黒の信仰

ぼっち・ちぇりー

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成り行き

ジジイの世話になる

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 この数年間で、世界は大きく変わった。
 ソレなのに、この街は、生臭いドブの匂いと、赤錆びた鉄の匂いが消えない。
「ここだ。」
 ジジイが穴の空いたトタン屋根を指差す。
「ワシも、もう若く無い。アレから十年経つんだ。」
 項垂れるヨーコとエーコにため息をつく。
「いや、ありがとう。さっきは助かった。」
「アレから色々あったな。」
「戦争が起きて、ワシらは中立を掲げた。」
「だが新エネルギー陣営は、石油を使う我々を見逃してはくれなかった。」
「ソレで傭兵として雇われたのがお前らだったわけだ。」
「よせよ。年寄りの昔話は長くなるって相場が決まっているからな。」
「まぁ、そんなことを言うな積もる話もある。落ち着いたら、また酒場に来てくれ。」
 正直、このジジイの話は聞きたく無い。
 いつも会うなり説教ばっかりだからな。
 まぁ、タダで酒が飲めるのは良い。
 だから俺は、ここを訪れるたびに、このジジイと酒を飲んでいる。
「済まねえな二人とも、小屋の修理が終わったら、酒場に行くから、補給とメンテは二人でやっておいてくれ。」
「そーいや、ジェブって銃持ってるの? 」
 ジジイはカッカと笑った。
「コイツは射撃のセンスが恐ろしく悪くてな。」
「だから一振り打ってやったのよ。渾身の一振りを。」
 ジジイが拳に手を当てる。
「なのに、コイツと来たら、レーザー剣とか言う剣かも分からねえオモチャに乗り換えやがって。」
「薄情な奴ね。」
「アンタの剣は、世界に二振りと無い名刀だった。装甲車も、機甲ユニットも、刃こぼれせずに両断することが出来た。」
 ジジイは自分のエモノに自分の名前と家紋を刻むクセというか、ルーティンのようなモノがあった。
 中立都市の人間が造った武器が、戦争に使われている。
 そんなことが他国の人間にバレれば、ここも、たちまち火の海になったことだろう。
 敵国の准将に捕まった時は、危うく、その剣のデドコロがバレるところだったが。
 それ以来、俺は彼の打つ鉄の柄を握っていない。
「今は、もうオモチャじゃ無いのか? 」
 ジジイは背中の分厚い鉄の塊を指差す。
奴らアンチマテリアを斬る道具だ。」
「貸せ、また手入れしてやる。お前は、昔からモノの手入れが下手だっただろう? 」
 ジョーダンじゃねえ。
 ファンタズマにまであのダセえ家紋を刻まれてたまるか。
「ねえ。おじいちゃん。私のナイフお願い。」
 ヨーコがマギアトスの対アンチマテリア用ナイフをジジイに差し出した。
「あれぇ。止めようとしないのね。やっぱりこの人の腕は信頼しているのね。」
「失礼なことを言うな。この人は世界に二人といない巨匠だ。」
 俺は初めて鉄を斬った時、その切れ味に驚愕した。
 こんな薄っぺらい鉄板が、鈍色の鉄塊と、光沢を失った鉛を豆腐のように切り裂いたからだ。
 俺は上の人間に黙って、こっそり、その刀を機械で鑑識した。
 結晶がきめ細かく、等間隔で並んでいた。
 まるで蜂の巣でも見てるかのような気持ちになった。
 ソレが、戦車をも切り裂く業前の秘訣だと分かった時、背中がゾクゾクと震えたのだ。
 現代の技術を超える技を、生身の人間がやってのけている。
 この人の腕は、精密機械を超えている。
「分かったよ嬢ちゃん。コイツとタンマリ飲んだ後にヤっとくからさ。」
 酒カスであることが、彼をイマイチ尊敬できないところである。
 だが、どんなに泥酔していたからといって、彼の腕が鈍ることはなかった。


     * * *

 
「済まんな、ついでに小屋の修理までしてもらって。」
「しばらく部屋を借りるんだ。コレぐらいなんてことないさ。」
「何を飲む? 」
「マスター黒エールはあるか? 」
「図々しい奴だな。」
「毎回アンタが誘ってくるんだろう? 」
「そうだ。毎回ワシが奢るから、ソレが『当たり前』になってしもうとる。人間とはそう言うモノだ。」
「だからこそ、その『当たり前』を噛み締めねばならん。」
「ああ、アンタの言う通りだったよ。俺の知っていた『当たり前』は、かけがえの無いモノだった。失った時、初めて分かったんだ。」
 彼は目を丸くしてこちらを見る。
「あの事件は、お前をそこまで変えてしまったのか。」
「変わるさ、アレから十年だ。」
「俺は左腕と右眼を失い、アンタは若さを失った。」
「………まだ、あの時のカタキを追っているのか? 」
「もう一度アイツらに会えるかは分からねえ。」
「だけど…… 」
 彼は何か言いたそうにフガフガしている。
「なんだよ。また昔話か? もう聞き飽きたんだよ。」
「新エネルギー陣営もそうやって、我々を迫害した。」
「見なきゃいけないモノを見ようとせずに、負の部分は全部は全て我々に押し付けて、我々からエネルギーを買い付ける彼らは自身が潔白なのだと豪語していた。」
「ソレがなんだ?彼らがやっていたことこそ、星の寿命を吸い取るモノだと分かった瞬間、戦争だ。」
「科学者は何をしていたのか、なぜ根拠のない憶測に、科学論文が無数に発表されたのか。」
「負の部分から目を背けるな。お前がワスト・ピリオドを殺し、零次エネルギーを崩壊させれば、人々は砂漠の海を歩くことになる。」
「物事に犠牲は付き物だ。旧エネルギーにも、新エネルギーにもあった。」
「そして零次エネルギーにも。」
 馬鹿げてる。
「犠牲は付き物……か。自分が、犠牲になる立場になっても同じことが言えんのかよ。」
「すまん。無神経だった。ワシは昔からそうだ。人と上手く関係を築けず、そして工房に潜り、ひたすら鉄と会話していた。」
「いや、悪い。俺もガキみたいなこと言ってよ。」
 昔の人は言ったらしい。
 最終的に国さえ残っていれば良いと。
 俺は炙れた側の人間だ。
 だからと言って、彼を殺したところで、失ったモノを取り戻せるわけでは無い。
 俺は人類を自分と同じ沼に落とそうとしているのだ。
 その重要性を俺はもう一度自分に問わなくてはならない。




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