上 下
85 / 101

第82話 無我夢中

しおりを挟む
 アルドはイーリスを救出するために雷神の槍を手に持ちその能力の“迅雷”を使い、移動速度を上昇させた。目にもとまらぬスピードで接近するも邪霊がツタを編んで壁を作りアルドの進行方向を妨害する。

「くっ……」

「食事の邪魔をするなんて無粋なやつだな。お前は見たところマナを持ってないみたいだな。オレ様の食事にすら値しない。ならば、ここで殺しても構わないってことだな!」

 邪霊の枝の先端が矢のように飛んでアルドに向かっていく。アルドはかわすも、その回避行動のせいでイーリスとまた距離が離れてしまう。

「これでは近づけない……だが」

 邪霊の枝の部分をアルドが見る。枝の先端が飛ばされてその部分が枯れている。球数に制限があるのであれば、回避し続けていればいずれ隙が生まれる。だが、そんなアルドの希望は打ち砕かれることになる。

「んっ……! ああぁああ!」

「イーリス!」

 イーリスのマナが邪霊に吸われていく。そして、邪霊はそのマナを栄養にして自身の枝の先端部分を再生させた。

「この小娘はかなりの量のマナを持っている。だから、無尽蔵にオレ様の矢を撃てるぜ?」

「よくもイーリスを……」

 このままではイーリスのマナが吸われ続けてしまう。一刻も早く娘を助けたい気持ちが先行してアルドは焦りで冷や汗をかいてしまう。

 アルドがイーリスの救出に手間取っている一方で、クララとミラもまた苦戦を強いられていた。

「このツタが邪魔!」

 マナを多く持つ2人を捕まえようとツタが伸びて来る。2人はそれを回避するために必死で合成魔法を撃つための準備を整えることができない。

「ミラ! 私がこのツタをなんとかする。だから、ミラは早く合成魔法を」

「しかし、それでは……」

 クララがおとりになり、魔法の早撃ちが得意なミラが素早く合成魔法を撃つ。理にかなっている戦術ではあるが、それではクララが危険にさらされてしまう。ミラとしても二つ返事で賛成できるようなものではない。

「それしか方法がないんだよ! わかってよ!」

 クララの鬼気迫る表情にミラはうなずかざるを得なかった。クララも覚悟を決めての提案である。しかし、先ほど隙を作ろうとしたイーリスが真っ先に捕まったのも事実である。

「わかった。クララ。ツタには気を付けるんだ」

「うん」

 クララがおとりになるために前方に出た。一方でミラは後ろに下がり、合成魔法に集中しようとする。

「来い! 私が相手だ!」

 クララが拳を鳴らしてツタに向かっていく。数本あるツタがクララへと向かっていく。クララとミラとでターゲットが分散していたものが、クララに一気に集中した。

「よし……!」

 ツタのターゲットが自分に移ったことを確認したクララは回避に集中する。マナを魔法のためではなくて、身体能力向上に使う。体を動かすことが好きなクララにとっては、魔法を撃つことよりもこちらの方が向いていると自分でも思っている。だから、こんなツタに後れを取るはずがない。

「クララが作ってくれたチャンスを無駄にしない」

 ミラは周囲の安全を確認した後に合成魔法を撃つ準備を始めた。早撃ちが得意なミラもまだ合成魔法を素早く撃つことには慣れていない。それでも、このパーティメンバーの中で最も合成魔法を使いこなせるのは彼女である。ミラは合成魔法に集中した。

「オレは……!」

 みんなががんばっている中。1人だけ離れたところで見ているルーファウス。信仰が低い前衛タイプなのに敵から攻撃を受けるのを恐れている彼は、この場において役立てることを自分で見出すことができなかった。邪霊もマナの量がそこまで多くないルーファウスを狙う必要もなかった。特に敵対行動しなければ相手にするまでもない。それが邪霊がルーファウスに下した評価。

「舐めやがって……」

 邪霊が自分に全く攻撃しないことにルーファウスのプライドは傷つけられた。要は自分はいてもいなくても一緒。誰かの役に立ちたくて、強くなりたくて、やっとの思いで手に入れた強力な戦力である盾。それも自分には使いこなすことができなかった。ただただ、劣等感しか感じることができずに唇を血がにじむくらい噛みしめた。

 だが、そんな遠くから俯瞰視点で見ているルーファウスだからこそ見えたものがあった。

「ミラさん! 危ない!」

「え?」

 その脅威に気づいたルーファウスは素早くミラに声掛けをした。しかし、ミラは反応したけれど、急に危ないとだけ言われてもミラの視点からでは何の脅威かわからない。

 ミラの背後からツタが伸びていた。そのツタはちぎれているが、確実にうねうねと動いていてミラを捕らえようとしていた。

 植物型の邪霊の特徴として、生命力の高さが挙げられる。それは体の一部を切り離してもそう簡単には倒れない厄介さもあるが、ボスクラスの邪霊ともなると切り離した体が別の個体となって動きだすこともある。この邪霊はあらかじめ、切り離しておいたツタを忍ばせておいて、いざという時のための奇襲に用いようとしていたのだ。

「くそ!」

 気づいたらルーファウスは走り出していた。戦闘を見ていたルーファウスにはわかる。あのツタはマナを吸う特徴がある。ミラがあの切り離されたツタに捕まってマナを吸われたら終わる。マナを吸われれば魔法が使えなくなってしまう。

「間に合えぇえ!」

 ルーファウスはミラの背後に向かって無我夢中の全力ダッシュをする。そして、ミラとツタの間に割り込んでツタの拘束をその身に受けたのだ。

「うぐっ……」

「ルーファウス!」

 背後の騒ぎにようやくミラが気づいた。状況から自分をかばったことを察した。

「な、なんだと! クソ! こんなマナの少ない小僧を捕まえてしまうなんて!」

 邪霊も焦りだした。切り離しておいたツタは切り札として用意しておいたもの。それが不発に終わったことは邪霊としても都合が悪い。そして、その焦りは邪霊の動き全体を鈍らせた。

「見えた! 疾風一閃!」

 アルドは邪霊が見せた隙をついて、イーリス救出までのルートを構築した。ツタで編んだ壁は自然物で強度の仕上がりにムラがある。その強度が弱い部分を的確に攻撃してツタを切り裂いて道を作った。

「しまった!」

 イーリスへと続く道を阻んでいた壁は壊れた。そこからのアルドの行動は早かった。素早くイーリスをとらえていたツタを斬り、彼女を抱きかかえてすぐさま抱きかかえる。

「お父さん!」

「イーリス。無事か? 体調は悪くないか?」

「ちょっとクラっとするけど……大丈夫。まだ戦える」

「そうか。今からちょっとだけ速く動くけど、耐えられそうか?」

「うん」

「よし、しっかり捕まっているんだぞ。迅雷!」

 アルドはすぐにイーリスを連れて邪霊から離れた。またツタによる拘束を受けないためにミラたちの方向へと戻ったのだ。

「イーリスちゃん! 良かった」

 クララが救助されたイーリスを見て安心した。こうなってしまえば、もう気を遣うものはなにもない。ミラが強力な合成魔法を放とうとする。

「これで決める! トゥインクルレッド!」

 ミラが放った輝く精霊の炎。それが樹の邪霊を焼き尽くそうとする。

「あ、あつい! ば、バカな! こ、このオレ様が……! こんな奴らに負ける! う、うぎゃあああ!」

 邪霊は悲痛な叫びをあげて、ミラの炎によって燃やされてしまった。邪霊本体が消滅したことにより、ルーファウスを拘束していたツタも効力を失い、枯れてボロボロになってしまった。

 ボスを倒したことでダンジョンは消滅していく。これはみんなが勝った証拠であった。

「ありがとう。ルーファウス。あそこでキミがアタシをかばってくれなかったら、もっと苦戦を強いられていたかもしれない」

「え? オ、オレが……?」

 予想外にミラに礼を言われてルーファウスは照れてしまう。

「で、でもオレは……あ、あ、うわあああ」

「どうした? ルーファウス君?」

 アルドがルーファウスにかけよる。ルーファウスはガタガタと震えていた。

「こ、怖かった。邪霊の攻撃なんて受けるもんじゃない……」

 今頃になって恐怖に支配されるルーファウスだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

冤罪で自殺未遂にまで追いやられた俺が、潔白だと皆が気付くまで

一本橋
恋愛
 ある日、密かに想いを寄せていた相手が痴漢にあった。  その犯人は俺だったらしい。  見覚えのない疑惑をかけられ、必死に否定するが周りからの反応は冷たいものだった。  罵倒する者、蔑む者、中には憎悪をたぎらせる者さえいた。  噂はすぐに広まり、あろうことかネットにまで晒されてしまった。  その矛先は家族にまで向き、次第にメチャクチャになっていく。  慕ってくれていた妹すらからも拒絶され、人生に絶望した俺は、自ずと歩道橋へ引き寄せられるのだった──

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

処理中です...