5 / 56
二
第五話
しおりを挟む「六人組を作るぞ」
いつか聞いたセリフが身を凍らせる。ただ授業だけやってくれればどれだけ良いか、と思わずにはいられない。学校も極力『集団行動』を意識して、様々なイベントを課してくる。
足手纏いにはならぬよう、最低限の協力はしようと無理矢理自分を奮い立たせるが、乱暴に掻き回されてマッチメイクされ、ポンと産み出された六人組は戸惑いにより一言も話さない。
仲良しグループならば会話も弾めど、見事に引き離され皆不満の面持ちである。口を切る者は往々にしてリーダーとなりがちであるから、我慢大会のような沈黙状態が延々と続く。他軍の友と目を合わせ、マジやってらんねぇ、の表情で意思疎通を図る。
「テーマは環境問題。各グループ毎に一つ取り上げ調査し、まとめるように」
発表は来週と聞いた時の生徒の目は正に死んだ魚であるが、そんなことはお構いなしの様子。十代そこそこの純情童子にはこの無茶にNOと言える訳もなく、甘んじて受け入れ、消化するしかない。
「何か、ある?」
やっと誰かがどんよりとした口調で声を発した。頬杖をつき、片手でシャーペンをクルクルと回している。
「……温暖化?」
「…プラごみ?」
ようやく挙がった候補達に、どっちの方が楽だろうなどと考えながら多数決で対象を決める。教師はうろうろと辺りを巡回し、ちらちらと覗き込んでは様子を窺っていた。
あまりに退屈な時間。こんなことをして何になる。やっぱり学校はくだらない。大人の背中を仰ぎ見ながら、瑞樹はそんなことを考えた。
これまでに「こんなことして何になるんですか?」と問うた勇気ある者はいないのだろうか。仮にいたとしたら教師は何と答えただろう。
『文武両道を理念に、学業のみならず、この集団生活という貴重な機会を最大限に活かした学校行事等を豊富に取り入れることで社交性を養い、チームで団結し率先して行動できる人間を育成します』
そんな立派な志とも裏腹に、現実はこの有様であるから、失笑でしかない。これを見た途端志願の気持ちが失せたが、結局教育目標など何処も似通っている。場所も近隣であるから、導かれるまま通うことになったのだが、事態は想像以上に酷かった。早く卒業したいと言う気持ちが日増しに強くなる。
相手は教育者と呼ばれる人であるから、それでも育めると言われれば反論の仕様はない。その一方で、浮かんだ疑問は払拭されない。
何かが違う。
人を育てるなんて、そんな簡単なものじゃない。両親が自分にしてくれたこと。育むとは、単に食べ物を与え、命令し、思うままに子を誘導することではない。
もっと何か肝心なもの。
そこにあるのはそう、『愛』である。
「残りあと二十分。できるだけ進めておけよ」
巡回に飽きたのか、デスクに座って命令する指導者。その目つきは学び子と同様、死んでいた。 妙にフラストレーションが溜まり、苛立ちが込み上げる。
こんなの無意味だ。
中学と何も変わらない。
情熱さえ無いで、何が教育だ。
そもそも何故教員を目指した?
学校で唯一学んだことは、大人の汚らわしさと、それが織り成す失望の社会。この者達のしていることは、選別だけ。出来る人間だけ賞賛して、育成の証とし、臭い物には蓋をする。問題児は存在しない者として、育児放棄。それが学校のやる『子育て』なのだ。
そこにふっと桜の花が重なった。
『楽しめる者だけ、楽しめばいい』
端から出来ない奴は眼中になく、一から立派な人間に育て上げるつもりなど毛頭ないのだ。あの理念に落ちこぼれは含まれていない。それならわざわざ課題など出す必要があるだろうか?優秀な子は何をしなくても、順調に育って行くのに。
「はい、今日はここまで。次はレポート作成をしてもらうから、しっかり準備をするように」
こちらを見向きもせず、ガラガラと扉を開け出て行くその姿を、目で追った。
「瑞樹は将来何になりたい?」
「建築家!」
「ははぁ、そうか。じゃあたくさん勉強しないといけないな」
「うんっ!」
父は自分を抱え、空高く持ち上げてくれた。嬉しそうに笑っていた。あんな風に答えていたのは、こうして喜ばせたかっただけなのかもしれない。でも子供のやる気なんて、勉強しろという命令よりも、異なるアプローチをすることで、湧き上がるものではないだろうか。そこには愛があるから。子供はそれに、応えようとするのだ。
ふと窓の方を向く。
果てしなく青い空が、広がっていた。
あの笑顔が不意に恋しくなり、胸が少し、苦しくなった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
続・ロドン作・寝そべりし暇人。
ネオ・クラシクス
現代文学
中宮中央公園の石像、寝そべりし暇人が、小説版で満をじして帰って参りました!マンガ版の最終回あとがきにて、完全に最終回宣言をしたにもかかわらず、帰ってきましてすみません^^;。正直、恥ずかしいです。しかし、愛着の深い作品でしたのと、暇人以外のキャラクターの、主役回を増やしましたのと、小説という形のほうが、話を広げられる地平がありそうだったのと、素敵な御縁に背中を押されまして小説版での再開を決定しました。またかよ~と思われるかもしれませんが、石像ギャグコメディ懲りずに笑っていただけましたら幸いです。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
貧乏Ωの憧れの人
ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。
エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの
鳳月眠人の声劇シナリオ台本
鳳月 眠人
現代文学
胸を打つあたたかな話から、ハイファンタジー、ホラーギャグ、センシティブまで。
あなたとリスナーのひとときに、心刺さるものがありますように。
基本的に短編~中編 台本。SS短編集としてもお楽しみいただけます。縦書き表示推奨です。
【ご利用にあたって】
OK:
・声劇、演劇、朗読会での上演(投げ銭配信、商用利用含む)。
・YouTubeなどへのアップロード時に、軽微なアドリブを含むセリフの文字起こし。
・上演許可取りや報告は不要。感想コメント等で教えて下されば喜びます。
・挿絵の表紙をダウンロードしてフライヤーや配信背景への使用可。ただし、書かれてある文字を消す・見えなくする加工は✕
禁止:
・転載、ストーリー改変、自作発言、改変しての自作発言、小説実況、無断転載、誹謗中傷。
黒い聖域
久遠
現代文学
本格長編社会派小説です。
宗教界という、不可侵な世界の権力闘争の物語です。 最初は少し硬い感じですが、そこを抜けると息も吐かせぬスリリングで意外な展開の連続です。
森岡洋介、35歳。ITベンチャー企業『ウイニット』の起業に成功した、新進気鋭の経営者で資産家である。彼は辛い生い立ちを持ち、心に深い傷を負って生きて来た。その傷を癒し、再び生きる希望と活力を与えたのは、大学の四年間書生修行をした神村僧である。神村は、我が国最大級の仏教宗派『天真宗』の高僧で、京都大本山・本妙寺の執事長を務め、五十代にして、次期貫主の座に手の届くところにいる人物であった。ところが、本妙寺の現貫主が後継指名のないまま急逝してしまったため、後継者問題は、一転して泥沼の様相を呈し始めた。宗教の世界であればこそ、魑魅魍魎の暗闘が展開されることになったのである。森岡は大恩ある神村のため、智力を振り絞り、その財力を惜しみなく投じて謀を巡らし、神村擁立へ向け邁進する。しかし森岡の奮闘も、事態はしだいに混迷の色を深め、ついにはその矛先が森岡の身に……!
お断り
『この作品は完全なるフィクションであり、作品中に登場する個人名、寺院名、企業名、団体名等々は、ごく一部の歴史上有名な名称以外、全くの架空のものです。したがって、実存及び現存する同名、同字のそれらとは一切関係が無いことを申し添えておきます。また、この物語は法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
他サイトにも掲載しています。
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っているんですか?おしおきの時間です。
春秋花壇
現代文学
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っているんですか?おしおきの時間です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる