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第15話 別れ話
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「佐倉さん。大事な話があるんだ」
学校近くのファミレスにて、郁人は希子を呼び出していた。希子は完全にデートの気分で浮かれているけれど、郁人の表情は曇っていた。
「郁人君。話ってなに?」
自分がフラれることになるとは夢にも思わない希子はのんきなことに返事をした。郁人はこれからフる相手への罪悪感を覚えながら「ふー」とため息をついて話を切り出す。
「ごめん。僕と別れて欲しいんだ」
希子の時間が止まった。
希子は郁人の言葉の意味を理解できずに、音だけを頭の中で何度も反芻した。
ようやく、郁人の発した言葉の意味を理解した時には、希子の顔が赤く染まり、バンとテーブルを両手で叩いていた。
「ちょ、ちょっと。どういうこと? なんで、いきなり別れるなんて話になるわけ?」
希子は周りにも聞こえるくらいな大声で郁人に詰め寄った。
周囲の視線が郁人たちのテーブルに向けられる。郁人はバツが悪そうな顔で希子をなだめようとする。
「落ち着いて。ここはみんなが見ているから」
希子は郁人に言われてとりあえず座り直して落ち着くことにした。持ってきたドリンクバーのレモンスカッシュを一口飲んで話を続ける。
「理由を教えてよ。じゃないとわたしも納得できない」
希子と郁人はきちんと恋人関係にある。希子がその理由を知りたいのは正当な権利である。
「佐倉さん。君が僕に告白してきた時のことを覚えている? あの時……佐倉さんは他に付き合っている人がいたんだよね?」
ここで希子の顔が赤から青へと変わった。バレてないと思っていたことであるが、郁人に仁志と付き合っていたことがバレてしまっていた。
「な、なんで! そんなこと。風見君は関係ないじゃない」
「関係ないことないよ。だって、彼は僕の友達だから」
郁人は静かに答える。希子はわなわなと震えていた。
「だって、そんな……わたしだって。郁人君と付き合える保証がないのに、彼氏と別れるなんてできなかったよ」
「どうして? だって、僕に告白してきたってことは、もう風見君に気がないってことだよね。仮に僕にフラレたとしたら、風見君と交際を続けていたの?」
「そうだよ! 悪い? 別に風見君のことを嫌いになったわけじゃないし、キープしておくことの何がいけないの?」
希子は悪びれずに答えた。
「それに郁人君と付き合えてからは、風見君とはきちんと別れた。そこのけじめはちゃんと付けたつもりだよ!」
希子は鼻息を荒げながら郁人に自分の言い分をぶつける。しかし、どれだけ希子の言い分を聞いたところで郁人の心は揺らぐことはなかった。
「でも、佐倉さんは他に彼氏がいるのに僕を誘ったってことだよね。正直言って僕は悲しいよ。彼氏がいる女の子と一緒にデートだなんてしたくなかった。なんで僕が知らない内に浮気の片棒を担がされなきゃならないの」
郁人だって仁志のことを傷つけるつもりはなかった。付き合っている間柄の人間の関係をぶち壊す。そんなこと郁人が望んだ生き方ではない。
「そんなの……気づかなかった郁人君にも非はあるじゃないの! 郁人君はわたしに恋人がいるかどうか訊いたの? 訊いてないでしょ!」
「まさか僕をデートに誘ってくる女の子が彼氏持ちだなんて思うわけないじゃないか。それに、訊いたところで正直に答えたの?」
「答えたよ」
希子は食い気味に答える。しかし、郁人はため息をついた。
「また嘘をつくの? 後からでならなんとでも言えるよね?」
今後に及んでまだ保身に走ろうとして、誠意を見せる気がない希子に郁人は辟易としていた。
「佐倉さん。僕はさっきからずっと待っていたんだよ」
「……?」
「佐倉さんが謝ってくれるのを。でも、佐倉さんの口から出るのは謝罪じゃなかった。言い訳ばかり。本当に自分が悪いなんて思ってないんだね」
「だ、だって! わたしは悪くない! 付き合っている彼氏がいるのに、他の男の子に乗り換えようとするなんてみんなやっていることじゃない!」
自分は悪くないと思っているからこそ、希子は謝罪をするなんて発想はなかった。ただ単に自分は安全策を踏んでいただけ。なのにどうして責められるのか希子には全く理解できなかった。
「それが悪いと思ってないならどうして隠していたの? 告白する時に、わたし彼氏がいるけどって付け加えてくれたら良かったよね? 悪いと思ってないならできるでしょ?」
「じゃあ、それ言ったら付き合ってくれたの?」
「付き合わないよ!」
「ほら!」
希子が鬼の首を取ったかのように郁人を指さした。しかし、郁人は冷静だった。
「どっちにしろ無理だよ。付き合っている恋人との関係も清算せずに他の人に告白するなんて……それを悪いと思ってない時点で、君と僕とでは価値観が合わない。そんな相手と一緒にいてもお互い辛くなるだけだよ」
「わかった。そこは直すから! 郁人君が悪いと思っているところは全部直すから、別れないで!」
希子は必死に郁人にすがりついた。ここで希子はあることを思い出した。
「あ、そうだ! 最後にチャンスをちょうだい。期間は郁人君が他の女の子を好きになるまで! ね? だって、郁人君は他に好きな女の子はいないんでしょ?」
希子は往生際が悪く交渉しようとする。
「それまでの間でいいから別れないで。その間にわたしはあなたに相応しい女になるから!」
「…………ごめん。そのチャンスも使えないよ。諦めて欲しい」
「え? どういうこと? 他に好きな女の子いないんじゃないの?」
希子は混乱した。もしかしたら、この短期間で郁人に他に好きな女の子ができたのではないかと勘繰る。
「もしかして、郁人君! 他に好きな女の子ができたから、わたしをフるつもりでいるの?」
「さあ、どうだろうね」
「……もうわかった。信じらんない。別れよう」
希子も希子で郁人に愛想が尽きてしまった。正直に他に好きな女の子がいると答えてくれたら、最初から素直に身を引くことだってできたかもしれない。
でも、過去のできごとを掘り返されてそこを責めるようなやり方に希子も郁人に対して冷めていた。
希子は素早くスマホを取り出した。
「どこに連絡しようとしているの?」
「別れたあなたに言う必要はないでしょ?」
希子は仁志に電話をした。仁志と寄りを戻そうとしていた。仁志が他の女の子と歩いているところを目撃した。
もしかしたら、もう付き合っているかもしれない。でも、まだ付き合っていない段階であることに賭けようとした。
「もしもし、風見君。ちょっと良いかな?」
「なんだ? 希子」
「あのさ……突然で悪いんだけどわたしたち寄りを戻さない?」
「ごめん。それはできない。俺はもう好きな子がいるんだ」
希子は一瞬黙った。でも、これはまだ想定内の話であった。
「……もしかして、この前一緒にデートしていた子?」
「見ていたのか!?」
仁志は希子に、さなえとデートしていたところを目撃されていて焦った。もしかして、さなえの正体が郁人だってバレているのかもしれないと。
「あの女の子と付き合っているの?」
「いや、まだ付き合っているとかそういう関係ではない」
「だったら、良いじゃない。付き合えるかどうかわからない相手よりも、確実に付き合える元カノの方が」
希子はここで追い打ちをかけようとする。
「この前、アレを買ったでしょ? アレ、まだ使ってないんだ。ねえ。一緒に使ってみない?」
希子は仁志をベッドに誘おうとする。年頃の男子ならばこれで確実に釣れる。そういう算段であった。しかし……
「悪い。それは他のやつと使ってくれ。俺はもうお前に未練はないんだ」
「え……」
「じゃあな」
ぷつっと電話が切れる。希子はスマホをしまい、席を立った。
「帰る」
それだけ言うと希子は店を出ていった。取り残された郁人は伝票を見てため息をついた。
「自分の分のお金払ってから帰ってよ……」
学校近くのファミレスにて、郁人は希子を呼び出していた。希子は完全にデートの気分で浮かれているけれど、郁人の表情は曇っていた。
「郁人君。話ってなに?」
自分がフラれることになるとは夢にも思わない希子はのんきなことに返事をした。郁人はこれからフる相手への罪悪感を覚えながら「ふー」とため息をついて話を切り出す。
「ごめん。僕と別れて欲しいんだ」
希子の時間が止まった。
希子は郁人の言葉の意味を理解できずに、音だけを頭の中で何度も反芻した。
ようやく、郁人の発した言葉の意味を理解した時には、希子の顔が赤く染まり、バンとテーブルを両手で叩いていた。
「ちょ、ちょっと。どういうこと? なんで、いきなり別れるなんて話になるわけ?」
希子は周りにも聞こえるくらいな大声で郁人に詰め寄った。
周囲の視線が郁人たちのテーブルに向けられる。郁人はバツが悪そうな顔で希子をなだめようとする。
「落ち着いて。ここはみんなが見ているから」
希子は郁人に言われてとりあえず座り直して落ち着くことにした。持ってきたドリンクバーのレモンスカッシュを一口飲んで話を続ける。
「理由を教えてよ。じゃないとわたしも納得できない」
希子と郁人はきちんと恋人関係にある。希子がその理由を知りたいのは正当な権利である。
「佐倉さん。君が僕に告白してきた時のことを覚えている? あの時……佐倉さんは他に付き合っている人がいたんだよね?」
ここで希子の顔が赤から青へと変わった。バレてないと思っていたことであるが、郁人に仁志と付き合っていたことがバレてしまっていた。
「な、なんで! そんなこと。風見君は関係ないじゃない」
「関係ないことないよ。だって、彼は僕の友達だから」
郁人は静かに答える。希子はわなわなと震えていた。
「だって、そんな……わたしだって。郁人君と付き合える保証がないのに、彼氏と別れるなんてできなかったよ」
「どうして? だって、僕に告白してきたってことは、もう風見君に気がないってことだよね。仮に僕にフラレたとしたら、風見君と交際を続けていたの?」
「そうだよ! 悪い? 別に風見君のことを嫌いになったわけじゃないし、キープしておくことの何がいけないの?」
希子は悪びれずに答えた。
「それに郁人君と付き合えてからは、風見君とはきちんと別れた。そこのけじめはちゃんと付けたつもりだよ!」
希子は鼻息を荒げながら郁人に自分の言い分をぶつける。しかし、どれだけ希子の言い分を聞いたところで郁人の心は揺らぐことはなかった。
「でも、佐倉さんは他に彼氏がいるのに僕を誘ったってことだよね。正直言って僕は悲しいよ。彼氏がいる女の子と一緒にデートだなんてしたくなかった。なんで僕が知らない内に浮気の片棒を担がされなきゃならないの」
郁人だって仁志のことを傷つけるつもりはなかった。付き合っている間柄の人間の関係をぶち壊す。そんなこと郁人が望んだ生き方ではない。
「そんなの……気づかなかった郁人君にも非はあるじゃないの! 郁人君はわたしに恋人がいるかどうか訊いたの? 訊いてないでしょ!」
「まさか僕をデートに誘ってくる女の子が彼氏持ちだなんて思うわけないじゃないか。それに、訊いたところで正直に答えたの?」
「答えたよ」
希子は食い気味に答える。しかし、郁人はため息をついた。
「また嘘をつくの? 後からでならなんとでも言えるよね?」
今後に及んでまだ保身に走ろうとして、誠意を見せる気がない希子に郁人は辟易としていた。
「佐倉さん。僕はさっきからずっと待っていたんだよ」
「……?」
「佐倉さんが謝ってくれるのを。でも、佐倉さんの口から出るのは謝罪じゃなかった。言い訳ばかり。本当に自分が悪いなんて思ってないんだね」
「だ、だって! わたしは悪くない! 付き合っている彼氏がいるのに、他の男の子に乗り換えようとするなんてみんなやっていることじゃない!」
自分は悪くないと思っているからこそ、希子は謝罪をするなんて発想はなかった。ただ単に自分は安全策を踏んでいただけ。なのにどうして責められるのか希子には全く理解できなかった。
「それが悪いと思ってないならどうして隠していたの? 告白する時に、わたし彼氏がいるけどって付け加えてくれたら良かったよね? 悪いと思ってないならできるでしょ?」
「じゃあ、それ言ったら付き合ってくれたの?」
「付き合わないよ!」
「ほら!」
希子が鬼の首を取ったかのように郁人を指さした。しかし、郁人は冷静だった。
「どっちにしろ無理だよ。付き合っている恋人との関係も清算せずに他の人に告白するなんて……それを悪いと思ってない時点で、君と僕とでは価値観が合わない。そんな相手と一緒にいてもお互い辛くなるだけだよ」
「わかった。そこは直すから! 郁人君が悪いと思っているところは全部直すから、別れないで!」
希子は必死に郁人にすがりついた。ここで希子はあることを思い出した。
「あ、そうだ! 最後にチャンスをちょうだい。期間は郁人君が他の女の子を好きになるまで! ね? だって、郁人君は他に好きな女の子はいないんでしょ?」
希子は往生際が悪く交渉しようとする。
「それまでの間でいいから別れないで。その間にわたしはあなたに相応しい女になるから!」
「…………ごめん。そのチャンスも使えないよ。諦めて欲しい」
「え? どういうこと? 他に好きな女の子いないんじゃないの?」
希子は混乱した。もしかしたら、この短期間で郁人に他に好きな女の子ができたのではないかと勘繰る。
「もしかして、郁人君! 他に好きな女の子ができたから、わたしをフるつもりでいるの?」
「さあ、どうだろうね」
「……もうわかった。信じらんない。別れよう」
希子も希子で郁人に愛想が尽きてしまった。正直に他に好きな女の子がいると答えてくれたら、最初から素直に身を引くことだってできたかもしれない。
でも、過去のできごとを掘り返されてそこを責めるようなやり方に希子も郁人に対して冷めていた。
希子は素早くスマホを取り出した。
「どこに連絡しようとしているの?」
「別れたあなたに言う必要はないでしょ?」
希子は仁志に電話をした。仁志と寄りを戻そうとしていた。仁志が他の女の子と歩いているところを目撃した。
もしかしたら、もう付き合っているかもしれない。でも、まだ付き合っていない段階であることに賭けようとした。
「もしもし、風見君。ちょっと良いかな?」
「なんだ? 希子」
「あのさ……突然で悪いんだけどわたしたち寄りを戻さない?」
「ごめん。それはできない。俺はもう好きな子がいるんだ」
希子は一瞬黙った。でも、これはまだ想定内の話であった。
「……もしかして、この前一緒にデートしていた子?」
「見ていたのか!?」
仁志は希子に、さなえとデートしていたところを目撃されていて焦った。もしかして、さなえの正体が郁人だってバレているのかもしれないと。
「あの女の子と付き合っているの?」
「いや、まだ付き合っているとかそういう関係ではない」
「だったら、良いじゃない。付き合えるかどうかわからない相手よりも、確実に付き合える元カノの方が」
希子はここで追い打ちをかけようとする。
「この前、アレを買ったでしょ? アレ、まだ使ってないんだ。ねえ。一緒に使ってみない?」
希子は仁志をベッドに誘おうとする。年頃の男子ならばこれで確実に釣れる。そういう算段であった。しかし……
「悪い。それは他のやつと使ってくれ。俺はもうお前に未練はないんだ」
「え……」
「じゃあな」
ぷつっと電話が切れる。希子はスマホをしまい、席を立った。
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