婿入りしてくるはずの男と婚約破棄したので新しい婚約者を調達したいと思います。目星はついているのでご安心ください。

(旧32)光延ミトジ

文字の大きさ
上 下
5 / 10
本編

3_決して、代替案ではありませんでした*

しおりを挟む

 教授――シグルド・シーガイア様との婚約は、なんの不平不満や条件が出ることもなく、両家にあっさりと認めてもらえた。我が家に至っては、どうぞ身ひとつで来てください、むしろ支度金はいくらでも払いますし! と、かなり前のめりだ。

 ま、それもそうだろう。キズモノになった娘が前の婚約者よりもスペックが高く、条件のいい、価値ある婿を用意したのだから、文句なんて出るはずもない。教授……ではなくて、シグルド様が挨拶に来てくれた時、両親をはじめ一族の面々は諸手を挙げて歓迎した。それはもう、当事者がドン引きするくらいに。

 婚約期間は一年。貴族の婚約期間としては短いが、結婚準備は元婚約者の時から進めていたので間に合わないということはない。加えて、当人は追放されているが、フェルナンドの実家が払ってくれた慰謝料や違約金を全て結婚式の費用にプラスさせてもらった。元婚約者からもらったお金を資金にするなんて……と、殊勝なことを考える人物は一族にいない。みんなランクアップした料理に舌鼓を打っていた。

 二十四歳の初夏。

 多くの人々に祝福される中、私はシグルド様と結婚した。

 領内の教会に領民や事業の関係者を招き、王都の聖教会本部から来てくれた司祭様に式を執り行ってもらった。そのあとは伯爵家の居城で披露宴を行い、領地を挙げての結婚式は三日三晩続くことになる――。

 ――のだけど、残念ながら私は最後まで参加することができなかった。主役なのに初日しかみんなに顔を見せてない。何せ初日の夜……世間一般で言うところの初夜で、夫になったシグルド様に抱き潰されてしまったのだ――。

 話は初夜の寝室に遡る――。

 ベッドに腰かけて何杯目かのワインを口にしていると、シグルド様が寝室に入ってきた。結婚式のためにあつらえたオフホワイトの衣装はすでに着替えたのか、普段の彼らしい落ちついた色味の服を着ている。

 こんな時まで眉間に皺を寄せているなんて。彼らしいと言えば彼らしいがせめて初夜くらいと思わなくもない。もう少しにこやかに……ううん、やめておこう。にこやかな顔をしたシグルド様なんて想像するのも不気味だ。

「緊張しているのはわかりますが飲みすぎです。そんなことでは最後まで起きていられませんぞ」
「……いっそのこと、さっさと眠ってしまいたい気分です」
「何を馬鹿なことを。跡継ぎが欲しい。初夜で子作りするのだと張り切っていたのは君でしょうに」
「張り切ってませんけど!?」

 聞き捨てならない言葉に反応すれば、手に持っていたワイングラスを大きな手で奪われた。彼は残っていたワインを一気に呷ると、空いたグラスをベッドサイドのテーブルに置く。そのままシグルド様は服の首元を緩めながら身体を寄せてきて、私はベッドに押し倒された。

 展開が早い!

「教授、待ってください!」
「動揺しているようだ。私を教授と呼ぶのはやめると、婚約時に約束したはずですが。飲みすぎて忘れてしまいましたか?」
「お、覚えてますけど……ご存知のとおり、こういったことを当事者として経験するのは、初めてでして……え、えっと……」
「言いたいことは、のちほど聞きます。もういいでしょう。今はおとなしく、私に抱かれていなさい」

 骨張った指が私の髪を梳いて耳にかけた。ほんの少し指先が耳に触れただけなのに、心臓が鼓動を早める。すごくドキドキして、何をどうすればいいのか、これっぽっちも考えられない。腕の置き場は? 顔の位置は? 視線は? 自分の身体なのに、どんな風に動かせばいいのかまったくわからなかった。

 目を泳がせて答えを探していると、シグルド様が目を細めて私を見ていることに気づいた。これまで、学生時代にも、婚約者だった期間にも見たことがない、優し気な色の瞳だ。なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ!? カッと体温が急上昇して、顔が熱くなる。

「メルティ・フィンハート」
「は……はい……」
「私たちの婚姻は、義務でも責任でもありません。もちろん、私が君の浅はかな脅迫に屈したからでもない。初夜に相応しいとはいえないほどの劣情を、長年に渡って抱き続けた男の顔を、その目に焼きつけておきなさい」
「それは――」

 どういう意味ですか? と、尋ねる言葉は、シグルド様の口に飲み込まれた。重なった唇。薄っすら開いた隙間から、ねっとりした舌が差し込まれる。ワインの香りがした。

 ひとつの口にふたつの舌。身の置き場をなくした私の舌が奥に引っ込むと、前に出てきなさいと叱るかのように彼の舌が動いた。舌同士が擦れ合い、絡みつく。唾液が溢れた。熱い吐息。水音がやまない激しいキスなのに、私の頭を撫でる手はどこまでも優しかった。

「息は鼻でするんですよ」
「慣れて、いないもので……」
「では、これから慣れていきましょう。キスも、その先も」

 大きな手が私の胸を包んだ。思わず身体が跳ねる。メイドたちに着せられた初夜用のナイトドレスは生地が薄く、彼の手の温度も感触も伝わってきた。やわやわと揉まれて形を変える胸は、自分の身体の一部のはずなのに、私の目には妙にいやらしく映る。

 固くなった胸の先が、ツンと布地を押し上げた。

「見えますか? 早く触れと言わんばかりに、乳首が固く尖っていますよ」
「っ、そういうこと、言わなくていいですから!」
「何も恥ずかしいことではありません。人体におけるこの部分は、そうなるようにできているんですから」
「あっ」

 指の先が乳首をこねる。固い粒を潰すように押し込まれたり、指の腹でさするように撫でられたり。強弱をつけた動きにお腹の奥が熱くなる。乳首をかりかり引っ掻くように指先を上下させられると、身体にじっくり火をつけられたみたいで、どんどん火照っていった。

 シグルド様は快楽にとろける私の顔を間近で見ている。恥ずかしい。こんな痴態を晒すなんて。そう思うのに、私はいつの間にか膝頭をこすり合わせていた。

「いい顔ですね。いつもの飄々としている君の、とろけた顔というのは」
「ぅ……ばかに、してます……?」
「まさか。そんなわけないでしょう。可愛らしいと言っているんです」

 顔を近付けた彼が、私の頬にキスを落とした。耳にかかった吐息と囁き声が心地いい。シグルド様の体温や香りを濃く感じて、頭の中がふわふわとろけるのがわかった。

 ずるい。

 いつもは年下の婚約者を甘やかす素振りなんて、全然見せなかったくせに、ベッドの上では言葉にも態度にもしてくれる。そんなことされて、嬉しくないはずがない。

「羞恥に染まる肌の、なんと淫猥な……これまでは自分で慰めていたのですか?」
「そんなことっ、してません……! 自分でも、人に、触られるのも……こんなの、初めてに決まってるじゃないですか!」
「ほう……若い娘盛りの身体で、欲に溺れたことがないとは思えませんが……まあ、いいでしょう。他の男に触らせていないのなら、それだけで及第点です」

 こんな状況で採点するなんて、と思わなくもないが、シグルド様は嬉しそうな顔をしている。熱に浮かされた単純な身体は、その表情を向けられているだけで歓喜してしまう。

 教授は蛇のような顔でうっそりと微笑むと、薄い唇を舐めた。

 近づいてきた身体に、私はしがみつく。細くて折れそうだと思っていた肉体は、意外とがっしりしていて、私が抱きついてもびくともしなかった。






しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

最愛から2番目の恋

Mimi
恋愛
 カリスレキアの第2王女ガートルードは、相手有責で婚約を破棄した。  彼女は醜女として有名であったが、それを厭う婚約者のクロスティア王国第1王子ユーシスに男娼を送り込まれて、ハニートラップを仕掛けられたのだった。  以前から婚約者の気持ちを知っていたガートルードが傷付く事は無かったが、周囲は彼女に気を遣う。  そんな折り、中央大陸で唯一の獣人の国、アストリッツァ国から婚姻の打診が届く。  王太子クラシオンとの、婚約ではなく一気に婚姻とは……  彼には最愛の番が居るのだが、その女性の身分が低いために正妃には出来ないらしい。  その事情から、醜女のガートルードをお飾りの妃にするつもりだと激怒する両親や兄姉を諌めて、クラシオンとの婚姻を決めたガートルードだった……  ※ 『きみは、俺のただひとり~神様からのギフト』の番外編となります  ヒロインは本編では名前も出ない『カリスレキアの王女』と呼ばれるだけの設定のみで、本人は登場しておりません  ですが、本編終了後の話ですので、そちらの登場人物達の顔出しネタバレが有ります

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。

当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。 しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。 最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。 それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。 婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。 だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。 これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」 *** ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。 しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。 ――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。  今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。  それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。  これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。  そんな復讐と解放と恋の物語。 ◇ ◆ ◇ ※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。  さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。  カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。 ※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。  選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。 ※表紙絵はフリー素材を拝借しました。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...