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五月です。指輪争奪戦の始まりです。
41話:五月最終週
しおりを挟む担任教師のティモ=オクスに呼び出され、総長のマクシミリアン=フォン=ヴィッテルスバッハと話をしてから数日が経った。
五月は最終週に突入。今日までの間、ティリーはラストスパートとばかりに指輪狩りに精を出した。集めた指輪を保管する壺は満杯になり、近々で持ち歩いていたのは二代目の壺だ。
ツィロとタイロンが襲撃されて以来、チャールズとファルコが行動を共にすることが増えた。その分、ティリーはひとりで動くようになり、やりすぎを咎める存在が傍から消えたことで、彼女の悪名はますます轟いている。トムはトムで何かをしているようだが、ティリーの知るところではない。
五月最終週――休み明けの月曜日。
帝国学園の騎士科はお祭り騒ぎになっていた。騎士科所有の円形闘技場には人が溢れている。学生だけではない。帝国騎士団の関係者もいれば、若手の有望株を目にしようとする貴族、純粋に戦いを見物にきた者など、さまざまな人間がさまざまな目的を持って足を運んで来ていた。
「屋台があるなんて!」
ティリーは両手いっぱいに食べ物を持ち、人の波を難なく避けながら屋台を渡り歩く。その後ろにはファルコが、ひいひい言いながらくっついていた。
外部の人間が多く集まることもあり、商人たちが円形闘技場の周囲で出店しているのだ。もちろん高位貴族が屋台などで購入することはない。だが購買層から貴族を抜きにしても利益が上がるのは間違いないのだろう。聞くところによれば、毎年盛況で出店の権利を手にするのは大変なのだそうだ。
「あ、あの、ティリーさん? そろそろ控室に行ったほうが……」
「ハッ! 串焼き!」
「え!? もう買ったよ!?」
「ソレは牛! あっちは豚!」
すでに両手は塞がっているにも関わらず、彼女は器用に豚肉の串焼きを受け取り、支払いをファルコに任せて次の屋台へ向かった。戦いの前だからだろうか。今日は妙にお腹が空いていた。
指輪狩りは最終局面――本戦を迎えた。
例年であれば十五組からニ十組近い団が残り、一週間かけて優勝者を決める。しかし今年はダークホース『篝火の団』が暴れ回ったことにより、例年よりも激しく、加速度的に指輪狩りが進んだ。どの団も戦況を読む時間がなかった。ティリーたちが戦況を掻き回したため、早急に勝負することを余儀なくされたのだ。
その結果、今年、基準となるニ十個以上の指輪を所持し、本戦まで残った団はわずか八組しかいなかった。ほとんど下馬評と中間時に戦果を挙げていた団が、そのまま残った形だ。
獲得数トップの『篝火の団』は一年生の数が五人しかおらず、途中で脱落したふたりの席を補充することができなかった。ツィロとタイロンはなんとか目を覚ましはしたが、今も病室から動けずにいる。本戦は三人で戦うことになっていた。
二番手だったのは『暁の団』だ。フェッツナー男爵家――赤狼騎士団を手放そうとするマティアス=フォン=ハルティングが率いているだけあり、優秀な団員が揃っているらしい。
他に残ったのは南部の雄『大海の団』や中央の精鋭『颶風の団』、地域問わず女生徒だけで組まれた『彩雲の団』、爵位を問わず西部で腕の立つ者を集めたという新進気鋭の『西部連合団』、気の合う友人同士で今年設立したという『蛇頭の団』、そして――『百鬼の団』だ。
両手に大量の料理と飲み物を抱えたティリーとファルコは、ふたりを呼びに来たチャールズとトムに引きずられ、控室に入った。
円形闘技場の地下にある控室は薄暗く、ひんやりとした空気が漂っている。地上での激しい戦闘にも耐えられるようにか、地下は堅牢な造りになっていた。長椅子や簡易ベッド、武器を手入れするための道具などが揃っている。
「本戦は五対五の勝ち抜き戦だ」
「おお、いい牛の味」
「こっちの牛はピリ辛でなかなかだぞ」
「っ、イチゴあめ、おいしい!」
「……おい。聞いてんのか?」
ティリーは買い集めてきた屋台飯をベンチに広げていた。床に直接腰を下ろし、チャールズ、ファルコと共に食事を楽しむ。かぶりついた串焼きを咀嚼して、冷えた果実水を豪快に飲み干した。ファルコは最初は手をつけなかったが、チャールズに勧められて食べ始めた果実あめは気に入ったようで、二本目を食べている。
和気あいあいとした三人の前には、腕を組んで眉を寄せたトムがいた。彼は溜め息を吐くと「話を聞け」と低い声で言う。
「本戦のルールはわかってるんだろうな?」
「う、うん。五対五の勝ち抜き戦だけど……僕らは、最初から三人しかいないし、不利……なんだよね?」
ファルコが答えると、トムが頷いた。
「人数だけならそうだな。三対五の戦いになる」
「僕のことは、戦力に数えないでほしいんだけど……」
「ああ、わかってるよ。ファルコ、お前は大将だ」
「うっ……肩書きが、重い……」
重いと言いつつも、ファルコはそのことを納得している。当然だ。勝ち抜き戦であれば最後に控える大将枠が一番安全だといえる。
「気持ちはわからなくもないが、あんまり重く受け止めんな。卑怯な策にさえハマらなかったら、ティリーはもちろんチャールズだって、一年生程度のヤツに負けたりはしねえ。なあ?」
「ん? おお、任せとけ。最初は俺が出る。全員軽く捻ってやんよ」
「む? 何言ってるの? わたしが出るよ」
「はあ? ふざけんな。お前が出たら、俺の出番ねえだろ。特に初戦は……」
言葉を途切れさせたチャールズの目には熱がこもっていた。隠しきれない怒りの炎が見える。無理もない。何せ初戦の相手は――
「百鬼の団だね。タイロンとツィロを襲った相手」
「アイツらの借りを返すのは俺の役目だ」
「だったらわたしも――」
「エッケハルトは譲っただろ」
「む……」
それを言われると反論できない。
二年生の班の襲撃か、教師の誘導係か。どちらを担当するか話した時、ティリーは前者の役目を奪い取った。ティリーがふたりを思うように、チャールズも彼らのことを思っているのだ。幼い頃から共に過ごし、怒られ、泣き、笑ってきた悪友なのだから。
「俺がやる」
チャールズの目がティリーを見据える。真剣な目だ。冷静さを欠いているが、これから暴れるのであれば、そのくらいでちょうどいいのかもしれない。
ティリーがジッと見返すが、彼は目を逸らさなかった。
「やるからには徹底的にね」
「ああ」
「マイリマシタなんてさせたらダメだから」
「ああ」
「よし、やってやれ」
自分で暴れて、ぶっ飛ばしてやりたい気持ちはある。だが、これまでチャールズは二年生を直接襲撃できず、その後も指輪狩りではなくファルコの護衛に回されていたのだ。発散する場もなく、今まで怒りを溜め続けていたチャールズの気持ちがわかった。
ティリーは二杯目の冷たい果実水を一気に飲み干す。苛立ちが完全に消えるわけではないけれど、身体の火照りが治まっていく。
「ティリー」
トムが名前を呼んだ。
「わかってる」
彼女が答えるのと同時、外から足音が聞こえてきた。控室の扉がノックされ、指輪争奪戦の監督を手伝っている騎士科の上級生が顔を覗かせる。
「篝火の団、時間だぞ」
トムが「わかりました」と答えると、床に座っていた三人は腰を上げた。
「ふぅ……行くか」
「チャールズくん、がんばって」
「おう」
武器を手にしたチャールズとファルコが上級生のあとに続く。ティリーも腰に剣を差した。本戦で使用されるのは訓練用の武器ではない。実戦で使う本物だ。
「なあ」
「何?」
「俺は行けねえけど、客席で見てるから」
「わたしは出ないけどね」
「でも見てる」
「そっか」
短くそう言うと、ティリーはトムに背を向けて控室を出る。
そして、遠くに聞こえる大歓声の元へと歩き出したのだった――。
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