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第10話 勉強会
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さなえが仕事から上がる時、更衣室にて着替えていると同じく上がるせりなとばったり会った。
せりなは仁志が「Honey Pot」に入店した際、最初に出会ったキャストである。
2人共、制服を脱いで私服に着替えている中で会話をする。
「さなえちゃん。来週からシフトが少なくなっちゃうね」
「すみません。中間試験があるので」
「あー。そっか。まだ高校生だもんね。学生はこの時期は大変だね」
せりなは学生時代を思い出して、懐かしさに頬が緩んだ。
「まあ、学生組はしっかりと勉強しておいで。その間、私たちがなんとかするから」
せりなは結ってあった髪を解く。ファサっと美しい黒髪がなびく。さなえはその様子を目で追ってしまう。
「せりなさんって、それ地毛なんですよね」
さなえがウィッグを外して、せりなの髪の毛をじっと見た。
「そう。子供のころから髪を伸ばしたかったんだけどね。親に無理矢理切られてさー。男なんだからそんな髪型すんなとか言われて」
せりなが髪に指を通しながらするっと撫でる。その表情はどこか物悲しいものがあった。
「そうなんですね」
「まあ、実際伸ばしてみるとケアも大変だし、ウィッグを被っていた時代の方が楽だったなって思うこともあるかな。あはは」
「それでも髪を伸ばしているんですね」
さなえの発言にせりなが目を細めてじっくりとさなえの髪を見る。
「んー。さなえちゃんも結構髪質は良さそうだし、伸ばしてみる?」
「え、ああ。わ、わたしはいいですよ。別にその……プライベートでも女装とかする気はないですし」
ここで、さなえは仁志の顔を思い出した。プライベートでも女装する気はなかった。でも、仁志と出会ってから、それは変わってしまった。
また、女装する機会があるかもしれない。そう思うと不思議と胸の鼓動が高鳴っていく。
「えー。本当かな? 私だったら、さなえちゃんくらいかわいかったら、毎日のように女装して街に出歩くよ。元の素材が良すぎるもん」
せりなが冗談めかして笑う。さなえは眉を下げ少し困った表情を見せる。
「も、もう。せりなさん。やめてくださいよ。わたしはそういう道に行くつもりはないんですから」
もし、本当に日常的に女装してしまう自分をさなえは想像してみる。仁志と女装してデートしている時もかなり楽しくて解放感があった。
そういう感覚が毎日のように感じられたのだったら、自分は2度と男子には戻れなくなる。そういう予感がしてしまう。
男の娘でいることが、女装していることが日常になれば、間違いなく今までの自分と生活が変わってしまう。
それが、“郁人”にとって怖いところであった。
◇
中間試験の直前の勉強の期間となった。生徒たちはそれぞれ休み時間に一生懸命勉強している。それは仁志も例外ではなかった。
「うーん……わからん」
問題集を読む。解けない。その答えを見る。答えはわかった。解説を読む。まるでわからない。
高校1年にして、早くも高校の授業で躓いてしまった仁志は焦りを感じていた。このままでは、高校生活というか勉強でずっと置いてかれてしまう。
郁人は海外留学のために必死に勉強やバイトをがんばっているのに、自分がここで躓いていたら郁人に顔向けができない。
仁志は郁人の方をちらりと見た。余裕そうな表情で教科書を流し読みしている郁人を見ていると羨ましく思えてしまう。
仁志はスマホを操作して、郁人にメッセージを送った。
『勉強教えてほしい』
『勉強? いいよ。今日の放課後空いてる?』
『ああ』
『じゃあ、僕の家に来なよ。今日はウチに誰もいないから』
ウチに誰もいない。その言葉に仁志は妙に惹かれてしまった。別に郁人の家族がいようがいまいが、仁志には関係ないことのはずである。
でも、郁人からこのワードが出ることに、なんらかの嬉しさが生まれてしまう。
◇
放課後、仁志は郁人と一緒に下校をする。そのまま仁志は家に帰らずに郁人の家で勉強をする流れである。
「ここが僕の家だよ」
「ほへー。ここが飯塚の家かー」
住宅街にごくある普通の一軒家。外壁の塗装が少し剥げているからそれなりに築年数は経っていそうであった。
「まあ、あがってよ」
「お邪魔します」
仁志は郁人の家にあがりこんだ。中はキレイで掃除が行き届いている。玄関先もオシャレな小物が置かれたりしていて、なんとなく楽しい気持ちになる。
「ここが僕の部屋だよ」
郁人の部屋は普通の男子の部屋という感じであった。シンプルな部屋の作りながらも殺風景すぎない。本棚には本がびっしり詰まっていて、そのどれもが難しそうな本である。
ここで仁志は棚に飾られているあるロボットのプラモデルを発見した。
「うわ、懐かしい。これ小学生の時に流行ったよな」
「ああ、それね。10歳の誕生日プレゼントに買ってもらったんだ」
「ほへー。塗装がキレイで組み立て方も芸術的。手先が器用なんだな」
仁志は懐かしい気持ちになりながら、郁人のプラモデルをじっくりと見ていた。
「勉強するんでしょ。ほら、こっちに来て」
部屋の中央にある小さいテーブル。そこに郁人が腰かける。仁志もその隣に座った。
「まずはわからないところから潰していこうか」
「ああ。頼む。ここの答えの解説見てもサッパリわからないんだよ」
仁志は休み時間中にわからなかった部分を郁人に見せてみる。郁人はふんふんと頷く。
「あー。そういうことね。正直言って、ここはテストだけなら丸暗記でもいいけど、きちんと理屈を覚えておいた方がためになるからね。ちゃんと解説も見るのはえらいと思うよ」
「へ、へへ。そうかな」
郁人に褒められて仁志は照れてしまう。まさか、わからないことで褒められるとは思わなかった。
「この理屈はね……」
郁人は懇切丁寧に仁志に解説をする。すでにある解説に更にわかりやすいように付け加えながら。
「だから、ここでこれが書いてあるってこと」
「うわ! なるほど! そういうことか! わかりやすいな」
「へへ。僕もここでわからなくなったからね。色々と調べたんだ」
「飯塚でもわからなくなるレベルの問題なんて俺が理解できるわけなかったな」
仁志は自虐的に笑った。その後も仁志は勉強を続けるが……
「うー……」
「風見君、大丈夫? 集中力切れてない?」
「あ、ああ。大丈夫には大丈夫だけど……」
普段あまり勉強をしなかった仁志は長時間の勉強に集中力が続かなかった。
「うーん。それじゃあ一旦、休憩にする?」
郁人がそう提案するも仁志は悪い顔をしてあることを口走る。
「あーあ。さなえちゃんが一緒にいてくれたら集中力が続くのになー」
チラっと仁志は郁人の方をみた。ほんのちょっとした冗談のつもりだった。しかし、郁人は頬を赤らめていて、なにやらもじもじとしている。
「ん? どうした飯塚」
「本当にさなえが一緒なら集中力続くの?」
「え? あ、え?」
仁志が戸惑っていると郁人はクローゼットを開けた。そこには、この前のデートの時のさなえの服装がそのまんまあった。
更に郁人はメイク道具一式を持って、部屋から出ようとする。
「ちょっと待ってて」
「あ、ああ……」
1人取り残される仁志。一体何が起きているのか。もしかして本当に、郁人はさなえになるつもりなのか。
「ま、まさかな……」
そう思って十分以上待っていると、ようやく部屋の扉ががちゃりと開いた。
部屋に入ってきたのは、女装した郁人。さなえの姿があった。服装もきっちりと決まっているし、メイクも手を抜いた様子は見られない。
「風見君。これでちゃんと集中してくれるよね?」
「あ、ああ。ま、まあがんばるよ」
まさか郁人が本当に女装してくれるなんて思わなかった仁志。いきなりのさなえの登場に、ちょっと心がドギマギと乱されてしまう。
せりなは仁志が「Honey Pot」に入店した際、最初に出会ったキャストである。
2人共、制服を脱いで私服に着替えている中で会話をする。
「さなえちゃん。来週からシフトが少なくなっちゃうね」
「すみません。中間試験があるので」
「あー。そっか。まだ高校生だもんね。学生はこの時期は大変だね」
せりなは学生時代を思い出して、懐かしさに頬が緩んだ。
「まあ、学生組はしっかりと勉強しておいで。その間、私たちがなんとかするから」
せりなは結ってあった髪を解く。ファサっと美しい黒髪がなびく。さなえはその様子を目で追ってしまう。
「せりなさんって、それ地毛なんですよね」
さなえがウィッグを外して、せりなの髪の毛をじっと見た。
「そう。子供のころから髪を伸ばしたかったんだけどね。親に無理矢理切られてさー。男なんだからそんな髪型すんなとか言われて」
せりなが髪に指を通しながらするっと撫でる。その表情はどこか物悲しいものがあった。
「そうなんですね」
「まあ、実際伸ばしてみるとケアも大変だし、ウィッグを被っていた時代の方が楽だったなって思うこともあるかな。あはは」
「それでも髪を伸ばしているんですね」
さなえの発言にせりなが目を細めてじっくりとさなえの髪を見る。
「んー。さなえちゃんも結構髪質は良さそうだし、伸ばしてみる?」
「え、ああ。わ、わたしはいいですよ。別にその……プライベートでも女装とかする気はないですし」
ここで、さなえは仁志の顔を思い出した。プライベートでも女装する気はなかった。でも、仁志と出会ってから、それは変わってしまった。
また、女装する機会があるかもしれない。そう思うと不思議と胸の鼓動が高鳴っていく。
「えー。本当かな? 私だったら、さなえちゃんくらいかわいかったら、毎日のように女装して街に出歩くよ。元の素材が良すぎるもん」
せりなが冗談めかして笑う。さなえは眉を下げ少し困った表情を見せる。
「も、もう。せりなさん。やめてくださいよ。わたしはそういう道に行くつもりはないんですから」
もし、本当に日常的に女装してしまう自分をさなえは想像してみる。仁志と女装してデートしている時もかなり楽しくて解放感があった。
そういう感覚が毎日のように感じられたのだったら、自分は2度と男子には戻れなくなる。そういう予感がしてしまう。
男の娘でいることが、女装していることが日常になれば、間違いなく今までの自分と生活が変わってしまう。
それが、“郁人”にとって怖いところであった。
◇
中間試験の直前の勉強の期間となった。生徒たちはそれぞれ休み時間に一生懸命勉強している。それは仁志も例外ではなかった。
「うーん……わからん」
問題集を読む。解けない。その答えを見る。答えはわかった。解説を読む。まるでわからない。
高校1年にして、早くも高校の授業で躓いてしまった仁志は焦りを感じていた。このままでは、高校生活というか勉強でずっと置いてかれてしまう。
郁人は海外留学のために必死に勉強やバイトをがんばっているのに、自分がここで躓いていたら郁人に顔向けができない。
仁志は郁人の方をちらりと見た。余裕そうな表情で教科書を流し読みしている郁人を見ていると羨ましく思えてしまう。
仁志はスマホを操作して、郁人にメッセージを送った。
『勉強教えてほしい』
『勉強? いいよ。今日の放課後空いてる?』
『ああ』
『じゃあ、僕の家に来なよ。今日はウチに誰もいないから』
ウチに誰もいない。その言葉に仁志は妙に惹かれてしまった。別に郁人の家族がいようがいまいが、仁志には関係ないことのはずである。
でも、郁人からこのワードが出ることに、なんらかの嬉しさが生まれてしまう。
◇
放課後、仁志は郁人と一緒に下校をする。そのまま仁志は家に帰らずに郁人の家で勉強をする流れである。
「ここが僕の家だよ」
「ほへー。ここが飯塚の家かー」
住宅街にごくある普通の一軒家。外壁の塗装が少し剥げているからそれなりに築年数は経っていそうであった。
「まあ、あがってよ」
「お邪魔します」
仁志は郁人の家にあがりこんだ。中はキレイで掃除が行き届いている。玄関先もオシャレな小物が置かれたりしていて、なんとなく楽しい気持ちになる。
「ここが僕の部屋だよ」
郁人の部屋は普通の男子の部屋という感じであった。シンプルな部屋の作りながらも殺風景すぎない。本棚には本がびっしり詰まっていて、そのどれもが難しそうな本である。
ここで仁志は棚に飾られているあるロボットのプラモデルを発見した。
「うわ、懐かしい。これ小学生の時に流行ったよな」
「ああ、それね。10歳の誕生日プレゼントに買ってもらったんだ」
「ほへー。塗装がキレイで組み立て方も芸術的。手先が器用なんだな」
仁志は懐かしい気持ちになりながら、郁人のプラモデルをじっくりと見ていた。
「勉強するんでしょ。ほら、こっちに来て」
部屋の中央にある小さいテーブル。そこに郁人が腰かける。仁志もその隣に座った。
「まずはわからないところから潰していこうか」
「ああ。頼む。ここの答えの解説見てもサッパリわからないんだよ」
仁志は休み時間中にわからなかった部分を郁人に見せてみる。郁人はふんふんと頷く。
「あー。そういうことね。正直言って、ここはテストだけなら丸暗記でもいいけど、きちんと理屈を覚えておいた方がためになるからね。ちゃんと解説も見るのはえらいと思うよ」
「へ、へへ。そうかな」
郁人に褒められて仁志は照れてしまう。まさか、わからないことで褒められるとは思わなかった。
「この理屈はね……」
郁人は懇切丁寧に仁志に解説をする。すでにある解説に更にわかりやすいように付け加えながら。
「だから、ここでこれが書いてあるってこと」
「うわ! なるほど! そういうことか! わかりやすいな」
「へへ。僕もここでわからなくなったからね。色々と調べたんだ」
「飯塚でもわからなくなるレベルの問題なんて俺が理解できるわけなかったな」
仁志は自虐的に笑った。その後も仁志は勉強を続けるが……
「うー……」
「風見君、大丈夫? 集中力切れてない?」
「あ、ああ。大丈夫には大丈夫だけど……」
普段あまり勉強をしなかった仁志は長時間の勉強に集中力が続かなかった。
「うーん。それじゃあ一旦、休憩にする?」
郁人がそう提案するも仁志は悪い顔をしてあることを口走る。
「あーあ。さなえちゃんが一緒にいてくれたら集中力が続くのになー」
チラっと仁志は郁人の方をみた。ほんのちょっとした冗談のつもりだった。しかし、郁人は頬を赤らめていて、なにやらもじもじとしている。
「ん? どうした飯塚」
「本当にさなえが一緒なら集中力続くの?」
「え? あ、え?」
仁志が戸惑っていると郁人はクローゼットを開けた。そこには、この前のデートの時のさなえの服装がそのまんまあった。
更に郁人はメイク道具一式を持って、部屋から出ようとする。
「ちょっと待ってて」
「あ、ああ……」
1人取り残される仁志。一体何が起きているのか。もしかして本当に、郁人はさなえになるつもりなのか。
「ま、まさかな……」
そう思って十分以上待っていると、ようやく部屋の扉ががちゃりと開いた。
部屋に入ってきたのは、女装した郁人。さなえの姿があった。服装もきっちりと決まっているし、メイクも手を抜いた様子は見られない。
「風見君。これでちゃんと集中してくれるよね?」
「あ、ああ。ま、まあがんばるよ」
まさか郁人が本当に女装してくれるなんて思わなかった仁志。いきなりのさなえの登場に、ちょっと心がドギマギと乱されてしまう。
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