人を殺せば強くなる業を背負った暗黒騎士は平穏に暮らしたい

下垣

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暗黒教団編

第38話 意見の相違

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「暗黒騎士の存在を容認している国だと! そんなものあるわけがない!」

 俺はノエルの言葉を否定した。クリスリッカの国? そこが暗黒騎士の存在を唯一容認している? そんなこと聞いたこともない。確かに俺は地政学は門外漢だが、騎士学校を出ているだけあって一般教養はある。座学だって受けてそれなりの成績を修めている。そんな国があったら、俺の耳に入らない方がおかしいのだ。

「はい。表向きには暗黒騎士は見つけ次第始末するように通達されています。裏社会の賞金稼ぎ共のために、暗黒騎士に多額の懸賞金をかけてます……ただし、他の国が生死を問わない【デッドオアアライブ】なのに対して、クリスリッカの国はアライブのみ。それがどういう意味かわかりますよね?」

「暗黒騎士は生け捕りのみ……つまり、殺してはいけない存在。多額の懸賞金で逆に暗黒騎士を守っているのか?」

「ええ。そうです。暗黒騎士を保護したら懸賞金を払う。そう言い換えても差し付けないかと」

 にわかには信じられない。俺はノエルに対して猜疑心しか覚えない。

「ノエル。お前は、俺をその国に突き出すつもりか?」

「突き出す……というと?」

「クリスリッカの国には、暗黒騎士が多額の懸賞金が賭けられている。ということはだ、俺は正に金の卵を生む鶏。値千金の生きてる金ということだ。俺を保護するなんて嘘をついて、憲兵に突き出し、懸賞金を貰ってトンズラするつもりか!」

 そうだ。ノエルが俺を裏切らない保証はどこにもないのだ。金に目がくらんで、暗黒騎士にとっては安全な場所だと嘘をつき、俺を油断させる作戦。それが一番自然な流れだ。

「そうだよリック。こんな奴の言うことなんて信じられない」

 リーサも俺に同調する。今日初めて会ったばかりの初対面の相手を信用する方が難しいのだ。

「私は私人ではなくて、クリスリッカの公人。つまり、懸賞金を貰える立場ではないのです。まあ、役職名は明かせませんが……とにかく、私がリック様を捕まえたところで懸賞金は出ません。出世にも影響しません……私はただ、あなたを守りたいのです。聖騎士団とかいう野蛮な連中から」

 確かに悪霊憑きの味方がいるんだったら、それは心強いことだ。俺は大抵の相手には負けないが、聖騎士には勝てない。ラッドに勝てたのも運が良かったからだ。ラッドも本職の聖騎士とは違って、植物学者という一面も持っていた。つまり、毎日のように鍛錬を積んでいる正規兵ではなかった。それでもあれだけ苦戦したのだ。できれば2度と聖騎士とは戦いたくない。

「まあ、今すぐに決断して頂かなくても大丈夫です。私たちに手を貸したくないというのであれば、リック様の意思を尊重します。その場合は、近くの村に送らせて頂きます。それでは私はこれで失礼します」

 ノエルはそれだけ言うとその場から立ち去ってしまった。取り残された俺たち。これからどうすればいいのだろうか。

「リック。あいつら信じるわけじゃないよね?」

「ああ。クリスリッカとかいう国には行くつもりはない。俺たちは近くの村まで送ってもらってそれでアイツらとは別れよう」

「うん。そうだね。私もそれがいいと思う」

 いずれにしてもあんなローブを纏っている悪目立ちをする集団に属するつもりはない。俺は平穏に生きたいんだ。

 就寝時間。俺とリーサは別々のテントに案内された。正直、わけのわからない教団の野営地。そこにリーサを1人で残しておくのは心配だった。でも、流石に一緒のテントで寝たいなんて言い出したら変態扱いされるのがオチだ。俺とリーサは仲間という関係ではあるが、男女の仲ではない。精々、なにかあった時のために、テントを隣接して立ててもらうくらいしかできなかった。

 俺は頭の後ろで手を組んで横になった。テントの天井を見つめる。それしか得に見るものがない。夜というものは暇なものだ。ここには灯りはあるが、本はない。いつまでも起きているわけにはいかないか……俺は灯りを消した。



「兄貴……あのテントの灯りが消えましたで」

「ああ……間違いない。あの中に暗黒騎士がいる」

「へっへ。あいつを生け捕りしたら、俺たち大金持ちでさぁ!」

「まあ、最悪殺してもいいだろう。出荷先はクリスリッカ以外にもあるんだからな」

「それでは……兄貴入りますで……暗くて良く見えないですなあ」

「しー。静かに……奴が起きたらどうするんだ?」

 風切り音が聞こえる。次の瞬間、間抜けな声で「ぶへ」と言った“侵入者”がドサっと倒れる音が聞こえた。

「お、おい! うぐ……」

 俺は続けて手に持っていた棒切れで“兄貴”と呼ばれた男を思いきり棒で殴打した。開拓地村での戦闘を経て、俺のパワーとスピードも格段に上がっている。強くなったはずなのに嬉しくない。俺のこの強さの根源は俺の肉体に憑依している魂のお陰。暗黒騎士はその身に殺したものの魂を憑依させる。そして、その“罪”の数だけ強くなる……

「どうかしましたか!」

 光源と共に昼間に出会ったノエルがやってきた。ノエルの持っているランタンに照らされた間抜けな侵入者2人。大方、開拓地村に暗黒騎士が出たという噂を聞いて、嗅ぎまわっていた“ハイエナ”かなんかだろう。どうやって、俺が暗黒騎士だと情報を得たのかは知らないし、興味もない。恐らく、こいつらのどっちかのスキルが、情報収集に長けた能力だったんだろう。暗闇の俺に気づかなかったってことは、聴覚強化で盗み聞きしたってわけではなさそうだけれど。

「この方たちは……?」

「男に夜這いをかける趣味の悪い連中だ」

 俺は棒をテントに立てかけて、その場にあぐらをかいて座った。

「申し訳ありませんリック様。野盗の侵入を許してしまいました」

 ノエルは深々と俺に頭を下げた。ノエルが俺に送った刺客……というわけではなさそうだ。それにしては弱すぎる。こいつらは暗黒騎士にぶつけていい相手ではない。仮にそうだとしたら、戦略が間抜けすぎる。

「で? こいつらはどうするんだ?」

「どうすると言いますと?」

「悪霊憑きの中には、悪人を自ら殺してその力を身に宿す者もいると聞いた。こいつらも十中八九悪人側の人間だろう。でなければ、裏社会でしか懸賞金がかけられていない暗黒騎士おれの首を獲ろうとしないからな。殺して使役すれば多少は役に立つんじゃないのか?」

 俺の発言を受けて、ノエルは吹き出した。

「まさか……この世にどれだけの悪人の魂があると思っているんですか? わざわざ生者を殺してまで力を得ようとは思いませんよ。こんな子悪党を使役するよりかは、その辺の浮遊霊と契約した方がマシです」

「なるほど。ならいいんだ。もし、お前がこいつらを殺そうとしたら、俺はお前と戦っていたかもしれない」

「ほう、なぜですか?」

「目の前で人が死ぬのを見るのは好かない。戦闘不能になった相手を殺すほど俺は落ちぶれていない」

「なるほど。リック様がこれまで殺してきたのは、自身の力じゃ無力化できなかったから。相手の力量が高すぎて、殺さざるを得なかったから……ということですか」

「ああ。そうだな」

 俺が人を殺してしまうのは、俺が無力だからに他ならない。自らの意思を喪失させなきゃ勝てない相手。人を殺さなきゃ解除できないジェノサイドモード。それを使わざるを得ない己の弱さが腹立たしい。だが、強くなるには人を殺さなくてはならない。そのジレンマがなんとも不快だ。

「ノエル。俺はお前が思っているよりかは残酷な人間じゃない。人間と戦争がしたいんだったら、他を当たってくれ」

「ふむ……なるほど。リック様は人を殺したくない。でも、私は戦争をしてでも世界を改革したい。意見が見事に相違してますね」

「ノエル。やっぱり、俺はお前達と一緒にいけない。クリスリッカの国に行けば暗黒騎士は保護される。でも、それは、暗黒騎士を戦わせるための下心があるんだろ?」

「やれやれ。リック様は頭がよく回りますね」

「俺は戦争に巻き込まれるのはごめんだ……」

「戦争が終われば、平穏な生活が約束されるのですよ?」

「そうか。じゃあ、俺は戦争を始めないことにするよ」

「残念です」

 ノエルが俺のテントから出ていった。今度こそ、俺を狙う気配がなくなった。そのまま微睡まどろみ世界へ俺は導かれて行った。
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