5 / 10
本編
3_決して、代替案ではありませんでした*
しおりを挟む教授――シグルド・シーガイア様との婚約は、なんの不平不満や条件が出ることもなく、両家にあっさりと認めてもらえた。我が家に至っては、どうぞ身ひとつで来てください、むしろ支度金はいくらでも払いますし! と、かなり前のめりだ。
ま、それもそうだろう。キズモノになった娘が前の婚約者よりもスペックが高く、条件のいい、価値ある婿を用意したのだから、文句なんて出るはずもない。教授……ではなくて、シグルド様が挨拶に来てくれた時、両親をはじめ一族の面々は諸手を挙げて歓迎した。それはもう、当事者がドン引きするくらいに。
婚約期間は一年。貴族の婚約期間としては短いが、結婚準備は元婚約者の時から進めていたので間に合わないということはない。加えて、当人は追放されているが、フェルナンドの実家が払ってくれた慰謝料や違約金を全て結婚式の費用にプラスさせてもらった。元婚約者からもらったお金を資金にするなんて……と、殊勝なことを考える人物は一族にいない。みんなランクアップした料理に舌鼓を打っていた。
二十四歳の初夏。
多くの人々に祝福される中、私はシグルド様と結婚した。
領内の教会に領民や事業の関係者を招き、王都の聖教会本部から来てくれた司祭様に式を執り行ってもらった。そのあとは伯爵家の居城で披露宴を行い、領地を挙げての結婚式は三日三晩続くことになる――。
――のだけど、残念ながら私は最後まで参加することができなかった。主役なのに初日しかみんなに顔を見せてない。何せ初日の夜……世間一般で言うところの初夜で、夫になったシグルド様に抱き潰されてしまったのだ――。
話は初夜の寝室に遡る――。
ベッドに腰かけて何杯目かのワインを口にしていると、シグルド様が寝室に入ってきた。結婚式のためにあつらえたオフホワイトの衣装はすでに着替えたのか、普段の彼らしい落ちついた色味の服を着ている。
こんな時まで眉間に皺を寄せているなんて。彼らしいと言えば彼らしいがせめて初夜くらいと思わなくもない。もう少しにこやかに……ううん、やめておこう。にこやかな顔をしたシグルド様なんて想像するのも不気味だ。
「緊張しているのはわかりますが飲みすぎです。そんなことでは最後まで起きていられませんぞ」
「……いっそのこと、さっさと眠ってしまいたい気分です」
「何を馬鹿なことを。跡継ぎが欲しい。初夜で子作りするのだと張り切っていたのは君でしょうに」
「張り切ってませんけど!?」
聞き捨てならない言葉に反応すれば、手に持っていたワイングラスを大きな手で奪われた。彼は残っていたワインを一気に呷ると、空いたグラスをベッドサイドのテーブルに置く。そのままシグルド様は服の首元を緩めながら身体を寄せてきて、私はベッドに押し倒された。
展開が早い!
「教授、待ってください!」
「動揺しているようだ。私を教授と呼ぶのはやめると、婚約時に約束したはずですが。飲みすぎて忘れてしまいましたか?」
「お、覚えてますけど……ご存知のとおり、こういったことを当事者として経験するのは、初めてでして……え、えっと……」
「言いたいことは、のちほど聞きます。もういいでしょう。今はおとなしく、私に抱かれていなさい」
骨張った指が私の髪を梳いて耳にかけた。ほんの少し指先が耳に触れただけなのに、心臓が鼓動を早める。すごくドキドキして、何をどうすればいいのか、これっぽっちも考えられない。腕の置き場は? 顔の位置は? 視線は? 自分の身体なのに、どんな風に動かせばいいのかまったくわからなかった。
目を泳がせて答えを探していると、シグルド様が目を細めて私を見ていることに気づいた。これまで、学生時代にも、婚約者だった期間にも見たことがない、優し気な色の瞳だ。なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ!? カッと体温が急上昇して、顔が熱くなる。
「メルティ・フィンハート」
「は……はい……」
「私たちの婚姻は、義務でも責任でもありません。もちろん、私が君の浅はかな脅迫に屈したからでもない。初夜に相応しいとはいえないほどの劣情を、長年に渡って抱き続けた男の顔を、その目に焼きつけておきなさい」
「それは――」
どういう意味ですか? と、尋ねる言葉は、シグルド様の口に飲み込まれた。重なった唇。薄っすら開いた隙間から、ねっとりした舌が差し込まれる。ワインの香りがした。
ひとつの口にふたつの舌。身の置き場をなくした私の舌が奥に引っ込むと、前に出てきなさいと叱るかのように彼の舌が動いた。舌同士が擦れ合い、絡みつく。唾液が溢れた。熱い吐息。水音がやまない激しいキスなのに、私の頭を撫でる手はどこまでも優しかった。
「息は鼻でするんですよ」
「慣れて、いないもので……」
「では、これから慣れていきましょう。キスも、その先も」
大きな手が私の胸を包んだ。思わず身体が跳ねる。メイドたちに着せられた初夜用のナイトドレスは生地が薄く、彼の手の温度も感触も伝わってきた。やわやわと揉まれて形を変える胸は、自分の身体の一部のはずなのに、私の目には妙にいやらしく映る。
固くなった胸の先が、ツンと布地を押し上げた。
「見えますか? 早く触れと言わんばかりに、乳首が固く尖っていますよ」
「っ、そういうこと、言わなくていいですから!」
「何も恥ずかしいことではありません。人体におけるこの部分は、そうなるようにできているんですから」
「あっ」
指の先が乳首をこねる。固い粒を潰すように押し込まれたり、指の腹でさするように撫でられたり。強弱をつけた動きにお腹の奥が熱くなる。乳首をかりかり引っ掻くように指先を上下させられると、身体にじっくり火をつけられたみたいで、どんどん火照っていった。
シグルド様は快楽にとろける私の顔を間近で見ている。恥ずかしい。こんな痴態を晒すなんて。そう思うのに、私はいつの間にか膝頭をこすり合わせていた。
「いい顔ですね。いつもの飄々としている君の、とろけた顔というのは」
「ぅ……ばかに、してます……?」
「まさか。そんなわけないでしょう。可愛らしいと言っているんです」
顔を近付けた彼が、私の頬にキスを落とした。耳にかかった吐息と囁き声が心地いい。シグルド様の体温や香りを濃く感じて、頭の中がふわふわとろけるのがわかった。
ずるい。
いつもは年下の婚約者を甘やかす素振りなんて、全然見せなかったくせに、ベッドの上では言葉にも態度にもしてくれる。そんなことされて、嬉しくないはずがない。
「羞恥に染まる肌の、なんと淫猥な……これまでは自分で慰めていたのですか?」
「そんなことっ、してません……! 自分でも、人に、触られるのも……こんなの、初めてに決まってるじゃないですか!」
「ほう……若い娘盛りの身体で、欲に溺れたことがないとは思えませんが……まあ、いいでしょう。他の男に触らせていないのなら、それだけで及第点です」
こんな状況で採点するなんて、と思わなくもないが、シグルド様は嬉しそうな顔をしている。熱に浮かされた単純な身体は、その表情を向けられているだけで歓喜してしまう。
教授は蛇のような顔でうっそりと微笑むと、薄い唇を舐めた。
近づいてきた身体に、私はしがみつく。細くて折れそうだと思っていた肉体は、意外とがっしりしていて、私が抱きついてもびくともしなかった。
→
50
お気に入りに追加
867
あなたにおすすめの小説

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。
当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。
しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。
最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。
それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。
婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。
だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。
これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。
風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。
※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

【完結】仕事を放棄した結果、私は幸せになれました。
キーノ
恋愛
わたくしは乙女ゲームの悪役令嬢みたいですわ。悪役令嬢に転生したと言った方がラノベあるある的に良いでしょうか。
ですが、ゲーム内でヒロイン達が語られる用な悪事を働いたことなどありません。王子に嫉妬? そのような無駄な事に時間をかまけている時間はわたくしにはありませんでしたのに。
だってわたくし、週4回は王太子妃教育に王妃教育、週3回で王妃様とのお茶会。お茶会や教育が終わったら王太子妃の公務、王子殿下がサボっているお陰で回ってくる公務に、王子の管轄する領の嘆願書の整頓やら収益やら税の計算やらで、わたくし、ちっとも自由時間がありませんでしたのよ。
こんなに忙しい私が、最後は冤罪にて処刑ですって? 学園にすら通えて無いのに、すべてのルートで私は処刑されてしまうと解った今、わたくしは全ての仕事を放棄して、冤罪で処刑されるその時まで、押しと穏やかに過ごしますわ。
※さくっと読める悪役令嬢モノです。
2月14~15日に全話、投稿完了。
感想、誤字、脱字など受け付けます。
沢山のエールにお気に入り登録、ありがとうございます。現在執筆中の新作の励みになります。初期作品のほうも見てもらえて感無量です!
恋愛23位にまで上げて頂き、感謝いたします。

嫁ぎ先(予定)で虐げられている前世持ちの小国王女はやり返すことにした
基本二度寝
恋愛
小国王女のベスフェエラには前世の記憶があった。
その記憶が役立つ事はなかったけれど、考え方は王族としてはかなり柔軟であった。
身分の低い者を見下すこともしない。
母国では国民に人気のあった王女だった。
しかし、嫁ぎ先のこの国に嫁入りの準備期間としてやって来てから散々嫌がらせを受けた。
小国からやってきた王女を見下していた。
極めつけが、周辺諸国の要人を招待した夜会の日。
ベスフィエラに用意されたドレスはなかった。
いや、侍女は『そこにある』のだという。
なにもかけられていないハンガーを指差して。
ニヤニヤと笑う侍女を見て、ベスフィエラはカチンと来た。
「へぇ、あぁそう」
夜会に出席させたくない、王妃の嫌がらせだ。
今までなら大人しくしていたが、もう我慢を止めることにした。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる