪い返そうとは思っていない。
 シャルリーヌとの間には、相思相愛の関係でなくてはならないと、ユベールは考えている。なのに無理強いをして関係を悪化させようとは考えない。
 ユベールは用意周到な性格だ。効率の悪いやり方は好まないのだ。

「い、いいいいえ! すぐに関係を清算致します!!」

「貴方たちが相思相愛なら邪魔をする気はありませんよ。どうせ貴方みたいなクズなら、そのうちシャルのほうが愛想を尽かすでしょうし」

 『クズ』という言葉を発した瞬間、ユベールの表情に愉悦の色が現れた。彼は今、自身の内面を渦巻くドSな思考を抑えようと努めている。さすがにこの場でそれをさらけ出すわけには行かないからだ。

 だが僅かながらにそれを表に見せてしまった。
 誰にも気付かれてはいないと、ユベールは思っていた。
 だが、一人だけそれに気付いた人間が居る。

 ユベールが姿を現してから、彼をずっと熱っぽい顔つきで見つめているこの女性だけは見逃さなかった。

(はああ……ユベールさま、意地の悪いお顔も素敵です。そんな貴方に今すぐ抱きしめられたい!)

 黒髪と白い素肌をくゆらせて、近衛騎士団団長カミラはユベールから視線を外せないでいた。

(そのような穢れた存在けがれたそんざいなど、お命じ頂ければ即座に斬殺してご覧に入れます! カミラはユベールさまの為なら何でもします!!)

 カミラはレンヌの王族と、この王都マグリシアを守護する近衛騎士団の団長だ。女性の身ながら多くの騎士や兵士たちから尊敬を集めている。
 そのカミラが最も重要な守護対象を『穢れた存在』呼ばわりするなど、騎士失格もいい所だし、そんな事は口が裂けても言うべきじゃない。思う事さえ有り得ないが、ユベールが絡むとカミラは途端にポンコツ化してしまうのだ。

「お願いします!! シャルリーヌとの関係を終わりにさせて下さいいいいいい!!」

 『ビシャーン!!』と自身で創り出した小便の海にダイブしながら、王太子改め、小便王子ジュリアンはそれは見事な土下座を繰り出した。
 
 哀れや無様を通り越して失笑の対象と成り果てる。
 謁見の間に集うレンヌ王国の家臣たちも思わず、くすくすと忍び笑いを漏らしてしまっている。
 アラン王もユベールに遠慮しているのもあるが、情けなさすぎてどうにかしてやろうという気にもならないという顔をしている。

 ちょっと、や、やめて下さい!
 ぶふっ……!
 あは、あはははは!
 ぶ、無様すぎる。
 良くこんな情けない真似ができるね?
 あはははは!

「ジュリアンの処遇はどうするつもりですか。アラン」

 玉座の上のアランに向き直り、矢のように鋭い目線を浴びせながら、ジュリアンを『どう処遇するか』と王に尋ねた。

「廃嫡した上で領地も私財も没収し、無期限で謹慎処分とするつもりです。皇子殿下」

「学園には登校させてあげて下さい」

 学園に来てくれないと都合が悪くなる。
 王宮に居る時は大人しくするだろうけど、学園にいる間に何かを企むはずだよ。この小便王子がこんな事くらいで反省するわけはないから。
 まあ、そこの部分を利用して罠に嵌めて、更に追い詰めようとしている僕も酷い性格だなって自分でも思う。

 でも悪いのはジュリアンだ。僕じゃない。
 何で僕に狙われるような事をしちゃったのだろうね?

 僕ほど無慈悲な人間も珍しいと思うんだけどね。

「よ、宜しいのですか?」

 アラン王はユベールの意図を履き違えて、なんだかうるうるした目でユベールを見つめている。

「はい、学生は学ぶのが本分ですからね」

「お、お心遣いに感謝致します!」

 アラン王は玉座から立ち上がると、腰を折って深く頭を下げた。

「それからジュリアン。キミも僕も、まだ子供ですから、今回はその役立たずの頭はそのままにしておいてあげます」

 言うなり首を傾げて"にっこり"と笑う。

(きゃああああ!! その笑顔は私にですか? カミラに笑顔を下さったのですよね? こ、今宵はユベールさまの寝所に参ります! 貴方に全てを捧げます!!)

「あ、あありがとうございますうううう!!! もう二度と逆らいません!!! 皇子殿下の犬になりますうううう!!」

 今年最大級に小便を撒き散らし、ジュリアンは涙を流して喜んでいる。

「僕に関わらなければ問題ないです。でも次に何かしたら地獄に落としますよ」

「は、はいいい!!! 常に皇子殿下の視界から消え去る努力を致しますぅぅぅぅぅ!!!」


 まあ、性懲りもなく何かを企んでくれたほうがいいけどね。
 そのほうが楽しいからさ。
 さてさて、キミはどうするのかな?
 お互いに退屈な学園生活を楽しめそうだよね。
 しばらくはキミというおもちゃで遊ぶことにするよ。





*****

若干一名、逝っちゃってる人がいるのは気のせい(´ー+`)

*****

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