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行儀見習い。
執事に伝えられた単語を、その主人であるオーチャード卿は脳内で繰り返した。
革張りのゆったりとした黒い執務椅子、その前には羽ペンの置かれた飴色のデスク。
撫でつけられた黒い髪の下にある四角く形良い額の真ん中、眉間にこれでもかと言わんばかりのシワを寄せて。
放蕩三昧で素行不良の兄が廃嫡され、当代限りの爵位と名目上の病を与えられて山奥に蟄居させられてからどのくらい経ったのか。その兄が本当に病を得て身罷ったとの知らせを受けたのは一年ほど前だった。
葬儀だなんだと忙しく立ち回り、兄に割り当てられていた館を処分したのが三ヶ月前。その時に館の召使いたちには新しい勤め先を世話したはずだったが。
がっしりとした体格の上に、整った顔立ち。落ち着いた黒の生地で仕立てられた上着。よく見れば目立たぬ色で刺繍が施されている。袖口から除く控えめなレース飾りは手仕事だ。そんな一部の隙もない貴族然とした身なり。
それが渋面を作っている迫力に、執事は一瞬気圧された。けれども長年培った習慣で、あっという間に取り繕うと何事もなかったかのように続けた。
「それが本人が言うにはアルバート様の御子息のようで」
……オーチャード卿は頭痛がした。それも激しいやつだ。どうせ真贋を見分ける術などないのだ、貴族の子だと、たった一度の火遊びの結果だとたかってくる者はいくらでもいる。つけ入る隙などいくらでもあるだろう、殊にあの兄になら。
追い返せと言おうと、オーチャード卿が口を開きかけたとき、執事が言葉を続けた。
「セーラ様のペンダントをお持ちで。それとアルバート様のお手紙も」
セーラとはオーチャード卿の曽祖母にあたる人物だ。ずいぶんと長生きした女性で、いずれこの家を継ぐはずだったアルバートを、生前、蝶よ花よと可愛がっていた。幼かったオーチャード卿にさえ、その贔屓目がわかるほどに。
結局のところ彼は彼らの父により廃嫡され、弟であるブラッドリーーーオーチャード卿のことだーーが伯爵家を継いだわけだが。
それにしても、そのセーラ大祖母の形見を持っているとなると、話は違ってくる。
「……確かなのか」
「この目で確かめてございます」
そうか、と一言の後、ブラッドリーはどんな子供か初めて尋ねた。忌々しい兄がよこした子供のことを。
ため息混じりのブラッドリーとは対照的に、ここへきて、今日初めて執事の目が明るく輝いた。
「まだ年端もゆかぬ子供です。金の髪と青い目は母親譲りなのでしょう。アルバート様から、ご自身が亡くなられた時にはハックワース伯爵家を頼るように言われていた、と」
いつになく饒舌に報告すると、ブラッドリーがシグネットリングのはまった筋張った指先で眉間を押さえた。ブラッドリーには子がいない、このリングを受け継ぐような。……それどころか結婚さえしていないことを、この執事が気に病んでいたのは知っていた。けれど、これほどあからさまにされるとは思わなかった。
それに執事がすでにその子供に肩入れしているような様子が気に入らない。幼い、からなんだというのだ。しかし、今更無下に追い返すこともできまい。
まあいい、ハックワース家に見合わぬ子供ならば、適当な理由をつけてどこへなりともやって仕舞えばいい。ブラッドリーは今日何度目かの大きなため息をついたのち、執事に向き直った。
「午後、私の時間はあったか」
その言葉に執事の顔がぱぁっと輝いた。
執事に伝えられた単語を、その主人であるオーチャード卿は脳内で繰り返した。
革張りのゆったりとした黒い執務椅子、その前には羽ペンの置かれた飴色のデスク。
撫でつけられた黒い髪の下にある四角く形良い額の真ん中、眉間にこれでもかと言わんばかりのシワを寄せて。
放蕩三昧で素行不良の兄が廃嫡され、当代限りの爵位と名目上の病を与えられて山奥に蟄居させられてからどのくらい経ったのか。その兄が本当に病を得て身罷ったとの知らせを受けたのは一年ほど前だった。
葬儀だなんだと忙しく立ち回り、兄に割り当てられていた館を処分したのが三ヶ月前。その時に館の召使いたちには新しい勤め先を世話したはずだったが。
がっしりとした体格の上に、整った顔立ち。落ち着いた黒の生地で仕立てられた上着。よく見れば目立たぬ色で刺繍が施されている。袖口から除く控えめなレース飾りは手仕事だ。そんな一部の隙もない貴族然とした身なり。
それが渋面を作っている迫力に、執事は一瞬気圧された。けれども長年培った習慣で、あっという間に取り繕うと何事もなかったかのように続けた。
「それが本人が言うにはアルバート様の御子息のようで」
……オーチャード卿は頭痛がした。それも激しいやつだ。どうせ真贋を見分ける術などないのだ、貴族の子だと、たった一度の火遊びの結果だとたかってくる者はいくらでもいる。つけ入る隙などいくらでもあるだろう、殊にあの兄になら。
追い返せと言おうと、オーチャード卿が口を開きかけたとき、執事が言葉を続けた。
「セーラ様のペンダントをお持ちで。それとアルバート様のお手紙も」
セーラとはオーチャード卿の曽祖母にあたる人物だ。ずいぶんと長生きした女性で、いずれこの家を継ぐはずだったアルバートを、生前、蝶よ花よと可愛がっていた。幼かったオーチャード卿にさえ、その贔屓目がわかるほどに。
結局のところ彼は彼らの父により廃嫡され、弟であるブラッドリーーーオーチャード卿のことだーーが伯爵家を継いだわけだが。
それにしても、そのセーラ大祖母の形見を持っているとなると、話は違ってくる。
「……確かなのか」
「この目で確かめてございます」
そうか、と一言の後、ブラッドリーはどんな子供か初めて尋ねた。忌々しい兄がよこした子供のことを。
ため息混じりのブラッドリーとは対照的に、ここへきて、今日初めて執事の目が明るく輝いた。
「まだ年端もゆかぬ子供です。金の髪と青い目は母親譲りなのでしょう。アルバート様から、ご自身が亡くなられた時にはハックワース伯爵家を頼るように言われていた、と」
いつになく饒舌に報告すると、ブラッドリーがシグネットリングのはまった筋張った指先で眉間を押さえた。ブラッドリーには子がいない、このリングを受け継ぐような。……それどころか結婚さえしていないことを、この執事が気に病んでいたのは知っていた。けれど、これほどあからさまにされるとは思わなかった。
それに執事がすでにその子供に肩入れしているような様子が気に入らない。幼い、からなんだというのだ。しかし、今更無下に追い返すこともできまい。
まあいい、ハックワース家に見合わぬ子供ならば、適当な理由をつけてどこへなりともやって仕舞えばいい。ブラッドリーは今日何度目かの大きなため息をついたのち、執事に向き直った。
「午後、私の時間はあったか」
その言葉に執事の顔がぱぁっと輝いた。
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