新世界~光の中の少年~

Ray

文字の大きさ
上 下
54 / 56

第五十四話

しおりを挟む

 賑わいのある桜並木を通り抜け、小道をひたすらに歩いていく。
 肩からずれ落ちるクーラーバッグをよいしょと掛け直しながら何度か蛇行するとやがて、大きな桜の木へ辿り着く。

「わあ……」
 皆々はそう感嘆の声を上げ、しばし立ち尽くした。
「本当に綺麗だね。言葉では表現しきれないくらい」
 菜美は花の隅々までを見届ける様にして、瞳を動かす。
「そして誰もいないじゃん。マジで秘密の隠れ家だな」
「本当、よく知ってたね、こんな素敵な所」と茅野が言うと、瑞樹は「うん……親が教えてもらったんだ、知人から」と曖昧に返す。
 すると海斗からはすっと視線を感じた。
 父が土木仲間からこっそり教えてもらった、絶好の花見スポット。
 みんなは僕の家族、だから教えてあげたい、と初めて自身から提案した花見の集会。案の定の反応に、少し得意気に顔を綻ばす。
 美亜は思い立ったようにガサゴソとバッグからスケッチブックを取り出し、夢中で物描きをし始めた。
「わぁ、美亜ちゃん、凄い」
「写真見てるみたい」
「ほんと、凄ぇな。ってか、荷物降ろさね? そろそろ」
 海斗の肩は、限界だった。
 瑞樹はいつもの場所へ皆を促し、大きなレジャーシートを広げ、セッティングを整える。
 みんな好きな所に座って、と言えばぽっかりと父の定位置が空く不思議。
 ふいに胸を締め付けられる。ゆっくりとそこに腰を下ろすと、ピンク色が溢れんばかりに一望できた。ここで、父の膝の上で、団子を両手に頬張りながらこの景色を眺めていた遠い記憶が蘇る。
 海斗は立ち上がり、ゴホンとわざとらしい咳をすると、演説を始めた。
「さあ、私めが乾杯の音頭を取らせていただきます。この素晴らしい極秘スポットを教えてくれた瑞樹君と、そのご両親に感謝してー、かんぱーい!」
「乾杯!」
 ムードメーカーが二人もいれば、場は大いに盛り上がり、時の経過を忘れるほどだった。海斗は素面でもアカペラで歌い出すようなひょうきん振りで、これで酒が入ったらどうなるのかとヤキモキさえしてしまう。
「あ、その歌知ってる!」
「私も、大好き!」
「あの連ドラ、切ないよねぇ」
「そうそう、コメディなのに、急に涙を誘われて……」
 女性陣が話題に夢中になっていると、気がつけば絵を描いていた筈の美亜の手拍子がリズムを刻んでいた。
 すると海斗の顔色が青く変わる。しまった、彼女は声が聞こえないのだ、と思ったのだろう。ただ、それでも楽しそうにする美亜にコミカルな歩みで近づき、手を差し出す。少女が受け入れるとそのまま引き起こし、再熱唱。
 はははっと起こる歓声と拍手。紳士は淑女をリードして、躍り出していた。
 そこへふーっと温かな風が通り過ぎ、パラパラと花弁が舞い降りる。
「わぁ」
と皆両手を高々と上げた。美亜はその場でくるくると回り、花柄のスカートがひらひらと宙を舞う。何とも言えない至福の空間に、いつまでもこの日々がどうか続きますようにと、夜空に願った。

「あ、そろそろ門限の時間」
 菜美の悲し気なため息が終了の合図だった。
「凄く楽しかった、また来よう」
「いいね、来年も絶対にやろうよ」
 一同は片付けを済ませ、また同じ道を未練の足取りで戻って行く。
「わぁ、まだ賑やかだね、ここは」
 アルコール濃度が最高に盛り上がった宴も酣な民衆が、更に勢いを増していた。
 ネクタイ鉢巻きの絵に描いたようなサラリーマン、カラオケ機材で大音量に合いの手の若人達、もれなく顔を真っ赤に膨張させ、花より団子も程度があるだろうというような有様である。
 その時、ある女性が目に入った。体育座りの姿勢で 頭を垂れ、そこにはビールのジョッキが手向けられている。
「ほら、飲んで飲んで、罰ゲームなんだから」
「そうだよ、早く早く。飲めないんなら服脱ぎな」
「はっはっはっ、いいねぇ。むしろそっちの方がいいかも」
 大学のサークルを窺わせる団体、彼女以外の女性仲間もその辛辣な様子に委縮しているようだった。
「やめろよ。嫌がってるだろ」
 聞き覚えのある声に、血の気が引く。海斗が叫んでいたのだ。シーンと一瞬沈黙が走り、ギロッと奴らは振り返る。
「はぁ? 何言ってんの?」
「正義のヒーローさん登場?」
と茶化して大爆笑。
 茅野らも三人で身を寄せ合い、固唾を吞む。
 それでも海斗は怯まない。
「サークルか合コンか知らないけど、嫌だったら帰りなよ」
 すると少女は救われた眼差しでちらっとこちらを見上げた。
「おい、いい加減にしろよ、お前」
 リーダー格の貫禄をした男が低くドスを利かせる。
「やっちゃって下さいよ、せんぱーい」
の声援に立ち上がり、最終ラウンドのボクサーのような態でふらふらと海斗へ近寄る。
 瑞樹の手足はブルブルと震えていた。だが怖気付いてばかりもいられない。奴が殴るのなら間に入り、自らが被ろうと決意をした。体勢を前傾に身構え、相手をグッと睨みつける。
「調子乗ってんじゃねぇぞ、この野郎っ!」
 その大男が腕を勢いよく後ろへ引いた時だった。
「警察呼びますよっ!」
と茅野が叫んだ。
「第一未成年じゃないんですか? それが大学にでも知れたら、問題になると思いますよ」
と続けると、ハッと我に返るような静けさが広がる。
 未成年の飲酒には厳しい処分が下される。茅野の機転で奴らはチッと舌打ちをし、呆気なく意気消沈した。

 戦闘意欲が皆無であることを確認すると、一同はそこを離れた。
「ドキドキしたぁ」
と茅野が心境を吐露する。
「ごめんな、怖がらせて」
 海斗はまだ怒りの表情で言った。
 どうして謝る必要がある。勇敢に立ち向かい、むしろ褒められるべきなのに。
 元はと言えば、自分のせいである。瑞樹は堪らず、「ごめん、こんな所に連れて来て……」と謝罪した。
 あんなに楽しかった一日も、悪党と遭遇するだけで台無しとなる。やりきれない思いが、苛立ちを通り越し、落胆にげんなりさせられる。
 自分が関ると必ずこのような目に遭う不遇。因果応報、日頃の陰鬱な性格が仇となっていることは、いよいよ確実かもしれない。
「いいんだよ、お前のせいじゃない」
「そうだよ。私また来たいし、絶対に」
「うん、私も、絶対」
 美亜はまだ縮こまっており、瑞樹の陰に息を潜めていた。
 優しい人達は決まってそう庇ってくれる。だからこそ犠牲にしたくないのだが、いつも裏目に出てしまう。故に、余計に罪悪感が募るのだ。
 日頃から愉快な人間が一変、シリアスな面持ちでいることを受け、皆ちらちらと気にしながら歩いていた。
「でも、勇気あるね、海斗君」
 茅野が言うと「ああ……」と歯切れの悪い返事がある。
 それに「本当、格好よかった、凄く」と菜美が重ねた。
 すると、海斗は真摯な眼差しで、こう言った。
「もう、止めにしたんだ。見て見ぬ振りは」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

薔薇の耽血(バラのたんけつ)

碧野葉菜
キャラ文芸
ある朝、萌木穏花は薔薇を吐いた——。 不治の奇病、“棘病(いばらびょう)”。 その病の進行を食い止める方法は、吸血族に血を吸い取ってもらうこと。 クラスメイトに淡い恋心を抱きながらも、冷徹な吸血族、黒川美汪の言いなりになる日々。 その病を、完治させる手段とは? (どうして私、こんなことしなきゃ、生きられないの) 狂おしく求める美汪の真意と、棘病と吸血族にまつわる闇の歴史とは…?

スルドの声(反響) segunda rezar

桜のはなびら
現代文学
恵まれた能力と資質をフル活用し、望まれた在り方を、望むように実現してきた彼女。 長子としての在り方を求められれば、理想の姉として振る舞った。 客観的な評価は充分。 しかし彼女自身がまだ満足していなかった。 周囲の望み以上に、妹を守りたいと望む彼女。彼女にとって、理想の姉とはそういう者であった。 理想の姉が守るべき妹が、ある日スルドと出会う。 姉として、見過ごすことなどできようもなかった。 ※当作品は単体でも成立するように書いていますが、スルドの声(交響) primeira desejo の裏としての性質を持っています。 各話のタイトルに(LINK:primeira desejo〇〇)とあるものは、スルドの声(交響) primeira desejoの○○話とリンクしています。 表紙はaiで作成しています

新説 六界探訪譚

楕草晴子
ファンタジー
「あいつの頭ん中、どうなってるんだろう」 平成最後の夏の終わり。舞台は東京・宵中。 明らかに怪しい男を追って転がり込んだ『中(なか)』。それは人間の内面が作る異世界だった。 「同じ人間のはずなのになぜこうも違うのだろう」 好奇心と妄想プラスちょっとの勇気と愛?と決断が繰り広げる出たとこ勝負のうっかり異世界探索! と、時にまったり・時にリアル・時におバカな現代日常生活vのサンドイッチで美味しいハーモニー。いつのまにか思いもかけず深〜い展開に突入、堂々の完結…になってるはず。 予想の斜め後ろからやってくるケチャップ満タンのポリ容器で殴られるような衝撃をあなたに。 WEB小説の人気路線を完全無視。 ・主人公最強じゃない ・3話目に入るまで異世界感が微塵も出ない、異世界の設定が分からない ・剣と魔法のファンタジー界設定なんかじゃ全然ない この三拍子揃ってます! さらに『映像化不可能な作品』ってキャッチフレーズかっこいいよね〜という作者の安易な発想から、(いろんな意味で)映像化不可能な仕掛けが満載。 このマルチメディア展開前提時代に逆行する作品となっております(笑) 個人サイトにあとがき上げます。御興味ある方はそちらへどうぞ。

少女が過去を取り戻すまで

tiroro
青春
小学生になり、何気ない日常を過ごしていた少女。 玲美はある日、運命に導かれるように、神社で一人佇む寂しげな少女・恵利佳と偶然出会った。 初めて会ったはずの恵利佳に、玲美は強く惹かれる不思議な感覚に襲われる。 恵利佳を取り巻くいじめ、孤独、悲惨な過去、そして未来に迫る悲劇を打ち破るため、玲美は何度も挫折しかけながら仲間達と共に立ち向かう。 『生まれ変わったら、また君と友達になりたい』 玲美が知らずに追い求めていた前世の想いは、やがて、二人の運命を大きく変えていく──── ※この小説は、なろうで完結済みの小説のリメイクです ※リメイクに伴って追加した話がいくつかあります  内容を一部変更しています ※物語に登場する学校名、周辺の地域名、店舗名、人名はフィクションです ※一部、事実を基にしたフィクションが入っています ※タグは、完結までの間に話数に応じて一部増えます ※イラストは「画像生成AI」を使っています

短編集『市井の人』

あおみなみ
現代文学
一般庶民のちょっとしたお話を集めました。 ※一部、他の短編集とかぶっているエピソードもあります。

タイトル『夜』 昨日のバイク事故ご報告2024年10月16日(水曜日)犯人逮捕

すずりはさくらの本棚
現代文学
 タイトル『夜』 作者「すずりはさくらの本棚」 ジャンル「随筆」  基本的に「随筆」は本当に起きたことしか書けません。嘘が苦手というか…。なんなんだろうね。  本日決定事項「2024年10月17日(木曜日)」入院(強制入院)か前の住所に戻るでした。  もう一点が「監視の目を増やして見届ける」。入院がだめな場合。三点目「施設に入居する」。  四点目「今の現状でがんばる!しかし、今よりも監視の目を増加する。」  まるで「監視、監視、監視……。」犯罪者ですか?とコパイロットに相談したくらいです。  私なにかしましたか?監視なので、娑婆に出てきたばかりの監視が必要な人ですか?  と相談したくらいです。それくらい昨日の事故を理解できていません。  生命の危機に瀕しているのに、本人が理解できていないから。警察への届けを出してくださった方々。  ありがとうございました。おかげさまで、住所不定がなくなりそうです。  ナイトタイムという言葉がある。  一見なんの意味もない言葉だが、深い意味がありそうだ。  職圧された人間社会にて、たたずむ君と私がいる。  色違いな場違いな色合いだが、社会に馴染んでいる。  ころあいを見計らって、社会という帳に身を委ねる。  パステルカラーの複雑な感性は充実しながら膨張する。  深夜になれば、君と私は早朝、昼間、深夜という具合に色褪せて行く。  夜は深々と降り積もるごとく…。夜という名前に満たされて行く。  もう一杯、ブラックコーヒーでも飲もうか……。

社会復帰日記

社会復帰中
現代文学
鬱病に至る経過から、社会復帰の過程を書きます。 日記として、毎日更新を行っていきます。 この文章は、note、エブリスタ、小説家になろう、セルバンテス、ShortNoteに同じ内容のものを投稿しています。見やすい媒体でご覧ください。

桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎
ファンタジー
「人間って、何だろう?」 十六歳の少年ウツロは、山奥の隠れ里でそんなことばかり考えていた。 彼は親に捨てられ、同じ境遇・年齢の少年アクタとともに、殺し屋・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)の手で育てられ、厳しくも楽しい日々を送っていた。 しかしある夜、謎の凶賊たちが里を襲い、似嵐鏡月とアクタは身を呈してウツロを逃がす。 だが彼は、この世とあの世の境に咲くという異界の支配者・魔王桜(まおうざくら)に出会い、「アルトラ」と呼ばれる異能力を植えつけられてしまう。 目を覚ましたウツロは、とある洋館風アパートの一室で、四人の少年少女と出会う。 心やさしい真田龍子(さなだ りょうこ)、気の強い星川雅(ほしかわ みやび)、気性の荒い南柾樹(みなみ まさき)、そして龍子の実弟で考え癖のある真田虎太郎(さなだ こたろう)。 彼らはみな「アルトラ使い」であり、ウツロはアルトラ使いを管理・監督する組織によって保護されていたのだ。 ウツロは彼らとの交流を通して、ときに救われ、ときに傷つき、自分の進むべき道を見出そうとする―― <作者から> この小説には表現上、必要最低限の残酷描写・暴力描写・性描写・グロテスク描写などが含まれています。 細心の注意は払いますが、当該描写に拒否感を示される方は、閲覧に際し、じゅうぶんにご留意ください。 ほかのサイトにも投稿しています。

処理中です...