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第55話 誘拐事件

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 ツルハシを持って仕事をするアルド。ここのところ近場にダンジョンができていないし、特に事件も起きていない。アルドに平和な日々が続いている。

「なあ、聞いたか? アルド」

「親方? どうしたんですか?」

 ツルハシで作業しながら隣を掘っている親方と会話をするアルド。

「お前、確かスラムのA区に住んでいるんだったよな」

「そうですね」

「最近、そこも物騒になってきたらしいんだ。なんでも近頃は子供の誘拐事件が多発しているとか」

「子供の誘拐事件?」

 アルドの手が止まった。アルドにとっては他人事ではない。なにせ、イーリスが誘拐されたらと思うと想像するだけで胸が張り裂けそうになる。

 頭の中ではイーリスは1人で勝手に外出するような子供でもないし、クララやミラが面倒をみてくれているし、魔法が使えるから誘拐犯は撃退できるくらいには強いはず。それでも、世の中は絶対ではない。普通の子供よりかは安全とはいえ、狙われるだけでリスクはある。

「ああ、どうしよう」

 アルドは頭を抱えた。なにせ、イーリスは可愛い。アルドはイーリスをこの世で最も可愛い子供だと思っている。誘拐犯が狙わないわけないと。

「まあ、そういうことだから、気を付けろよ」

「はい親方」

 その話を聞いたアルドは、仕事終わりと同時に全速力で家まで戻った。

「イーリス!」

 玄関のドアを勢いよく開ける。アルドの帰宅を知ったイーリスはびっくりした様子で玄関を向かった。

「お父さん? どうしたの? そんなに息を切らして」

「はぁはぁ……良かった」

 事情が呑み込めないイーリスだったが、アルドはイーリスを優しく抱きしめた。

「お父さん? なにかあったの?」

「なにもなくて良かった。イーリスがここにいてくれるだけで僕は嬉しいよ」

「も、もう! お父さん。いきなり何言っているの」

 イーリスは頬を赤らめて照れてしまう。アルドの様子がおかしいことを一瞬忘れかけるほどに嬉しかった。

「ああ。ごめんイーリス。ちょっと、イーリスのことが心配になってな。最近、この近くで誘拐事件が起きているって話を聞いてね。イーリスは可愛いから誘拐されちゃうんじゃないかなって心配していたんだ」

「あはは。大丈夫だよ。お父さん。私は魔法使いなんだからそんな悪い誘拐犯に捕まったりしないよ」

「うん、そうだね。イーリスは強いからね」

 実際、邪霊のボスすらも倒せる威力のイーリスの魔法。アルドたちの切り札とも呼べるほどに強力なものである。並の人間よりも遥かに強いから心配はいらないとアルドは改めて思った。

「イーリス。前に僕に言ったよね。お父さんはどこにも行かないでって。それは僕も同じ気持ちだ。イーリスがどこか僕が知らないところに行ったら……僕は耐えられない」

「うん、大丈夫だよ。私はどこにもいかないよ! 大好きなお父さんの傍から離れるわけないじゃない!」

 イーリスはニカっと笑った。無邪気に笑うイーリスにアルドは心が洗われた。

「うんうん」

 こうしてお互いの絆を確かめった翌朝。アルドは目を覚ますとどこか胸騒ぎがした。その胸騒ぎの正体がわからないまま、心配になったアルドはイーリスの寝室に向かった。

 イーリスは既に起きているのか、部屋にいなかった。

「もう起きたのかな?」

 空っぽのベッドを尻目にアルドは家中を探した。しかし、イーリスの姿はそこにはなかった。影も形も見つからない。どこかのタイミングで入れ違いになったのかもしれないと思ってもう1度家中をくまなく探す。イーリスの名前を呼びながら歩くが、返事は帰ってこない。

「イーリス……?」

 アルドは頭が混乱してきた。イーリスはアルドに黙って外出をするような子供ではない。仮に外に出る用事があったとしても必ずアルドに許可はとるのだ。

「ま、待て落ち着け。そんなわけない……」

 そうは言いつつもアルドはイノセント・アームズを手に取っていた。念のため、もう1度家の中を探す。だが、結果は同じこと。元々3人で住む想定だった家が今はアルド1人。家の広さに喪失感を感じている場合ではない。

「イーリス!」

 アルドは外に出た。家の周りをきょろきょろと見回す。いつも見慣れている光景。だが、心はいつもと違って穏やかではない。最愛の娘がいないだけでここまで心がざわついてしまう。

「イーリス! どこだ! イーリス!」

 アルドは朝早くだというのに声を張り上げてA区を探し回った。すると、同じく人の名前を必死で叫んでいる若い男女がいた。

「あ……すみません! ジャンを見ませんでしたか?」

 男女はアルドに話しかけてきた。しかし、アルドもそれどころではない。黙って首を横に振った。

「そ、そんな! 息子が今朝目を覚ましたらいなくなったんです」

「あなたもですか……実は、僕も娘が……」

 この男女は夫婦でアルドと同じ境遇だった。子供が突如煙のように消えてしまった。

 やはり、誘拐事件とみて間違いないアルドはそう確信した。だが、1つ解せないことがあった。アルドは一旦家に戻って、イーリスの手がかりがないかを探した。

 だが、家には特に手がかりはない。それこそ、イーリスが消えてしまったこと以外は全く違和感がない。それが違和感だった。

「どうして家に荒らされた跡がないんだ」

 もし、誘拐犯がイーリスを無理矢理連れ去ったのであれば、家に押し入る必要がある。そうなると必然的に誘拐犯の“痕跡”が残っているはずではあるが、それが何1つない。

 だとすると考えられる理由は1つしかない。誘拐犯はこの家に押し入ってなどいない。イーリスが自発的に家を出たんだと。アルドはそう仮説を立てる。

 しかし、イーリスが何のために自発的に家を出たのか。それがアルドには理解できなかった。

 とにかく、これはアルド1人で解決できる問題ではない。一先ず、この地区を管轄している衛兵に事情を話すしかない。

 そう思ってアルドは街にある衛兵の詰め所へと向かった。だが、詰め所には小さい子を持つ親世代と思われる年齢の人がずらっと並んでいた。

 身なりからするとA区の人間だとアルドは察した。どうやら、彼らも子供が誘拐されたことを衛兵に伝えたようであると推察できる。

「ダメだ。こんなところで時間を潰している余裕はない。クララやミラに相談してみよう」

 一刻も早くイーリスを取り戻したいアルドはクララとミラを頼ることにした。



「というわけなんだ」

「そうなんだ……イーリスちゃんが心配だね」

 クララはアルドの話を聞いて心配そうに眉を下げている。だが、ミラは口元に手を当ててなにかを考え込んでいる。

「アルドさん。実は今朝、ホルンが妙なことを言っていたんだ。それが今回の事件に関係あるのかはわからないけれど、一応共有はしておく」

「ありがとうミラ。今はどんな些細な手がかりでも欲しい」

「ホルンが夜中に目を覚ましたんだ。がばっと毛布をめくる音が聞こえて、アタシはそれで目を覚ましたんだ。ホルンはなにやら周囲をキョロキョロしてな。妙な動きをしたと思ったら、また眠りについた。翌朝、ホルンに夜中に会った出来事を聞いたんだ」

 ミラはここで1拍置く。そして話を続ける。

「誰かが僕を呼ぶ声が聞こえた。遠くからでよくわからなかったけれど。ホルンは確かにそう言った」

「その声はミラは聞かなかったのか?」

「アタシは全く聞こえなかった。でも、呼ぶ声が聞こえて子供が目を覚ました。これって妙だと思わないか?」

「呼ぶ声……まさか、イーリスはその声に呼ばれて本当についていったって言うのか?」

「まあ、可能性の1つかな。ホルンの空耳の可能性もあって事件と関係ないかもしれないし」

 関係ない。その可能性は確かにあるが、アルドの勘はそうは言っていない。イーリスがいなくなったのはその声となにか関係している。確信はないが、そんな予感がするのだ。
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