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本編

1_断罪劇が他人事だと誰が言った?

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 それは、神聖王国王太子殿下の十八歳の誕生日を祝うパーティーが始まってすぐのこと――。

「アイリス・エドワーズ! 貴様の傍若無人ぶりには辟易とした。貴様は神聖王国の国母となるに相応しくない。よって、俺は貴様との婚約を破棄することをここに宣言する!」

 まだ乾杯もしていないのに今夜の主役がいきなりそんなことを言い出すものだから、華やかに飾られた会場は一気に静まり返った。ああ、氷点下。招待された貴族たちに思うところはそれぞれあれど、みな一様に等しく言葉を噤んだ。

 かく言う私も口を閉じて状況を把握するために成り行きを見守ることにする。無駄に派手なだけのつまらないパーティーだと思っていたけど、これは楽しそうな展開になってきた。内心ちょっと、ウソ、だいぶワクワクしている。

 王太子殿下は非常に満足気な顔をしていた。ついに言ってやったと言わんばかりのドヤ顔。無駄に整った顔なだけに、見た者を苛立たせる効果はバツグンだ。

 彼の隣には薄い桃色の髪をした少女――私の記憶が確かなら、三年前にフローレンス男爵に引き取られて貴族になったという、ローズ嬢がいて、殿下の腕にそっと手を添えていた。小さな身体が震えている。大きな会場と現状を不安に思う可憐な少女といった風であるが、その瞳には愉悦と嘲笑の色が浮かんでいるのが見て取れた。

 一方の婚約破棄を言い渡されたダウンフォード侯爵令嬢――アイリス嬢は表情を変えることなく、冷え冷えとした視線を殿下らに送っていた。十八歳とは思えないほど蠱惑的なスタイルと、気合いの入ったメイクを施した派手な顔立ちから、けっこうきつい性格なのではという印象を抱く。

「お言葉ながら、わたくしは傍若無人な振る舞いなどした覚えがありません。王太子殿下は何か誤解をなさっているのではございませんか?」
「誤解だと? 往生際が悪いぞ。すでに貴様の本性は公然のものとなっている。身分を笠に着て弱者を虐げているらしいではないか」
「なんの話でしょう。わたくしはそのようなことしておりませんわ」

 ほほう。見事なものだ。

 普通の貴族令嬢であれば、公の場で婚約破棄なんてされてしまえば、卒倒してもおかしくない。しかも今回は王太子殿下の誕生日パーティーで、多くの高位貴族が出席しているのだ。それなのに彼女は俯くことすらせず、殿下に反論する形で己の潔白を示そうとしている。事実はどうだとしても、強靭な精神力だと彼女を讃えざるを得ない。

 王太子殿下をはじめ、かの令嬢たちはまだ未成年で学生だ。将来の国を背負うであろう面々が、保護者である国王陛下夫妻やダウンフォード侯爵夫妻が不在の中でどういった立ち振る舞いをしているのか。

 私は大人として見守ろう。そう、私は見守っているのだ。決して、野次馬根性丸出しで現状にワクワクしているわけではない。

「事実無根の中傷は、いかに殿下であろうと許されることではありません」
「貴様……この期に及んで俺をたばかるつもりか? 諦めよ。こちらには貴様の罪の証人もいるのだぞ」
「証人?」
「我が神聖王国が誇る魔法学園の講師、フェルナンド・バーバリー氏だ」

 ……ん? なんて?

「ダウンフォード侯爵令嬢の傍若無人ぶり、学生にあるまじき……否、誇り高き貴族にあるまじき非道な行いの全てを彼が証言する。そうですね、先生?」
「はい、殿下。私が全て証言いたします」

 パーティー会場の集団から一歩前に出て、王太子殿下に向かって恭しく頭を下げた青年……って、フェルナンド? どうしてあなたがそこにいるのかな? つまらないパーティーを盛り上げる集団の一員? あなたが? いやいや待って? そんな見るのは楽しいけど関わるのは厄介そうな問題の渦中に近付いたりしちゃいけません!

「王立の学園の講師である彼が偽証するなどありえない。つまり、ここにいるローズを貴様が虐げていたことは全て事実ということだ」
「ジョシュア様……」
「ああ、ローズよ、安心しろ。きみを傷つける悪女には、次期国王である俺自ら罰を下してやろう。もうきみが不安に思うことはないぞ」
「ぐすん……嬉しいです、ジョシュア様……ローズはずっと、アイリス様に虐められていて……だけどもうそんなこともないのですね!」

 男爵令嬢のローズが王太子殿下の顔を見上げながら体を寄せた。家族や婚約者でもない相手との距離にしては近すぎるもので、周囲の貴族、とりわけ女性たちは不快げに眉を顰めている。

 ……いや、そんなことよりも、フェルナンド。なんでそんな切なげな顔で男爵令嬢を見ているのかな? なんというか『ぼくの立場じゃきみを幸せにできないが、誰よりも傍できみの幸せを見守っているよ。夜空に浮かぶ微かな明かりの細い月のように……それがぼくの愛の形だ……』とでも言いたげな顔だった。ポエミーなところのある男だ。中らずとも遠からずだろう。

 会場の雰囲気が重くなっていることに気付いているのか、いないのか。王太子殿下はローズ嬢の肩を抱き寄せた。やめろやめろ。若気の至りで許されるラインはとうの昔に越えているぞ。

「ローズ、俺に任せておけ」
「はいっ、ジョシュア様!」
「アイリス・エドワーズ! 貴様は侯爵家であることを笠に着て、男爵家の娘であるローズに冷たく当たっていた。声をかけられても無視し、それでありながら、きつい言葉を投げてばかりだったそうだな。そして時には暴力を行使していたとか。心が狭いだけでなく、貴族の娘らしからぬ実に恐ろしい女だ」

 アイリス嬢に向ける侮蔑の目。どうやら王太子殿下と愉快な仲間たちは気付いていないらしい。自分たちが会場中の人間から、同じ目で見られていることに――。

 ああ、なんて、頭が痛いのか。



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