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第58話 イーリス救出作戦

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「というわけで、イーリスちゃんたちは多分、あのダンジョンと化した屋敷にいると思う」

 ミラは昨夜のことをアルドとクララに話した。アルドはそれを聞いていてもたってもいられなくなり、屋敷がある方向に体を向けた。

「すぐに行こう」

「うん。そうだな。ただ、その前にアタシはディガー協会を訪ねてみる。そこで、一応は今回の件を報告しようと思っている。相手がダンジョンにいる以上は衛兵ではなくて、ディガーの出番だ」

 ダンジョンに入るにはディガー資格が必要である。衛兵も街を守る職務から、戦闘力も高い方ではあるが、ダンジョンに潜るようなことはしないのだ。衛兵レベルの戦闘力があれば簡単にディガー資格を得ることも可能ではあるが、そうすると街の守りが手薄になってしまう。だから、きちんとディガーと分業しているというわけだ。

 そうしたこともあり、今回は衛兵というよりかはディガー協会に話を通すことにした。ただ、ディガーを集めるのにも時間がかかる。それまでの間にアルドたちが第一陣として屋敷に乗り込むこととなった。

「こんなところにダンジョンができていたなんてね。街から外れたところにあるし気づかなかったよ」

「ああ、そうだな。アタシも近づいて初めて気づいたことだ。他人の家なんてジロジロ観察したりしないからこそ、ダンジョン化していることに気づかなかった」

 もし、ここの屋敷がダンジョン化していることにいち早く気づいたのなれば、クララの性格上、すぐに攻略しようとしていた。だが、誰にも未発見のダンジョンはいくら近くにあったとしても攻略の対象にはなりえない。

「いくぞ!」

 アルドを先頭にして、ミラとクララが続く。屋敷の赤さびがついた鉄製の門扉を開けて庭へと入り込んだ。その瞬間、邪霊の気が満ち溢れる。ダンジョンに突入した証拠だ。ここから先はいつ、どこから邪霊が襲ってくるのかはわからない。

「今回は悠長に素材を取っている場合ではない。だから、僕も素材を感知しないですぐに子供たちを助ける」

「確認するまでもないことだな」

「うん。誘拐された子供たちが無事だといいけれど……イーリスちゃん。お腹空かせてないかな」

 クララは子供たちの心配をする。子供たちが誘拐されて既に数日が経っている。まともに食事を与えられてなければそろそろ危険な状態だ。

「さあ、入るぞ」

 アルドたちは屋敷の中に入る。重苦しいドアを開けると中は左右対称の構造になっていた。目の前にはレッドカーペットが敷かれていて階段が見える。左右にも同じ位置にドアが設置されていて、どこから調べていいのかわからない状況である。

「この広さでは手分けして探したいところだけれど、はぐれるのは危険だ。ここは邪霊がいるから付かず離れずの距離を保とう」

 距離が近すぎると邪霊が放つ魔法による攻撃にお互いを巻き込んでしまう可能性がある。かと言って離れすぎてしまうとお互いのサポートが効かなくなるというジレンマ。適切な距離を保ちながらの探索をする。

 階段の左右の手すりの前には甲冑が設置されていた。その甲冑は存在感を放っていて、今にも動き出しそうで――本当に動き出した。

「ミラ! クララ! いきなり邪霊だ!」

「うん! 甲冑は金属製だから、雷魔法が効きやすい。ミラお願い」

「任せてくれ。エレキウェーブ!」

 ジグザグとした波形の電気がミラの杖から放たれる。甲冑の内の1体はその攻撃を食らってカラカラと崩れ落ちた。

「なるほど。雷なら僕も使える。雷神の槍、展開! 行くぞ! 雷突らいとつ!」

 アルドは雷神の槍で甲冑を突いた。雷を纏った刃先により貫かれた甲冑はその場でバラバラに吹き飛んで二度と再生することはなかった。

「なんだ。見掛け倒しだな……初級のエレキウェーブで倒せてしまうとは」

「今のが初級の魔法なのか?」

「そうだな。凪の谷の時に使ったライメイは天空から雷を落とす魔法だから屋外でないと使えない。ここは屋内。遮蔽物があるからな。威力が高い魔法でも初同情条件があったりして使い勝手が悪いこともある」

「そうなんだ」

 魔法が使えないアルドにはあまり関係のない話ではあった。だが、イーリスは違う。

「イーリスちゃんはこの話をすると目を輝かせていた。彼女は黄の魔法の素質がないから雷の魔法は使えないのにな。自分が使えない魔法でも興味を持つ、あの子は本当に魔法が好きな子だ」

 今、この場にいないイーリスの話をすると、なんだか無性に悲しくなってくる三人。切ない気持ちが押し寄せてきて、早くイーリスを助けないとという想いが強くなる。

「イーリス。待ってろ。必ず僕たちが救ってみせるからな」



 ぶつぶつと呪詛のような言葉を呟いている謎の女。それに黒い影が入り込んだ。すると虚ろな目をしていた女の目が怪しく赤く光り、顔色も良くなる。

「ふう、人間というものは実に愚かであるな。こんなものに頼っているからマナの器を壊してしまう」

 女は自分が着ているディガーウェアを指でつまんで前後に動かした。

「イノセント・プロテクター。人間がそう名付けた防具。武器や防具。いくら、邪霊の力が元になっているとはいえ、その力そのものには罪がない。力は純粋で使う側の問題なのだ……そう言ってはいるが、力に溺れた者の末路がこれだ」

 女は牢屋に閉じ込めている子供たちを見てほくそ笑んだ。子供たちは一様に虚ろな目をしていてそこに彼らの思考、自由意志があるのか、見ただけではうかがえないほどに生気がなかった。たった一人を除いて。

「あ、あなた! 一体何者!」

 牢屋の中にいる金髪の少女が女に向かってそう叫んだ。

「ん? おかしいな。私がかけた幻術は高い魔力と相当なマナの量がないと解除するのが難しいはず。子供にそんな魔力があるとは思えないがな」

 魔力が高くて、相当な量のマナを持っている金髪の少女の正体はイーリスだった。パジャマ姿の彼女は牢屋の檻を掴んでギシギシと揺らす。

「出して、私をお父さんのところに帰して!」

「ふむ……なるほど。筋肉量は正に見た通り。年頃の少女そのもの。檻を壊すパワーなどないか」

「なに言ってるの! そんなの大人でもあるわけないじゃない!」

「筋肉質でかつ、マナのコントロールが上手ければ可能だ。お前は見たところ、マナのコントロールの筋は良い。鍛えれば身体能力にも補正がかけられる。だが、それだけ。元の筋肉量が大したことないから物理攻撃主体には向かない」

 女がローブの中からほら貝を出した。そして、そのほら貝を口に付けて思いきり吹いた。ぶおおおおと低く響き渡る音が響き渡る。そして、口を付けたまま女はこうしゃべった。

「眠れ」

 その言葉を聞いた瞬間、牢屋の中の子供たちは一斉に眠ってしまった。

「な、なにこれ……」

 イーリスも眠気に耐えているが、それでもうとうととしてしまう。目を閉じては開けての繰り返し。目が全開にすることもできずに段々と半目になっていく。でも、結局は睡魔には勝てなくて、そのまま夢の世界に誘われてしまった。

「心配するな。お前たちは私の生贄となって死ぬ。だが、それは名誉なことだ。なにせ、一定量のマナを同時に取り込めば、邪霊はダンジョンから抜け出すことができる。ククク、助かったよ。わざわざ、マナの器を壊したバカがこのダンジョンに入って来てくれてな。マナの器が壊れていれば高位な邪霊なら憑依することができる。そうすれば、その肉体は思いのまま。憑依を解除しても簡単な命令ならあらかじめ仕込んでおくことで実行させることも可能だ。例えば、この笛を吹いて町中の子供を誘拐してこいなんてこともな。ハハハハハハ!」
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