上 下
35 / 62
第三章 街に潜む蜘蛛

第35話 調査

しおりを挟む
「パレーツ!」

 アベルはアラクノフォビアの爪を持って魔法を唱える。俺にはレンジャーの魔法のことはよくわからない。アベルがどういう風に探知しているのか。それも謎なのだ。アタッカー、タンク、バッファー、ヒーラーをこなせる俺だが、レンジャーだけは素質がなかったのだ。

「ここから東に765メートル先、そこにアラクノフォビアがいます」

 現在の位置は冒険者ギルドから南南西に800メートルほど進んだところだ。つまり、最初にパレーツを使った時にアラクノフォビアがいた場所。丁度、俺が懇意にしている薬屋がある近くだ。アラクノフォビアも当然1箇所にじっとしているわけではない。やつにも生活というものがあり、動いているのだ。東に765メートル先もまだブルムの街の範囲内。既に何回か検証しているが、やつはこのブルムの街から離れたことはない。

「うーん……」

 アベルは地図に×印を描き、更に時刻まで書き記していく。

「アラクノフォビアの行動パターンさえ絞れれば、正体を特定できそうな気がするんですけどね」

「ああ。そうだな。だが、やつはこのブルムの街から出ようとしていない。冒険者だとか行商人だとかそういう旅をするたぐいの職業じゃないことは確かだ」

 俺はアベルと一緒に思案した。ちなみにセオドアは、情報収集は苦手だからと俺たちに一任している。全く勝手な男だ。確かに手がかりはアベルのパレーツしかない状況だ。レンジャーのアベルさえいれば情報収集には事足りる。だけど、それでもアベル1人に情報収集させるのはどうかと思う。

「リオンさん。なんでアラクノフォビアはブルムの街を点々としているんでしょうか」

「ん? どういうことだアベル」

「だって、おかしいじゃないですか。普通の人だったら、特定の家や職場にずっといるはずですよ。つまり、そこにいる期間が長いコアな場所って言うんですか。そういうのがあるはずなんです。薬屋のご主人なら、薬屋に。花屋のお姉さんなら花屋にいる期間が長いのが普通なんです」

 確かにアベルの言うことは尤もである。

「それに僕が前に試した時もおかしい結果が出たんです。僕は夜にアラクノフォビアの場所を特定しようとしました。人間はみんな寝ているような時間帯です。普通は家にいますよね? なのに、何度試してみてもバラバラな箇所に点在しているんです」

「つまり……やつは特定の住居や生活の拠点を持っていないってことなのか?」

「そういうことになりますね」

 確かに、普通に生活していて、一定のタイミングで居場所を抜かれるとなったら、家が特定できていてもおかしくない。けれど、アベルの見立てではそのような場所は見つからないのだ。毎回毎回、違った場所を指し示している。同じ場所にいたことは1度もないレベルでだ。

 家がないホームレスだって特定の縄張りというものはある。寝泊まりする場所、生活の拠点。そういうものがこのアラクノフォビアからは感じられない。

「これはいくらなんでも不自然すぎる」

「ねえ。リオンさん。僕思うんです。リオンさんは人間に擬態した可能性があると言ってましたが、僕はその可能性はないんじゃないかって。やつは人間以外の姿になって、この街に平然と潜んでいる」

 アベルの仮説を訊いて俺は疑問に思った。

「なあ。アベル。それはないんじゃないか。人間以外の生物が街の中を堂々と歩いていたら、いくらなんでも不自然すぎる。もし、アラクノフォビアがモンスターの姿のまんまだったら騒ぎになってもおかしくない。アラクノフォビアはそのかぎ爪からわかる通り、かなり大柄の体格だ。成人男性ほどの大きさはあるだろう。そんなモンスターが街中をうろついていたら、とっくに冒険者に討伐されているさ」

 だから、俺の人間に擬態する能力があるというのも間違ってはない……と思う。だが、アベルの言う通り、これが不自然なことは確かだ。住所不定無職でもなければ、こんな移動にはならないだろう。特定の家も職場も持たない。こんな人間、ブルムの街にいるのだろうか。

「とにかく。僕は引き続きアラクノフォビアの追跡をします。東に765メートル行った先になにかがあるかもしれません」

 アベルは方位磁石と地図を持って、目的地まで走っていった。全く……いくら兄のためとはいえ、少し無謀すぎる気がする。1人で突っ走って、アラクノフォビアと戦闘になったらどうするつもりなのだろうか。戦う力をほとんど持たないレンジャーでアラクノフォビアに勝てるとは思わない。

 万一のことを考えて、俺はアベルの後を追いかけることにした。ここでアベルを見送って、なにかあった時に後悔するのは嫌だからな。



 東に765メートル先にあるところ。そこには大きな古い建物があった。通称ブルムの幽霊屋敷。かなり古い建物でブルムの街ができた当初からあると言われている。窓は割れて、隙間風がビュービューと吹いていて、その音が人の声に聞こえて不気味だという。そこからこの屋敷は幽霊屋敷と名付けられた。

 今はもう人が住んでいなくて建物が傷み放題というわけだ。

「リオンさん。ここがアラクノフォビアがいた場所です」

「この中にアラクノフォビアがいるのか?」

「もう移動しているかもしれません。僕も魔力量を上げるトレーニングしたので、もう1度パレーツを使えます。使ってみましょう……パレーツ!」

 人がいないはずの廃墟。もしここにアラクノフォビアがいるのであれば、その中にいる人物が確実にアラクノフォビアであると言えるだろう。ここまで特定するのも決して短くない道のりだった。果たして、アベルのパレーツの結果はどうなのだろうか。

「東に5メートル先……間違いない。この建物の中です。入りましょう。リオンさん」

「おいおい。勝手に入って大丈夫か? いくら廃墟とはいえ、土地や建物は誰かの所有物なんだぞ。不法侵入で捕まるのは嫌だぞ俺は」

「でも! この中にアラクノフォビアがいるのであれば、調査しないことには始まりません!」

 アベルは完全に聞く耳を持たないと言った感じだ。そりゃそうか。アベルは兄を救うためにアラクノフォビアを倒そうとしている。もし、俺も同じ状況だったら……妹のレナを救えるんだったら、不法侵入なんて気にしてられないだろう。

「わかったよ。アベル。それじゃあ、この建物に入るぞ。古い建物だ。ところどころ傷んでいるはずだ。床や壁が崩れないように気を付けて進むぞ」

「はい!」

 俺とアベルは幽霊屋敷に入ろうとした。すると中から人が出てきた。その人物は俺の見覚えのある顔だった。

「な……お前は……セオドア!」

 なんと屋敷から出てきたのはセオドアだった。一体なぜセオドアがこの屋敷に? まさか、セオドア自身がアラクノフォビアだったのか? いや、それはない。最初にパレーツを使った時にセオドアはアベルの近くにいた。もし、セオドアがアラクノフォビアだったら、あんな結果を示さないはずだ。

「おー。リオンの旦那。アベルの坊や。元気してたか?」

 セオドアは帽子を指でクイっと持ち上げて微笑みかけてきた。

「旦那たちも依頼でこの屋敷を訪れたのか? 残念だったな。この屋敷に住むゴーストモンスターは俺が討伐した」

「へ?」

 ゴーストモンスター? なんだそれは。そんなものがこの屋敷にいるだなんて。しかも依頼が出てただなんて、初めて聞いたぞ。

 セオドアの後ろの2人の女がいた。今しがた幽霊屋敷からでてきたばかりだ。この女2人もどこかで見たことがある。けれど、あんまり思い出せないな。まあ、思い出せないってことは重要な人物ではないのだろう。それに、2人とも同じような顔しているな。やばい。若い子がみんな同じ顔に見えるだなんて。おっさん化してきたかも。

「俺様はこの若い子たちと組んで冒険したってわけさ。どうだ羨ましいだろ」

 随分と親父臭い物言いだな……だが、これでハッキリしたことがある。セオドアは当然アラクノフォビアではない。ならば、消去法で後ろにいる女のどちらかがアラクノフォビアなのだ。

 俺はアベルを横目でチラリと見た。アベルは拳を握り、わなわなと震えている。

「正体を現せアラクノフォビア! お前達2人のどっちかがアラクノフォビアだってわかってるんだ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誰もシナリオを知らない、乙女ゲームの世界

Greis
ファンタジー
【注意!!】 途中からがっつりファンタジーバトルだらけ、主人公最強描写がとても多くなります。 内容が肌に合わない方、面白くないなと思い始めた方はブラウザバック推奨です。 ※主人公の転生先は、元はシナリオ外の存在、いわゆるモブと分類される人物です。 ベイルトン辺境伯家の三男坊として生まれたのが、ウォルター・ベイルトン。つまりは、転生した俺だ。 生まれ変わった先の世界は、オタクであった俺には大興奮の剣と魔法のファンタジー。 色々とハンデを背負いつつも、早々に二度目の死を迎えないために必死に強くなって、何とか生きてこられた。 そして、十五歳になった時に騎士学院に入学し、二度目の灰色の青春を謳歌していた。 騎士学院に馴染み、十七歳を迎えた二年目の春。 魔法学院との合同訓練の場で二人の転生者の少女と出会った事で、この世界がただの剣と魔法のファンタジーではない事を、徐々に理解していくのだった。 ※小説家になろう、カクヨムでも投稿しております。 小説家になろうに投稿しているものに関しては、改稿されたものになりますので、予めご了承ください。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばして大バズりしてしまう~今まで住んでいた自宅は、最強種が住む規格外ダンジョンでした~

むらくも航
ファンタジー
Fランク探索者の『彦根ホシ』は、幼馴染のダンジョン配信に助っ人として参加する。 配信は順調に進むが、二人はトラップによって誰も討伐したことのないSランク魔物がいる階層へ飛ばされてしまう。 誰もが生還を諦めたその時、Fランク探索者のはずのホシが立ち上がり、撮れ高を気にしながら余裕でSランク魔物をボコボコにしてしまう。 そんなホシは、ぼそっと一言。 「うちのペット達の方が手応えあるかな」 それからホシが配信を始めると、彼の自宅に映る最強の魔物たち・超希少アイテムに世間はひっくり返り、バズりにバズっていく──。 ☆10/25からは、毎日18時に更新予定!

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

糸と蜘蛛

犬若丸
ファンタジー
瑠璃が見る夢はいつも同じ。地獄の風景であった。それを除けば彼女は一般的な女子高生だった。 止まない雨が続くある日のこと、誤って階段から落ちた瑠璃。目が覚めると夢で見ていた地獄に立っていた。 男は独り地獄を彷徨っていた。その男に記憶はなく、名前も自分が誰なのかさえ覚えていなかった。鬼から逃げる日々を繰り返すある日のこと、男は地獄に落ちた瑠璃と出会う。 地獄に落ちた女子高生と地獄に住む男、生と死の境界線が交差し、止まっていた時間が再び動き出す。 「カクヨム」にも投稿してます。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...