上 下
8 / 101

第7話 娘のためにダンジョン潜る

しおりを挟む
 アルドは仕事の昼休憩中に親方にあることを相談することにした。

「親方。なんか稼げる副業とかないですか?」

「んー? まあ、あるにはあるが。どうした? ギャンブルか? 女遊びか? それとも酒場のツケが溜まってるのか?」

 親方はニヤニヤとしながら、アルドの肩を組んだ。

「違いますよ。イーリスがいるのにそんなことをするわけないじゃないですか!」

 記憶をなくす前に自分はそういうことをするイメージなのかとアルドは少し落胆してしまった。

「はっはっは。そう拗ねるな。良い情報を教えてやる。ここの鉱山の裏。そこはダンジョンになっているんだ」

「ダンジョン?」

「ん? ああ。お前は記憶喪失になっているんだったな。いいぞ。教えてやる」

 親方は得意気にダンジョンについて語ろうとした。

「良いか? この世界には精霊と邪霊と呼ばれる存在がある。この2つの本質は同じ。違うのは、人間にとって益があるのが精霊、害があるのが邪霊と区別される」

「ふむふむ」

 アルドは発酵と腐敗の関係を思い出した。この2つの本質は同じで、人間にとって害があるかどうかが違いになっている。

「そして、精霊が邪霊を封じ込めた場所。それがダンジョンだ。精霊は自らの身を犠牲にして大量の邪霊をダンジョンへと封じ込める。邪霊をダンジョンに封じ込めるためには、精霊も一緒にそこの土地に封印される必要がある。ここまではいいか?」

「はい」

「このまま放置しておいても一見、人間に害がないように思える。しかし、精霊と邪霊では邪霊の方が数が圧倒的に多い。要は精霊の数が足りないんだよ。だから、人間がダンジョンに潜って邪霊を退治して精霊の封印を解いてやる必要がある。そうすれば、精霊がまた人間に益をもたらすようになるし、新たなる邪霊の脅威にも対応できる」

 親方が人差し指を立てながら説明した。

「それで、そのダンジョンが、どう副業に繋がるんですか?」

「ああ。そうだな。実はな。ダンジョンをクリアして精霊を解放すると国から、ディガー協会から報奨金が出るんだ。ああ、ディガーって言うのはダンジョンに潜る奴らの総称みたいなもんだ。それに、邪霊も精霊も根は同じ。邪霊が多く集まる場所には、不思議な"素材”が取れることもある。その素材を売り払えば、ある程度の金にはなるだろう」

「そうなんですね」

「まあ、ディガーは命の危険がある仕事だ。当たればでかいけれど、やめておいた方がいいぞ」

「まあ、この炭鉱夫だって事故で亡くなる人もいるんで、危険なのには違いないですよね」

 アルドのその言葉に親方は一瞬黙って考えてしまう。そして、「ガッハッハ」と笑いながらアルドの背中をバシバシと叩いた。

「ちげえねえな! どうせ危険なら、ディガーも目指してみるか? ん?」

「はい」



「ただいまー」

「お父さん、おかえりー」

 鉱山から帰って来たアルドを出迎えるイーリス。今日もアルドはイーリスに会うために真っすぐ家に帰って来た。

「お父さん。ご飯できてるよ。食べる?」

「おお、ありがとうイーリス」

 アルドは食卓へとついた。イーリスが作ってくれた料理。ぶつ切りになった野菜炒め。ちょっと不格好ながらも、アルドへの愛情が感じられる。

「おお。これをイーリスが作ったのか。凄いな」

「へへん。早く食べて! 早く速く」

 イーリスがぴょんぴょんと跳ねてアルドが野菜炒めを食べるのを待っている。

 アルドはそれを微笑ましく思い、横目でイーリスをチラッと見ながら、野菜炒めを口に運んだ。少し味付けにつたない部分はあるが、十分美味しい。なにより、イーリスがアルドのために作ってくれたもの。それは、アルドにとってはそれが世界一のご馳走である。

「美味しい。さすがイーリス」

「えへへへ」

 アルドはむしゃむしゃと野菜炒めを食べた。アルドに喜んでもらえてイーリスは満面の笑みで頷き続ける。

「あ、そうだ。イーリス。僕は仕事を増やそうと思っているんだ」

「え? 大丈夫なの? お父さん」

 イーリスの笑顔が消えて真顔になった。それほどまでにアルドの話がイーリスにとって重要なのだ。

 当然、イーリスはアルドの心配をした。もちろん、アルドの仕事が増えれば一緒にいられる時間が減る。それはイーリスにとっても嫌なことであったが、それよりも仕事のしすぎでアルドの体調が悪化することの方がイーリスとしては嫌だったのだ。

「大丈夫だよ、イーリス。無茶はしないから」

 アルドはイーリスの肩にぽんと手をおいた。イーリスは少し不安げな表情を浮かべるもアルドの微笑みを見て、心を落ち着かせた。

「仕事って言うと、また炭鉱夫の仕事なの?」

「いや、違う。副業でディガーを始めようと思うんだ」

「ディガー……? あのダンジョンに潜る人?」

 その程度の知識ならば、子供のイーリスでも一般常識として知っていた。精霊と邪霊の関係は子供向けの絵本にも載っている内容。おとぎ話としてこの世界の原理を子供の教えているのだ。

「ああ。ダンジョンを踏破して、精霊を救出すればすごいお金が貰えるんだ。そうすれば、こんなスラム街暮らしもしなくて済むかもね。ははは」

 アルドは笑い飛ばした。しかし、イーリスは眉を下げて困った表情をしてアルドに抱き着いた。

「イーリス?」

「大丈夫だよ。私、ここの暮らしを気に入っているから。だから、無理をしなくても……」

 嗚咽おえつを少し漏らすイーリス。ダンジョンに潜って亡くなる人は毎年後を絶たない。それだけ危険な仕事なのであることは、イーリスも知っていた。そんな仕事、できればアルドにして欲しくない。それがイーリスの本音なのだ。

 そんなイーリスの背中をアルドは優しく撫でた。イーリスはそっとアルドの方向に寄り添う。

「大丈夫。そんな無茶なことはしない。イーリスに2度と会えなくなることを僕がするわけないだろう。だから、心配しないで、ね?」

 アルドは気づいていた。イーリスは本が好きな子であることに。前回、本屋に行った時も児童書コーナー以外の本にも目移りをしていた。イーリスは本当はもっと色んな本を読みたい。けれど、本は高くてイーリスが望むものばかりを買い与えていては、生活ができない。

 アルドはイーリスに我慢をさせたくなかった。これまで不幸だった分、イーリスには不自由な生活をさせたくないのだ。

「本当だよ。お父さん……私を置いてどこかへ行っちゃやだよ」

 イーリスの潤んで赤くなった目。アルドはこの子をこれ以上泣かさないように、しっかりしなければならないと思った。イーリスが自分を安心してダンジョンに送り出してくれるように強くならねばと。

「ああ、大丈夫。絶対にイーリスを独りになんかしない」

 アルドはイーリスをぎゅっと抱きしめた。イーリスはアルドの温もりを感じて、どことなく安心する。



 それから、しばらくして、アルドがディガー協会で諸々の手続きを行い、ダンジョンへと潜る資格を得た。これからダンジョンに潜ろうと家を出ようとした時、イーリスが玄関まで付いてきた。

「お父さん……」

「ああ、イーリス。行ってくるよ」

「これ……」

 イーリスがアルドにある物を渡した。それは、イーリスが綿で作った人形だった。手の平に収まる程度のそのサイズの人形はどことなく、アルドに似ている。

「これ、お父さんの人形……お守り代わりに持っていて」

「ああ。ありがとう。イーリス。嬉しいよ」

「お父さん! 邪霊なんかやっつけちゃえ! お父さんが邪霊に負けるわけないんだ!」

 イーリスが拳を突き出して、アルドにエールを送った。

「ふふ、ああ。そうだな。じゃあ行ってくる」

 アルドは人形を大切に受け取り、鉱山の裏にあるダンジョンを目指した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

仏間にて

非現実の王国
大衆娯楽
父娘でディシスパ風。ダークな雰囲気満載、R18な性描写はなし。サイコホラー&虐待要素有り。苦手な方はご自衛を。 「かわいそうはかわいい」

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

処理中です...