無能の烙印を押されたFランク回復術士~実は一流の最強回復術士でした~

下垣

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第三章 街に潜む蜘蛛

第38話 下水道探索

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 隠し通路の存在を知っているアベルを先頭に俺たちは屋敷を進んでいく。

「ここです」

 アベルが女神を模した像の台座を動かすと、その下にトラップドアが設置してあった。

「これが隠し通路か」

 セオドアが帽子を深々と被り直してそう呟いた。

「前回開けた時はこの下に階段が続いていました。恐らく、何者かに襲撃された時の避難経路のようなものだと思われます」

「なるほど。アベルの言う通り、この手の屋敷にはそういうものが仕込まれていてもおかしくない。ただ、避難経路は逃げ道の確保になる反面、逆にここを経由して襲撃される可能性がある。だから、それを防ぐために避難経路の中は複雑化してあるのが定説だ。中の構造を知らない野盗が襲撃しづらく、構造を知っている家主が逃げやすいようにな」

「ですね。ここから先の道は入り組んでいる可能性があるから、きっちりマッピングしながら進みましょう」

 方向感覚に優れているレンジャーのアベルがいれば心配はいらないと思う。だが、アベルとはぐれないとも限らないし、万一の時のことを考えて自分でもある程度はマップを頭に入れておくことにするか。

「僕の魔法で罠の探査をしましたが、既知の罠は検知されませんでした」

 既知の罠を探索する魔法。それを使えば、レンジャーが認識したことがある罠を発見することができる。アベルも新人冒険者とはいえ、レンジャーの訓練を受けている。一通りの罠のパターンを学習しているはずなので、俺たちが知っているような罠にかかる心配はない。

「なるほど……既知の罠ってことは、アベルの坊やにとって未知の罠には反応しないってことか」

「ええ、そうですね。セオドアさん。相手は情報が少ないモンスターですので、常識はずれの罠を仕掛けてくる可能性もありますね」

「まあ、未知の罠には常に警戒しろってことか。リオンの旦那もそのことはわかってるよな?」

「ああ。大丈夫だ」

「はは。訊くまでもないって感じか。隊列を組んでさっさと先に進もうぜ」

 前列に俺とセオドアが進み、アベルが後方から指示を出して進むべき方向を指示する。万一、罠の気配を感じ取ったのならアベルが俺らに知らせてくれる。そう言った作戦で進む次第だ。

 トラップドアの横幅は狭くて、成人男性1人が通るのがやっとだ。つまり横並びで歩くことができない。先頭にセオドア。その後ろに俺。殿しんがりをアベルが務める形になった。先頭のセオドアがもし、罠にかかったり襲撃を受けたとしても、ヒーラーの俺が回復できる。万一のことを考えたらこの隊列がベストだ。

「アベル。ちゃんと警戒してくれ。セオドアを回復できるとは言え、出来る限り怪我はさせたくないからな」

「はい。わかりました」

 戦闘では、俺が敵を殲滅すれば味方へのダメージを最小限に抑えられる。だが、戦闘外のことに関しては俺は無力だ。だから、有能なレンジャーを頼るしかない。アベルはこの短期間でFランクからDランクに上がった程の素質の持ち主だ。経験こそ足りない者の十分な才能がある。そのアベルの才能を信じるほかない。

 階段を降りていく。コツーン……コツーン……という音が響き渡る。

「音の反響具合からもうすぐ広いところに出ると思われます」

「はは。随分と耳がいいレンジャーだな。リオンの旦那ァ。随分といいレンジャーを捕まえたものだな。相棒は大切にしろよ」

「……ああ。わかってる」

 相棒を大切にした方がいいことは俺が一番痛感している。俺は、妹のレナを危険な目に遭わせては回復させることを繰り返していた。それで、俺はレナを大切に扱っているつもりだった。レナの体に傷を残さないと……そのために、回復魔法を極めようとしていた。だけど、体の傷は癒せてもダメージを負った時には心の傷も負うのだ。そのせいで、レナは未だに心を閉ざしたままだ。俺には心の傷を癒す力がない。だからこそ、もう誰も傷つけさせたくないんだ。

 アベルの言う通り、ちょっと進んだ先に開けた道が出てきた。虫のうるさい羽音や地面を一直線に走るネズミ。そして、鼻が曲がりそうなほどの異臭を放つその空間。この場所の正体は……

「下水道だな。クールな俺様には似つかわしくない場所だ」

 セオドアが自身の帽子を手で抑えて眉をひそめる。

「そうか。そういうことだったのか。僕のパレーツは上下の方向に対応していない。だから、アラクノフォビアが地下にいるかどうか判別できなかったのか」

「アラクノフォビアはこの下水道を拠点としている。そして、この空間はブルムの街全体に広がっている。が、それ以上の外に出ることはできない。奴がブルムの街を拠点として動こうとしないのはこういう理由があったのか」

 謎が1つ解けたことで俺はスッキリした。地上を探し回っても見つからないわけだ。やつは人間に擬態していたわけではないのだ。

 キィーキィーと大型の吸血蝙蝠とが鳴きながらこちらに近づいてきた。ヴァンプバット。Eランク相当のモンスターだ。こちらの戦力を考えたら雑魚としてカウントするのも烏滸おこがましい程の弱さである。

「おーおー。人間の生き血が大好物の下衆なモンスターがやってきましたぜっと」

 セオドアは帯刀していたレイピアを抜き取り、戦闘態勢を取る。ここはセオドアに任せてもいいか。直接的な戦闘が苦手とされるバッファーでも、Bランクに上がれるほどの実力者なら近接戦闘もある程度はこなせるだろう。バッファーは、基本的に味方にバフをかけるだけで、ランクは上がる。上がれるが、それだけで生き残れるほど冒険稼業は甘い世界ではない。Bランクに上がれるほど生き残っているというのはそういうことだ。

「おかしい。ヴァンプバットは出産期のメスしか人間の血を吸わないはず。今は出産期じゃないから人間に襲い掛かることはないのに」

 アベルの発言に俺は「ハッ」とした。確かに言われてみればそうである。吸血蝙蝠というイメージで勝手に襲いにかかってくると思ったが、冷静に考えるとこの状況はおかしい。

 ヴァンプバットの羽が白い糸状のものに巻きつかれる。そして、糸が手繰り寄せられてヴァンプバットは後方へと引きずられていく。

「な……」

 戦闘する気満々だったセオドアがは呆気に取られている。だが、そこでレイピアをしまうようなことはしない。後方に敵がいることを察知しているからだ。

 糸の先には大型犬ほどの大きさの黒い蜘蛛がいた。蜘蛛はヴァンプバットを口に運ぶとガブリと噛みつき、骨ごとバリバリと食していく。

 ヴァンプバットは俺たちに襲い掛かったんじゃない。あいつから逃げてきたんだ。

「蜘蛛型モンスター? あれがアラクノフォビアか?」

 セオドアが言うようにあのモンスターはギルドの会報に載っていたモンスターに似ている。しかし、いくらか小さい気がする。アラクノフォビアは人間ほどの大きさがあったはずだ。

「あれはイスマエルの街を襲ったアラクノフォビアではありません。僕が持っている爪とあいつの爪の形状が違います」

 アベルのお兄さんが必死でもぎ取ったアラクノフォビアの爪。それと見比べてみると確かに形状が少し異なっている。あれは標的ではないのか?

「まあ、なんだっていいさ。大物の戦闘との前のならしに丁度いいぜ」

 セオドアはレイピアで蜘蛛に斬りかかった。食事中で隙だらけの蜘蛛はあっさりと複眼の1つをレイピアで突き刺されてしまう。

 悍ましい雄たけびをあげる蜘蛛。セオドアに気づいたのか怒りのあまり噛みつこうとする。俺は咄嗟に魔法を唱えてセオドアを援護をしようとしたが、その必要はなかったらしい。

 セオドアの剣技が炸裂して、蜘蛛は9つの肉塊となり絶命した。

「え……す、凄い。全く見えませんでした」

「はっはっは。そうかそうか。まあ、アベルの坊やには俺の剣技を追うには早すぎたかな。リオンの旦那なら当然、今の目で追えたよな?」

「ああ。それは問題ない。ただ、セオドア。あんたはとんでもない奴だな。今のはアタッカーでも早々できる動きではないぞ。少なくともBランクの実力じゃない」

「言っただろ。俺はAランク冒険者を目指す者だ。枠が空いてさえいれば、Bランクに収まる器じゃねえのさ」
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