人を殺せば強くなる業を背負った暗黒騎士は平穏に暮らしたい

下垣

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開拓地村編

第31話 戦いの終わりと新たな戦い

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 酒場の倉庫から出た俺を待っていたのは、リーサだった。リーサは眉をひそめて俯いている。いかにも深刻な顔をしている。

「リック。早くこの村から逃げよう」

 リーサはどたばたと慌てた様子で俺に駆け寄ってきた。

「どういうことだ?」

「開拓地村の領主……ボーンがリックを暗殺しようとしているの」

「なんだ。そういうことか」

「え? なんだって……そういうことって! リック! あなた状況を……!」

 あまりにも予想内すぎることを言うリーサ。周囲を見回すとマスターがいない。なるほど。マスターが村人たちに俺の正体を触れ回ったんだろう。

「なあ、リーサ。開拓地村のみんなは無事か? 怪我はないか?」

「何人か死傷者は出ている。でも無事な人もいる」

「そうか……」

 死人が出てしまうのは本当に残念なことだ。あれだけの数の野盗が暴れまわったんだ。死傷者がいないのは奇跡でも起こらない限り無理な話だ。

「野盗たちは?」

「マスターに先導されて引き上げていったみたい。今は村に野盗はいない」

「なるほど。それを聞いて安心した。この村はもう大丈夫だな」

「リック! 人の心配している場合じゃないって。エドガーが倒されたことをしったら、次の標的はリックになるんだよ。今はまだみんなリックにもエドガーにも怯えているからこの酒場に近づいて来ないけど……やつらはきっとリックを英雄視してくる。そして、リックが油断した隙に寝首を掻く気なんだ。私、村の権力者が話しているのを聞いちゃったし」

「まあ、そうなるだろうな。だと思って、俺いつでもこの村を出る準備はできている」

「リック! あなたどうして、そんな平然としてられるの? リックは村のみんなのために必死に血を流してまで戦ったじゃない。それなのに……こんな扱いあんまりすぎる。ただ、暗黒騎士のスキルを持っているからと言って。リックは私たちと変わらない人間じゃない!」

「ああ、俺は人間だ。そして、最悪の暗黒騎士アルバートもまた人間だった。そこに違いはない。人間にも望まれて生きている人間と死ぬのを望まれている人間がいる。俺は後者側の人間だ」

「そんな……」

「いいか、リーサ。人間は平等じゃないんだ。生まれた家や素質、容姿や体格、年齢、性別。それらは決して覆すことはできない。俺は男だから、リーサのように酒場でウェイトレスなんてことはできないし、もういい歳した大人だ。教育を受けることもできないし、家柄も普通だ。貴族の娘や王族の娘なんかとも結婚することはできない。そして、暗黒騎士だから国から処刑の対象にされる……仕方のないことだ」

「そんなの……そんなの差別じゃん。リックが何したって言うの!」

「リーサの言いたいこともわかる。だが、この世は差別に溢れている。いつかその差別が是正されるかもしれない。性別に関わらず色んな職業につけたり、大人になっても教育を受け直せたり、貴族や王族と言った区分がなくなる時代が来るかもしれない。暗黒騎士であっても処刑されない時が来るかもしれない。でも、それは今じゃない。明日でもないし、来年でもない。俺たちが生きている間には来ないかもしれない。だから……俺はこの運命を受け入れるしかないんだ」

 本音を言えば、俺だって平穏に暮らしたい。だから、こうして自分の正体がバレないように……バレた時にその噂が届かない異国の地を目指して旅をしているんだ。この生活に慣れたと言えば嘘になる。いつだって、平穏だと思ってた日常が崩れ去るのは慣れないものだ。でも、心を殺して生きていくしか俺には出来ない。

「リーサ。頼みがある。キミの手でエドガーを埋葬してやってくれないか?」

「え?」

「あいつは確かにリーサにとっては気持ち悪い奴だったかもしれない。でも、あいつなりに一生懸命生きていたんだと思う。だから、エドガーが愛したリーサの手で弔ってもらえばアイツもせめて浮かばれるだろう」

 俺にはエドガーの気持ちはわからない。俺は魔族でもないし、ネクロマンサーでもない。だけど、気持ちを察することはできる。あいつもあいつなりに自分の生まれを呪ったことがあるはずだ。人間と変わらない容姿なのに、魔族の血を引いてネクロマンサーという人間では発現しないスキルを手にしてしまった。自身のスキルを偽って生きてきたという点では、俺もエドガーも変わらないのだ。

「ごめん。リック。その頼みは受け入れられない」

「そうか……すまないな無理を言って」

 リーサだって年頃の女だ。死体に触るなんて嫌なことだろうし、弔いの経験もないから大変なことをお願いしているのはわかってる。断ったところでリーサに非はない。

「それじゃあ、リーサ。俺はもう行く。みんなに見つからないようにこっそり出ていく」

 俺は酒場の窓を開けて、そこの淵に足をかける。その時、俺の肩を誰かがぐっと掴んだ。振り返るとリーサが眉を上げた切なげな表情で俺を見ていた。

「待って。リック。私も行く……連れてって!」

 俺はその言葉に耳を疑った。リーサは既に俺が暗黒騎士であることを知っている。親ですら親友ですら俺を見捨てて追い出した。なのに、なぜリーサは……

「バカなことを言うなリーサ。暗黒騎士がどういう存在なのかわかっているのか? 力を解放して暴走すれば、仲間だって……大切な人だって殺してしまうんだぞ。現に俺は……俺は……」

 ダメだ。涙が出そうになる。俺だって本当はケイ先生を殺したくなかった。今でも故郷の村で彼女を殺したという事実が俺の胸に深く突き刺さっている。後悔してもしきれない罪悪感。こんな想いをするなら俺はいっそのこと生まれてこなければ良かったのかもしれない。

「リックの過去になにがあったのかは知らない。リックが暗黒騎士として強くなるために多くの命を犠牲にしたのかもしれない。でも、リックはその人たちのことを殺したくなかったんでしょ? そして、これから先の未来も誰も殺したくないと思っている。だったら、私が強くなってリックを守る! もう、リックが誰も殺さなくてもいいように……私が強くなるから!」

 そんな言葉生まれて初めて言われた。俺は15歳になる前はずっと強くなりたかった。強くてかっこいい聖騎士になって、悪を断じて、正義を守る存在になりたかった。俺は誰かを守りたかったし、みんなもそれを期待していた。子供の頃から俺は強くて悪戯ボーイたちのリーダーをしてたし、騎士学校に入っても一目置かれる存在だった。みんな、俺を羨望の眼差しで見てるし、俺もその期待に応えるために、戦う力がない者を守るために強くあろうとした。そんな俺が誰かに守られるだと……しかも自分よりも体格が小さい女に……

「俺は! 強いんだ! そんな盗賊女になんか守られなくたって! 俺は――」

 思わず虚勢を張ってしまう。リーサも悪気があって言ったわけではない。なのに、仮にもずっと騎士を目指して来た俺が、盗賊の女に守られるなんて発言される。それは、プライドが傷つけられたような気がして俺には受け入れられなかった。

「うるさい! なら私と勝負しろ! リック! そんなに強いって言うなら私を殺してでも証明してみろ!」

 リーサが俺から距離を取り、ナイフを取り出して構えた。完全なる戦闘態勢。どうやらリーサは本気のようだ。

 リーサの強さは知っている。以前戦った時は、全く手も足も出なかった。けれど、俺は今回の戦いで更に人を殺してパワーアップを果たしている。通常状態でもリーサの戦闘能力を上回っている可能性がある。ジェノサイドモードにならなかったら、リーサを殺さずに無効化できるかもしれない。

「本気なんだなリーサ」

「私は本気だから、リックも本気で来い! 手加減なんかしたら承知しないから!」

「後悔するなよリーサ。遊び半分で抜くようなものじゃねえんだ。ナイフそれはな!」

 俺は拳を握りファイティングポーズを取った。剣はアルバートに壊されてしまったから持ってない。

「本来なら武器を持っている相手には武器を持って応戦するのが騎士の流儀。素手で戦う無礼を許してくれ」

「リック? 忘れたの? 私には相手の武装を解除する技がある。武器なんて最初から意味ないんだよ」

「ふっ……そうだったな。さあ、行くぞリーサ。俺の強さを見せてやる」
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