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幕間。ある日の帝都にて。

56話:三馬鹿と、僕【昼休み】・前:Sideファルコ

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 ファルコは自分のことを、良く言えば平凡、明け透けに言えば平凡よりやや劣った人間だと認識している。人間としての成熟度はもちろん、腕力も学力も、家柄など個人に付属する要素も、その全てを鑑みての認識だ。

 誰かに敵認定されるだけの存在感はない。普段から虐げられるわけではないが、時折、強者の気まぐれで搾取される側――目立たずに、静かに、それでもなんとか底辺付近にしがみついて振り落とされないように学生生活を送るのだと、そう思っていた。

 騎士科に入学した一年生にとって、最初の行事となる指輪争奪戦――指輪狩りは非常に重要な催しである。何せこの行事を勝ち抜いて優勝することは、今後、この学年の代表となることに他ならないからだ。

 全学年まとめての各団ごとの序列とは別に、指輪狩りで生き残り上位に食い込んだ団は、一年生の中でも上位の序列となる。もっとも例年はほとんどの場合、一年生の序列はそのまま各団の序列とさして変わらなかった。

 今年が異常なのだ。

 全体的な序列は下位クラスの『篝火の団』が優勝し、準優勝は上位ではあるが、もう長いこと今ひとつ飛び抜けることができていない東部地域の『暁の団』、優勝候補筆頭の『大海の団』は準決勝で消え、『蛇頭の団』など新興勢力の団が頭角を現した。

 五月――波乱の一か月が終わり、ファルコが置かれた状況は一変した。表彰式でひとり舞台に上がっていたせいだろう。誰もが篝火の団の一員であるファルコを認識した。目立たずに三年間過ごすという目論見は崩れたのである。

 指輪狩りが終わり、篝火の団の『穴』として狙われる危険がなくなった。つまりファルコの身を守るため、チャールズと――最初はツィロだった――傍にいる必要がなくなったということだ。

 それでも彼はまだ、チャールズと行動を共にしていた。

 午前の授業が終わるとふたりで待ち合わせ、タイロンとツィロが入院している医療棟へ向かう。ふたりは最初に運ばれていた病室から、別の病室へ移っていた。そこは五人部屋で、ベッドは三つ埋まっていた。ふたつはタイロンとツィロで、もうひとつは右足の骨を折ったという三年生である。

「なんだ、今日もまた来たのか」

 病室へ来たファルコたちを、ちょうど食事を終えたばかりの三年生が迎えた。

「残念だが、ソイツらはまだ起きちゃいないぜ」
「そうですか……」
「アンタは元気そうだな」
「ま、足が折れてる以外はピンピンしてるからな」

 三年生の先輩が相手でもチャールズは敬語を使わない。初めて顔を合わせた時からそうだった。あまりにも堂々としていたからか、当初から先輩は気を害した風でもなかった。

 先輩は皿が乗った台をどけると、傍らに置いてあった松葉杖をついてベッドからひょいと降りる。

「もう行くのか?」
「ああ。戻ってくるのはいつもの時間だろうから、ゆっくりしてけよ」

 そう言い残すと彼は松葉杖をつきながら病室を出て行った。

 『百鬼の団』のエッケハルトらに報復の襲撃をしてから、ファルコとチャールズは毎日のように、昼休みになると病室へ足を運んだ。ふたりと入れ違いに、少し早めの昼食を終えた先輩はおかわりの昼食を食べに行く。彼曰く「ココのメシは味が薄くて食べた気しねえんだわ」だそうだ。

 心穏やかに過ごすためか、医療棟の病室は日当たりがいい。窓を開ければ午後の暖かい風が吹き込んで、白いレースのカーテンを揺らした。

 ふたりのベッドの間に椅子をふたつ並べる。台も引っ張って来て、チャールズはパニーニと胡桃が練り込まれた丸いパン、熟れた赤いリンゴを出す。ファルコはその横で小振りなマフィンをふたつ出した。

 病室で昼食を摂りながら昼休みを過ごすのは日課だ。医療棟は暴力沙汰が禁止された安全地帯で、指輪狩りの際は身を隠すのに都合のいい場所だった。

「――でよー、ティリーは今日も絶好調なわけ。授業だっつーのに、死にかけたんだぞ。教師も教師で『フェッツナーの相手ができる学生は限られる』って、なんの迷いもなく俺とティリーを組ませやがった」

 パニーニを食べながらチャールズは日常の出来事を話す。

 ファルコにではない。

 眠り続けるタイロンとツィロにだ。ふたりはあの日から、未だに意識を取り戻していない。夜中に傷が熱を持ち、魘されていることもあるそうだが、その際も意識は朦朧としているとか。

「最近は俺のクラスの奴らだけじゃなくて、ティリーのクラスの奴らの目も生温かい気がするんだよな。指ぶった切った奴ってビビられてたはずなのによ」

 チャールズに指を切り落とされた百鬼の団の学生は、即日、学園を退学したらしい。一年生の時点で指を失くし、これから三年間を騎士科で学ぶのは無理だと判断するのは無理からぬことだ。中央貴族の令息であるため、ファルコと違い、途中で退学しても将来はなんとかなるのだろう。

 ファルコは欠片をこぼさないように気をつけながら、昼食用の塩気が聞いたマフィンを少しずつ食べていく――そして一個目を食べ終わるまでの間、チャールズはひとりで喋り続けていた。

「アイツの世話係はトムだし、トムじゃなくたって、次はツィロだろ? 俺には荷が重いんだよな……」
「え? そうなの?」
「ん? 意外か?」
「う、うん……そんなに距離があるようには、見えないけど……」
「まあ、付き合いは長いし、距離があるってわけじゃねえよ。なんつーか、役割分担みたいなのがあってよ。親に言われたとか、そういうんじゃねえけどさ、自然と決まってた」

 フッと笑った彼は、真っ赤なリンゴを手に取った。

「俺たち三人の親父は『赤狼騎士団』の騎士でさ。最初はティリー=フェッツナーの遊び相手として集められたんだ。騎士の子供や男爵領の平民の子供、とにかく同年代のガキで集まって遊んでた」
「お嬢様の遊び相手に、すごくたくさんの子供が集められたんだね」
「ああ。でも、すぐに数は減ってったぜ。何せ、そのオジョーサマがどこの誰よりも悪ガキだったからな。ついていけねえ奴ばっかだ」

 懐かしむかのように目を細めたチャールズの口元は、小さく笑みを形作っている。

「まあ、ついて行けねえからって冷遇されるわけじゃねえし、逆に、ついて行けるからって将来が約束されるわけでもねえ。探してたのは、本当に、ただの遊び相手だ」
「チャールズくんたちは、ついて行けた組なんだね」
「ギリギリな。俺たちと、あと五人か六人か。全部で十人いないくらいだった。だってよ、アイツ、村の牧場で牛馬追い回すし、魔物が出る森をつっ切るし、盗賊に飛び掛かってくし、蜂の巣に石投げて遊ぶし、滝の上から飛び込むし……今考えれば『よくついて行けたな、俺たち』って感じだ」

 しみじみ呟く彼がおかしくて、ファルコは思わず笑ってしまった。波乱万丈だが、飽きない幼少期だったのだろう。チャールズは「笑いごとじゃねえ」と言うけれど、ほんの少しだけ、面白そうだと思った。








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