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20XX/07/08(金)
a.m.0:39「傲岸不遜な侵入者」
しおりを挟む決して、信じたわけではない。
神々廻の言葉は到底受け入れられるものではなく、拒否感が皮膚の下を這い回っているような不快さがある。それでも、気持ちのやり場がなくて、心が不安定なまま、ひとりで夜を明かしたくはなかった。
だから一風は母の部屋へ行き――握り潰してぐしゃぐしゃになった護符を、不満げな顔で襖や窓に貼ったのだ。無理矢理渡された分を全部貼り終え、電気を消す。そのまま、母の月島彩乃が眠る傍らの畳に腰を下ろし、腕と頭をベッドに乗せた。
(騙された、気分……気分って言うか、普通に騙されたのかも……)
怪異や神を信じる、環音螺島の島民たち。そんな中でおいて、自分と神々廻はその手のオカルト話を信じていない、仲間だと思っていた。感じていなかったと言えば嘘になる、同族意識。それを根底から否定された気分だ。
「……ばかみたい……」
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そんなことを考えながら、睡魔に身を委ねようとした時――
――閉じていた襖が、勢いよく開けられた。
「っ!?」
眠気が一瞬で吹き飛ぶ。一風は畳に座ったままベッドから上半身を起こし、音がした襖のほうを慌てて振り返った。
暗闇の中に襖を開けたまま立つ人影が浮かぶ。目をこらして、それが誰か判別するよりも早く――甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「鬼石堂安……?」
頭に浮かんだ名前を口にすると――
「年長者を呼び捨てにするもんじゃないぞ」
その人物――鬼石堂安は部屋の中へ入って来た。
「来ないで!」
一風は声を上げて制止するが、堂安は無視して長い足を動かし、あっと言う間に近付いてくる。そして一風の前にしゃがみ込み、にやりと笑った。
「自称霊能者に、社会常識を説いても仕方ないかもしれませんが……こんな時間に家宅侵入するなんて『冗談でした』では済みませんよ?」
「この状況でそれだけ言えるか。大したタマだな」
「そういうのはいいんで、早く出て行ってください」
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「考えてみろ。いくら霊能者だからって、なんの目的もなく、ヨソサマの家に入り込むわけないだろ。そして入り込んだ以上、何もせずにおとなしく帰るとでも?」
「目的……?」
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「……は?」
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「いったい、なんの話を――」
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「外のって……?」
「気付いてないのか? お前の婚約者殿とバチバチやってる奴らだよ。影を操って使役する術師の一族……木守家だ」
彼女の頭に、穏やかな笑みを浮かべる、木守鳴弓と木守蓮譲の顔がよぎった。好意的に接してくれたのは昨日――日付けは変わったばかりだから、それから半日ほどしか経っていないのに、家に押し入ろうとしている。その方法や、彼らの能力という荒唐無稽な点はひとまず置いておくにしても、顔を顰めずにいられない。
「なんで、木守家の人が?」
「焦ってんだろ? 月島の龍が一匹消失したからな。それは島の力を持った人間にはすぐ分かるらしいぞ。実際、夏目大寿も気付いてた」
不愉快だと言わんばかりの顔をする彼女を見て、鬼石堂安はおかしそうに目を細めていた。好意的に接してきては、騙し、裏切る。神々廻、木守と、短いスパンで二度もそんな目に遭ったからか、好かれなくて結構とばかりの態度の堂安のほうが、信頼できるのではないかと思えてくるから、不思議だ。もっとも、夜中に家宅侵入をする男という時点で、本気で彼を信頼するなどありえないのだが。
「それで、だ……その木守の連中とやり合っているお前の婚約者殿は、こちら側の人間だったみたいだな。式神と白澤か……あれだけのものをよく隠していたもんだ。お前もすっかり騙されて……哀れだな。あの男が正体を隠してまで環音螺島に来た目的はなんなのか、知らないんだろ?」
花籤花枝の依頼。
それ以外にも、一風が聞かされていない目的があったのだろうか。だとすればそれは何か……分かるはずもない。島に来て、行動を共にしていなかった時間はかなりある。その間に神々廻が何をしていたのか。それは彼女の知るところではなかった。
だが、なんにしても――
「わたしと神々廻さんのことは、あなたには関係ないですし、哀れまれる理由もありません。別にわたしたち、仲のいいお友達ってわけでもないでしょ?」
「そりゃそうだ」
「じゃあ、もう帰ってください。そもそも悪意を持った人間が入れないなら、どうしてあなたが入れたんです?」
「もちろん俺に悪意がないからだろ?」
「白々しいですね。悪意なく深夜の、あなたの言うヨソサマの家に侵入したと?」
寝言は寝て言ってください、と一風が鼻で笑う。鬼石堂安は「この状況でもクソ生意気だな」と肩をすくめた。
「俺は招かれてる。お前の弟にな」
「八雲に?」
「ああ、そうだ。自分がいない時は母ちゃんのことをよろしく、ってな。あいつはちょっと遠出して時間通りに帰れない時、俺だけでも祈祷してくれって意味で言ったんだろうが……解釈はどうとでもできる。今は『自分がいない時』だろ?」
「……屁理屈ですね」
「霊能者だぞ? ゴネてナンボだ」
堂安が「ははっ」と笑う。
そして、なんの前触れもなく手が伸ばし――月島一風の首を掴んだ。
「っ……!?」
力は込められていない。だが大きな手が首を捉え、その気になればいつでも気道を締めることができるだろう。鬼石堂安は器用に片側の口の端を持ち上げながら、一風と視線を合わせてきた。
「一緒に行こうぜ、月島一風」
「……は?」
「まあ、拒否はできないよな。男女の力の差もあるし、ヘタに抵抗して俺が暴れ出したら一大事だ。何せ後ろには意識不明の母親がいる。俺に仲間がいれば、診療所の八雲が危険な目に遭うかもしれない……そう考えれば、従うしかないもんな?」
首から、すんなりと手が離れていく。
暴力で脅す必要がないと分かっているからだろう。この男は一風が家族を捨てられないと知っている。
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そう言った鬼石堂安を、殴った。その時に彼は、一風が家族に対して罪悪感と、確かな愛情を抱いていることを確信したのだ。
そして今、それを脅しの材料にしている。
鬼石堂安が立ち上がり、手を差し出してきた。
「さあ、行こうか」
「……手は繋ぎません」
それが一風にできる、せめてもの抵抗だ。
彼女は鬼石堂安に連れられ、目的も、どこへ向かっているのかも、自分がどうなるのかも……何も分からないまま、月島の家を出た――。
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