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ぴかぴかの一年生です。
8話:帝国学園の騎士科の新入生(問題児)
しおりを挟むティリー=フェッツナーは、トムや悪友三人と共に、帝都にあるアンデルセン帝国学園に入学した。
学園の騎士科は最高峰の騎士育成機関で、武術は元より軍略なども学ぶことができる。厳しい指導が行われることで有名だが、その分、卒業者には輝かしい栄光と栄誉、何よりも進路が約束されていた。ゆえに武門の家柄を継ぐ子息令嬢はもちろん、家や爵位を継げない貴族の青少年たちは騎士科に入ろうと躍起になる。
入学した新入生は、基本的に学部に別れて勉強に励むことになっていた。
学園の広大な敷地内には、淑女科や経営管理科、法律科、医学科などからなる本館とは別に、騎士科専属に振り分けられた区画がある。これは騎士科の生徒が鍛錬などで武器を使うこと、実戦形式の授業を行うのに、他科の生徒がいてはいろいろと都合が悪いことに起因している。
端的に言えば、蝶よ花よと育てられた貴族令嬢に、流血必至の鍛錬を見せたり、鍛錬後に汗をかいておもむろに脱ぎ出す男子生徒の姿を見せたりしないための措置だ。また騎士科に在籍する生徒の性質上、血の気の多い者が多く、一般の貴族子息と同じ区画に入れておくことに懸念がある、という暗黙の了解のような理由もあった。
入学式から二週間が過ぎた。新入生の浮ついた空気は未だ漂っているが、ほとんどの生徒が学園での生活スタイルを定めつつある。
週が明けたその日、ティリー=フェッツナーは登校二日目を迎えた。入学式から二週間が経つにも関わらず、彼女が騎士科の教室――一年七組に入るのは、入学式以来、二度目のことである。
彼女が教室に足を踏み入れると、登校していたクラスメイトたちの視線が一気に向けられ、朝の騒がしさが一瞬で霧散した。
教室は前方に黒板があり、半分に割れたすり鉢状の空間に、数人掛けの横長の机が規則正しく並んでいる。後方のドアから入ったティリーは机同士の間――階段を降りて行き、空いていた席に腰を下ろした。
静まり返った教室内で彼女は欠伸を漏らし、担任が来るのを待つ。もしかすると教室中の生徒が、担任の到着をこれまでにないほど待っているのかもしれない。だが、その願い虚しく、時間は早まることもなくいつものように過ぎていく。
机に肘を着くティリーの隣に誰かが来た。沈黙を破ったのは、その生徒――彼女と同じ白い制服を身に纏った、小柄な女子生徒だ。
「あの、フェッツナー男爵令嬢……」
控え目で小さな声だが、静まり返った室内ではよく響く。騎士科とは縁遠そうな、小柄で、武器など触ったこともなさそうな風貌の少女だ。茶色の髪と桃色の小さな唇、柔らかそうなまろい頬が、小動物を彷彿とさせる愛らしさだった。
「む? あなたは?」
「クリスティーナ=ニュンケです。入学式の日に助けていただいた……」
「?……ああ。あの時の!」
首を傾げて記憶を辿れば、ティリーは目の前の彼女のことを思い出した。入学式が終わって教室へ移動して来た時に、視界の中にいた女子生徒だ。
とりあえず座ればと提案しようとした瞬間、クリスティーナ=ニュンケが勢いよく頭を下げた。
「っ、申しわけございませんでした!」
「え」
「私のせいで、私のせいで……フェッツナー男爵令嬢が、停学処分に――」
頭を下げていて顔は見えないが、声が震えている。
(泣く!?)
今にも泣き出しそうなクラスメイトを前に、ティリーはあわあわと両手を動かし、周囲を見渡す。だが、目が合ったはずのクラスメイトたちは慌てて視線を逸らすばかりで、助けてくれそうにない。こんな時にいつもどうにかしてくれる、頼れる男トムは騎士科ではなく、経営管理科の在籍だ。そして共に入学をした悪友三人は別のクラスだった。
ティリーはひとりでどうすることもできないまま、小さな茶色のつむじを見下ろした。どうしたものだろう。クリスティーナ=ニュンケのせいだとは思わないが、実際ティリーは入学式の日から停学処分を受けている。そのため入学式から二週間が過ぎたにも関わらず、今日が二回目の登校だったのだ――
――入学式が終わると、新入生は各々の教室へ移動していく。ティリーはまず別棟へ向かうトムと分かれ、その後、騎士科の区域でクラスの違う悪友三人と分かれた。
クラスメイトたちの流れに乗り一年七組の教室へ入る。
「む……」
彼女はソレにすぐ気付いた。
揉め事のニオイだ。
先に到着していたクラスメイトの男子たちが丸くなって、ぎゃあぎゃあ騒いでいた。見る限り、六、七人はいる。どうやら誰かを囲んでいるらしい。さして大柄ではない男子生徒が壁になって内側が見えないということは、彼らの中心にいるのはさらに小さな人物ということだ。
あとから入って来た生徒たちの中に、彼らに増長する者はいなかった。だが、関わろうとする者もいない。
「あのなぁ、俺たちは本気で騎士になりたくて来てるんだよ」
「あんたと違って結婚って逃げ道がねえの!」
「お嬢様は剣じゃなくて針でも持っていらしたらどうですかー?」
ふむ、とティリーは腕を組む。
「女がいると士気が下がるんだよ! 年間行事もクラス対抗のやつがけっこうあるってのに、足手まといにいられちゃ困んの。わかるか? ああ?」
「入学してすぐ辞めてくやつも少なくないらしいぜ。今からでも淑女科に行けよ」
「そうそう。僕たちは親切で言ってるんですよー?」
「だったらその親切は余計なお世話ってやつだね」
「え?」
振り返った男子生徒の顔面をティリーの拳が捉えた。ど真ん中だ。その生徒は吹き飛び、椅子を巻き込んで仰向けで床に倒れた。鼻が潰れ、血が出ている。教室に沈黙が落ちた。
誰もが混乱し、動けなくなる中、臨戦態勢を整えていた彼女だけはその例に漏れる。二撃目を繰り出し、白いズボンに包まれた長い足がふたり目の男子生徒を捉えた。ティリーは同い歳の男子を軽々と吹き飛ばし、トムに教えてもらっていた文言を口にする。
『女がどうのって言うやつがいたら、ぶっ飛ばして言ってやれ』
ティリーは気を失ったふたりの男子生徒を見下ろし、フンと笑った。
「羽のように軽いね、オジョーサン」
鼻で笑って言ってやれば、気絶したふたりの仲間たちが顔を真っ赤にして、ティリーを睨んだ。だが、魔物を相手にドンパチやっていた彼女にしてみれば、騎士見習いでもなく、騎士科に入学したばかりのヒヨッコたちの睨みなど、なんてことはない。
「なんだおま――」
「遅い」
ドス、と重い音がして、口を開いた男子は崩れ落ちた。腹部に一発。ティリーは握り込んだ拳を解いて軽く手を振る。
「襲撃されてるのに臨戦態勢も取らずにおしゃべり? 余裕だね」
「テ、テッメーーー!!」
「残り四人か」
四人の男子生徒が殴りかかってきた。
ティリーは拳を避けるのと同時に相手の腕を掴み、向かってきた勢いを利用して背負い投げを繰り出す。備え付けの長机に背中から叩きつけ――即座に次の敵への攻撃へ移った。襟首を両手で掴んで引き寄せ、思いっきり、ひたい同士をぶつける。頭に衝撃が走り、打ちつけた部分が熱を持つが、彼女にとっては大したダメージではない。
相手の襟から手を離せば、その男子生徒は床に倒れて動かなくなる。残りはふたりだ。彼らは動かなかった。否、動けなかったのだろう。あっと言う間に仲間を鎮めた暴力に怯み、足が竦んでいるらしい。
「はっはっはっはっはー! どうしたどうした? この分だと剣どころか針もいらないけど?」
圧倒的な強者を前にした時、弱者が逃げ出すのは恥じるべき行為ではないだろう。しかし、騎士を目指している、それなりに腕に自信があって横柄な態度を露見させていた青少年たちにとって、見下していた女というイキモノから逃げる――なんて選択肢は、存在していないのだ。そんなことをしてしまえば、一生の恥だ。プライドが許さない。
ティリーの意図したところではないが、彼女は盛大に思春期の青少年を煽っていた。長年、同年代の少年たちと暴れ回る中で、感覚的に『バカにする仕方』というものがわかっている。
残っていた二名をまばたきの間に捻じ伏せ、ティリーは空いていた席に腰を下ろした。やがて誰かが呼んだ教師陣が飛び込んでくる。その時にはもうすでに喧騒はなく、やけに静かな教室で、倒れた七人の男子生徒と、無傷で席に着くティリーを、その他大勢の生徒が遠巻きにしていた。
そして指導室へつれて行かれたティリーは事情を聞かれ、入学したその日、十日間の停学処分を受けたのだった――
――ティリーは小さなつむじを見下ろしながら、ポリポリと頬を掻くのだった。
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