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第四章 命の選択

第52話 グルトガ地区

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「それじゃあ、お兄さんたちありがとうね」

 なんやかんやでグルトガ地区までついてきたアレサ。まあ、護衛の報酬に色を付けてもらったからそこは別に不満はない。

「グルトガ地区に着きましたね。これからどうしますリオンさん?」

「とりあえず、冒険者ギルドに行こう。腕輪にアレサの依頼が記録されているはずだ。それによって多少なりとも評価は変化するだろう」

「いえ。ちょっと待ってくださいリオンさん。それは後回しにした方が良いと思います。顔のあるナイア。あれは明らかに新種のモンスターでした。新種のモンスターの戦闘記録があると長らく拘束されてしまいます」

 カインの冷静な意見に俺はハッとした。確かに新種のモンスターを発見した時の手続きの面倒さは知っている。しかし……

「新種のモンスターを始末できたのならまだしも……俺たちは顔のあるナイアを仕留めそこなった。その情報を共有できてないせいで、どこぞの冒険者が被害を受けたら悔やんでも悔やみきれないぞ」

「でも、私は一刻も早くイザベラの元に行きたいんです」

「兄さん。焦っても仕方ありませんが、気持ちはわかります。ここは別行動にしましょう。僕が生贄になってギルドに顔のあるナイアの情報を提供します。兄さんとリオンさんはイザベラさんのところに向かってください」

「すまないアベル」

 カインはアベルに頭を下げた。アベルの妙案で俺たちは別行動をすることになった。全てが片付いたら、グルトガ地区の冒険者ギルドを待ち合わせにして落ち合うこととなった。



 俺たちはイザベラの家を聞きこみにて調べ出して、そこへと向かった。入口の扉をノックする。すると、40代くらいの女性が中から出てきた。女性は来客を対応するというのに口にタバコを加えていて、髪も後ろでまとめてはいるものの、手入れはしていないのかボサボサだった。

「何の用だい?」

「私の名はカインと言います」

「何の用か訊いたのに、名前を答えられるとはね」

 いや、こういう時普通は先に素性を明かすだろ。名前を名乗らずに用件だけ言う方がどうかしている。

「俺はリオン。こっちのカインと同じく冒険者登録してあるヒーラーだ」

「ヒーラー。帰ってくれ」

 女性はバタンとドアを強烈に締めた。ヒーラーに何か恨みでもあるのだろうか。

「待ってください! 話だけでも聞いて下さい!」

 カインが外から大声で中の女性に語り掛ける。女性は「しつこいね。家主の私が帰れと言ってるんだ」と取りつく島がない。

「リオンさん。どうしましょう」

「おーい。折角、イザベラのかつての仲間であるカインが来たというのにその対応はあんまりじゃないのか?」

 俺のその発言に扉が勢いよくバタンと開いた。

「な! イザベラの仲間のカイン! あんたそれ先に言いなよ!」

「いえ、最初にカインと名乗ったはずですが」

「カインなんてありふれた名前でわかるわけないでしょうが! 少しは頭を使いな」

 ごもっともである。先にイザベラの仲間であることを伝えた方が良かったか。

「アンタらは、胡散臭い教団のヒーラーとは違うようだね。私の姪のイザベラと同じく昏睡状態だったカインがどうして起きてここにいるのか。詳しい話を聞きたい。汚いところで良ければ中に入ってくれないだろうか?」

「ええ。そのつもりです。私たちはイザベラに会いにここまで来たんですから」

 家主の女性に招かれて中に入ることに成功した。ちょっとしたひと悶着はあったけれど、まあ結果オーライということで良いだろう。

 居間に通された俺たちは水を出された。とりあえず、客人に茶を出す文化があるブルムの街周辺の文化からすると物足りなさを感じる。この辺りの気候では茶葉が取れない。だから輸出に頼っているのではあるが、その分価格が上乗せされてしまっている。一般家庭で飲める代物じゃないから客人に水を出すのが一般的である。決して俺たちが粗末に扱われているいうわけではない。

「で、そっちのヒーラーさん。リオンって言ったか? アンタか? そっちのカインを治したのは?」

「察しが良くて助かります。俺たちは、アラクノフォビアを倒して、奴の体から毒液を抽出しました。その毒液を元に解毒魔法を使ってカインの解毒に成功したました」

「なるほど……それを私に伝えたということは、期待しても良いと言うことかい?」

「ええ。俺たちはイザベラの解毒をするためにここまで来たんです」

「……そうですか。先程の無礼な態度をお許し下さい。何分、私も奴らに精神的に追い詰められていたものですから、どうしても警戒してしまったのです」

 先程の威圧感がある様子から一転、敬語を使い始めた女性。気になることを口にしていた。

「奴らとは一体?」

「ええ。クソったれの聖クレイア教団ですよ。奴らは姪のイザベラの治療と称して高額の治療代を請求してきた……私も、兄夫婦も最初は藁にもすがる想いで奴らに財産を支払い続けました。しかし、奴らの治療は全くのデタラメだったんです。イザベラを治すにはお布施が足りない。もっと聖クレイア教を信仰するのです。と言って、何の役にも立たない。そのたかりが数年続いて……兄夫婦は生活苦と娘が目覚めない絶望から自ら……」

 それだけ言うと女性は嗚咽を漏らして俯いた。なるほど。俺たちもその聖クレイア教団の一員かと思われていたのか。だから、最初の対応が酷いものだったのか。ちょっと、嫌な女かと思ったけれど、事情が事情だけに許さざるを得ない。

 カインは隣で聞いて黙っている。カインもヒーラーで聖クレイア教団を信じていた身だろう。何かしら言いたいことはあるけれども、女性の様子を見てその発言を引っ込めていると言ったところか。下手な発言は女性の心を傷つけかねない。

「リオンさんお願いします。私に出来ることだったら何でもします。だから、姪の! イザベラを助けてあげて下さい。この家を売り払ってでも、お金は払いますから」

「カインは仲間です。そのカインのかつての仲間を助けるのに見返りは求めません。イザベラのところに連れて行ってもらえますか?」

「ええ……少し待っていて下さい。彼女も年頃の少女です。少し身なりを整える時間を下さい」

 長らく眠っていると髪もボサボサになるし、寝汗で体もぐちゃぐちゃになっていることだろう。髪を梳かしたり、体を拭いたり着替えをする時間も必要か。俺はイザベラの叔母さんの申し出を了承して少し待つことにした。



 身なりが整え終わったイザベラの前に俺たちは立っていた。美しい銀髪に整った顔立ち。目を瞑っている状態でも美人だとわかる。こんな年頃の娘が寝たきりになってしまうとは可哀相に。すぐに解放してやるからな。

「お願いします」

「はい……」

 俺は残っていたアラクノフォビアの毒液を媒介にして、解毒魔法を唱えた。イザベラの体に少しずつ少しずつ解毒作用のある魔法を注入していく。イザベラの体は弱っているから、本当に少しずつだ。焦ってはいけない。

「ん……」

「イザベラ!」

 イザベラの口元が動き、声を発する。まだ目は開かないが徐々に意識を取り戻しつつあるようだ。

 俺はある程度、解毒魔法を注入した後にその作業を中断した。これ以上の魔法は逆にイザベラの体に毒だ。男性と比べて女性は回復魔法に対する抵抗が少し弱い傾向にある。カインの時はすんなりと覚醒まで至れたけれど、イザベラは2回に分けた方が良さそうだ。

「ふう……解毒の大部分は終わりました。これ以上の魔法はイザベラの体に負担がかかるので少し休ませてあげましょう。1時間後、また解毒を開始します」

「すぐには治せないのですか?」

「回復魔法とて万能ではありません。何度も何度もかけ続けていたら……中毒症状になったり、体がショックを受けて障害が残ったり最悪の場合死に至ります。焦らずゆっくりと治しましょう」
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