神の居る島〜逃げた女子大生は見えないものを信じない〜

(旧32)光延ミトジ

文字の大きさ
上 下
36 / 52
20XX/07/08(金)

a.m.1:15「真相・前」

しおりを挟む

 鬼石堂安のあとについて行き、辿り着いたのは港だった。

 波の満ちては引く音がする。青白い星がまたたく空は明るい。明るい夜空と暗い海だというのに、その境は曖昧だ。夜の海は底が見えないほど暗く、見ていると飲み込まれてしまいそうな危うさがある。

 港には小さな船が泊まっていた。小型のフェリーで操舵スペースとわずかな甲板しかない。その傍らには人間がいる。灯りもなく、近付いてようやく姿が見えた。野球帽を被った、ジーンズにパーカーという出で立ちの、どこにでもいそうな青年だ。

「鬼石さん、遅かったね」

 青年が親しげな様子で堂安に話しかけた。

「そう言うな。少しばかり面倒なことになっていたんだ」
「面倒って? その人が暴れでもした?」

 その人、と言う青年の目が一風へ向く。

「まさか。俺が誠心誠意、心を込めて話したら、おとなしく着いて来てくれたぞ。なあ、一風ちゃん?」

 母と弟の危険を仄めかす話を、脅し以外のなんと言うのか。飄々とした態度の鬼石堂安に腹が立ち、一風は鼻で嘲った。

「名前呼びと『ちゃん』付け、やめてもらえます? あなたと仲がいいと思われたくないので。わたしのことは月島さんって呼んでください」
「ああ?」
「やばっ! 鬼石さん嫌われてんじゃん!」

 ケラケラと青年が笑う。堂安が「百花台(ひゃっかだい)!」と怒声を飛ばし、彼女はそこで青年の名前を知った。

「ごめんごめん。そんなに怒んないでよ。可愛い弟子なんだから」
「クソ生意気な弟子の間違いだろ」
「……弟子?」

 一風が反応すると、百花台と呼ばれた青年が二ッと笑う。

「そう。鬼石堂安の弟子。一風ちゃん……あ、一風ちゃんって呼んでいい?」
「え? あ、まあ……」
「ありがと。で、一風ちゃんの弟くんも、鬼石さんの弟子なんでしょ? 俺にとっては弟弟子ってことになる。仲良くするから安心して!」
「仲良く……?」

 話が読めない。ここにいない、もっと言えば、眠ったまま未だ目覚めない八雲と、何をどうやって仲良くするつもりなのだろうか。

 一風が困惑を顔に出すと、百花台も不思議そうな顔で見つめてくる。話が通じていない。ふたりは顔を見合わせたまま首を傾げた。そして同時に顔を動かし、鬼石堂安のほうを見る。

「鬼石さん、なんも話してないの?」
「話は船に乗ってからでいいだろ」
「いいわけありませんよね。ここまでおとなしく着いて来てあげたんです。ちゃんと話してください」

 睨むように鬼石堂安を見据えた。百花台も到底、師事する人へ向けるものではない呆れ顔をしている。

 堂安は舌打ちをした。そして面倒だとばかりに口を開く。

「時代が移り変わるにつれて……ああ、そうだな……霊能者でも能力者でも、呼び方はなんでもいいが……その類の者たちは、神も仏もクソもない、科学や化学(ばけがく)が進歩し、人智を越えたモノの話をすればオカルトだと嗤う俗世にまみれていく中で、基礎的な力が衰えてきている」

 その言葉を聞きながら、一風は木守鳴弓の話を思い出した。

『環音螺島で生まれ育った人間は高い能力を有しています。神に愛されているだけでなく、神の手足として動き、また、神を守る役目があるからです。外の、不浄に触れて俗世にまみれて生きている能力者の力は、私たちの持つ力と比べて、遥かに澱んでいます。ゆえに純度の高い、強い力を奪おうとしているのです』

 鬼石堂安は純度の高い、強い力を欲しているのか。

 だが生憎、一風にそんなものはない。

「環音螺島は異常だ。俗世から離れて閉鎖的な場所で生きると決め、子孫へ繋いできたからだろう。この島には能力の高い人間がゴロゴロいる。ここまで粒揃いの場所は日本中を探しても、なかなかないぞ」
「それで? わたしには関係ないと思いますけど」

 どちらかと言えば、一風は人智を越えたモノの話を聞いてオカルトだと嗤う側の人間だ。しかも、嗤うだけでは飽き足らず忌み嫌っている分、世間一般よりも過激派に分類される。

 話の真意が掴めない。

「ははっ! 話に聞いていたけど、一風ちゃんって本当に何も知らないんだね。あ、世間とかそういうことじゃなくて、むしろその反対――こっち側のこと」

 おかしそうに笑う百花台の顔は、人を苛立たせる鬼石堂安の笑い顔と似ていた。間違いなく師匠の悪い影響を受けた弟子の姿だ。

「要するに、一風ちゃんの身体に流れてる血は、大事に大事に、あの島で長い間ずっと守られてきた貴重なものだってこと。一風ちゃんには見る力も、聞く力も、触る力も発現しなかったみたいだけど……そういう人の次の代は、ものすごいのが生まれる確率が高いんだよね」
「……は? 次の代って、まさか……」
「たぶん想像した通り。一風ちゃん、鬼石さんの子を生んでよ」
「無理」

 考えるより先に口が動いた。

 一風は頭が痛いとばかりにひたいを押さえる。何度も何度も腹を立て、好きと嫌いでは後者のほうへ針が振り切っているような相手と、子供を作る行為など絶対にしたくはない。

 百花台がケラケラ笑った。

「無理だって! じゃあ鬼石さんじゃなくて、俺の子は?」
「年下は趣味じゃないから」
「やばっ、俺もフラれた!」

 何が面白いのか、百花台は笑い続けている。暗く静かな港に青年の笑い声が響く中で、ふと、エンジン音が聞こえてきた。

「車……?」
「フン、やっと来たか」

 鬼石堂安が呟く。

 車のヘッドライトが見え、だんだん聞こえるエンジンの音が大きくなってきた。そして視認できてからすぐ――車は港に入って、一風たちのいる場所に停まった。

 ライトを付けたまま、車から降りてきたのは――

(夏目弥生……)

 深夜だというのに、運転席から降りた夏目弥生は、一部の隙もなく着物を身に纏っていた。夜の寂しげな港に似合わない、華のある雰囲気を醸し出しながら、彼女はゆっくりと近付いてくる。

「遅かったな」

 自分が百花台に言われたことを、鬼石堂安は弥生へ告げた。

「しかたないでしょう? 老体とはいえ、それなりに手強い相手でしたの。そのおかげで、わたくしの可愛い子が三匹も消えてしまいましたわ。また呼び出すために、しばらくは力を溜めておきませんと……」
「あいつは?」
「後部座席にいますわよ」
「そうか。おい百花台、連れてこい」
「りょ!」

 三人はそこに一風などいないかのように、自然な空気で話している。

 指示された百花台が車へ近付き、後部座席のドアを開けた。そして何かゴソゴソしたかと思うと――中にいた人物の上半身を持って、引きずり出した。

「……ぇ……」

 一風は目を見開く。

 百花台が腕の下に手を回し、踵を引きずりながらつれて来たのは……月島八雲だ。百花台よりも大きな身体の弟が、診療所にいるはずの弟が、ずるずると目の前に引きずられてくる。

「な、なんで……?」

 動揺する一風の耳に、女性の笑い声が届いた。

「あら? まだ聞いていませんの? 一風さんと八雲さんは、今日をもって環音螺島を去っていただきます。儀式の隙をついた、鬼石堂安に攫われて。よろしいですわよね?」
「何を勝手に、言ってるんです?」
「問題がありまして? 一風さんは故郷がお嫌いなのでしょう? 八雲さんにしたって眠っているのなら、島でも外でも同じこと……ああ、お母様でしたご心配なく。環音螺島の民を守るのは、夏目の役目。わたくしが責任を持って、最期の時まで看取りますわ」

 うっそりと笑いながら、弥生が言う。

「あら、そういえば、まだ重箱をお返しいただいてませんでしたね。でも、どうぞお気になさらず。なんの憂いもなく、出て行かれてくださいな」

 車のヘッドライトを背に、着物の似合う美女は、決定事項だとばかりに言葉を紡いだ。人好きのされるにこやかな顔で……その目には、ありありと侮蔑と、勝者の高慢さを浮かばせながら――。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神様の学校 八百万ご指南いたします

浅井 ことは
キャラ文芸
☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.: 八百万《かみさま》の学校。 ひょんなことから神様の依頼を受けてしまった翔平《しょうへい》。 1代おきに神様の御用を聞いている家系と知らされるも、子どもの姿の神様にこき使われ、学校の先生になれと言われしまう。 来る生徒はどんな生徒か知らされていない翔平の授業が始まる。 ☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.: ※表紙の無断使用は固くお断りしていただいております。

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

鬼の御宿の嫁入り狐

梅野小吹
キャラ文芸
▼2025.2月 書籍 第2巻発売中! 【第6回キャラ文芸大賞/あやかし賞 受賞作】  鬼の一族が棲まう隠れ里には、三つの尾を持つ妖狐の少女が暮らしている。  彼女──縁(より)は、腹部に火傷を負った状態で倒れているところを旅籠屋の次男・琥珀(こはく)によって助けられ、彼が縁を「自分の嫁にする」と宣言したことがきっかけで、羅刹と呼ばれる鬼の一家と共に暮らすようになった。  優しい一家に愛されてすくすくと大きくなった彼女は、天真爛漫な愛らしい乙女へと成長したものの、年頃になるにつれて共に育った琥珀や家族との種族差に疎外感を覚えるようになっていく。 「私だけ、どうして、鬼じゃないんだろう……」  劣等感を抱き、自分が鬼の家族にとって本当に必要な存在なのかと不安を覚える縁。  そんな憂いを抱える中、彼女の元に現れたのは、縁を〝花嫁〟と呼ぶ美しい妖狐の青年で……?  育ててくれた鬼の家族。  自分と同じ妖狐の一族。  腹部に残る火傷痕。  人々が語る『狐の嫁入り』──。  空の隙間から雨が降る時、小さな体に傷を宿して、鬼に嫁入りした少女の話。

常世の狭間

涼寺みすゞ
ホラー
生を終える時に目にするのが このような光景ならば夢見るように 二つの眼を永遠にとじても いや、夢の中で息絶え、そのまま身が白骨と化しても後悔などありはしない――。 その場所は 辿り着ける者と、そうでない者がいるらしい。 畦道を進むと広がる光景は、人それぞれ。 山の洞窟、あばら家か? それとも絢爛豪華な朱の御殿か? 中で待つのは、人か?幽鬼か? はたまた神か? ご覧候え、 ここは、現し世か? それとも、常世か?

あやかし古都の九重さん~京都木屋町通で神様の遣いに出会いました~

卯月みか
キャラ文芸
旧題:お狐様派遣します~京都木屋町通一之船入・人材派遣会社セカンドライフ~ 《ワケあり美青年に見初められ、お狐様の相談係になりました》 失恋を機に仕事を辞め、京都の実家に帰ってきた結月。仕事と新居を探していたある日、結月は謎めいた美青年と出会った。彼の名は、九重さん。小さな派遣事務所を営んでいるという。「仕事を探してはるんやったら、うちで働いてみませんか?」思わぬ好待遇に惹かれ、結月は彼のもとで働くことを決める。けれどその事務所を訪れるのは、人間界で暮らしたい悩める狐たちで――神使の美青年×お人好し女子のゆる甘あやかしファンタジー!

真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~

椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」 仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。 料亭『吉浪』に働いて六年。 挫折し、料理を作れなくなってしまった―― 結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。 祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて―― 初出:2024.5.10~ ※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

ナマズの器

螢宮よう
キャラ文芸
時は、多種多様な文化が溶け合いはじめた時代の赤い髪の少女の物語。 不遇な赤い髪の女の子が過去、神様、因縁に巻き込まれながらも前向きに頑張り大好きな人たちを守ろうと奔走する和風ファンタジー。

処理中です...