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第54話 おうちのお掃除と思い出
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アルドは優雅な朝食を嗜んでいた。トーストにコーヒー。それらを口にしながらふと呟く。
「今日も平和だなー」
しかし、そんなアルドにイーリスはふくれっ面を見せる。
「お父さん! なにが平和なの! ねえ、あれを見てよ!」
イーリスが指さしたのはアルドの部屋。そこのドアから見えるものは散らかった部屋である。
「あー……まあ、そういう時もあるよ。イーリス」
「そういう時しかないじゃないの!」
アルドは片付けが苦手である。それは記憶を失う前から変わっていない。イーリスの母親が出ていってからは、アルドは空になった酒瓶をその辺に放り投げて、家はもう散らかり放題であった。酒を控えるようになっても相変わらずである。
「それにしても意外だったのはお父さんが料理できたことだよね。片付けができなかったのは昔からだけど、料理はお母さんしかやってなくて、お父さんが料理をしているところは見たことないよ」
「うーん。僕もよくわからないんだ。なぜかできてしまった」
アルドの転生前は料理ができる人間であった。でも、なぜか片付けはできない。いや、できなかったわけではないのだ。ある理由で転生前のアルドは片付けが苦手になってしまったのだ。
「とにかく、今日は掃除をしてよ。私も手伝うから」
イーリスに言われてアルドは重い腰を上げた。まずはアルドの部屋の片づけからである。床にものが散乱している状態である。イーリスは呆れながらもそれらを片付けていく。
「お父さん。これ捨てても良い?」
アルドが読んでいた新聞。日付はかなり前である。
「あー。うーん……」
「なんで迷うの。過去の新聞なんて取っておいても仕方ないじゃない」
「いや、でもその日付の新聞はもう2度と発刊されないし、思い出になるんじゃないかなって」
「ならないよ」
有無を言わさず、イーリスは新聞を捨てた。アルドはちょっとだけ渋っては見せたものの、いざ捨てるとなったらスッキリとした気持ちになった。
「ん? お父さん。これなに?」
イーリスが拾ったのは日記帳だった。イーリスが日記をパラパラとめくる。そして、イーリスは黙って閉じた。
「これ捨てるよ」
「え? 捨てるの? 日記だよ?」
「…………」
アルドはイーリスは他人の日記を勝手に捨てるような子供ではないことを知っている。もし、この日記の持ち主がアルドのものであったら、イーリスも捨てるようなことはしない。そして、この反応的にイーリスの日記でもない。ということは、この日記を書いたのは。
「イーリス。それは本当に捨ててもいいのか?」
「いいよ。いらない」
「そっか」
「お父さんは取っておきたいの?」
「まあ、それを言われたら取っておきたい気持ちはあるかな」
アルドは簡単に物を捨てられない性格なのである。捨てるどころか片付ける。整理する。そういう行為そのものにある種の忌避感を持っている。
「やっぱりお母さんにまだ未練があるの?」
イーリスはぐっと日記を握りしめた。やはりアルドの想像通り、この日記はイーリスの母親のものだった。
「別に未練とかそういうのないよ。僕にはイーリスがいるし、正直、僕の元妻との思い出もなにもないんだ。でも……その日記は思い出なんだ。思い出の品はなくなったら取り返しがつかなくなってしまう。まだ一緒にいる人との思い出ならまた作ればいい。でも、もういなくなってしまった人との思い出は2度と増えることはないんだ」
アルドは遠い目をして語った。アルドが片付けが苦手な理由。それは、前世に起因していた。無意識レベルに刻まれたもの。妻子を事故で亡くした彼は“空っぽ”になった家をずっと整理していた。家を掃除する度にもう増えることがない思い出が出て来てとても悲しい気持ちになる。いっそ捨ててしまえば楽になったのかもしれない。けれど、アルドの前世はそれができなかった。
だから、彼は片付けや掃除をしなくなった。すれば辛くなるのがわかっているから。
「僕と元妻はもう関係が切れている。だから、僕に未練はない。でもイーリスは違う。離れて暮らしていても、彼女がイーリスを生んだ事実は変わらない、だから——」
「ううん、やっぱりいらない」
イーリスは日記帳をゴミ袋の中に捨てた。全くのためらいなどない。そこにあるのはイーリスの決意だけだ。
「だって、私には一緒に思い出を作ってくれるお父さんがいるもん。お母さんとの思い出はもう増えることはないかもしれないけれど、お父さんとの思い出があれば……そんなものはいらない」
「そうか……」
実のところアルドは家を片付けるのが怖かったのだ。この家にはまだイーリスの母親の思い出が眠っているのかもしれない。それを捨ててしまったらイーリスが悲しむ可能性がある。でも、イーリスはもう過去には縛られるつもりはないことがこの行動でわかった。
「イーリス。僕もちゃんと掃除をするよ……もう思い出から逃げたりしない」
「うん」
実際、アルドの部屋を探せばそこにはイーリスの母親との思い出の品が次々と出てきた。でも、出て来る度にその思い出は処分された。思い出が処分される度にイーリスの笑顔が増えていく。これで良かったんだとアルドは思った。
「ふう、お父さん。部屋が片付いたね。もう散らかさないでよ」
「うん」
「散らかす前に掃除をすること!」
「わかってるよ」
「ただし、どうしてもと言うんだったら、お片付けのプロの私を頼ってもいい!」
イーリスは腰に手を当てて「えっへん」と偉ぶって見せた。
「ああ、そうだな。僕なんかよりイーリスはよっぽど掃除に向いている。お片付けのプロだよ。本当に」
「えへへー」
結局のところ、アルドの前世は物を片付けられなかったから気持ちにも整理がつかずにいつまでも妻子を亡くしたことを引きずっていた。それが、起因して彼は自らの死を選ぶ決断をしてしまったのだ。
もし、彼が思い出を整理することが出来ていたのであれば、前に進めて違った未来を歩めた可能性はある。
今のアルドはそのことを全く覚えてはいない。でも、最愛のイーリスから前に進むために大切なことを教わったのだ。
親から子に一方的に教育するばかりではない。親だって子から学ぶことはあるのだ。そのことをアルドはしっかりと胸に刻み込んだ。
「よし、それじゃあ、今日はイーリスがお片付けを手伝ってくれたからご褒美にお菓子を買ってあげよう」
「え? いいの? わーい! お父さんありがとー! あ、そうだ。もう1つおねだりしても良い?」
イーリスは申し訳なさそうな感じの上目遣いでアルドを見つめた。
「ん? まあいいぞ」
◇
その日の夜。イーリスはアルドに買ってもらったものを開いていた。そして、そこにペンで書き記していく。
『今日はお父さんの部屋を掃除しました。
そうしたら、いなくなったお母さんの日記やら色々な思いでの品が出てきました。
私は日記を読みたくありませんでした。最初の数ページだけチラっと読んだけれど、その時のお母さんは私のことを想ってくれているように書かれていました。
でも、結局あの人は私を捨てた人です。日記の後半になるとどんなことが書かれているのか。
私にはそれを読む勇気がありませんでした。
日記があれば、いつかは気になって読んでしまうかもしれません。でも、その時に傷つくのは未来の私です。
だから、私はお母さんの日記を迷わずに捨てました。他の思い出の品もあるだけ辛くなることはわかっています。だから捨てました。
でも、私は平気です。大好きなお父さんがいてくれるから』
「よし、こんなもんでいいかな」
イーリスは日記帳を閉じて、眠りについた。
「今日も平和だなー」
しかし、そんなアルドにイーリスはふくれっ面を見せる。
「お父さん! なにが平和なの! ねえ、あれを見てよ!」
イーリスが指さしたのはアルドの部屋。そこのドアから見えるものは散らかった部屋である。
「あー……まあ、そういう時もあるよ。イーリス」
「そういう時しかないじゃないの!」
アルドは片付けが苦手である。それは記憶を失う前から変わっていない。イーリスの母親が出ていってからは、アルドは空になった酒瓶をその辺に放り投げて、家はもう散らかり放題であった。酒を控えるようになっても相変わらずである。
「それにしても意外だったのはお父さんが料理できたことだよね。片付けができなかったのは昔からだけど、料理はお母さんしかやってなくて、お父さんが料理をしているところは見たことないよ」
「うーん。僕もよくわからないんだ。なぜかできてしまった」
アルドの転生前は料理ができる人間であった。でも、なぜか片付けはできない。いや、できなかったわけではないのだ。ある理由で転生前のアルドは片付けが苦手になってしまったのだ。
「とにかく、今日は掃除をしてよ。私も手伝うから」
イーリスに言われてアルドは重い腰を上げた。まずはアルドの部屋の片づけからである。床にものが散乱している状態である。イーリスは呆れながらもそれらを片付けていく。
「お父さん。これ捨てても良い?」
アルドが読んでいた新聞。日付はかなり前である。
「あー。うーん……」
「なんで迷うの。過去の新聞なんて取っておいても仕方ないじゃない」
「いや、でもその日付の新聞はもう2度と発刊されないし、思い出になるんじゃないかなって」
「ならないよ」
有無を言わさず、イーリスは新聞を捨てた。アルドはちょっとだけ渋っては見せたものの、いざ捨てるとなったらスッキリとした気持ちになった。
「ん? お父さん。これなに?」
イーリスが拾ったのは日記帳だった。イーリスが日記をパラパラとめくる。そして、イーリスは黙って閉じた。
「これ捨てるよ」
「え? 捨てるの? 日記だよ?」
「…………」
アルドはイーリスは他人の日記を勝手に捨てるような子供ではないことを知っている。もし、この日記の持ち主がアルドのものであったら、イーリスも捨てるようなことはしない。そして、この反応的にイーリスの日記でもない。ということは、この日記を書いたのは。
「イーリス。それは本当に捨ててもいいのか?」
「いいよ。いらない」
「そっか」
「お父さんは取っておきたいの?」
「まあ、それを言われたら取っておきたい気持ちはあるかな」
アルドは簡単に物を捨てられない性格なのである。捨てるどころか片付ける。整理する。そういう行為そのものにある種の忌避感を持っている。
「やっぱりお母さんにまだ未練があるの?」
イーリスはぐっと日記を握りしめた。やはりアルドの想像通り、この日記はイーリスの母親のものだった。
「別に未練とかそういうのないよ。僕にはイーリスがいるし、正直、僕の元妻との思い出もなにもないんだ。でも……その日記は思い出なんだ。思い出の品はなくなったら取り返しがつかなくなってしまう。まだ一緒にいる人との思い出ならまた作ればいい。でも、もういなくなってしまった人との思い出は2度と増えることはないんだ」
アルドは遠い目をして語った。アルドが片付けが苦手な理由。それは、前世に起因していた。無意識レベルに刻まれたもの。妻子を事故で亡くした彼は“空っぽ”になった家をずっと整理していた。家を掃除する度にもう増えることがない思い出が出て来てとても悲しい気持ちになる。いっそ捨ててしまえば楽になったのかもしれない。けれど、アルドの前世はそれができなかった。
だから、彼は片付けや掃除をしなくなった。すれば辛くなるのがわかっているから。
「僕と元妻はもう関係が切れている。だから、僕に未練はない。でもイーリスは違う。離れて暮らしていても、彼女がイーリスを生んだ事実は変わらない、だから——」
「ううん、やっぱりいらない」
イーリスは日記帳をゴミ袋の中に捨てた。全くのためらいなどない。そこにあるのはイーリスの決意だけだ。
「だって、私には一緒に思い出を作ってくれるお父さんがいるもん。お母さんとの思い出はもう増えることはないかもしれないけれど、お父さんとの思い出があれば……そんなものはいらない」
「そうか……」
実のところアルドは家を片付けるのが怖かったのだ。この家にはまだイーリスの母親の思い出が眠っているのかもしれない。それを捨ててしまったらイーリスが悲しむ可能性がある。でも、イーリスはもう過去には縛られるつもりはないことがこの行動でわかった。
「イーリス。僕もちゃんと掃除をするよ……もう思い出から逃げたりしない」
「うん」
実際、アルドの部屋を探せばそこにはイーリスの母親との思い出の品が次々と出てきた。でも、出て来る度にその思い出は処分された。思い出が処分される度にイーリスの笑顔が増えていく。これで良かったんだとアルドは思った。
「ふう、お父さん。部屋が片付いたね。もう散らかさないでよ」
「うん」
「散らかす前に掃除をすること!」
「わかってるよ」
「ただし、どうしてもと言うんだったら、お片付けのプロの私を頼ってもいい!」
イーリスは腰に手を当てて「えっへん」と偉ぶって見せた。
「ああ、そうだな。僕なんかよりイーリスはよっぽど掃除に向いている。お片付けのプロだよ。本当に」
「えへへー」
結局のところ、アルドの前世は物を片付けられなかったから気持ちにも整理がつかずにいつまでも妻子を亡くしたことを引きずっていた。それが、起因して彼は自らの死を選ぶ決断をしてしまったのだ。
もし、彼が思い出を整理することが出来ていたのであれば、前に進めて違った未来を歩めた可能性はある。
今のアルドはそのことを全く覚えてはいない。でも、最愛のイーリスから前に進むために大切なことを教わったのだ。
親から子に一方的に教育するばかりではない。親だって子から学ぶことはあるのだ。そのことをアルドはしっかりと胸に刻み込んだ。
「よし、それじゃあ、今日はイーリスがお片付けを手伝ってくれたからご褒美にお菓子を買ってあげよう」
「え? いいの? わーい! お父さんありがとー! あ、そうだ。もう1つおねだりしても良い?」
イーリスは申し訳なさそうな感じの上目遣いでアルドを見つめた。
「ん? まあいいぞ」
◇
その日の夜。イーリスはアルドに買ってもらったものを開いていた。そして、そこにペンで書き記していく。
『今日はお父さんの部屋を掃除しました。
そうしたら、いなくなったお母さんの日記やら色々な思いでの品が出てきました。
私は日記を読みたくありませんでした。最初の数ページだけチラっと読んだけれど、その時のお母さんは私のことを想ってくれているように書かれていました。
でも、結局あの人は私を捨てた人です。日記の後半になるとどんなことが書かれているのか。
私にはそれを読む勇気がありませんでした。
日記があれば、いつかは気になって読んでしまうかもしれません。でも、その時に傷つくのは未来の私です。
だから、私はお母さんの日記を迷わずに捨てました。他の思い出の品もあるだけ辛くなることはわかっています。だから捨てました。
でも、私は平気です。大好きなお父さんがいてくれるから』
「よし、こんなもんでいいかな」
イーリスは日記帳を閉じて、眠りについた。
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