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20XX/XX/XX(X)
夏目弥生「その愛の行き着く先は・前」
しおりを挟む夏目弥生――旧姓、藍沢弥生。彼女は青森の某島――古くから続く異能の名家に四女として生まれた。
外の世界では時代が変わってきているとはいえ、異能を継ぐ家系は未だに男尊女卑の傾向にある。四番目に生まれた子供も娘だったことで、彼女の母親は藍沢の家にますます冷遇される立場となった。
それでも離縁されなかったのは、ひとえに彼女の母親の実家の血筋が良かったからだ。脈々と受け継がれてきた血は、かつて京の都で名を馳せていた陰陽師に連なるものであり、その一点のみが弥生の母と藍沢家を繋ぐ糸であった。そのため母は男児を生まなければと躍起になり、すでに産んだ娘たちに関心を割く余裕はなかった。
そんな環境であったから、弥生は親からの愛情を知らない。彼女の誕生から三年後に弟――待望の男児が生まれたことも影響したのだろう。愛情どころか、なんの感情も向けられた記憶がない。普通は十代前半で発現する異能が、十代後半になっても、二十代になっても、なかなか発現しなかったことで捨て置かれていたのだ。
ひとつ下に妹がいたが、その子の異能の発言は早く、十歳になったばかりの頃だった。そのため妹は十六歳になると、上の姉たちに続き、弥生よりも先に『胎』となるべく嫁いで家を出て行った。
その後、弥生の異能は二十五歳の時に発現したが、平均よりも遥かに遅すぎる覚醒に、両親はもちろん、一族の人間も対して反応しなかった。子供を産む『胎』は若ければ若いほうがいいというのが、この世界の通例だ。異能の発現が遅かった上、二十五歳にもなる女を嫁に――『胎』に貰いたがる家はない。
外の世界のことは知らない。このまま穀潰しとして生きていくか、いっそ自ら命を断つべきかと悩んでいた時――父の知人の息子とお見合いをすることになった。
それは思いもよらぬこと。
行き遅れの自分が、そんな機会を貰えるとは思ってもいなかった。そもそもお見合いを用意されること自体が異例だ。基本的にどこの家でも、家の中で発言権のある者が『あの家へ嫁げ』と言えば、当人の意思は関係なく縁が結ばれる。わざわざ、お見合いなんて順序を踏むことはない。事実、姉たちや妹は父の鶴の一声で、結婚という名の、後継者製造へ送り出されたのだ。
どうして自分だけ……という弥生の疑問は、お見合い当日、相手と顔を合わせた時に解決した――。
「夏目大寿です。弥生さん、ですね。今日はお会いしていただき、ありがとうございます」
穏やかな声音と清廉な空気。
ひと目見た瞬間分かるほど強い力は、眩いほどの輝きを放っていた。
夏目大寿という人は、神を抱く島で重要な立場を担っているそうだ。年齢は三十歳でもうすぐ三十二歳になるらしい。これまでは結婚を意識しておらず、島外に出て修行に精を出していたが、予期せず父親が早くに逝去し、島へ戻ることになったと説明してくれた。
そのため必要なのは、ただ若いだけの女ではなく、島の人間をまとめ、支えることのできる女性――それを聞いた弥生の父が、行き遅れの娘はどうだと、この話を持ち掛けたそうだ。
「ご存知の通り、島という場所は、物理的な意味でも、精神的な意味でも、閉ざされた場所です。立場のある夏目家に嫁いだとしても、別の島から来た貴方にとって、決して楽な暮らしにはならないでしょう。島に住むことになれば、いきなり責任を背負うことになります」
輝く力を内包する彼は、誠実だった。
環音螺島に嫁ぐデメリットを隠すことなく話し、夏目家の立場やしきたりも説明してくれる。悪いところを隠すことも、父やその他の大勢の男たちのように、一方的に押しつけてくることもない。
「――弥生さん。貴方が環音螺島を受け入れてくれるのなら、私は夫として貴方を尊重し、守るとお約束します」
尊重されたことなんて、ない。
守られたことも、ない。
こんなに真っ直ぐな目で、自分という存在を、見つめられたこともなかった。
彼に与えられるものの温かさと、優しさに、生まれて初めて胸の奥が満たされていくのを感じる。弥生はすぐに大寿と結婚し、夏目弥生となった。
なんの未練もない藍沢の家を離れて、環音螺島へ渡る。当初、島民は外部の人間を受け入れようとしなかった。夏目家の嫁であるため、表面上は尊重し、敬意を込めて接してくれる。しかし内心では余所者だと思っているのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
けれど夏目大寿は違う。
約束してくれた通り、弥生を尊重し、大事にしてくれた。跡継ぎを作るための行為も優しく、丁寧で、彼女は何度も女の悦びに震えた。愛されている。その実感があったからこそ、弥生は『夏目家の嫁』として相応しくあろうと、努力した。
困っている島民には手を差し伸べ、時には威厳のある姿を見せ、発現していた能力――蛇たちの力を見せつけ、礼儀正しく、慈愛を忘れず――誰もが望む、有力者の妻とはかくあるべき、の姿を体現した。
そして季節が一周した頃には、島民のほとんど全てに認められる、夏目家の嫁へと成っていた――。
だが、その頃から、弥生の中の歯車が狂いだした。
観伏寺にはよく子供たちが遊びにくる。人数が少ないからか、親同士が幼馴染みだからか、仲のいい子供たちだ。けれどその中にひとり、仲間の輪に溶け込めない子供がいる。夏目大寿は子供に優しい人だが、特に、そういった子には格別の優しさを与えていた。
(ああ……)
彼を誰よりも見つめていたから、気付いてしまった。
夏目大寿は島の人間であれば、誰にでも優しい。老若男女の隔てなく島民たちを愛している、博愛主義者だ。愛すること、支えること、力になること、島のために働くことを喜びとしている。そして――博愛主義者の夏目大寿は、可哀想な人間にはより大きな愛を、与えたがる人間なのだと――。
神を抱く土地は数多くあるが、強い力の神を抱く土地は少ない。環音螺島はそのひとつだ。そんな島の有力者である彼に、三十歳を過ぎるまで縁談が持ち上がってこなかったはずがない。
彼はずっと、断ってきたのだ。
異能の力を持つ強者に捧げられる女は、磨かれ、整えられ、充分な輝きを放っている。捧げものが美しくないなんてことがありえないように、彼の前に差し出されてきた『胎』たちは、さぞや美しく――それゆえに、彼の琴線に触れなかったのだ。
冷遇され、抑圧され、父親に無下に扱われる藍沢弥生だったからこそ、夏目大寿は受け入れ、優しく接し、大事に護ってくれている。彼が彼女へ向けているのは、弥生が大寿に向けているような熱情ではなく、博愛の中のひとつに過ぎない。数多くの者たちへ向けるものと、同じ――。
(わたくしだけを、見て)
哀れな子供には真似できない、妻としての武器を使う。昼間の貞淑な妻の仮面を剥ぎ取り、夜になれば不埒で下品なほどに乱れながら種を欲し、彼からの唯一の愛を得ようとした。
けれど、夏目大寿の目は哀れな子供へ向く。
どうすればいいのか、考えて、考えて、考えて――辿り着いたのが、彼の見るモノを消してしまうことだった。弥生の意思をくみ取った蛇は、木守翠子を眠りへ誘い、池へ沈めた。片桐慎も、同じく。伊蔵くるみは加護の力が強く、死に至らしめるまでに時間を要した――。
だが今思えば、本当に殺さなければならなかったのは、あの女だ。
「おれ、大寿さんは姉ちゃんと結婚するて思っとったです」
「――結婚の形でなくても、繋がりはあります。夏目と月島の縁が切れることは、決してない……八雲くん。歳は離れていますが、私にとって貴方は……弟のような存在です。困ったことがあれば、いつでも相談に乗ります」
慣れない母の介護で疲弊していた少年に、大寿は寄り添い、真摯に接している。いつものことだと思っていたのに、そんな会話を聞いてしまったものだから冷静ではいられない。嫉妬と憤怒で、目の前が真っ赤になった――。
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