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第1話 破局と出会い
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物事の終わり。特に恋人関係の終わりというものは突然やってくる。
昨日まで普通に話をしていた相手。それから別れを告げられることはそんなに珍しいことじゃない。
「風見君。ごめん。わたしと別れて欲しいんだ」
「え……お、おい! そんな急に言われても困るよ!」
風見 仁志。高校1年生。中学の頃から付き合っていた同級生の女子佐倉 希子に突然、別れを告げられた。
仁志も希子もとりわけ特徴のない少年少女である。なにか一芸に秀でているわけでも才能に恵まれているわけでもない。
仁志は小学生の頃にピアノと習字と水泳を習っていた。ただ、それだけである。そのどれも中学にあがるころにはやめていて、それらに才能があったわけではない。
仁志の学業は中の上。運動神経は中の中ととりわけて悪いものでもない。希子の成績も大体似たり寄ったりである。
そんな平凡なカップルながらも放課後デートを重ねて関係を深めてきた2人。一緒の高校に進んだことで関係は継続していたのに、4月の終わり。ゴールデンウィークに入るかどうかというタイミングで希子が別れを切り出してきたのだ。
「ごめん。他に好きな人ができたの」
「好きな人……それって一体誰なんだ」
「飯塚 郁人君。彼に告白されたの」
仁志はその名前を聞いた時に後頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。郁人は仁志たちとは違う中学出身で、かなり頭が良くて、運動神経も良い。中学の時は陸上競技の県大会で優勝した経験を持っているくらいである。
容姿も優れていて、細身で顔立ちも中性的で整っている。仁志に勝てる要素があるのかどうかわからないくらいの超人である。
「それで……その告白を受けたのかよ」
「ごめん……」
「なんで謝んだよ……」
仁志は頭をかかえてかきむしった。中学の頃から付き合っていて大切にしてきた彼女。それがぽっと出の男子に奪われてしまった。希子と過ごしてきた数年間は一体なんだったのかとむなしく思えてきた。
希子との思い出がよみがえってくる。夏は2人で一緒にプールや夏祭りに行ったり、一緒に映画を見たり図書館で勉強をするゆったりとした時間を過ごしたこともあった。高校受験の前には神社で合格祈願のお守りを2人揃って買ったのは今でも鮮明に思い出せる。
「わかったよ。俺たちの関係はもうおしまいなんだな」
「え……うん。そういうことになるね」
「希子はもう郁人の方に気持ちが傾いているんだよな」
仁志は歯を食いしばり、拳を震わせて希子に背を向けた。そして、ゆっくりと歩き出してその場を立ち去ろうとする。
希子がなにか呼び止めている声が聞こえた。でも、今の仁志にとってはそれはもうどうでも良いことでその言葉の内容が頭に入って来ない。
こうして1組のカップルが終わりを告げた。新しいカップルが誕生することもあれば、その逆。1つのカップルが終わることもある。死別を含めたら永遠に続くカップルなどない。これは泡沫の如く、いつかははかなく消える定めだったのだ。
◇
部屋に帰った仁志は強引に持っているバッグをベッドの上に投げ捨てた。
「クソ!」
仁志はバッグに付けてある合格祈願のお守りを強引にぶちぶちと引きはがしてそれをゴミ箱に向かって投げ捨てた。希子との思い出が詰まっていたはずの合格祈願のお守り。これがあるから、受験勉強をがんばることができた。そんな力を与えてくれるお守りも今では呪物でしかない。
「もう女なんて信用しねえ!」
仁志は机に座り、肘をついて頭を抱えた。しばらくの沈黙。部屋に静寂が訪れる。
お気に入りの野球選手のポスター。推しているバンドのサイン入りTシャツ。それらが壁に貼り付けられてあるこの部屋。仁志が最も落ち着く空間であり、荒んだ心をこの部屋にいることで癒そうとする。
仁志はベッドの上に仰向けに寝転んで天井を見上げた。希子との思い出をできるだけ思い出さないようにする。思い出す度に心が荒んで辛くなってしまう。
しかし、どれだけ余計なことを考えないようにしても頭の中では希子の顔が脳裏に浮かんでしまう。仁志は立ち上がり、制服を脱いでジャージに着替えた。
「こんなんじゃダメだ。発散してこよう」
仁志は玄関に向かってドタドタと走り、ランニングシューズを履いて外に出た。そして、走り込むことにしたのだった。
とにかく、今はなにかしていないと気が済まない。走っている間なら嫌なことを忘れさせてくれる。そう思ってのことだった。
事実、それは効果があった。仁志が走れば走るほどに目の前の景色に集中できる。見慣れた街の光景。それだけに集中して希子との思い出をかき消してくれているようだった。
仁志は走る。走り続けた。そして、ふと信号の前で立ち止まった。ここの交差点。この信号の先にはめったなことではいかない場所。普段の生活圏ではない場所だ。
信号が青になる。仁志は生活圏を隔てる道路の先へと自然と足を踏み入れていた。なんとなく、この先に行ってみたい気がした。気分を新たにしてまだ見ぬ街の景色を見てみたくなったのだった。
古い建物の時計屋。オシャレな外装のパン屋。今はやっているのかどうかわからない定食屋。そんなものが次々と目に入っていく。
そして、仁志はある建物に目が入った。そこはとあるカフェ。外装は西洋風の建物で白黒の色がなんとなく興味をそそられた。
店の看板にはオシャレな字体で『Honey Pot』と書かれている。ハニーポット……どういう店なのだろうかと仁志は気になった。
磁石のN極とS極が引き寄せ合うように、仁志はこの入ったこともない店に不思議と惹かれていた。
今日は定休日からかカーテンがかかっていて店の中の様子を見ることはできない。それでも、今度この店に行ってみようと思ってしまうほどだった。
仁志はスマホを開いて地図アプリを見てこの場所の周辺地図を見た。そしてこの地点をピン留めしてまたここに来れるようにしておいた。
帰り道、仁志はそわそわと落ち着かない気分で道を歩いている。なぜか妙に惹かれてしまう店。そのことで頭がいっぱいで、今日フラれたばかりの希子のことなど頭からすっかり抜け落ちていた。
また後日ここに訪れたい。そう思うと心がワクワクとして気持ちが昂ってくる。不思議な好奇心が落ちこんた気持ちなど吹っ飛ばしてくれたのだった。
◇
土曜日、学校が休みの日。仁志はハニーポットの店の前にいた。店の窓越しから中の様子をうかがうことができる。店の中には白と黒を基調にしたフリフリのミニスカートの制服を着ている可愛らしい店員たちがいた。
その店員たちを見ていると仁志は少し心がときめいてしまう。ここは店員の制服がかわいい。そういう店なのだと理解した。
今までそういう店に縁があったわけではない仁志。なんだかこの店に入るのはいかがわいいのではないかとそんな気持ちになってくる。
仁志は左胸を抑えて心を落ち着かせる。サイフの中には十分な金がある。大丈夫。自分は客だ。ここは別に18歳未満が立ち入ってはいけないような場所ではない。
いかがわしい気持ちになる必要はない。自分に何度もそう言い聞かせて、一呼吸を置く。
「よし、入るぞ」
仁志はハニーポットという店に入る。彼女持ちであるのならば絶対に行くことがなかったような場所。
フラれて丁度良い……というわけではないが、彼女にフラれて心にぽっかり空いた穴を埋めるには丁度良い。そんな店だと思った。入店を知らせるベルが鳴る。
「いらっしゃいませ!」
店員の声が聞こえてくる。この声は女性にしては少し低いような感じがする。なんだかそこに仁志は違和感のようなものを覚えた。
しかし、店の中の光景を見るとその違和感も吹き飛んだ。オシャレなカフェ。かわいらしい店員たち。それらを見ていると、まるで別世界に来たかのようなそんな非日常の空間に立ち入った気分になった。
昨日まで普通に話をしていた相手。それから別れを告げられることはそんなに珍しいことじゃない。
「風見君。ごめん。わたしと別れて欲しいんだ」
「え……お、おい! そんな急に言われても困るよ!」
風見 仁志。高校1年生。中学の頃から付き合っていた同級生の女子佐倉 希子に突然、別れを告げられた。
仁志も希子もとりわけ特徴のない少年少女である。なにか一芸に秀でているわけでも才能に恵まれているわけでもない。
仁志は小学生の頃にピアノと習字と水泳を習っていた。ただ、それだけである。そのどれも中学にあがるころにはやめていて、それらに才能があったわけではない。
仁志の学業は中の上。運動神経は中の中ととりわけて悪いものでもない。希子の成績も大体似たり寄ったりである。
そんな平凡なカップルながらも放課後デートを重ねて関係を深めてきた2人。一緒の高校に進んだことで関係は継続していたのに、4月の終わり。ゴールデンウィークに入るかどうかというタイミングで希子が別れを切り出してきたのだ。
「ごめん。他に好きな人ができたの」
「好きな人……それって一体誰なんだ」
「飯塚 郁人君。彼に告白されたの」
仁志はその名前を聞いた時に後頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。郁人は仁志たちとは違う中学出身で、かなり頭が良くて、運動神経も良い。中学の時は陸上競技の県大会で優勝した経験を持っているくらいである。
容姿も優れていて、細身で顔立ちも中性的で整っている。仁志に勝てる要素があるのかどうかわからないくらいの超人である。
「それで……その告白を受けたのかよ」
「ごめん……」
「なんで謝んだよ……」
仁志は頭をかかえてかきむしった。中学の頃から付き合っていて大切にしてきた彼女。それがぽっと出の男子に奪われてしまった。希子と過ごしてきた数年間は一体なんだったのかとむなしく思えてきた。
希子との思い出がよみがえってくる。夏は2人で一緒にプールや夏祭りに行ったり、一緒に映画を見たり図書館で勉強をするゆったりとした時間を過ごしたこともあった。高校受験の前には神社で合格祈願のお守りを2人揃って買ったのは今でも鮮明に思い出せる。
「わかったよ。俺たちの関係はもうおしまいなんだな」
「え……うん。そういうことになるね」
「希子はもう郁人の方に気持ちが傾いているんだよな」
仁志は歯を食いしばり、拳を震わせて希子に背を向けた。そして、ゆっくりと歩き出してその場を立ち去ろうとする。
希子がなにか呼び止めている声が聞こえた。でも、今の仁志にとってはそれはもうどうでも良いことでその言葉の内容が頭に入って来ない。
こうして1組のカップルが終わりを告げた。新しいカップルが誕生することもあれば、その逆。1つのカップルが終わることもある。死別を含めたら永遠に続くカップルなどない。これは泡沫の如く、いつかははかなく消える定めだったのだ。
◇
部屋に帰った仁志は強引に持っているバッグをベッドの上に投げ捨てた。
「クソ!」
仁志はバッグに付けてある合格祈願のお守りを強引にぶちぶちと引きはがしてそれをゴミ箱に向かって投げ捨てた。希子との思い出が詰まっていたはずの合格祈願のお守り。これがあるから、受験勉強をがんばることができた。そんな力を与えてくれるお守りも今では呪物でしかない。
「もう女なんて信用しねえ!」
仁志は机に座り、肘をついて頭を抱えた。しばらくの沈黙。部屋に静寂が訪れる。
お気に入りの野球選手のポスター。推しているバンドのサイン入りTシャツ。それらが壁に貼り付けられてあるこの部屋。仁志が最も落ち着く空間であり、荒んだ心をこの部屋にいることで癒そうとする。
仁志はベッドの上に仰向けに寝転んで天井を見上げた。希子との思い出をできるだけ思い出さないようにする。思い出す度に心が荒んで辛くなってしまう。
しかし、どれだけ余計なことを考えないようにしても頭の中では希子の顔が脳裏に浮かんでしまう。仁志は立ち上がり、制服を脱いでジャージに着替えた。
「こんなんじゃダメだ。発散してこよう」
仁志は玄関に向かってドタドタと走り、ランニングシューズを履いて外に出た。そして、走り込むことにしたのだった。
とにかく、今はなにかしていないと気が済まない。走っている間なら嫌なことを忘れさせてくれる。そう思ってのことだった。
事実、それは効果があった。仁志が走れば走るほどに目の前の景色に集中できる。見慣れた街の光景。それだけに集中して希子との思い出をかき消してくれているようだった。
仁志は走る。走り続けた。そして、ふと信号の前で立ち止まった。ここの交差点。この信号の先にはめったなことではいかない場所。普段の生活圏ではない場所だ。
信号が青になる。仁志は生活圏を隔てる道路の先へと自然と足を踏み入れていた。なんとなく、この先に行ってみたい気がした。気分を新たにしてまだ見ぬ街の景色を見てみたくなったのだった。
古い建物の時計屋。オシャレな外装のパン屋。今はやっているのかどうかわからない定食屋。そんなものが次々と目に入っていく。
そして、仁志はある建物に目が入った。そこはとあるカフェ。外装は西洋風の建物で白黒の色がなんとなく興味をそそられた。
店の看板にはオシャレな字体で『Honey Pot』と書かれている。ハニーポット……どういう店なのだろうかと仁志は気になった。
磁石のN極とS極が引き寄せ合うように、仁志はこの入ったこともない店に不思議と惹かれていた。
今日は定休日からかカーテンがかかっていて店の中の様子を見ることはできない。それでも、今度この店に行ってみようと思ってしまうほどだった。
仁志はスマホを開いて地図アプリを見てこの場所の周辺地図を見た。そしてこの地点をピン留めしてまたここに来れるようにしておいた。
帰り道、仁志はそわそわと落ち着かない気分で道を歩いている。なぜか妙に惹かれてしまう店。そのことで頭がいっぱいで、今日フラれたばかりの希子のことなど頭からすっかり抜け落ちていた。
また後日ここに訪れたい。そう思うと心がワクワクとして気持ちが昂ってくる。不思議な好奇心が落ちこんた気持ちなど吹っ飛ばしてくれたのだった。
◇
土曜日、学校が休みの日。仁志はハニーポットの店の前にいた。店の窓越しから中の様子をうかがうことができる。店の中には白と黒を基調にしたフリフリのミニスカートの制服を着ている可愛らしい店員たちがいた。
その店員たちを見ていると仁志は少し心がときめいてしまう。ここは店員の制服がかわいい。そういう店なのだと理解した。
今までそういう店に縁があったわけではない仁志。なんだかこの店に入るのはいかがわいいのではないかとそんな気持ちになってくる。
仁志は左胸を抑えて心を落ち着かせる。サイフの中には十分な金がある。大丈夫。自分は客だ。ここは別に18歳未満が立ち入ってはいけないような場所ではない。
いかがわしい気持ちになる必要はない。自分に何度もそう言い聞かせて、一呼吸を置く。
「よし、入るぞ」
仁志はハニーポットという店に入る。彼女持ちであるのならば絶対に行くことがなかったような場所。
フラれて丁度良い……というわけではないが、彼女にフラれて心にぽっかり空いた穴を埋めるには丁度良い。そんな店だと思った。入店を知らせるベルが鳴る。
「いらっしゃいませ!」
店員の声が聞こえてくる。この声は女性にしては少し低いような感じがする。なんだかそこに仁志は違和感のようなものを覚えた。
しかし、店の中の光景を見るとその違和感も吹き飛んだ。オシャレなカフェ。かわいらしい店員たち。それらを見ていると、まるで別世界に来たかのようなそんな非日常の空間に立ち入った気分になった。
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