【第1部完】ペンは剣より強いらしいけど、やっぱり剣を振り回したいショゾン

(旧32)光延ミトジ

文字の大きさ
上 下
60 / 61
幕間。ある日の帝都にて。

59話:ごめんね、トム【放課後】・前

しおりを挟む

 帰り際、クラスメイトのクルト=レッシュが焼菓子の詰め合わせをくれた。小さなバスケットに多種多様なクッキーやスコーンなどが入れられており、食欲をそそる甘い香りを漂わせている。

(あ)

 バスケットを見て思い出した。

 朝食のバゲットサンドが入っていたバスケットを、鍛錬場に忘れてしまった。誰か回収しているか、そのままになっているか。できれば後者であってほしい。前者であるなら探さなければならない。

 手元にあるひと回り小さなバスケットを持って、彼女はそんなことを考えた。これから用事がある。それを済ませて行くか、用事の前に行くか……教室を出て、歩きながら考えることにした。

「? ありがとう。さようなら」

 何故くれたのかはわからないが、美味しそうな食べ物を貰えるのはありがたいことだ。ティリーはお礼を言い、珍しく相手の目を見て別れの挨拶までする。そしてバスケットを手に、そのまま教室を出ようとし――

「待って待って待って、話聞いて!」

 両腕を広げたクルトに行く手を遮られた。あまりにも必死な形相で迫ってくるものだから、バスケットを抱いたまま、彼女は眉を寄せる。不満ですという顔で睨めば、クルトは躊躇いがちに一歩下がった。しかし怯みはしても、そこから退くつもりはないらしい。

「なんで?」
「なんでって……何もないのに焼菓子を渡すわけないよね? もちろん、話があるに決まってるだろ?」
「話?」

 首を傾げれば、クルトが少しだけ声を抑えて「うん」と頷く。

「ちょっとお願いがあるんだけど……」
「お願い?」
「そう。そのための焼菓子なんだ」
「ふーん。何?」
「コンラートがまだ医療棟に入院してるんだ。もし良かったら、お見舞いに行ってあげてくれないかな?」

 予想外のことを言われてティリーは目をまたたかせた。

 目の前の同級生はコンラート=フォン=ルーカスのお見舞いに行けと言った。だが彼を医療棟送りにしたのは、ティリーである。ボコボコのグチャグチャにした加害者が、ボコボコのグチャグチャにされた被害者が入院している部屋へ顔を出して見舞うなんて、さすがの彼女もありえないことだと思う。

 コイツ何を言ってるんだ、という気持ちが顔に出ていたのだろう。クルトがバッと手の平をティリーに突き出した。

「わかってる! 変なこと言ってるっていうのは!」
「うん。意味わかんない。謝れってこと?」
「え? ああ、いや、そうじゃなくて……贅沢を言うなら横に座って、手を握ったりなんかして、機能回復訓練がんばれって言ってほしいかな。無理なら顔を見せるだけでいい……お願いします!」
「そう言われてもね」

 正直に言えば面倒だ。

 勝者が敗者に気安く声をかける必要はないと思っているし――指輪狩りの決勝戦で剣を交えたからわかるが、彼は頑張れと言われないと頑張らないような男ではないだろう。そうなると声をかけに行く意味はまったくないような気がする。

 ティリーは「んー……」と声を漏らして考えながら、貰った焼菓子とクルトの顔を順に見た。懇願する瞳は切実だ。バスケットを開けてクッキーを一枚つまんで食べた。真ん中に真っ赤なイチゴジャムが乗ったクッキーだ。甘いジャムと香ばしい生地が絶品である。

 咀嚼し、彼女は口を開いた。

「行かない」
「えっ!?」
「何? その反応?」
「だ、だって、焼菓子食べた……」
「コレはもうわたしのだから返さないよ? 力ずくで取り戻そうとしてみてもいいけど、三秒で決着はつくかな」
「ぐ……」

 悔しげなクルトはしばらく黙り込み、絞り出すように「じゃ、じゃあ……!」と食い下がってくる。

「手紙は!?」
「手紙?」
「ひと言だけでもいいから!」

 しつこい男だ。初めの頃はビクビクして、かけてくる声も裏返っていた。それなのに今ではこの調子だ。

 思えば、決勝戦での戦いぶりもそうだった。場外に蹴り飛ばして壁に衝突させたのに、再び向かってこようとしていた。結局、立ち上がれず敗北したが、どうやら根性はあるらしい。

「なんでそんなにしつこく言うの? 向こうも、自分をボコボコにした相手なんかに励ましてもらいたくないと思うけど」
「だろうね」
「だったら――」
「でも、コンラートにとって、ティリー=フェッツナーは自分をボコボコにした相手であるのと同時に、好きな女の子だから。励ましでも応援でも、どんな形でも気にかけてほしいはずだ」

 クルトの言葉に、ティリーはポカンとする。

「すきなおんなのこ?」

 耳に入ってきた言葉を繰り返し、そのまま、まばたきを三回。

 ティリーは自分の顔を指差した。

「あの人、わたしのことが好きなの?」
「え」

 彼の目が見開かれる。

「だから婿になりたかったの?」
「え」
「ねえ」
「き、聞いてないの? 告白は!?」

 彼女は首を傾げた。それが答えだ。

 次の瞬間、クルトが両手で顔を覆って天井を仰ぐ。そして手の平の中で呻き声を上げていたかと思うと、やがて、くぐもった声で「イマノ、ナシ」と漏らした。

「そう言われてもね」
「オネガイシマス……」
「じゃあ、明日はバスケットいっぱいのパンね」
「……ワカリマシタ……」

 顔を覆ったままのクルトだったが、その肩が微かに震えている。

(泣いてる?)

 ブツブツと呟く言葉を拾えば、小さな声で「ゴメン、コンラート」「やらかした」「最低の友人だ」と謝罪を繰り返しているようだ。見ていると、なんだか少しだけ哀れに思えてきた。

 腕の中にある絶品の焼菓子が詰まったバスケットと、肩を震わすクルトを、再び順に見て――

「短くていい?」
「……?」
「手紙」

 天井を仰いでいたクルトが勢いよくティリーを見た。目が微かに赤くなり、潤んでいる。どうやら本当に泣いていたらしい。

「いいの!?」
「うん」
「あ、あああありがとう!!」

 大げさなほど感極まった様子でお礼を言われ、さすがの彼女も面食らう。

 ティリーはクルトに少しだけ待つように言うと、その場で適当な紙を選び、文字を走らせた。貴族令嬢の出す手紙は、紙はもちろん、インクの色、吹きかける香水、封筒まで趣向を凝らした物が普通だ。

 彼女が書いたのは適当な紙を折り畳んだだけで、手紙というよりも、ただのメモと呼んだほうがいいかもしれない。しかしクルトはソレを大事そうに受け取り、嬉しそうにはにかんだ。

「そんなのでいいの?」
「うん。あいつも喜ぶよ。責任もって渡すから」

 そう言うと、行く手を阻んでいたクルトは、ようやく道を空けてくれた。

 ティリーは明日のパンを念押ししてから、焼菓子が入ったバスケットを手に教室を出る。これから団室棟へ行き、団長と副団長から連絡事項を聞かなければならないのだ。彼女は廊下に出ると、団室棟へ向かった――

 ――校舎から一旦外へ出て、団室棟への道を進む。屋外へ出てしか行けないのは、晴れた日はいいが雨の日は厄介だ。しばらく進んだところで、彼女の足が止まった。

「あれ? 何してるの?」

 前方でトムが木に寄りかかっていた。髪型にこだわる彼にしては珍しく、黒髪を下ろしており、前髪の奥の目は心なしか暗い。

 何よりも気になるのは、彼が手に持つものだ。

「ソレ、どうしたの?」
「ちょっと、な」
「剣なんて持ち出して珍しい」
「なあ」

 訓練用の刃が潰れた剣でもなければ、木剣でもない。手入れがよく行き届いた立派な刃物を手に、トムが薄暗い表情を浮かべている。ティリーは赤い髪を掻きながら、彼の次の言葉を待った。

「手合わせ、してくれねえか?」

 トムは騎士科の生徒ではなく、つまり、正式な『篝火の団』の団員ではない。だがティリーの側近という立場もあり、団の連絡事項は一緒に聞くことになっている。

 今日もその予定だ。

 それなのに。

「今から?」
「ああ」
「真剣で?」
「ああ」

 トムが固い声で同意する。

 目の前の彼が何を考えているのか、さっぱりわからない。本気で言っているようにも見えるし、どことなく投げやりになっているようにも見える。付き合いが長い分、彼らしくない行動に困惑した。

 だが、それでも答えは決まっている。

「手加減できないけど、いいよね?」

 神妙な面持ちで頷く彼に、ティリーは鍛錬場へ行こうと告げた。トムが何を考えているのか、いくら想像したところで正解かどうか判断できないのだ。彼女はそのことについて考えるのは早々にやめ、ついでにバスケットを回収しようと、考えはじめる。

 後ろからついてくるトムの重々しい雰囲気には、気付かないフリをした――






しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました

ファンタジー
幼い頃、神獣ヴァレンの加護を期待され、ロザリアは王家に買い取られて王子の婚約者となった。しかし、侍女を取り上げられ、将来の王妃だからと都合よく仕事を押し付けられ、一方で、公爵令嬢があたかも王子の婚約者であるかのように振る舞う。そんな風に冷遇されながらも、ロザリアはヴァレンと共にたくましく生き続けてきた。 そんな中、王子がロザリアに「君との婚約では神獣の加護を感じたことがない。公爵令嬢が加護を持つと判明したし、彼女と結婚する」と婚約破棄をつきつける。 家も職も金も失ったロザリアは、偶然出会った帝国皇子ラウレンツに雇われることになる。元皇妃の暴政で荒廃した帝国を立て直そうとする彼の契約妃となったロザリアは、ヴァレンの力と自身の知恵と経験を駆使し、帝国を豊かに復興させていき、帝国とラウレンツの心に希望を灯す存在となっていく。 *短編に続きをとのお声をたくさんいただき、始めることになりました。引き続きよろしくお願いします。

俺だけ皆の能力が見えているのか!?特別な魔法の眼を持つ俺は、その力で魔法もスキルも効率よく覚えていき、周りよりもどんどん強くなる!!

クマクマG
ファンタジー
勝手に才能無しの烙印を押されたシェイド・シュヴァイスであったが、落ち込むのも束の間、彼はあることに気が付いた。『俺が見えているのって、人の能力なのか?』  自分の特別な能力に気が付いたシェイドは、どうやれば魔法を覚えやすいのか、どんな練習をすればスキルを覚えやすいのか、彼だけには魔法とスキルの経験値が見えていた。そのため、彼は効率よく魔法もスキルも覚えていき、どんどん周りよりも強くなっていく。  最初は才能無しということで見下されていたシェイドは、そういう奴らを実力で黙らせていく。魔法が大好きなシェイドは魔法を極めんとするも、様々な困難が彼に立ちはだかる。時には挫け、時には悲しみに暮れながらも周囲の助けもあり、魔法を極める道を進んで行く。これはそんなシェイド・シュヴァイスの物語である。

伯爵令嬢の秘密の知識

シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...